みなさん、宇宙創成プロジェクトへようこそ!

地球上に人としていのちをいただいた限り、いつもお天道さまの下を堂々と歩める人生でありたいものです。なぜお天道さまの下なのかというと、地球上には昼と夜があります。しかし、実際は地球がまわっているから昼と夜があるだけのことで、太陽はいつも光を降り注いでいるのです。ですから、わたしたちが地球から離れ宇宙空間に出て、太陽を向けば、いつも太陽の光が当たっていることになります。

わたしたちはいつもお天道さまの下にいるのです。そこで、いつもお天道さまの下を堂々と胸を張って歩んでいけることが大切です。

夜があるのは、地球がまわっているので、昼と夜というサイクルを地球生命に与えただけのことです。生命にとって酸素がなければその機能が壊れてしまうように、夜がなければ生命は今のように機能しなくなることでしょう。そうした陰陽をつけるために、地球はまわっているのです。しかし、地球上が昼であっても夜であっても、お天道さまの下にいることに違いはありません。

そこで、地球を丸くせずに、パラボラアンテナのように平らにして太陽のほうにだけ向いていたら、ずっと昼間でい続けることになります。しかしそれでは、その裏側は永遠に夜であり続けるのです。この世界に物質が存在する限り、そのような構造になっています。約13000年前に東アジアに存在していたカタカムナ人は、この世界の響きを48音に分類し、宇宙の創成・発展・消滅について体系付けました。ですから、カタカムナの第5首で「ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト」とうたわれているように、この世界のありとあらゆる物質は回転し、公転し、振動し続けているのです。

第5首
            《カタカムナ第5首》

フラクタル

今、ここでは様々な新たなプロジェクトが立ち上がりましたが、僕にはその宇宙創成プログラムを検討した記憶があるのです。たとえば今、サダオ(タイ語でニームの意味)プロジェクトで今後の計画についていろいろと検討しているように、宇宙を創成する段階で、この世界の構造をどのようにしていこうかと考えた記憶があるのです。

一番はじめに星の運行について考えた時、これから創る生命もすべて相似形で同じ構造になるので、どのようなものにも共通するしっかりとした仕組みを創らないといけない、とすごく考えた記憶があります。すごく考えて創ったのですが、あの頃、ノーベル賞はなかったですね(笑)。

21世紀に入り、大いなるターニングポイントを迎えている今、人類はそういった記憶を呼び覚ます時が訪れています。わたしたち一人ひとりの中に、この宇宙創成から現在に至るまでの情報が内在しているのです。人間の脳の90%はまだ使われていないと言われています。わたしたちの内面に眠る未開発の能力が開花すれば、宇宙の意志・時代の流れを感受する直観が働き、地球にいながらにして宇宙を理解することが可能になるのです。そこでは宇宙を探査するテクノロジーの可能性は大いに広がることでしょう。新たな時代を生きるわたしたちは、近代的テクノロジーと物質的豊かさに加え、高い精神性とともに進化していくことができるのです。

21世紀はわたしたちが地球人として、さらに宇宙人としての意識に目覚め、この世界に貢献していく時代の始まりです。わたしたちは、宇宙全体を認識できる能力を持ち合わせているだけではなく、宇宙を運営する側に立ち、宇宙そのものとして生きていくこともできるのです。

みなさん、宇宙創成プロジェクトへようこそ!プロジェクトメンバーは、あなたを含めた全人類はじめ、すべての宇宙生命です。これから宇宙がどのように創成されていくのか、その鍵を握るのはわたしたち一人ひとりの“意識”です。

宇宙創成プロジェクトへようこそ

 

 

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2016年2月14日〜3月12日
木の花塾「1ヶ月間の真学校」を開催します!

私たちがこの世界に生きる真の意味を学ぶ、かけがえのない1ヶ月間を過ごしてみませんか。それはきっと、あなたの人生を豊かにし、この世界を豊かにします。下記サイトより、前期受講生の体験記をご覧いただけます。自分を変え、世界を変える1ヶ月間の旅へ、皆さまのご参加をお待ちしています!
( → 1ヶ月間の真学校 受講生の体験記へ )

【 日 程 】
2016年2月14日(日)〜3月12日(土)

【 会 場 】
木の花ファミリー
静岡県富士宮市猫沢238−1

【 対 象 】
■ 自分を変えたい人
■ 世界を変えたい人
■ 今の世の中をどこかおかしいと感じながら、どうすればよいかわからずにいる人
■ それまで知らずにいた本当の自分自身を知り、真に人生を謳歌したい人
■ この星に生きる人 すべて
☆ その他、2015年度受講生からは以下の人に薦めたいという声が上がっています。

■ 漠然とした不安がある人
■ 自分も他人も責め続けている人
■ 人を信頼したいという思いはあるが、できない人
■ 未知の世界があることを知りたい人
■ 出会った人 すべて
(詳細は受講生アンケートにてご覧頂けます。 → 受講生アンケーヘ)

【 内 容 】
講座は「農」「食」「医」「経済」「環境」「教育」「社会」「芸術」と多岐に渡りますが、全講座に共通して学ぶことは、物理的な現象の奥に流れる深い精神性です。それまでに考えたこともない新たな視点に出会うことで世界観を大きく広げ、今社会はどのような状況にあるのか、その中で自分は一体どういう存在であるのかを紐解いていきます。
〈 講座一例 〉
人格を学ぶ講座(カルマ読み・地球暦・カタカムナ)/天然循環法の畑作/ファシリテーション/世界観を広げる/菩薩の里の経済/自然療法プログラム/食養生/有用微生物群の培養/天然醸造味噌作り/創造性と芸術/性と宇宙/自然再生と災害復興/持続可能な心の持ち方

*その他、誕生日会や季節の祭事、地域の食事会などのイベントも盛りだくさん!生活の様々な場面を通して、互いに助けあいながら宇宙の流れにそって生きる豊かなコミュニティの暮らしをリアルに体感できます。
*上記講座はあくまでも一例であり、プログラムは固定されていません。受講生との双方向の掛け合いにより、その時、その場で、もっともふさわしいものが提供されていく、誰にも予測不可能な世界に二つとないプログラムです。
(→ 2015年度レポーをご覧ください。)

【 主 催 】DSC00081
NPO法人ぐりーんぐらす

木の花ファミリーを母体として様々な社会貢献事業を行っているNPO法人です。

【 共 済 】
木の花ファミリー

詳細は、こちらをご覧ください!
「1ヶ月間の真学校@木の花ファミリー」

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2015年度「1ヶ月間の真学校」卒業生による修了パーティー

 

 


あなたはこの世界のために生まれてきています

 ~21世紀の癌の処方箋・「囚」から「閃」へ~

 
僕はこの世界の観察者です。世の中のあり方や人のあり方、自然のあり方を常に観察しています。そうすると、そこにはいろいろな法則があることが観えてきます。ところが、ほとんどの人々は自らの中に湧いてくる欲望や興味を優先させているため、そこに法則があることを気付けていません。ですから、人間が創り出した世界はその法則を無視しているために、地球上に矛盾を発生させることになっています。今、人間社会はその矛盾のピークを迎えています。それはある意味、人間の能力の高さの証明でもあります。しかし、能力が高いからといって、その能力は常に良い方向に表現されるとは限りません。その能力の高さを、戦争のような極限に負をもたらすために使うこともあるからです。

そういった現状の中で、わたしたち人類はとても不健康な日々を送っています。その不健康な現象の一つが病気の蔓延です。今、日本人の死亡原因の一位は癌です。そこで、癌細胞の気持ちを僕は考えてみました。彼らはある意味能力が高く優秀な細胞です。自分たちの適切な範囲を知っており、その環境が整うと爆発的に勢力を拡大します。どこに勢力を拡大するのかというと、他の生命の中に寄生しながら広がっていくのです。ですから、この世界で癌細胞だけが独立して生きることはありません。常に何かに寄生しながら存在しているのです。このような話をすると、地球という器の中にいる今の人間の現状を想像できませんか?

癌細胞は自分たちが活動するエリアをつくり、その枠の中に入っています。人が自らの考え方の中に囚われている状態を、漢字で「囚」と書きます。これは、枠の中に人が入っている状態です。この枠の下の部分を取り去ると、玄関ができて外からの情報が入ってきます。そして、上の部分も取り去ると、上からは天の法則が入ってきます。そうすると、「囚(とらわれ)」が「閃(ひらめき)」になるのです。

囚われの状態とは、頭の中で思考がぐるぐるとまわり、自らの価値観から生まれる考えだけで生きている状態です。それに対して、閃くという状態は上から降りてくる直観と、内から湧き上がる想いの両方によって生まれます。この閃きの状態を「縦」の思考と呼びます。それに対して、囚われの状態を「横」の思考と呼びます。横の思考は、縦の思考に沿うと、健全に働くようになるのです。そして、この縦(Ⅰ)と横(一)の両方を合わせると十(重合)となり、これは地球の構造と同じです。わたしたちの体も同じ構造でできており、太陽系、銀河、さらに宇宙も同じ構造になっているのです。キリスト教の十字架も同じです。カタカムナでは、これを一(ヒ)から十(ト)までの道ということで、それを十(ヒト)と読み、完成された人間の姿を表します。それは、悟りに至ったヒトの姿です。

名称未設定

癌細胞は、自分たちが活動するエリアを見つけると、そこで自分だけの世界をつくります。しかし、人間の胃の中に癌細胞が増殖する環境が整ったとしても、通常、癌細胞は広がりません。なぜなら、人間の体の中には癌細胞を抑える免疫力があるからです。そこで癌細胞は、自分たちの存在するエリアの法則に従い、門を開き、「閃」という状態で役割をするようになったら、正常細胞として働くようになるのです。

しかし、「癌」という漢字を紐解くと、「品」物を「山」のように抱えると「病」気になる、という欲深な性質を示しています。癌細胞は能力が高く、自分たちのエリアをどんどん広げていく細胞ですから、自らが胃の中の役割に徹することよりも、いろいろな役割を持つ細胞を癌細胞に変えてしまうのです。そうして、癌細胞一辺倒の世界をつくり上げていきます。そして、癌が増殖していったエリアの機能は壊れてしまうのです。結局、わたしたちの体の中の重要な機能が停止すると、いずれ全体の生命機能は停止することになります。その結果、癌細胞も共に死滅するのです。癌細胞は本来、その癌細胞が寄生している全体が健全であると、癌細胞も共に存在していけるのですが、それを無視して自分たちだけの世界を広げるために能力を使うと、自分たちも消滅するはめになるのです。

しかし、癌細胞だけが問題なのではありません。本来わたしたちの体は、癌細胞と正常細胞がバランスをとるようになっています。ですから、癌細胞が増殖するということは、必ずわたしたちが自らの体の生態系を乱すような原因を持っており、それが癌細胞の増殖を手助けしているのです。たとえば癌細胞がより増殖するような食べ物を取り、環境をつくっていたり、癌細胞と共鳴するような心の状態を保っていることが挙げられます。癌細胞は品物を山のように抱える欲深な状態に共鳴する細胞です。その考え方は自らに囚われ、まわりに対して門を開かない状態です。そうした状態は、まわりのものたちと調和し、連携しない性質を示しています。

元々、癌細胞は癌細胞として存在していたのではありません。条件が整うと、正常細胞が癌細胞化するのです。このように癌細胞を捉えていくと、地球上の今の人類の姿に観えてきませんか?人間も、元々自然から発生したものであり、生命の循環の中にあったものが自我を得て、ある条件のもとにエゴを優先させていった結果、地球にとって癌細胞化するのです。まさしく、今の人間は地球上の癌細胞として存在しています。そういった意味では、地球に対して負荷をかけ続けている現代社会のリーダーたちは、癌細胞のボス的存在とも言えます。本来、人類は地球生命と共存・共栄する立場にいると捉えると、新しき人類のリーダーたちはその考え方を今までの価値観とは全く逆転させる必要があるのではないでしょうか。

そのような姿勢を人類が取り続けるようであれば、今後も宇宙や地球生態系はそういった行いに対し様々な現象を通して問題という形で、気付きを与えていくことでしょう。それは、「他者とつながりなさい。そして調和しなさい」というメッセージです。さらに、「あなたはこの世界のために生まれてきています。この世界があなたを生み出したのです」と伝えてくれているのです。

昔の人々は、それほど癌にはなりませんでした。しかし、今の人々に癌はとても多いのです。最近の統計によると、日本人の三人に一人は癌で亡くなっており、一生のうちに二人に一人は何らかの癌にかかると言われています。そこからは、今の人々の自らのことを優先して他者のことを思わず、お金や物に執着し抱え込んでいる姿が観えてきます。それはなぜかというと、人と人がつながらず、生きることに不安を感じながら生きているからです。今の人々はお金や物が沢山あることが幸せであり、そのことが社会で成功したことだと錯覚しています。しかしそれは、本来人間があるべき尊い存在としての姿からは逆の姿なのです。

そういったことを癌細胞はわたしたちに教えてくれています。癌細胞は、「あなたの生きる姿勢がまさに癌細胞のような存在なのですよ」と教えてくれているのです。そして、あなたの心が開かれ、調和的になると、癌細胞はその役割を終え、自ずと消えていくのです。

21世紀に入り、人類は多くの面で行き詰まりを迎えています。しかしそれは、この世の中が問題なのではありません。あなたのほんの小さな日常の囚われが大きくなって、連鎖し、地球規模の現状となって、この世界全体を形成しているのです。それと同時に、わたしたち一人ひとりの身近な問題や悩みも、同じ延長としてこの世界は示してくれているのです。ですから、そうしたすべての問題を解決するためには、一人ひとりがそのことに気付き、まずは自らのほんの小さな囚われから解放されていくことが、問題解決の鍵となるのです。皆さん一人ひとりの手の中にその鍵は託されています。

誰一人として、自らが癌細胞のような存在ではありたくないはすです。わたしたちは本来、この世界のために生まれてきたのですから、この世界のために貢献し、誇りを持って人生の終わりを迎えることが真のヒト(十)の生きる目的であり、人としてのあるべき姿なのです。もう一度、あなたも自らと向き合い、人はどのように生きるべきなのかを考えてみてください。

 
まずは、あなたの「囚」を「閃」へ。

 

 


宇宙そのものとして生きる時代へ ~収穫感謝祭でのいさどんの挨拶

2015年12月16日

今年も暮れを迎え、これから新年を迎えるための新たな気持ちになるために、この行事を執り行う時が来ました。ちょうど昨日、ここで2年間開催されてきたカタカムナの学びに区切りをつけました。そして今日、一年の締めくくりとして収穫感謝祭を迎えるということは、そういったことを計算していなかったにも関わらず、なぜこのように物事の段取りが進むのだろうか、と今朝思っていました。それは、わたしたちが日頃から自分たちの都合で生きているのではなく、天や観えない世界を意識しながら生きている証なのでしょう。そして、これこそが時代の流れであり、この世界の道理だと確認する機会となりました。

今日は収穫感謝祭ということで天津祝詞を奏上しましたが、本来そういった祝詞はご利益を願うものではありません。ところが、人類の歴史を振り返ってみると、1000年も2000年もの間そのようなご利益主義が続いてきましたから、人々は知らない間にそのような場で自らの都合を願うようになっているのです。今の世の中で人々は地鎮祭やいろいろな神事を通してこのような祝詞に出会うのですが、その中身を理解してそこに集っている人はほとんどいません。しかし、ここに天津祝詞の解説がありますのでそれを見ていきますと、この宇宙の法則を天はわたしたちに示しており、神々に対してこの世界を清めてくださるようお願い申し上げるのが天津祝詞の精神ですと書いてあります。しかし、そのこと自体が宗教化しているのです。神々に対してこの世界のことをお願いする前に、本当はわたしたち自身がこの世界そのものなのであり、宇宙そのものであることを理解し、生きることが大切なのです。

先日、タイの僧侶であるプラ・サンコンからの招待を受け、彼の寺院に新たに建立された仏塔の落成式と仏像の開眼式に参列しました。その翌日にお話しする機会をいただきました。そこでわたしがお話ししたことは、お釈迦様から導きやご利益をいただくことではなく、お釈迦様の精神イコール宇宙そのものであり、それが本来の人のあるべき姿だということです。ところが、しばらくの間人々はそういったことを忘れ、自然に対して負荷をかけ、自分たちにとって都合の良い世界を求めてきたがために、今の地球上には様々な矛盾が起きています。しかし本来、わたしたち自身の中にもブッダの精神が眠っているのだとしたら、自分が何を想い、何を言い、何を行うかによって、わたしたちは天津祝詞に示された通りの世界をもたらす存在にもなるのです。それは、天がわたしたちに秩序を与えるように、わたしたち自身もこの世界に秩序をもたらす存在になれるのです。それは、天人一体の世界を認識したものたちが生きることによって可能になるのです。そして、それこそが本来の宗教の姿であり、人のあるべき姿なのです。今、人々がそういった精神の原点に立ち返る時が訪れています。

昨日、カタカムナの学びの場に一区切りをつけたのは、わたしたちがそのことを理解したものとして、その精神を生き、それを最優先に生活に表していく時が来たからです。それが天や宇宙と一体の生き方です。昨日から今日になるのも、一年が経つのも、すべて宇宙の仕組みです。わたしたちはその中で生きているのですから、わたしたちは宇宙そのものなのです。したがって、わたしたちの日々の考え方も宇宙そのものでなくてはならないのです。

先程、畑隊、田んぼ隊、そして大町ビレッジの代表の人たちから挨拶がありましたが、皆の話には筋が通っていました。これは、ここ全体がそのようになってきたからこそ、筋が通っているのです。2012年12月21日に銀河の冬至を迎え、新たな時代を迎えるための3年間の準備期間を経た今、2016年の「発信」の年に向けて皆の中にそういった心ができてきたと感じました。

今回カタカムナの学びに区切りをつけたのも、それは単純に方針が変わったということではないのです。学んできたものをしっかりと会得し生活に表していくという意味では、ただ学びが提供されるのを待っているだけではダメなのです。しかし、今まではそういった時代がずっと続いてきましたから、優れた者とその学びをもらい導かれる者の差ができてしまったのです。そのため、今の時代は格差の時代です。格差のために、貧富の差などいろいろな矛盾が発生したのです。しかし本来、この世界は全く平等な世界です。一人ひとりが当たり前に持っている個性が存分に発揮され、誰もが必要とされ、無駄なものは何ひとつないのがこの世界の本質なのです。そういったことをわたしたちはこの生活を通して表現してきましたし、ようやくそれがここ全体で表現できるようになってきたことを今日感じています。そして新たな年を迎えるのです。

今、いろいろなことが変化する時代を迎えています。そこで、なぜ今のような地球規模の変化が人類に与えられたのかというと、これは現代人によってもたらされた地球の近年のカルマの表れです。ですから、わたしたちはカタカムナと出会い、自らのカルマをそぎ落とし美しくすることを会得しましたし、そのことの重要性を理解しました。地球のカルマが人間の欲望によって汚れてしまっている今、わたしたちもその火の粉をかぶらないわけにはいかないのです。その時に、それを越えていく叡智をこれからわたしたちは発信していくのですし、汚れ歪んでしまった自然とどのように向き合っていくのかを考えていくためには、心にしっかりとした柱が立っていなければいけません。そのことをわかったものとして揺るぎない信念を持ち、歩んでいく時が来たのです。

わたしたちの人生を考えたときに、長い人生を望むのか、それとも短い人生を望むのか。そこでは長い人生を望む者もいれば、短い人生を望む者もいます。それは、その人の意識がどこにあるかによって、全く正反対のことが起きるのです。それと同じように、今、社会的に観てもたくさんの混乱が起きていますが、これを生かしていくことを考える者もいれば、右往左往する者もいるのです。それは、その者がどこを観て、どのような精神でそれを観ているかによって全く違う解釈になるのです。

ということは、この世界の解釈は自由自在だということです。今というこの時代は一度きりしか来ないのですから、それを自分の都合の良いように解釈するのではなく、なぜこのようなことが起きたのかをもう一つ違う視点を持って捉えていくことが大切です。わたしたちが毎日当たり前に起きていること、呼吸すること、一秒が経つこと、一日が経つこと、一年が経つこと、そして寿命を迎えて死んでいくこと、こういったことすべてが一体どういうことなのかを、よく考え理解する時代が来ているのだとつくづく思います。

今年は、作物の収穫という点では今までになく厳しい時代だったかもしれませんが、ここではたいへん充実した一年だったと思うと、たくさんの収穫があったと感じています。収穫には、物理的なものと霊的なものと両方があります。その両方の収穫を豊かにいただいていくために、今年は多くの新たな出会いがありました。来年、わたしが関わるプロジェクトだけでもたくさんあり、それは社会を豊かにするためのプロジェクトです。その新たなものを挙げますと、ニーム・ミミズ・蓮池・マコモ・メダカ・エキウム・マヌカ・・・といろいろなプロジェクトがありますが、それは自分たちの都合によって自然を変えることではなく、元々自然にあるものの力を借りることなのです。

来年、まず一番に力を借りるのは、バクテリアの力です。そのリーダーが光合成細菌の力です。今の世の中にはすでに汚れが蔓延していますから、わたしたちがいくらカタカムナを奏上して美しい響きをもたらそうとしても、それだけでは不十分です。そこで、ニームやミミズ、光合成細菌といったものの力を借りて、厳しい環境を乗り越えていくことが必要です。そういったものは世の中に害をもたらしません。虫の中にも害虫化してしまったものがいるとしたならば、ニームにはそういったものを選り分ける能力があると言われています。たとえばミミズでも、「この土なら繁殖して土作りします」という土と、その土を嫌いミミズが引っ越していく土があるのです。自然はそういったことを知っているのです。その力をもらいながら、次なる豊作をわたしたちは享受していくのです。これからそういった情報を世の中にも提示する時が来ていると思うと、未来はとても楽しみです。

来年一年は「発信」の年でもあり、同時に冬眠期間でもあります。つまり、しばらくの間しっかりとそのデータを蓄積して充電し、いずれ世に知らしめるための年なのです。今、わたしたちはそういったことに対してふさわしい段階に来ていると思うと、物理的な収穫という意味ではいろいろな困難な時代を迎えながらも、必ずそこを越えていく答えがその先に現れてくると思い、来年は希望ある年だと感じています。一人ひとりの中にそういったことに共鳴する心が湧いて、その心が高まってくると、ここは新たな時代を迎える雛形として十分価値ある場となります。そして、そこで生きることは誇りを持って人生を終われるということです。

今日の収穫感謝祭ではまず降神祝詞を奏上し、神様に降りていただいて、神事を執り行いました。世の中に宗教はたくさんありますが、こういったことを現実のこととして、頭の中でイメージする人はほとんどいません。しかし、現実にわたしたちは天と共に生きているのです。そして、自分の中にいのちとして神が生きているのを理解する者なのです。

今日はとても良い一日でした。昨日の一区切りを迎え、わたしたちはただ勉強しているのではなく探究していることを伝え、けじめをつけたところで、今日の収穫感謝祭を迎えたということは、まさしく天の計らいと感じました。誰がこの段取りをしてくれているのでしょうか。それは、天とわたしたちが共に行っているのです。それが、天と共に生きるということです。これからも、地球と共に、宇宙と共に、天と共に、神人一体の生活をしていきましょう。
  

新米の御神酒を手に、新たな時代に向かってみんなで「乾杯!!」
新米の御神酒を手に、新たな時代に向かってみんなで「 乾杯!」

 

 


21世紀の人のあるべき姿 ~後編~

前編からの続き 〉

いさどん:
さらに、僕がどの星から来たのかということにも、ある時気が付きました。それは、富士山麓に移住してからのことです。毎日夕方になると、空には強い光の金星が見えました。僕はその星がとても気になって仕方がありませんでした。そして、「なぜあの星がこんなに気になるのだろう?」と思ってじーっと眺めていたら、金星は僕に対して何か言葉を言っているのです。その言葉とは、「早く帰ってキンセイ!」そして、その星を見ていると、僕のふるさとだ、懐かしい、帰りたいという気持ちが湧くのです。それで、僕はあの星から来たのだと気付きました。その以前から、僕は他の星から来ていたことは感じていたのですが、それが金星だったのだとその時初めて納得したのです。

みかちゃん:
ムルンくんも金星人のようですね。

いさどん:
そうですね。

みかちゃん:
金星は、太陽系の中で女性性や美、五感、芸術、豊かさを司る星であり、お釈迦様やキリストなど地球の霊的長老たちは皆、金星を経由して来ています。

いさどん:
昭和天皇もそうです。今、地球上にはだいたい一万人ぐらいの金星人が来ています。そして、地球上にちりばめられているのです。太陽系の中では水星が一番太陽に近いのですが、金星はその次に太陽に近い星ですよね。

ムルン:
僕は太陽のエネルギーをよく感じます。

いさどん:
面白いことに、わたしたちはカタカムナに出会う前に地球暦というものに出会って、太陽系を紐解いてきました。地球暦で観る太陽と惑星の関係から、その人の魂の形やどのような人生を生きるのかを紐解いていたのです。実は、その前に僕は30歳の時から人の名前でカルマを読み解く手法を天から与えられていました。そのカルマ読みに地球暦の己読みが合わさり、そして今、カタカムナに出会ったのです。そうすると、ヒフミヨイムナヤコトというカタカムナで紐解かれるこの世界の仕組みと、太陽系の太陽から冥王星までの仕組みが見事に一致していることがわかるのです。面白いのは、ヒフミヨイが潜象界を表し、ムナヤコトが現象界を表すのですが、地球暦では太陽・水金地火で内惑星を表し、木土天海冥で外惑星を表すのです。そして、火星と木星の間はとても距離があり、その間には小惑星帯もあるのです。

みかちゃんとボード

みかちゃん:
火星と木星の間の小惑星帯は、人間の魂で言うカルマがあるところなのです。地球暦の内惑星は個人の内面の指標になっていて、木星と土星は社会性を示し、ここまでが目に見える星です。その後の天海冥は近代になって望遠鏡が発明されてから発見された星なので、占星術では土星から先はないのです。だから、占星術では土星が一番長老的な星だったのですが、実は見えないところに時代を司る天王星や精神性を司る海王星、そして悟りを司る冥王星があるのです。

ムルンくんの地球暦を観ると、ムルンくんにとって太陽系の中でも縁の深い星があって、たとえば金星と海王星、そして水星と冥王星が「開き」の関係にあります。

いさどん:
水星は直観を司る星ですので、水星と冥王星の開きから、太陽から来る直観で悟りを表現したい気持ちが強いことが現れています。

「開き」というのは、太陽をはさんで一直線上にふたつの星が向き合っている状態です。ですから、太陽の意志を通して直観を受けたら、悟るぞという想いが湧いてくるということです。それに対して、もし太陽に対して同じ側の一直線上に水星と冥王星があるとしたら、それは「結び」という関係になります。水星と冥王星が「結び」の関係だと、自らの道を直観で悟って進んでいく人になりますが、あなたの場合は「開き」の関係になっていますので、太陽の心を直観で受け、悟りを世の中に示し伝えていくことがあなたの役割になります。

さらに、金星と海王星も開きの関係にあります。金星は女性性・愛・喜び・豊かさ・美・五感・芸術を司る星であり、海王星は精神性・夢・ロマン・想像力・信仰・奉仕・ユーモア・癒しの星です。ですから、あなたはそういった精神性を世の中に広げていく人なのです。

ムルンくんの地球暦
ムルンくんの地球暦

海王星と冥王星は連携してスイッチが入っていないと、意味がないのです。なぜかというと、海王星と冥王星は軌道が時々入れ替わるので、このふたつはセットになって働く星なのです。あなたの地球暦の場合、太陽という大本の心に一番近い水星(直観)と金星(愛・女性性)が太陽系の一番外にある海王星(精神性)と冥王星(悟り・究極の真理)とつながっているので、これから世の中に対して大きな役割を果たしていく人ということですね。

面白いのは、あなたの地球暦には地球にスイッチが入っていません。地球は生命活動・肉体・家族・経験・多様性・変容・変態・文明を表す現象化の星なのです。そうすると、あなたの地球暦には地球にスイッチが入っていないので、現象化をしない人ということになります。あなたの場合、それはどういうことかというと、自らの想いは現象化しない人、つまり自分のことはどうでもいいと考える人なのです。ですから、あなたは自分のことよりも、世の中に大事を広めていくことのほうが大切なのです。

こういう人が一般社会で生きていると、たとえば一生懸命勉強してお医者さんになろうとか、何かの技術を会得して専門家になろうと努力したとします。そして社会に出て行くと、その自らの想いが現象化しないのです。ですから、普通に一般社会で生きていたら、生き辛さを感じてニートや引きこもりになったり、会社で働いても適応しない人になります。ところが、あなたは自分のために生きるのではなく、大事な生き方を世の中に示していく人なので、そこに生きる道があるのです。ムルンが27歳までほとんど社会に出ないで、大事な志とともにこのような活動をしてきたことは、まさしくその表れです。このような人は世の中のために生きているので、世の中がこの人を生かすのです。それに対し、自分のために生きている人は、自分で食べていかないといけないので、一生懸命自分のために頑張って生きるのです。その姿を「四苦八苦」と言います。

地球暦の場合、ある惑星のスイッチが入っていなかったり、破線があるということは、一般社会では欠点にもなります。しかし、人の性質によってはその欠点が個性にもなりうるのです。

僕の地球暦を観ると、土星にスイッチが入っていません。それも、ぴったり夜明けの位置でスイッチが入っていないのです。土星は組織的行動・安定化・秩序・システムの星ですから、それはどういったことを示すかというと、僕は絶対一般の会社では働けない人だということです(笑)。つまり、今の社会の中で生きるには社会性がないということです。それで、僕は今の社会とは違う生き方をしているのです。僕はこの生活を始めた40歳の頃からお金の工面で苦労したことがありませんが、世のため人のために生きていれば、そのような苦労がなく安心して生きていけるのです。世の中のために人が生きたら、世の中がその人を生かしてくれるのです。ですから、常に宇宙を観て生きていたら、宇宙が生かしてくれるのです。

いさどんの地球暦
いさどんの地球暦

このように、どの位置に自らの意識があるのかが大切なのです。そして、自らの意識が今どの位置にあるのかは、毎日の生活を通してそこにある思考からわかるのです。毎日食べるために一生懸命になって、自分のことだけで生きているのか、世の中のことを憂いているのか、さらにそういったことを全て超越し宇宙的視点で生きているのか。毎日自分が何を考えているのかによって、カタカムナで言う、ヒ(一)からト(十)の間のどの位置に今自分がいるのかがわかるのです。

今まであなたが自分の本当の想いを伝えても、まわりの人たちはよくわからなかったですよね。これからは、皆がそれをわかるように伝えていく段階に入ったということなのです。

ムルン:
そうですね。今までは僕に知識が足りなかったのです。「わかるように説明してください」と人から言われても、いさどんが今語っているような知識がないとダメなのです。だから、先代の智慧である物理学や天文学をしっかりと学ばないといけないのです。

みかちゃん:
わたしたちも地球暦に出会ってからカタカムナに出会ったので、この世界の仕組みや人の性質についての理解が深まりました。

いさどん:
その前に、僕に天からカルマ読みが降ろされたのです。カルマ読みで人の魂を読みながら、僕はニート・引きこもりやうつ病の人にアドバイスをしてきたのですが、そこから地球暦に出会い、地球暦を通して人の天命や役割の紐解き方をここで開発していったのです。

みかちゃん:
これからの時代、太陽系の中でも金星の役割は大きいと思うのです。それは、金星は心磨きを大切にする星だからです。

いさどん:
男性性や行動力といった火星の「陽」に対し、女性性や愛を示す金星は「陰」の星なのです。ですから、金星はどちらかというと表面的にはわからない存在なのです。今までの時代は形に表し行動することを優先してきたのですが、その奥にある現象をこの世界に産み出す力は女性性であり、陰が主になって事が起きていくことが大切なのです。「陰陽」とは、陰が先で陽が後に来ますよね。ところが、今の時代はそれが「陽陰」と逆になっているので、形を先に求めてしまうのです。これは、「霊主体従」と「体主霊従」の違いですね。これからは、「霊主体従」という、心が主になって形が後からついてくる時代です。ですから、これからは金星の時代でもあると言えますね。

ムルン:
確かにこれからは金星の時代ではあるのですが、実は陰陽を超えていく時代でもあるのです。

いさどん:
まったくそうですね。

みかちゃん:
それは、物質至上主義社会が終わって単に精神世界が始まるということではなく、統合した世界が現れるということですね。

ムルン:
それが大切なのです。これからは陰陽を超えて、直線的にまっすぐ上へ上がっていく時代なのです。

いさどん:
時代がこれから大きく転換する時に、カルマ読み・地球暦・カタカムナという魂の状態を紐解く3つの仕組みが今ここに伝えられているのです。これをこれから世の中に広めていくことが大切だと感じています。

ムルン:
そうですね。誰でもこうしたことを学べる能力を持っています。これからは、一人ひとりが目覚めていくことが大切なのです。

いさどん:
人間には一人ひとり使命があって、その人がなぜ生まれてきたのかという理由がそれぞれにいくつもあるのです。わたしたち一人ひとりはオリジナルなカルマを持っています。人間は、動物や植物よりはるかにカルマが多く、その分だけ役割も大きいのですが、その使い方を間違うとこの世界に大きな害も引き起こすのです。自らの存在が地球にとってがん細胞にもなれば、正しく生きるとこの世界を正しく導き、天の法則と共に地球を司ることもできるようになるのです。これを「クニ(国・地球)ツクリ(創り)」と言います。カタカムナで「クニ」の思念を紐解くと、「クニ」とは自由(ク)が定着(ニ)したという意味になります。ですから、人間が地球上で生きる目的は、自由に自らを表現し、そして豊かな生命世界を創ることなのです。それが、本来の人間の姿なのです。

しかも、その自由とはある枠(宇宙秩序)の中の自由のことなのです。つまり、枠の中で王道を究めるということです。このように今まで隠されていた古代の叡智が紐解かれていくのが、これからの時代です。古代東アジアに存在していたカタカムナ文明は12900年前にピークを迎え、6450年前に消滅し、そこから現在の物質文明の元が始まりました。そうすると、カタカムナの叡智は今、6450年ぶりに復活したのです。カタカムナの文献は1949年、つまり終戦の4年後に発見されました。ですから、戦争が終わっていよいよそのような叡智が紐解かれる時代になったということで復活し、そしてそれがある人たちによって研究され、今それが世の中に広がる段階に入ったのです。

このように、この世界には流れがあって、その流れの中で自分はどういった意味があって生まれてきているのかという目的があるのです。その一つは個人としてのカルマをきれいにするために、現象化する地球に現れ、いろいろな出来事に出会うことによって自らを知り、カルマをきれいにして元の世界へと還っていくことです。

そしてもう一つの目的は、クニツクリです。地球に対してわたしたちは大きな使命を受けているのです。法華経に「依正不二(えしょうふに)」という言葉があるのですが、依とは人間以外のこの世界の生命全てを指し、人間のことを正法、それ以外の存在のことを依法と言います。正とは人間のことですから、人間が正しい道を表すと、この世界の全てが健全になるという不二一体の状態が、まさしく世界の実体なのです。逆に、人間のあり方が正しくないと、この世界の全てのあり方は間違ってしまうのです。今、まさしく人間のあり方が間違っているので、地球環境が破壊され、多くの生命が絶滅していき、この世界は問題だらけです。ですから、人間には自らのカルマを超えて、この世界のために正しく生きる道が示されているのです。

宇宙を想像してみてください。宇宙に地球のような星は他にありません。この広大な宇宙の中で地球だけに特別な生命が現れ、言わば地球は生命の海の星なのです。そして、280万種いると言われる地球生命の中で、人間だけが特別なのです。人間は宇宙の中でも特別の特別の特別の存在であり、特別の特別の特別の使命を帯びているのです。今70億人いる人間一人ひとりが特別な個性を持って生まれてきているとしたら、一人ひとりにとてつもなく大きな使命が与えられているということなのです。

その真の人間の能力を知って、真の役割を果たしていく扉が開いたのが、2012年12月21日なのです。これは、25800年ぶりに扉が開いたのです。ところが、25800年というのは太陽がたった一螺旋を描いただけなのです。太陽が銀河を一周するスケールから観ると、これは約9000回の螺旋のうちのたった一回なのです。ですから、どの位置に自らの意識があるのかによって、何万年単位・何億年単位で物事を捉えることもできれば、今日一日の生活に四苦八苦することにもなるのです。

そのように、意識次第で人間は本当に小さな存在にもなれば、それこそ宇宙全体を悟り、宇宙を運営するものにもなるのです。これからは宇宙時代ですからね。今、人間たちは世界をどうするのかの突破口が見出せていない状況ですが、21世紀は1000年の道の始まりでもあり、宇宙をこれからどう運営していくのか、天界の神々と共に人間が考え行動していく天人和合時代の幕開けなのです。

僕の中にはそういった想いがたくさん満つっているのです。そして、語ればいくらで出てくるのです。僕は1000年契約で地球に来ていますので、今回が地球上で人として肉体を持つ最終輪廻なのです。ですから、この契約が終了するとまた宇宙へ戻っていくのですが、その前に自分の知っているものを全て表現していくのです。僕の役割は伝えることです。そして、それを現象化するのは、皆さんであり、次の時代の人たちなのです。わたしたちは、時代のプロセスを役割として生きているのです。

ムルン:
その通りですね。とにかく、今の時代はこれだけの叡智が紐解けてきたのですから、これからはそれを仕組みとして表していきたいと思っています。皆さん、今後ともどうぞよろしくお願いします!

イベント終了後、参加者の皆さんと一緒に
イベント終了後、参加者の皆さんと一緒に

 

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2016年2月14日〜3月12日
木の花塾「1ヶ月間の真学校」を開催します!

名前からその人の陰陽と心の性質を知るカルマ読み、生まれた日の惑星配置から使命を読み解く地球暦、そして日本語48音の一音一音に秘められた思念からその人の最も純粋な魂のかたちを解き明かすカタカムナ。
この“三種の神器”を通して自らを紐解き、私たちがこの世界に生きる真の意味を学ぶ1ヶ月間を過ごしてみませんか。

宇宙おじさん4視点が変われば、世界が変わる。

木の花ファミリーという実践の場で生活することを通して、机上の学びでは終わらない実践力を身に付けます!

【 日 程 】
2016年2月14日(日)〜3月12日(土)

【 会 場 】
木の花ファミリー
静岡県富士宮市猫沢238−1

【 対 象 】
■ 自分を変えたい人
■ 世界を変えたい人
■ 今の世の中をどこかおかしいと感じながら、どうすればよいかわからずにいる人
■ それまで知らずにいた本当の自分自身を知り、真に人生を謳歌したい人
■ この星に生きる人 すべて
☆ その他、2015年度受講生からは以下の人に薦めたいという声が上がっています。

■ 漠然とした不安がある人
■ 自分も他人も責め続けている人
■ 人を信頼したいという思いはあるが、できない人
■ 未知の世界があることを知りたい人
■ 出会った人 すべて
(詳細は受講生アンケートにてご覧頂けます。
→ 受講生アンケーヘ)

【 内 容 】
講座は「農」「食」「医」「経済」「環境」「教育」「社会」「芸術」と多岐に渡りますが、全講座に共通して学ぶことは、物理的な現象の奥に流れる深い精神性です。それまでに考えたこともない新たな視点に出会うことで世界観を大きく広げ、今社会はどのような状況にあるのか、その中で自分は一体どういう存在であるのかを紐解いていきます。
〈 講座一例 〉
人格を学ぶ講座(カルマ読み・地球暦・カタカムナ)/天然循環法の畑作/ファシリテーション/世界観を広げる/菩薩の里の経済/自然療法プログラム/食養生/有用微生物群の培養/天然醸造味噌作り/創造性と芸術/性と宇宙/自然再生と災害復興/持続可能な心の持ち方

*その他、誕生日会や季節の祭事、地域の食事会などのイベントも盛りだくさん!生活の様々な場面を通して、互いに助けあいながら宇宙の流れにそって生きる豊かなコミュニティの暮らしをリアルに体感できます。
*上記講座はあくまでも一例であり、プログラムは固定されていません。受講生との双方向の掛け合いにより、その時、その場で、もっともふさわしいものが提供されていく、誰にも予測不可能な世界に二つとないプログラムです。
(→ 2015年度レポーをご覧ください。)

【 主 催 】DSC00081
NPO法人ぐりーんぐらす

木の花ファミリーを母体として様々な社会貢献事業を行っているNPO法人です。

【 共 済 】
木の花ファミリー

詳細は、こちらをご覧ください!
「1ヶ月間の真学校@木の花ファミリー」

150313-225932
2015年度「1ヶ月間の真学校」卒業生による修了パーティー

 

 


21世紀の人のあるべき姿 ~前編~

2015年10月31日から2日間、内モンゴル出身の27歳のムルンくんが企画した「古代日本と遊牧民族の叡智が融合し未来を創造する~モンゴルの草原から来た青年の吹き起こす風 第一章『大地』」と題したイベントが木の花ファミリーにて開催されました。その2日目に行われたムルンくんといさどんの対談の様子を以下にご紹介します。

※なお、9月10日に行われたムルンくんといさどんの対談は、「地球談話を実践する人々~ムルンくんといさどんの対談」からご覧になれます。

 

宮ノ下広場にて お祈りをするムルンくん
宮ノ下広場にて お祈りをするムルンくん

いさどん:
今朝、木の花ファミリーの聖地である宮下で儀式をしているムルンを観て、ムルンという人を紐解いてみたら面白いと思いました。僕も30歳の頃から普通ではない人生を歩んできましたが、ムルンは30歳前にして力強い志とともに一途に生きています。そして、それはこれからどんどん育っていくことでしょう。僕は今64歳で、あなたは27歳なので、年齢差は大分ありますよね。あなたにそれだけ早く志の花が咲くということは、あなたにはそれだけ大きな役割があるのだろうと思うのです。

宮下で儀式をしている時に、ムルンはこの世界に向けて言葉を発していました。そして、そこにはこの世界の意志に応えているムルンの姿がありました。それが、本来の人のあるべき姿なのです。

カタカムナでムルンという思念を紐解いてみましょうか。

みかちゃん:
「ム」は六方向への拡大・縮小が極まるということで、「無」にも通じます。

いさどん:
「ム」は般若心経で言うと、「無眼耳鼻舌身意(むげんにびせっしんい)」と色即是空のことです。この世界は無から始まって、無にまた還ります。ですから、ある意味悟りの境地とも言えるのです。

それから、カタカムナで言うと、「ム」はヒフミヨイムナヤコト(一二三四五六七八九十)の六にあたり、「産(ム)す」という思念もあります。「産す」はこの世界の物事が発生する段階です。カタカムナの思念によると、「ヒ」は秘かに始まることを意味し、見えないところで秘かに現象の種が産まれ出すということです。そして、「フ」はそれが二つに割れることを意味し、それが四つになって八つになって、この世界の物事が始まっていきます。「ミ」はそれが満つっている状態です。そして、「ヨ」は時が産まれ混沌としている状態であり、その次の「イ」で位置が決まります。ヒからイまでは潜象界のことであり、まだ現象界に現れていない状態です。そして、そこから「ム」が始まります。つまり、潜象界に秘められたものの位置が決まったら、産して、現象の元ができたということです。「ム」の段階では、全く汚れていない無の状態です。それがいろいろなものに触れ、現象化が進んでいくと、汚れがついてくるのです。その最初の質量を持つ発生の段階が「ム」なのです。

ホワイトボード

そして、「ル」とは、その行為の継続、その状態を保つことです。ですから、「ム」の状態を保ち、「ン」とは前の音を強くするのです。そうすると、この人は非常にわかりやすい人であり、この世界に現れてくる最初の美しい状態で志を強く保っている人ということになります。それが「ムルン」という人です。ですから、とても一途な人です。27歳でその大事を示し生きていったら、その見本になる人ですね。

今、ふっと湧いたのですが、なぜあなたはこのような活動をするようになったのですか?

ムルン:
今から生まれてくる子どもたちは、僕よりももっとエネルギーが高く、もっと優れたいのちたちです。しかし、その子どもたちが今の社会システムの中で生きていったら、たいへんなことになってしまいます。だから、僕はその子どもたちのために新たなシステムを創りたいのです。闇の時代の矛盾が起きているこの世界では、誰かがそれをやり始めないといけないのです。僕にはその役割があるのです。

いさどん:
昨晩のウエルカムコンサートでは「何億年もの時を越えて」という歌が歌われましたが、その中に「闇の時代は終わりを告げて 光の時代へと向かってゆく」という歌詞があります。それは、まだ闇の時代にいて、いよいよ闇の時代が終わるということを歌っているのです。それは言わば、満(ミ)つって、混沌(ヨ)として、位置(イ)が決まる段階です。ですから、闇の側にいて、光の時代を迎えようとしている状態なのです。まさに木の花ファミリーの歩んできた道は、その状態です。そして、それがいよいよ産(ム)して、「そういった時代になったのだ!」と示していくのがあなたの役割です。そして、これから生まれてくる子どもたちはその先の未来を創っていく人たちです。

今、時代は非常に早いスピードで変化しています。今までの人類の歴史を振り返ってみると、250年前のヨーロッパ産業革命以降、物質的なものを究めてきた時代でしたが、それはある意味逆転現象でした。つまり、自らの心に湧いてきた想いを叶えることが幸せだと思って生きてきたことが、かえって自らを苦しめてきたのです。そして、皆が幸せになろうとしてきたことが、かえって世の中を混乱させてきたのです。

ですから、本当の自分を観るという意味で人類は今、思考の質的転換(ナ)をしないといけないのです。

ムルン:
僕の場合、本当の自分は光なのです。太陽の光がボンと自分の中に入ってきて、それが肉体の中に混ざって、僕は生まれてきたのです。

いさどん:
それはお母さんのお腹の中にいた時の話ですか?それとも、生まれてからの話ですか?

ムルン:
僕が生まれる前の話です。

いさどん:
それは、自分が光だった時代ということですか?

ムルン:
そうではなく、一つの魂はある意味エネルギーですよね。そのエネルギーがいろいろなものと関連しているということです。光は宇宙が成り立っている一部であり、その一部から僕が来たということです。

いさどん:
光は物質です。ですから、わたしたちの物質の元になっているのです。宇宙は、ヒフミヨイムナヤコトという一から十の仕組みによってできています。ト(十)は統合という思念で仕上がりの状態であり、ヒ(一)は始まりの思念であり、太陽の日でもあり、燃える火でもあり、光でもあるのです。ですから、あなたの話はその通りなのですが、なぜそういうことをあなたは確信を持って話すのでしょうか。そこのところを聞きたかったのです。普通の人はそういったことを自信を持って語らないものです。

ムルン:
僕はそういったことを自然に感じますね。

いさどん:
それはムルンが自然に感じて、自分の中で当然のように語ることはかまわないのです。それはあなたのルーツですからね。しかし、自信を持って自分の記憶を語ったとしても、まだそのことをわからない人たちは「この人は何を言っているのだろうか?変わったことを話しているなあ」と思ってしまうのです。

ムルン:
実は、これはいさどんのせいなんですよ(笑)!いさどんと話していたら、説明をしなくても、自然とそういう会話に入れるので慣れてしまったのです。

みかちゃん:
ということは、ここに来るまではそういう話をしてこなかったということですか?

ムルン:
僕はあまりこういう話をしてきませんでした。

いさどん:
自分の中に秘めていたのですね。

ムルン:
それは、相手が理解してくれないからです。ただ、相手が少しわかりそうな人であれば、僕はたくさん話をしますし、その人も喜んでくれます。

いさどん:
先程、僕は30歳の頃から変な人だったという話をしましたね。その頃、世の中は高度成長の真っ最中ですから、土地を買えば絶対儲かり、株を持っていれば絶対儲かる時代だったのです。そのような時代に、まわりがどんなにその大事がわからなくても、自分の心の中で秘かにその想いを持ち続けながら歩んできました。最初の頃は自分の中にその想いは満つっていても、語れなかったですね。それが、少しずつ語れるようになってきました。こういったことは僕の中では本当のことですから、語ってきたのです。しかし、今はそれを多くの人に語れる時代になったのです。ですから、あなたが宮下で儀式をして、そのことに皆が立ち会う時代になったのです。先を少し見通してみると、それを受けて実行する人たちがもう生まれてきています。そうすると、ある意味これは順番なのです。僕のような人が現れ、それに共鳴して生きている木の花の人たちがいて、さらに木の花の存在をどこかで感じ集まってくる人たちや、それを受けてあなたのような人と出会っているのです。しかし、あなたは明らかに、僕が30歳の頃とは違う社会に生きています。そして、さらにそれを受けて、子どもたちはわたしたちとは明らかに違う価値観で社会を創っていくことが観えるのです。

ムルン:
そうです。今、生まれてきている子どもたちは、僕が持っているものをすでに持って生まれてきているのです。

いさどん:
そういうことをあなたが語れるのは、確かに僕のせいなのです(笑)。僕がそういったことを理解しているので、あなたは今まで秘めていたものを語っているのですが、それを僕は解説しているのです。

ムルン:
そうですね。生きていくことは成長していくことですから、一番大切なことは自分をよく見つめ、自分とよく対話をすることです。僕がなぜこの道を歩んでいるのかというと、僕はずっと自分の心の声を聞いてきたのです。そうやって自分の心に従い、自然からエネルギーをもらいながら、転んでも泣いても歩んできました。そして少しずつ成長していくと、自分というものが何であるのか、自分がこの世界でしたいことは何なのか、そしてもっと大きな自分の役割は何なのかという質問が自分の内から湧いてくるのです。そして、それをしっかりと考えることが大切なのです。その結果、自分の精神世界とつながり、バランスが良くなって、自分の役割がさらに定まっていくのです。その時に、人は初めて行動することができるのだと思っています。

いさどん:
今、あなたが話していることは、あなたの歩みとして内に秘めてきたことです。しかし、これからは自分が経験してきた歩みを皆の歩みとして外に表していくことが必要なのです。自分の中で秘めているものは自らの心を強くし、この歩みを進めてきたものでもあるのですが、これからは皆が「そう言えば自分もそうだった!」と忘れていたことを思い出すために使っていくといいでしょう。

ですから、今までは、「これを話してもわからないだろうから、人には話せない」としてきたことを、これからは、今はわからないけれど縁があった人にはそれを語っていき、人々がわかるための手助けをする立場に立つのですよ!

ムルン:
それなら僕も言いたいのですが(笑)、皆、僕と同じなのです!

いさどん:
そうですね。先程あなたは、「自分は光だった」と言いましたが、皆同じ存在なのです。全てのものは太陽の光によって生命が育まれています。太陽がなければこの世界に生命は存在できないこと、そして光から全ての生命が始まっていることをどこかで認識していればいいのですが、多くの人々はそのことを忘れています。ですから、この世界に様々な矛盾が存在していることに危機感を持ち、27歳という年齢でそういったことを大事にしているムルンを観て、僕もこのぐらいの年齢の時からこの人生が始まったことを思い出しました。

僕はこの道を与えられた時にこう言われました。「そなたが生きているうちに、この世界は事が起こらん。」つまり、僕はこの世界が新しい時代を迎える前の土台を創る役割であり、だから生きているうちに本当に社会に認められることはない、と言われたのです。

また、この世界で東北を指す艮(うしとら)の方角は鬼門と呼ばれ、神聖な場所を指すのですが、わたしたちは聖地富士山を東北に見て暮らしています。その向こう側に不二阿祖山太神宮という日本最古の神社があり、そこと縁あって一昨年出会ったのです。富士山をはさんでわたしたちが西南にいて、あちらが東北にいるのです。インドに対して日本が東北の方角にあるということも意味があるのですが、不二阿祖山太神宮には天之御中主(アメノミナカヌシ)という太陽系神と、富士浅間木の花祭りの金神様でもある国常立大神(クニトコタチノオオカミ)の二神が祀られています。そこを初めて訪れた時、その神殿でこう言われました。「難しいことを与えておるゆえ、心してゆけ。」つまり、僕が与えられている役割は今の世の中の人々がなかなか理解しにくい難しいことであり、相当覚悟していけ、ということなのです。実際に、僕がどれほど語っても、世の中の多くの人々はまだ自分自身の欲望に囚われていますから、人としての本来のあり方を理解しないのです。

そこで、僕の名前をカタカムナで紐解くと、偉佐美の偉はヒフミヨイのイではないのです。漢字を見るとわかるのですが、偉という字の中に「ヰ」が入っています。これは井戸の井でもあり、湧き出るという意味です。さらに、このヰは全てを理解した悟りを指します。ヒフミヨイムナヤコトと宇宙の全てがつながって統合されると、いよいよ現象界ができていくのですが、現象界では物が発生しますから、物と物に差が生まれるのです。ですから、「サ」というのは物と物の差であり、差ができると動きができ、この世界の動きが始まるのです。そこで「ミ」は、準備が整い満つっている状態です。ということは、心は悟って、いよいよ始まるぞという状態になり、その状態が満つっているということは、まだ現象が始まらないということです。たとえば、家がありますね。僕はその一番奥にいて、物事はこうだからこう始めていけばいいのだと外に向かって示している状態です。しかし、外にある世の中は、まだ動かないのです。ですから、僕の位置というのは、それをどうしたものかと思案している状態でもあるのです。

ホワイトボード2

そして、ムルンという人が現れました。ムルンは、僕が家の中にいて示していることを受けて、「僕がそれを現象化につなげましょう」という人なのです。ですから、僕は潜象界にいて満つっている状態を保っており、あなたは現象界にいて僕の想いをつなげていく役割になるのです。そして、さらにその次にはイサナという宇宙人が生まれています。今2歳なのですが、イサナの「ナ」は質的転換という意味です。「わたしが現象を起こします」という力強い人が次に控えているのです。そのように、「ミ(三)」から「ム(六)」、「ナ(七)」と時代が進んでいく流れを紐解いていくと面白いですね。

みかちゃん:
「ヰ」をもう少し説明すると、ヰはこの世界に発生し、現象界に形が現れ、そしてまた元の世界に戻っていくという一通りの経験をして、高次元へ還元されたということです。だから、発生する前の段階とは違うのです。

いさどん:
それは、ヒフミヨイムナヤコトの全てを統合して仕上がり、悟って、また戻ってくるということです。それは、現象界へ現れ、いろいろなことを経験して全てがわかると、この世界で修行をする必要がなくなって、もう一回元の世界へ戻り、わかった者として潜象界にいるということです。それが悟りの世界です。

僕の名前には面白いエピソードがありまして、なぜ僕の名前がついたかを父親に聞いたことがあるのです。そうしたら父親は、「生まれた日が5月3日で三男坊。だから、5・3・3でイサミとした」と言うのです。そして元々、「伊佐美」という字を考えて役場に行ったと言うのです。そうしたら、役場の受付の人が「これは伊勢の伊ですから、こちらの偉のほうがいいじゃないですか」と言ったというのです。それを聞いた父親は、頑固者で人の言うことを聞かない人なのですが、その時には「そうですね」とそうしたというのです!それで、僕の名前は「偉佐美」となったのです。

偉いという字がついたことで、僕には昔からプレッシャーを感じることがありました。自分のことをたいして賢いとも思わないし、たいして立派な人だとも思っていなかったので、自分の名前がプレッシャーになることもあったのです。しかしいつの頃からか、自分はこの字をもらう宿命だったと思うようになりました。そして、この字でなければ、イサミのイはヒフミヨイのイ(五・位置という思念)になるのです。それに対し、ヰはヒフミヨイムナヤコトという物事の始まりから終わりまでを悟った最終段階の状態です。昔はその字をもらったことをプレッシャーにも感じてきたのですが、今はその仕組みを語れていると思うのです。

ムルン:
僕もたくさん悩んできたのですが、僕の時代はもっと明快です。僕の時代は悩んでいたものを形にしないとダメなのです。

いさどん:
それがプレッシャーということですか(笑)。

ムルン:
そうですね(笑)。

いさどん:
その時代にはその時代に生きる人のプレッシャーがありますからね。

ムルン:
はい。だから、難しいのです。

いさどん:
実は、この世界に現れるということ自体が、プレッシャーなのです。ただ、そのプレッシャーをどこで感じるかなのですが、自分自身のことで自業自得にプレッシャーを感じる人もいれば、なかなかならない世の中を憂いて世の中のことでプレッシャーを感じる人もいるのです。ですから、どれほどのスケールでプレッシャーを感じているかが、その人の意識波動の位置なのです。

ムルン:
いさどんの話を聞いていて思ったことは、実は僕の名前にも物語があるのです。僕が最初に親からもらった名前は実は中国語の名前で、呉雪芳という名前でした。僕の兄が雪清という名前だったので、ただそれに合わせただけであり、特にこの名前に意味はないのです。それからどういう物語が起きたのかというと、14歳の時に僕は村を離れ、草原をまわりました。そして大都会に行って、勉強するために学校へ行ったのですが、僕のふるさとの出身の人が先生をしていたのです。その先生が僕の名前を記録する時に、「雪芳」という字が「雪峰」に変わってしまったのです。その時は、なぜその先生が僕の名前を間違ったのか、それは意図的なのか、わかりませんでした。しかし、そこから僕の名前はパスポートでも何でもこの雪峰という字になったのです。

そして、今なぜ「ムルン」という名前なのかというと、僕の兄が2歳の時に僕のおじさんの5番目の弟が兄のもとを訪れ、兄にムルンという名前を与えたのです。ムルンにはモンゴル語で川という意味があり、そのモンゴル語の字はとてもきれいです。しかし、兄は中国語の名前を使っていたので、ムルンという名を使うことはありませんでした。そこで、僕は高校まで雪峰という名前を使っていたのですが、高校時代に僕が今話していることや想っていることの形が出てきました。さらに、僕は中国でも内モンゴル出身なので、自分のルーツに憧れる想いが湧いてきたのです。そこで、「僕はモンゴル人なのに、なぜモンゴル語の名前ではないのか?」と思い、「兄はあの名前を使わなかったから、先輩からもらったあの名を僕がもらおう」と思ったのです。

ムルンくんとボード

いさどん:
あなたはどちらかと言うと、中国人というよりも、モンゴル民族の意識のほうが強いということですね。

ムルン:
小さな頃からそれは強かったですね。僕は小さな頃から、村を守るという意識があったのです。僕はモンゴルの先生から、「モンゴル語の名前がないとダメだよ。そしていずれ、君の雪峰が溶けて、川になるよ」と言われたことがあります。山から雪が溶けていって川になる、というのが僕の物語なのです。そして、それは後からわかったことであり、途中でその意味は全くわかりませんでした。

いさどん:
雪峰というのは、そこに山があって高い位置にあるということで、それは意識が高いということですが、まだその状態では人々のいのちにはなっていないのです。山に降っている雪が溶け、川となって流れてきて初めて、人々はそれを飲み、その水がいのちとして生きていくことになるのです。

ムルン:
その意味が高校時代に解け始めたのです。

みかちゃん:
だから、ムルンという名前には深い意味があります。ただ、山にいるだけではダメなのです。「小聖は山に住み、大聖は町に住む」という言葉があるように、小さな聖人は山に住むことに対し、大きな聖人は町に住んで一般大衆に説いていくのです。

いさどん:
僕は1000年前に地球に降り立ったのですが、その時僕はヒマラヤで行者をしていました。地球に慣れ、宇宙の意識をこの地球上に降ろすためにはまず、ヒマラヤで暮らし、そこで修行をする必要があったのです。カタカムナで言う、ヒフミヨイムナヤコトは、一(ヒ)から十(ト)までの道です。そうすると、ヒからトまでを学ぶということは、ヒト(人)の道を学ぶということです。そして、ヒトであることの意味を学び、悟って昇天すると、俗世に生きなくなるものです。しかし、悟った者の悟りは何のためにあるのかというと、それは悟らない者のためにあるのです。普通、「わたしは悟りたい」と言うと、自らの欲望の延長に悟りたいということです。ところが、「仏の悟りは仏のためにあらず。仏の悟りは一切衆生のためにあり」と言うように、悟った者には悟らない者のためにその道を示す役割があるのです。そこには、「自分のため」はないのです。そうすると、ヒマラヤなどで修行をし、悟った者は昇天していくのですが、次にまたこの世界に戻ってきた時には一般の人々の中に入り、そしてわからない者のために生きるということになるのです。

ですから、僕には宇宙から地球に来て、最初にヒマラヤに降り立ち、その後に里に降りてきたという魂の歴史があるのです。そして、こういったことはずっと前から、僕にはわかっていたことなのです。中学、高校の頃にはもうわかっていました。

 

後半へ続く ~