昨夜、「7月4日に生まれて」という
ベトナム戦争の映画を観ていて、
人間はどうしてこういう生き物なんだろうと
改めて思いました。
人々には、そこのところだけはぜひ、
気づいてもらえたらと思っています。
(この映画について解説したいのですが、
この場ではできませんので、
皆さんもぜひ一度観てみて下さい。
レンタルショップ等にあると思います。
木の花でも上映会の予定をしています)
今、国会で民主党と自民党が、
戦争のような対立的立場を取っている。
双方とも豊かな国、
調和のとれた国を目指しているはずなのに。
平和運動家たちも
世の中の平和を願っているはずなのに、
自分たちの考え方が通る
平和な世の中をつくろうとしている。
みんな平和を求めているのに、
自分たちの考えが通る平和を求めて
他の考えを潰してしまったら、
それは平和ではない。
自然を観たら、
それぞれの役割を果たしながらつながり、
調和している。
私たちはそこから生み出されている。
現在も、その仕組みの中で活かされている。
私たちが今存在しているのは、
宇宙の中の点である狭い地球上であって、
地球の外の広大な世界は全く違うのに、
なぜそこに気づかないのかと思う。
そんなに難しい話でも、
大学で勉強するような話でもない。
子供だってふっと考えたら、
どっちが大事かわかるようなこと。
どんな子供でも、
「あなたが幸せになるためには、
友達を大切にして、
友達も幸せにならないとだめでしょ。
それがみんなで仲良くということでしょ。
みんなは一人一人のことを大切にしていこうね。
一人はみんなのために。
みんなによって自分がこうやっていられるのだから、
みんなに感謝して、
みんなのために日々を送ろうね」
と言えば、ちゃんとわかる。
One for All, All for One.
たったこれだけの、すごく簡単なこと。
あなたは、その富を自分だけのものにして、
何が満足なんですかと言ったら、
きっと脳の中に欲望を叶えた時に
分泌される物質があって、
その快感に麻薬みたいに
とりつかれているようなものだと思う。
もっと大きな声でこのことをみんなに広げ、
いさどんが言っていることに
「そうだ、そうだ」と言っているだけじゃなくて、
その人も「そうだ、そうだ」と行動するべきだ。
政治勢力だろうが、市民勢力だろうが、
国家勢力だろうが、
こういう動きを皆でつくらないといけない。
アメリカは、国益国益と愛国心を国民にたきつけ、
若者たちに愛国心の証を示せといって戦争に行かせる。
今までどれほどの爆弾を地上に落として、
どれほどの人を平和の叫びのもとに殺してきたのか。
そして、それは今も続いている。
そのルールが世界中のルールになり、
それと対立するルールが相手側に仕組みとして育ち、
対立の世界が成り立っている。
これほど幼稚で馬鹿げたことも、
宇宙の法則なのである。
それはどういうことかと言うと、
幼稚だという法則。
馬鹿げているという法則。
神様はそれも学びとして与えてくださっている。
そこまでのことを通して、そこまでの痛みを持って、
そしてそこまでの辛さの上に学んでいけば、
これを二度と起こさない場所ができるだろう。
けれども、私たちがその学びを達成できるまで
いつまでも待っているのではなくて、
自分たちから気づいて、
自主的にやめていかないといけない。
先日のテレビ中継で、
名古屋市長の川村たかしさんが、
「世襲の議員やお金がある議員ではなく、
お金がなくても、大事なことを
この国に対して語ったり行ったりできる人が
政治家になれるような制度を、
なぜつくらないのか。
それこそ、そういう人たちを
国がお金を出して支えていくということが
あってもいいのでは」と言っていた。
そういう国をつくろうと思えば、
私たちにはつくれる。
主権は私たちにあるのだから。
大本教の出口王仁三郎が、
人類愛善会をつくっていろいろな活動をした。
彼は、この国の制度、
世界の人々を変えていこうとした。
それが「愛善」ということ。
今、鳩山首相は、友愛政治を掲げている。
友愛を掲げて総理大臣になろうとする人は、
そんなに沢山いやしない。
どちらかと言うと、
利権の上に政治家になる人が多いのだから。
出口王仁三郎は、愛と善。
鳩山さんは、友愛。
そして、木の花の三色旗は、
善と愛と調和である。
この世界の仕組みを見て、
その仕組みの中で自分の役割をしっかりと果たし、
ゲームのように楽しみながら生きていく。
これが本当の進化した先の、地球上の姿である。
そして、この宇宙の仕組み、法則、
神様の心、自然の意思。
そういったものを理解した人たちを、
神人(かみびと)や覚者と言う。
そういった人たちがつくる
世の中、地上は、楽園になる。
ユートピア運動というのが昔あったそうだけれど、
それを達成した所はないという。
ユートピアを掲げて
現実は違う所で生きるのではなくて、
私たちは本当にそういう場所に立つべきなのではないか。
宇宙国大統領になろう。
自分が宇宙人だと認識し、
そして自分がこの世界の代表であることを自覚して、
その意思にふさわしい
善意と愛と調和の精神を発信していこう。
そういう人は全て、宇宙国大統領になれる。
そして、その人が宇宙のことを想っている場所が、
その人の執務室になる。
宇宙国大統領の執務室。
僕は、ものごとを語っている時や語った後に、
これを聞く人や読んでくれる人のことを想う。
時々、お釈迦様のことを想ったり、
出口王仁三郎のことを想ったりするように。
私たちは臆病にならないで、
そろそろ立たないといけない。
もう一度純粋に、この世の中をつくるという
その心で立たないといけない。
善意と愛と調和の精神で。
宗教は悪いもののように言われることがある。
何かよくわからないものを見ると、
それって宗教なんじゃない、とか、
実際それに問題を見つけると、
やっぱり宗教でしょうと表現される。
しかし、宗教はそんな愚かなものではない。
本来、宗教は尊いものである。
愛と善を掲げて教えを説いているはず。
それなのに、宗教人であることを
組織の中に抱え込んでしまって、
人々に広げないなんて。
ならば、宗教を捨ててしまえばいい。
宗教を捨てて、本当の善なる心の上に、
その精神を持つということ。
それこそが宗教である。
何の側にも立たない。
「神」という言葉が通じないなら、
違う言葉を使えばいい。
この世界の仕組みでも法則でも。
そうやって特定のものにすがるような発想ではなくて、
冷静にものを分析したら、
この世界に流れている法則や、
この世界の出来事の奥にあるメッセージが見える。
それはすべて、
統一された法則によって成り立っている。
その心で立ちあがる準備をしてほしい。
若者たちが畑を耕す農的生活を実践するというのなら、
次の世代の人たちは、
心を耕す生活の場をつくらないといけない。
壊れてしまった人たちの
心の癒しの畑をつくらないといけない。
人生の終末を無意味に消耗し余生を送るのではなく、
心を若く持ち、人生の再スタートとして
世の中のために我々は役に立つぞ、
と生まれ変わって
新たな人生の始まりを迎えるくらいのつもりで
人生を送りたいものです。
以上、宇宙国大統領兼
「おやじの館」の主の演説でした。
こんにちは。今日は美味しいものを食べた
後遺症か、なんだか、この文章を読んでいて、
ぐっと
きました。 胃じゃなくて、涙腺と はぁと あたり なんちゃって
さいきん 捨て身 のような気がしてきて、可笑しいです。
銀座の人ごみで、人に道をゆずるとか、
前からくる子供がぶつからないように、
また後ろの人も前方の ちびさん に気づけるように、
とか
ささいな平凡なこととか
特攻ではないし、相手にも同様なのを要求せぬように
ふーら ふうら
ちなみにこの文章を書いたのは
男(肉体) です(笑)
変性男子でもありませんよー
前に木の花を訪れたときに、いさどんが「これからはお互いが理解しあうだけでなく、どう繋がっていくか、が大事」と伝えてくれましたね。(今はそれをテーマにしながら、仕事しています)
ほんと、みんな「人」なんだから一緒に楽しく生きていくことなのになあ、と感じます。
それぞれの役割と個性を認め、活かし合いながら・・。
木の花にはたまにしか行けないけれど、自分が成長していくと、ハートが開いていくと、それに応じて木の花を家族に感じてきます。
おやじ、みんな、富士のふもとを楽しんでくださいねー、たまーに顔出します。
全く同感であります。
同志です。