生きるということは、感謝、感謝、感謝です ~ 2022年収穫感謝祭より

木の花ファミリーでは、毎年一年の締めくくりに、その年の恵みに感謝を捧げる「収穫感謝祭」が行われます。今年の収穫感謝祭で、ジイジは「感謝」について以下のように語りました。


今日は、1年の締め括りとなる収穫感謝祭です。

そもそも、「感謝祭」とは、感謝をすることです。今の人たちは、いろいろなことに感謝をします。しかしその前に、感謝を叶えるために、要求をするのです。
自分の欲しいものをもらえたら、感謝する。昨日はクリスマスでしたが、あれが欲しい、これが欲しいとお願いをして、その願いが叶えられたら「ありがとう」と言う。「ありがとう」も感謝の心ですね。ただ、そのように自分の願いが叶えられて感謝するのは、本当はその心に魂が入っていないのです。

我々は肉体を持って生きていますが、肉体が生きているわけではありません。肉体に魂が入って初めて、自分の個性的な日常が続くのです。日常が続いていく中で、その肉体の中にどんな魂が入っているのかによって、それぞれ個性的な人生があるのです。その個性的な人間の人生が、今、極めて怪しい状態になっています。それは、欲望の虜になり、自分の願いが叶えば「ありがたい」と言う人たちが増えてきたということです。地球上にはたくさんの命がありますが、それが人間の特徴になってしまいました。そしてそれによって、人間は感謝というものを忘れてしまいました。

人間は、創意工夫することによって様々な技術を発展させ、テクノロジーを進化させることにより、自分たちの願いを叶えてきました。それは良いことですが、自分の願いが叶うとどうなるかというと、次の願いを叶えたい、という心が湧きます。もしくは、叶ったことが当たり前になり、それがあるのが当然という世界ができていくのです。これは意外と簡単なカラクリなのですが、現代人はそのことを極めてわかっていない状態で社会を創ってきました。

ですから、このような一年の節目を迎えた時に、ここでは「本当はどうだったのだろう」ということを振り返ります。今、『愛とお米があればいい』という歌が、舞と共に歌われました。お米は、この地球上で最も優れた食べ物と言われています。面積あたりの収穫量が最も多く、栄養も豊富です。その最も大切な食べ物と、その前に、食べ物ではなく「愛」があればいいと言う。愛とは何かと言うと、絆です。それは、人に対する思いやり、自分と人を同じに思うことです。

そうすると、「感謝」とは何でしょうか。今の世の中にある感謝は、自分が先に願いを持って、それが叶うと「ありがとう」と言う感謝です。
この世界には元々法則があり、その下に、私たちはこの世界に降ろされました。太陽を頂き、雨を頂き、風を頂き、大地を頂き、太陽のエネルギーと空気によって生命の循環が起こり、その中で私たちは命を与えられています。ということは、それがないと生きていけない仕組みの中にあるのです。
しかし、今の人間はそのことをまったく考えません。ですから今、そういったことをまったく忘れた社会ができたことによって、こんなにも発展して豊かになったはずなのに、混乱がたくさん起きています。それはメッセージなのですが、その混乱をどうするのかというと、賢い人間たちは創意工夫して技術革新によって解決していくのです。解決すると、それよりもさらに大きな問題が起きるようになっています。まるでこの世界から意地悪をされているようですね。今、人間が創っている社会とこの世界の関係は、そのようになっているのです。何故かというと、そこに人々の感謝がないからです。

本当の感謝とは、既にあるものに生かされている、そのことに感謝できた時に、それは本当の感謝となります。生きることのすべては、それがベースでなくてはなりません。
幸いなことに、私たちはこの生活を始めて29年目であり、来年は30年目に入ります。30年は、天体で言うと土星の1周のサイクルです。それは人間の人生にとっても大きな節目となるサイクルです。生まれてからの30年間は、自らの人間性を様々な形で表現し、自分が何者であるのかを体現する期間です。そして自分が何者であるのかを知った後で、それでは、その自分を使ってこれからどう生きるのか、というのが、次の30年間です。そうして60年を生きた結果を元にして、これからどのような終末を迎えるのかというのが次の30年間で、合わせて90年でほぼ人生を終わります。そのように、節目節目に、それまで歩んできたことの意味をよく知って、そしてその意味にふさわしい生き方をする。それが、魂が入っているということです。

そこでの自らの歩みを振り返ると、生かされていることばかりです。人間はいつの間にか、自分の力で生きているとか、何かを獲得することを当たり前に思うようになりました。しかし、今自分がこうしてここにいるのは当然だ、ということは、本当は無いのです。すべて、毎日、瞬間瞬間を頂いているばかりで、つまり生きるということは、感謝、感謝、感謝なのです。

『愛とお米があればいい』とは、一番のシンプルな食べ物と、そこに愛のふりかけがあったなら、人はそれだけで幸せに生きられるものなのです。しかし実際には、それ以上に、山のようにたくさんあるでしょう?挙げたら切りがないほど、今の人間たちはたくさんのものを持っています。ここにも様々な供物が祭壇に供えられていますが、こんなにたくさんのものを、私たちは自然から与えられているのです。電力でも、スマホでも、挙げ始めたら切りがないくらい、たくさんのものを与えられている。こんなにも溢れているのに感謝のない世の中が、行き詰まるのは当然のことでしょう。

2012年12月21日の銀河の冬至から、今年2022年12月22日の冬至をもって10年が経ち、「統合」を迎えました。こういった、本当を生きること。それは、誰かが音頭をとって「こうしよう」と言うのではなく、一人ひとりが、自らが生きることの本当の意味を知り、魂が入った悟りをもって、本当の感謝で毎日を生き、命を繋いでいく。そうすると、周りにいい流れが生まれます。出来事がとても順調に進み、いい毎日だね、と言って、みんなが仲良く、感謝し、良い日々を送れるようになります。この世界は、我々にそういった約束を与えてくれているのです。それは間違いのないことです。

感謝のない世の中では、始めは無かったものがいつの間にか有るのが当たり前になり、それが無くなった時に「自分のものを失った」と傲慢になるのです。今日は一年の区切りとして、ここでは収穫感謝祭を迎え、たくさんの供物がお供えしてあります。それは、太陽が恵みとして自然から私たちに与えてくれたものですが、与えられたものへの感謝だけでは、これまでの人々が表現してきた浅い感謝です。これからの感謝とは、ここに在ること。不思議でしょう?時間は、未来にしかいきません。過去には戻れない。しかし、過去の経験を繋いで、未来に生かすことができる。そのような世界を、一体誰が創ったのでしょう?

天体はものすごく大きくて、私たちにはまったく縁が無いようですが、実は、太陽の作用、月の作用、惑星の作用、銀河の作用、我々にはまったく関係のないように思える無数の星々が、ここにこういった世界をもたらしてくれているのです。
もう一つ、二つ、深いところで、一体全体この世界は何であるのかということを考え、そしてそういった深い恵みを頂いていることに対し、改めて感謝する時代が来なければならないと思います。そういったことを、これからも皆さんと共に深めていきたい。その段階に、ここも入りました。なぜなら、この地球の人間社会がそれを失ってしまい、これから本当にそれが必要な時代が来る、その先駆けとしてここがあるからです。
ですから、一人ひとりがその自覚を持って、これからやっていきましょう。誰の中にも、愛と絆の芽はあります。それを芽吹かせ、周りが良くなり、その中で自らも良い人生、価値ある人生を生きることが大切だと思うのです。

今の世の中は、自分のことばかりでしょう?そして格差が生まれ、対立が生まれ、そんな中でどうして、自分だけが良くなることができるでしょう?みんなが良くなるからこそ、自分も良くなる。それが本当の人間の立つべき立ち位置です。

今日も、明日も、明後日も、そのことをみんなと深めていきたいと思います。感謝です。ありがとうございます。

 


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