令和時代の解決策!~ 現代社会の問題は伝統で解決できる?!

2100年の人々に向けて発信する暮らし・木の花ファミリー

2019年7月14日から19日まで、中国人のルイーザさんが企画したツアーにより、総勢12名の中国からのゲストが木の花ファミリーに滞在しました。ツアー中は木の花ファミリーメンバーと共に作業体験をしたり、ジイジによる食のプレゼンテーションが提供されたり、子育てについての座談会の場が持たれました。
18日の午後にはこのツアーのまとめの座談会が行われ、その中である中国人女性は、「木の花ファミリーには、血縁のある人もいますし、ない人もいます。これは、とても古い時代に村に一人の長老がいて、みんなが集まる形に似ていると思います。現代社会には問題があるので、私は昔の伝統的な文化にとても興味があります。古い時代には人と土のつながり、人と人とのつながりがありましたが、現代人にはそれがありません。たとえば、チベットの人たちは山や川に対して愛を持って接します。今後、中国を含めて世界中で木の花ファミリーのようなコミュニティが増えれば、地球の未来は良くなることでしょう。その場合、木の花ファミリーはそうしたコミュニティをサポートすることはできますか?」と質問しました。それを受け、ジイジは次のように語りました。


ジイジ:
今、山と川の話が出ましたが、山は意識の高さを表します。山は高いでしょう?意識の高い者はそこへ心が向きます。そして、川はいのちの源です。ですから、信仰の対象なのです。そして、信仰の対象として一番代表的なものが太陽です。ですから、世界には太陽信仰が一番多いのです。

まず、木の花ファミリーでは伝統的な人々の生き方を意識しているわけではありません。伝統的な人々の生き方は、生きることがとても厳しい時代の生き方なのです。

昨年の終わり頃、8年ぶりに「木の花ファミリー憲章」を改訂しました。25項目について、憲章を作成したのです。以前作成したものはそれほど細かくありませんでしたし、8年前は途中で作成が終わっていました。そこで、2020年から始まる地球規模での人々の意識の変革に向けて、憲章の改訂を行ったのです。憲章を作成するにあたっての意識は、これから人類が必要とするであろう生き方について書いてあります。それは、木の花ファミリーが実践している生き方でもあります。そのメッセージは1冊の本くらいのボリュームがあるのですが、それをどこに向けて発信するかというと、現代の人々に向けての意識はあまりなく、2100年の人々を意識して発信したものです。

あるときから私は、天のメッセージを受けるようになりました。それは明らかに、地球外からのメッセージでした。それ以降、私の意識は常に宇宙と地球の関係、地球と人間の関係に向いています。そうすると、地球の歴史や人類の過去の歩みは、私たちの今の段階を経て、未来へつながっていくプロセスだということがわかります。

昨日行われた座談会の中で、2008年より13年前に生まれた人から、2008年以降16年間に生まれた人たちの、この約30年間に生まれた人たちによって変革が行われるだろうとお伝えしました。それは、冥王星のサイクルによる変革ですから、宇宙的にはそれほど大きなものではありません。

現在は2019年であり、21世紀に入ったところです。1000年から2000年までの1000年間は、男尊女卑の封建時代、物質や権力優先の時代でした。その間、霊的な人間の要素はどんどん失われ、物質的な目覚めが進行する時代でもありました。それが21世紀に入り、2000年を越えたということは、いろいろな意味でいくつかの変革のポイントがあるのです。それは、2000年を境にして地球上の歴史の方向性が変わるということです。ですから、私たちは今、大変革の時代を生きているのです。これは人類の歴史上、最も変化の大きい時であるとも言えます。

もう一つ、普通の人々には見えない変革があるのです。太陽は螺旋を描きながら自転し、銀河を公転しています。太陽の1螺旋は25800年です。その螺旋を描いている太陽のまわりを、地球は自転しながら公転しているのです。そのときに、とても不思議なことが起こります。地球は自転をしながら公転をし、歳差運動をしているのです。そして、その歳差運動の1サイクルも25800年なのです。

地球の北極が向いている方向に北極星があり、私たちの今の北極星はポラリスです。北極星というのは、私たち現代人にとっては絶対に変わらない指針です。ところが、25800年をかけて地球が歳差運動をしている間に、北極星は9回変わるのです。さらに、私たちが絶対なる指針としている北極星に、地球の北極の方向がぴったり合うのは2102年です。ですから、現代の人類が自らの在り方に宇宙的に目覚めるには、あと83年かかるのです。

今、地球人類の歴史は、1000年から2000年まで1000間続いた封建時代・物質的発展の時代から、2000年を越えて、新しい時代に入りました。このビジョンは、3000年に向けてのビジョンです。たまたま私がそのような視点を常に思考として持っているために、そういった情報が入ってきます。ですから、先ほどあなたがおっしゃったような、過去の伝統的な人類の生き方については意識していません。それはあくまでも情報にしか過ぎません。私たちが指針としているのは、未来志向です。未来がどうなっていくのかについて、今ある情報を元にそれを組み立てると、流れが観えます。その流れに沿って未来を観ているということです。

昨年、木の花ファミリー憲章を改訂したのは、2100年の人々に向けてのメッセージとして改訂しました。なぜなら、現代の人々にはその生き方がまだ難しいからです。しかし、宇宙的指針や人類の現状を観ると、その方向に行かなければ未来がないこともわかります。そうすると、人類は2100年の目覚めに向けて、紆余曲折しながらそこへ到達することでしょう。その時に、木の花ファミリー憲章を改訂した2018年から84年後の人々がそれを見て、「今から84年前に、すでにこのように考えていた人たちがいたのだ!」と思うような古文書として、今回木の花ファミリー憲章を作成したのです。

私は、孤独です。物理的には豊かに生きていますし、素晴らしい人生です。しかし、霊的にはこの意識レベルに共鳴できる人はほとんどいません。実は、視点を広げて意識を多次元にし、天と対話するという意味では、全く孤独ではありません。残念ながら、現代人は、霊的にはとても幼稚な状態です。ですから今後も、私の役割として、現代人にはなかなかわからないメッセージを発信していきます。

木の花ファミリーに所属する人たちは、その真意をすべてわかるわけではありませんが、「わからなくても大切なことは行くべきだ」という木の花ファミリーの創立理念のもとに、彼らは共に歩んでいます。ですから、彼らは自我を超えていけるのです。昔の人たちもそうでした。自然の在り様や生きることの意味はよくわかりませんでしたが、生命として、それをつないでいくために、勘によって生きていたわけです。

25年前に木の花ファミリーをスタートしたとき、私は42歳でした。こうした暮らしを夢に描いてから10年が経っていました。その当時、富士山麓に行き、血縁を超えた人々がひとつの家族として暮らすというビジョンが生まれ、それをみんなに提案しました。そのときに、共に富士山麓に来るかもしれない候補者は50人くらいいました。結果として、新たな生活に参加できたのは6家族、大人15人、子ども5人の20人でした。この生活が始まる前に、私は彼らにこう伝えました。

「この生活の先に何があるかはわかりません。ただ、これから時代が進んでいくにあたり、この生き方はこれからの時代にとても重要な生き方です。皆さんは私を信じて行ってはいけません。人間を信じると宗教のようになり、私を頼ることになります。ですから、皆さん一人ひとりの心の中に、『これは大切なのだ』と思う心があったら、行ってください。この道は、決して誰かについていくものではありません。自分の意志で歩むものです。それから、私たちがこれから生きようとする生き方は、社会には理解されないと思ってください。それは全く未知なる新しい生き方ですから、一般の人々にはわかりません。一歩先の生き方であるならば、例えば環境を良くする生き方や正しい健康な食べ物を作るということであるならば、社会からは評価されるかもしれません。しかし、この生き方の必要性はまだ人々には観えません。ただ、本当に大切な生き方をする人たちは、観えないことでも信じて行くものです。」

私がそのときに描いていた未来は、みんなでお百姓をして地味に山の中で暮らすというイメージでした。ただ、私には、この生き方を世界に向けて発信しなさいという天からの命があったのです。それから5年経ち、10年経ち、25年経っていくと、創立当初にはまったく想像もできないようなことに出会う連続でした。そして、今の生活があるのです。25年前、富士山麓へ出発する前に、私はみんなにこのように伝えました。

「私を信じて、行ってはいけません。私は皆さんの将来を保証できません。ただ、大変なことがあったら一緒に苦しみます。決して逃げません。そして、私の言うことは変わっていきます。だから、今を信じるのではありません。約束できることは、私の言うことは変わっても、必ずこの延長線上にあることは確かです。約束できることは世の中のために生きることです。」

ですから、私が語ることは、常に私の中に新たなことが湧いてくることを新鮮に語るだけです。

現代人の極めて問題なところは、「自らが納得したら行動する」ところです。そうすると、その意志は常に自我の中にあり、自我を超えることはできないのです。私が今、お話ししたのは、何かをわかってお伝えしているのではなく、私に与えられた宇宙的情報を情報として伝えているだけです。

そして結論としては、あなたがおっしゃる通り、人類は今まで核家族化し、その生き方が小さく分かれてきました。それがもう一度、今度は群れになるということです。過去の人々もそうでしたし、自然界にいる動物たちも群れで生きています。それは、生きていく上でとてもいのちに優しい生き方です。ただ、今お話ししたように、過去に還ることは一切ありません。過去を取り入れてそれをまねして創るということもありません。こういった歩みはすべて、進化の延長にあることです。

 


ジイジにこの質問をした女性は、今回の木の花ファミリーでの滞在を振り返り、座談会の最後に次のようにコメントしました。

中国人女性:
まず、ルイーザさんに感謝します。それから、ここにいる全員に感謝します。
私は突然42歳の時にシュタイナー学校と出会い、そしてシュタイナー学校の教師を7年間勤めました。その間に、宇宙からの小さなメッセージが心に湧いてきました。最近、教師をやめた方が良いと考え、将来は土に近い生活をすることを考えています。今回、初めて木の花ファミリーに来たのですが、最初は家に帰ってきた感じがしました。

ジイジ:
「ふるさとに帰ってきた」「我が家に帰ってきた」というように、ここに訪れたことを懐かしく思う人はよくいます。

中国人女性:
それから理論的なものに触れたとき、涙がどんどんあふれてきました。コンサートでの歌やダンスから、とても高い意識を感じました。今は心から土に触れる生活が必要だと感じています。そしてそれを今、現実にやっている人たちがここにいるのです。私は必ずまたここへ来て勉強したいと思っています。

ジイジ:
あなたからはそのような宇宙的なものを感じます。シュタイナーの思想に出会ったのは、あなたの人生に必要なプロセスだったのでしょう。そして今、この機会を得て、あなたの人生の次の段階に行くのでしょう。あなたがここに来て懐かしく感じるのは、地球が私たちの住処であり故郷だからです。私たちがここで感じて生きていることと同じことをあなたは感じるから、懐かしく感じるのでしょう。

これは、誰か特定の人にではなく、地球上のすべての人々にお伝えしたいと思います。私たちは、本当に生きるべき生き方を取り戻さなければなりません。地球全体の人間からしたら、例えば中国人全体の人口からしたら、私たちの数は少ないかもしれませんが、どんな出来事も、一人の行動から始まるのです。私たちは地球という共通の家に住み、あるいは共通の宇宙船に乗って宇宙を旅しているのですから、これからも共に活動していきましょう。みんな家族なのですから。木の花ファミリーのファミリーはそういう意味なのです。ありがとうございました。

 

 


セントラルサン、そして地球に生きる全ての人へ 〜 富士山麓からのメッセージ

私たちの生きる現代社会をひも解いてみると、人類の営みは今や地球規模に広がり、この世界を支配しているかの如くに見えます。しかしながら、その人類の存在は、この地球世界に健全なる秩序をもたらしているとは、とても言い難いものであります。人々は個々の自我から湧き出す欲望を満たすために、互いに争い、奪い合い、格差を生み出す未熟で貧しい世界を創り上げている現状があるのです。
本来、地球生態系とは、多種多様な生命が調和し、共生する、豊かな世界を表現するものです。そのような世界において、現代の人間たちが求める豊かさは自我の願望を叶える方向へと進み、すべての生命が調和し美しくあるはずの世界へ、無秩序をもたらすこととなりました。それでもなお人間は、自らの自我の求める方向へと歩みを進めることに何ら矛盾を感じることなく、今なお進み続けています。
地球の歴史を振り返ってみても、さらには宇宙の成り立ちを感受しても、そのような一方的な歩みのもとに秩序がもたらされることはなく、また、世界の現状を観れば、このまま継続して社会が成り立つことはあり得ないことが、そろそろわかり始めています。そこで、そういった現状の人類のあり方に憂いを持つ者として、未来に対する懸念からメッセージを送るものであります。

私たちは、今から25年前に、富士山のふもとに木の花ファミリーを創立し、その志を実践する歩みをスタートさせました。それは、現代を生きる多くの人々の意識では、不可能とも言える暮らしです。当時、これから何を目的とし、どのような行動をしていくのか、そこに参加した者たちですら、誰も理解していませんでした。私たちをその行動に駆り立てたのは、思考を巡らせることではなく、直観と信頼だったのです。
この歩みの発起人である私は、それまでの霊的な出会いと直観から来る「これを自らの人生の大目的としてやらねばならない」という何の裏付けも根拠もない思いから、この暮らしをみんなに提案しました。それに対し、その私に出会った創立メンバーたちは、ただ信頼のもとに、何ら保証のない道を歩み始めたのでした。その原動力となったのは、心を正し、美しい心で生きるという、一貫した姿勢です。美しい心を持って人類の未来、そして地球の未来に対応しなければ、人間はいずれ、地球上に存在する意味を問われることになるでしょう。しかし現代を生きる人々の多くは、そのことに気付けない意識の状態になっています。だからこそ現状の社会の行き詰まりがあり、社会の実態を観れば観るほど、それは明快に観えてくるのです。

そこで、私たち人間は、次の時代をどのように生きるべきなのでしょうか。
近代の人間社会を観ると、人々は法律や制度のような人間都合の仕組みを創り、その場を構成する人々の思惑のもとに築き上げた縛りの中で、秩序を保とうとしてきました。しかしその仕組みは、人間よがりであると言えます。即ち、もう一回りも二回りも大きく広い視点で観ると、この世界の実体は、太陽系、さらには銀河のような、巨大な宇宙の法のもとに地球が存在し、その地球の法のもとに生命生態系が存在しているのであり、私たち人間もその法に倣い、同じ法のもとにあるすべての存在と共生することによって初めて、人間社会の秩序が持続可能なものとなるのです。
残念ながら、これまで人間たちをリードしてきた、人間の欲と思惑によって選ばれたリーダーたちは、そういった世界の根本的な仕組みに気付けない精神状態となっています。だからこそ、彼らは今の時代のリーダーとして相応しいのでしょう。それは、地球の現状をこのような切り口から分析していけば明快に理解できることですが、そのような思考回路がない状態に、現代のリーダーたちは陥っていると言えます。そして今の社会の状態は、決して一部のリーダーたちの意識によって現象化しているのではなく、現代を生きるすべての人々の集合意識によって創られているのです。

そのような中、ささやかではありますが、25年前に、先行きがまったく見えずどこへ向かうのかもわからない人々が、ただこれからの時代にその生き方が大切になるということを感じ、血縁を超えた人々が共同する暮らしを始めました。この歩みに対するかすかな勘だけを頼りに、そしてその勘すらも持ち合わせていない者は、ただ互いの信頼だけを持って歩み出し、今日までやって来たのです。その暮らしの最も大切な柱となった理念が、心を美しくすることでした。人間であるが故に自我が優先し、その自我から生まれる汚れが出るたびに、メンバーたちはそれを問い、吟味し、磨き合ってきたのです。それは、現代社会を生きる多くの人々にとっては、当然ながら苦痛とも思えることでした。ですから、理想は高くとも自らの現実に向きあえない人々は、このような暮らしへ参加することに限界があり、脱落することになりました。そういった人々に限らず、現代を生きる多くの人々にとって、自我を超越し、自らの内に存在する真我を呼び覚ますことは、容易なことではありません。しかし、人間の存在の起源は神聖なる生命であり、生命としてそれが最も重要であることは、何人も自らの内にある本質として知っているのです。
人間は、他の生命にはない、多彩で個性的な自我を与えられています。自我は、世界に多様性をもたらすのです。人間が自我を与えられた真の目的は、その多様性をもって世界を豊かに表現することにあります。一人ひとりのオリジナルな個性は、そのための役割として与えられているのです。しかし、人間はその独自の進化の歴史の中で、自我がもたらす多様性によって豊かさを表現するのではなく、自我から湧き出す個々の願望を叶えようとする方向へ進み、それぞれが求める幸せを追求した結果、多様であるがゆえに世界に不調和をもたらすこととなりました。そういった人々の欲の延長に選ばれたリーダーたちがどんなに国を豊かにしようと思っても、人間のあり方を根本から見直さない限り、幸せを求める心のボタンの掛け違いが現状の社会の混乱を起こしていることに気付くことができず、生命としての正しい秩序を世界にもたらすことはできないのです。
木の花ファミリーの暮らしが今日まで続いてくることができたのは、一人ひとりが自らの心を美しくするという目的の柱があったからであり、その背景にあるのは、高い意識の精神性 ─── 即ち、愛と信頼です。この世界の大本は、愛による美しい調和から成り立っており、これからの時代においては、その成り立ちに沿ったクニツクリをするべきなのです。

そのために、高い意識の優れた道理を語れる者とならなくとも、ただ正直であり、素直であり、自らの損得を元に思考を巡らせるのではなく直観にゆだねて生きていけば、この世界の実体である美しい世界へと至らしめることができるのです。なぜならこの世界はもともと美しく、ただ人間が自らの欲によって、それを汚してきただけであるからです。今、いよいよ人間が自らの優れた能力を、大本より求められている目的に向けて発揮するために、野心を捨て、真に美しい世界を創る時が来ているのです。
真実は、私たちは自らの力によってこの世界を生きているのではなく、宇宙の大いなる仕組みの中で命を与えられ、生かされているのです。ですから本来、私たち人間は、自らを生かしている世界の側の意思に沿って生きる存在であり、自らの側から湧き出す願望を叶える立場にはいないのです。その精妙なるメッセージを受け取るためには、自らの思考回路のもとにある精神を美しく磨き上げなければなりません。そのような状態に至れば、天体が私たちに、どう生きるべきかを伝えてくれるのです。その天の命(めい)を受け取り、自らの生き方に反映していく。それが地上を生きる本来の人の姿勢であり、生きるとは、天命の表現なのです。
現代の人間社会にも、共同体の形を取る場は数多くありますが、個々の自我を満たすことがその場の目的になっている限り、自我は増幅し、いずれ矛盾を発生させます。その状態になると、場を継続させることは不可能となります。過去の宗教のように、ある特定の囲われたエリア内で継続していくことは可能であったかもしれませんが、それは特殊な世界であり、一般の人々は受け入れないものでした。だからこそ今、開かれた目覚めが求められています。視野を広げてみれば、地球も宇宙の中では特別なエリアであり、ひとつの共同体です。地球上に生命として生きる私たち人間はそのことを悟り、天の命を受け、それを物理性として地上に表現した時、地上に美しい世界がもたらされることでしょう。それが地上天国です。それが宇宙が私たち人間を地上に降ろし、託した目的なのです。

私は今、湧き出す想いを天に向かって「肉体人間の立場を取るものが、やっとその意思を気付きとして語れるようになりました」と発信しています。それは、宇宙から託されたものを人間の真の目的として成し遂げるという宣言であり、その宣言は、銀河運営センターであるセントラルサンに向かって発信しているのです。それが、もともと天から降りてきた人が地上に生きる上での本来の姿勢です。
人がそういった意識レベルに到達すると、霊的な気付きは物理性となって自動的に表現されます。そうすると、天地の間には多少の誤差が発生する時を迎えます。そのことが理解できない人々には、宇宙は混乱、無秩序、対立、破壊といった現象をもって伝えられることになるでしょう。これから確実に、私たち人間にも、そして他の生命にとっても、厳しい時代が地球上に訪れます。これまでの人類の数々の行いの結果、今や地球上には様々な矛盾の現象化として物理的及び霊的なゴミがあふれ、本来美しく豊かであるはずのこの星は、宇宙のごみ溜めと化しているのです。本来、宇宙にゴミは存在しません。なぜならば、すべてが留まることなく循環し、常にプラスとマイナスの対向発生により、繰り返し矛盾を解き放つのが宇宙の仕組みであるからです。もしもその矛盾の発生源が私たち人間であるならば、その矛盾の解放と共に、発生源である私たち人間も淘汰される対象となるのです。ゴミとは、本来の自然の循環から外れた状態だということであり、人間もその矛盾の発生源であるならば、自ずと不要なものとなるのです。木の花ファミリーでは、心を磨き、古の叡智であるカタカムナの物理性を生活の中で実践することにより、世界観(物理性及び霊性)を広げ、自らが媒体となって宇宙の法を現象世界へと引き出し、プラス過剰となった現在の地球の状態をリセットする作業を意識的に行っています。そのような現象世界の矛盾を解放する行為を物理的に行うことができる能力は、唯一人間だけに与えられたものです。その能力は、その意識レベルに到達した精神性を有する者に自ずと現れます。そしてその精神性の大本は、宇宙の霊性にあるのです。

これまでの人類は、霊的見地からの物理的探究が不十分であるがゆえに宇宙の実体を理解できず、物理性のみをベースとして宇宙をひも解いてきました。その結果、今、物理的探査が進み、科学を通してより正確に宇宙を観察できるようになりました。生命についてもまた、科学を通して探求し、その科学的視点に霊性を照らし合わせて観ることによって、人間の存在の意味が垣間見えるようになってきたのです。
しかし、どれほど科学が進歩したとしても、最終的には、この巨大な宇宙を我々物理的人間が科学によって解明することは不可能です。宇宙の実体は物理的宇宙の奥にある、霊性にあるのです。私たち人間の本質も霊性にあり、その霊性をもってこそ、宇宙を解明することが可能となるのです。そういった意識レベルで宇宙の総意を感受し、そこからこの世界の実体を自らに降ろすことにより、宇宙が何ものであるかが明快になってきます。そのような状態に人の意識が至れば、私たちは宇宙の意思と共に生きることができるようになるのです。つまり、私たち肉体人間は、物理的にはこれほど小さな存在であっても、宇宙そのものとして生きることが可能となるのです。そしてその意識レベルに到達した魂は、いずれ肉体という小さな物理的枠から解き放たれた時に、この世界に遍満するものとして宇宙と合一することになるのです。

地球に生きる私たちは、日々の中で様々な物理的現象に出会います。それは、その現象からきめ細やかな学習の機会を与えられ、生きているということです。そこで自らの思惑から外れたことに出会えば、その未熟さゆえに、人間は悲しみ、怒りもするものです。しかし、宇宙の法とは因果応報であり、輪廻転生であり、常に新陳代謝を繰り返す永遠なる循環の世界です。その中で特定の状態に執着する思考を持っていれば、循環の中に滞りを生み、宇宙の意思から外れていくのです。その囚われから、人間はどれだけ自らを解放することができるでしょうか。
何人も、世界の現状を自らと切り離して捉えるのではなく、自らのあり方が世界の現状を創っていることに責任を持ち、謙虚な姿勢で生きることの表現に取り組んでいかなければなりません。これまでの人々は、問題ごとに出会えば自らを差し置いてその問題ごとに怒りを向け、批判をする立場に立ってきました。けれども今私たちに必要なことは、怒りや批判ではなく、宇宙の中で私たち人間がどのような存在であるかに気付き、自らが謙虚に生きることなのです。
そのような意識レベルに到達した時、私たちは、この世界がすべて愛でできていることを、知ることとなるでしょう。私たち木の花ファミリーは小さな存在ではありますが、これは地球の未来に向けた、宇宙秩序に基づく生き方の実践です。宇宙の成り立ちがそうであるように、地球の生態系に表現されたその尊い宇宙の奇跡を、そこに生きる私たちは、ふさわしく表現していかなければならないのです。

 

目覚めよ。
その目覚めが、宇宙の奇跡である地球と共に、人類が尊き存在として歩むことにつながることを願って ──────

 

 

 


令和時代の解決策!~ 介護編

切り替わりの時代に起きる様々な問題に
私たちはどのように対処したらいいのでしょうか

 
ジイジは30歳のときから、いろいろな人々の悩み相談を受けるようになりました。その頃、たくさんのお年寄りたちがジイジのもとに相談に来ていました。お年寄りの相談を受けながらジイジは、「自分が40歳になったら何をするだろう?」と考えていました。「現代のお年寄りは家族がいても孤独、老人ホームへ行っても孤独。その不幸を解決するために、お年寄りたちが豊かな人生で終われる老人ホームをつくろう」と思いつき、25歳から会社経営して稼いだお金で老人ホームを創ろうとしたのです。

当時の想いを今、ジイジはこのように語ります。
「自分が創る老人ホームをイメージしてみたら、お年寄りばかりがいる場所だった。そこでのお年寄りたちは病気の話やお金の話など、そんなことばかりを話題にして、それはとても印象が良くなかった。それに、お年寄りが介護される側になって、どんどん衰えていく世界だから。そこで、お年寄りたちが死ぬまで元気でいられるのはどのような世界だろうと考えた。そうしたら、若い人たちと一緒に暮らせること。子どもたちがそこにいること。そして、お年よりたちが持っている経験を活かせる場所を用意することで、自分が若い頃に得た技術や能力をいつでも活かせる場所に暮らせること。そういう場所を創るべきだと思った。人は誰でも必ず死ぬ。そのときに、最後に良い思い出を持って死んでいくのが一番大切なことだ。」

そこでジイジは考えました。
「血縁の家族が核家族化し壊れていく今の風潮の中で、血縁を超えた人たちが家族のように一緒に暮らせる場を創ろう。そこには、子どもたちもいて、若者もいて、子育て世代の夫婦もいて、お年寄りもいる。そこではそれぞれが自分の持っている能力を全体のために活かし、そして全体は一人ひとりの存在を認めてくれている。それは施設ではなく、大きな家族が暮らす場。そして、子どもたちはたくさんの兄弟の中で平等を学びながら育ち、子どもはみんな兄弟。年上の人たちはお兄さん・お姉さんだったり、親だったり、おじいちゃん・おばあちゃんだったり、血縁を超えてみんなが互いに助け合う場所を創ろう。そこは子育てや教育の現場であったり、若者たちが自分のパートナーを見つける場だったり、働く場であったり、お年寄りたちが老後を暮らす場であったり、いろいろな要素がひとつの村のようにある場だ。」

そんなことを考えながら、40歳のとき会社をやめたジイジは、自然と共に生きることをイメージし、農業の勉強を始めました。そして42歳のときに富士山麓に移住し、20人の仲間と共に木の花農園を創立しました。それが、かねてよりジイジが描いていたゆりかごから墓場までをみんなで共有し、共に豊かに暮らしていく、新しい時代のコミュニティ・木の花ファミリーにつながっているのです。

6月21日の大人ミーティングでは、6月4日に放送されたNHKクローズアップ現代「介護施設“虐待死”はなぜ?」をみんなで観ました。提案者であるジイジは、その番組を観る前に次のように語りました。


 
ジイジ:
現代社会では、歳を取ると、ほとんどの人たちが介護施設へ行き、介護をされて一生を終わっていきます。そのときに、多くの人たちが老人性認知症、つまりボケるという症状を見せるようになっています。しかし、なぜ現代人は歳を取ってそのようにボケてしまうのでしょうか。ボケ自体はある意味、生活習慣病と言われています。つまり、生活の仕方が自然から外れているということで、そのことが起きているのですが、それは現代人の生き方の問題なのです。

そういった現状が今、日本中に起きています。今の日本経済の景気はそれほど良くはないのですが、介護業界だけは発展的です。そのような中、子どもを虐待する親がいて、親が子どもを虐待してはいけないという法律ができました。それと同じように、介護施設でも、施設利用者を施設の職員が虐待するケースが頻繁に起きています。これは今まで、施設の職員の側に問題がある、つまり簡単に言うと、虐待する側が悪いのであって、虐待される側が被害者であり虐待される側に問題はない、という捉え方でした。過去にも、学校のいじめの問題では、いじめる側に問題があって、いじめられる側は被害者という捉え方だったのですが、実はそんな簡単な問題ではありません。真実は、いじめられるのにふさわしい人と、いじめるのにふさわしい人がいて、いじめが成立するように、介護施設で虐待死がなぜ起きるのかというと、そのような事件が起きる環境と、そういった虐待を受けるようなお年寄りたちの様々な現状があるのです。今、日本の介護現場では、きつい・勤務時間が長い・給料が安いという労働条件からして、そこで積極的に働こうとする人はあまりいません。そこで国は法律を変えて、外国の人たちに介護を担ってもらおうとしています。外国の人たちがそういった環境で働くことは、かわいそうですね。そんな様々な問題を抱える介護現場でお年寄りたちをこれからお世話して、ストレスが溜まって、もし虐待でもしようものなら大変です。

このように、様々な問題が山積している社会の中で、根本的な問題を解決せずに、表面的な対処だけで取り繕っている状況が、私たちが生きる現代のすべての現象に現れています。ですから、こういった現代が抱える様々な問題はもっと深いところにあることを悟り、すべての現象は「根本的な解決から取り組みなさい」という、時代からのメッセージと受け取ることもできるのです。

今までの時代は、私たちが正しいと思って行ってきたことが、世の中の矛盾につながる時代でした。しかし今、その正しいと思って行ってきたことが、実は間違いだったことが解き明かされる時代になったのです。私たちは今そのように真実を知ることで、「なぜそのような問題が起きたのか」「それに対してどうしたらよいのか」ということを考え、囚われのない明快な捉え方でこの番組を観ていきましょう。

 


番組を観終わった後、メンバーからこの番組に対する感想がシェアされました。その中で、木の花ファミリーメンバー最年長である80歳のえいこばあちゃんは、次のようにコメントしました。


えいこばあちゃん:
私はこの番組を観て、いかにボケないようにやっていくのかということを思いました。自分がいかにボケないで、どうしたら毎日をますます楽しく過ごせることができるのかを考えたらいいと思って、最後はボケるかどうかわからないけど、いかに一日もボケないで、ピンピンコロリンでいけることを願ってやっていきたいと思って観ていました。介護施設に入るというよりも、入らないで過ごせることを考えたほうがいいと思いました。

えいこばあちゃん

 


メンバーが感想をシェアし終わった後、最後にジイジは次のように語りました。


ジイジ:
社会の現状を観ると、今、社会を生きるための構造が狂っています。いろいろな切り口で社会に問題が起きているのです。たとえば、病院経営でもそうですし、今、日本中に破産しそうな市がたくさんあります。その他にも年金の問題で、たとえば旦那さんが65歳で奥さんが60歳だとしたら、2000万円を持っていないと年金だけでは生きていけないという、政府の見解から国会でとても問題になっています。このように、今、生きるということは、お金の話によって論じられているのです。

そこで、いろいろな問題が社会の至るところで発覚してきた今、この番組を観て、みんなはどの立場の人をイメージして観ていましたか?たとえば入所者、介護をする人、それから入所者の家族といろいろな立場があるでしょう?みんなは自分がどの立場であることをイメージして、この番組を観ていましたか?(多くのメンバーから、「介護をする人」という声があがる。)

そうですね。自分のことを介護する人として観ていたでしょう?ところが、すぐに介護される人になりますよ。つまり、みんなは自分の立場で考えたら介護をする人とイメージしたかもしれませんが、私だったら、自分が介護される前に、高齢者をみんなでどうやって支えていくかということを考えます。

それから、「人間はこのような生き物なのだ」という視点で観ていました。つまり、私が子どもの頃は、お年寄りには歳を取っても年金はありませんでした。そうすると、お年寄りは子どもが面倒を見ます。それは、そういった社会の慣習があったからです。その頃のお年寄りは年金がなくお金がないので、子どもに面倒を見てもらうしかなかったのです。そこには、子どもの立場で見るのは当然であるし、見てもらうのはありがとうという心がお年寄りにはありました。

ところが今は、「子どもに面倒を見てもらうくらいなら、お金があるから老人ホームに行く」という考えや、「一番自分の面倒を見てくれる人にお金を渡そう。私はこんなにお金があるのだから」という立場を取るお年寄りが多いのです。それはなぜかというと、すべてをお金で解決する社会があるからです。今、お年寄りたちはたくさんお金を持っているのです。逆に、なぜ若い人たちは介護をしなくなったのでしょうか。それは、若い人たちは働かないといけないからです。昔は、旦那さんが働いて、奥さんはお年寄りが家にいれば介護をするのが当たり前でした。ところが今は、夫婦二人とも働かないといけないのです。それは、今の人たちは生活をするのにお金がたくさん要るようになったので、二人とも働いて稼がなければ生活することが難しく、介護をしている暇がないのです。ですから、お年寄りは施設に預けるか、もしくは「自分のお金で老人ホームへ行ってください」となってしまっている現状があるのです。このように、老いることや家族と付き合うことの意味が複雑になってしまったのです。

次に変わってきたのが、介護される人の質です。そもそも、介護される人は元気なうちは自分で暮らすでしょう?そうすると、いろいろな問題が起きてから介護施設に入るのです。そのときに、認知症になっている人や元々お金で物事を何でも解決してきた現代のお年寄りたちは、人格的に問題老人が結構多いのです。日本では、「歳を取ったら認知症になりますよ」と政府をあげて言っているのです。そんなことばかり聞かされていたら、「やはり最先端を行くためには認知症にならないと!」と何となくそんな気持ちにもなるでしょう。(みんな、笑)

今、学校の先生はとてもストレスが溜まっていますね。今の子どもは生意気でかわいくない子もいるのです。そして、子どもをしつけてはいけない。なおさら暴力を振るったら虐待だと訴えられる。でも、子どもは生意気でかわいくない。それは、親たちがそういった子どもに育てたのです。モンスターのような子どもと、モンスターのような親がいる現状の中、先日ここを訪れたゲストは、「私は先生をしているのですが、今の学校で先生たちは親のご機嫌を伺うことが最優先になっていて、とても大変です」と言っていました。それと似たような傾向が介護施設でも起きています。お年寄りを預ける家族が施設職員にクレームを言うのです。

先程、えいこばあちゃんは「私はボケないで、ピンピンコロリンで行きます」と言っていましたね。ピンピンと元気に生きて、そして寿命が来たらコロリンと潔く死ぬ、医療のお世話にはあまりならない考えだと言うのです。同じくシニアメンバーのあさちゃんは、70歳のときに木の花ファミリーに来ました。ここに来る前、あさちゃんは老人ホームへ行くか、あさちゃんの姉夫婦が住んでいるヤマギシというコミュニティに行くか、それとも木の花ファミリーへ行くかという選択肢の中で、縁あってここへ来ることになりました。来たときにあさちゃんはうつ病でしたが、ここで1ヶ月ぐらい暮らしたら、うつ病が治りました。今、あさちゃんは78歳ですが、日中は自分のできる仕事をしながら、毎日毎日夜11時、12時まで大人ミーティングに参加しているのです。えいこばあちゃんだって80歳になります(みんな、笑)

あさちゃん

つまり、人というのは、心の持ち方で脳が常に活性されていきます。しかし、ものを食べ、排泄し、物事の本質について考えず、ただ欲のままに生きていると、脳はどんどん退化していきます。つまり、欲のままに自分のことばかり考えていては脳を活性させないので、ボケるのです。「欲で活性させるのなら、それでいいのでは?」と思う人もいるかもしれませんが、それでは性格の悪い人になります。それから、「自分はたくさん脳を使っている」と思っている人でも、実はワンパターンに使っているだけで、それはほんの一部を使っているだけなのです。今まで使っていなかった脳を使い出すと、大人でも知恵熱が出たり、脳の筋肉痛になることもあるのです。脳には思考筋肉というものがあり、物事を二元から三元、四元・・・と高次に捉えられるようになると、新しい脳の思考筋肉を使うようになります。ですから、人は生きていく上で、自らの人生の結論につなげる歩みを物語として綴り、どんな人生の終焉を迎えるのかというような自覚につながる充実した生き方をしたいものです。今、番組に出ていた介護職員として働く人たちも、運が悪いのでしょうか。あのような様々な問題を抱える施設で働くのは人生の問題となります。私だったら、お年寄りと正面から向き合いながら、「寿命が来ましたね」と言って送ってあげます。

今年の1月、中国から介護施設の院長や理事長などの運営関係者が木の花ファミリーを見学しに来ました。彼らとの座談会の場で、中国の女性ゲストは、「木の花ファミリーのような場所をつくったら、介護施設はいらなくなります。そうすると、私たちの仕事はなくなります。ここに来る前に車の中で桃源郷の話をしていたのですが、ここはまさに桃源郷ですね。皆さんの心がとても美しいと感じています」と言っていました。そこで私は、「中国の人たちには介護施設の要らない社会を創ってもらいたいと思います」と伝えました。

ですから、歳を取る人も、自分自身のことですから、よく考えないといけません。考えて、いつも脳を活性させることが大切なのです。脳だけは人間の体の中で歳を取らず、ずっと活性し続けられる細胞を持っているのです。その脳が、「ボケて介護を受け、最後は癌になって施設で植物人間になって生きている」という情報をマスコミから聞き続けていると、脳は「そうだ、そうだ」と思ってどんどん退化していくのです。

私はこの番組を観て、このような人生の終末を迎えない生き方を考えました。ここにいる人たちは介護する側として「これは問題だ」と観ていましたが、そんなに遠くなく、みんなも介護される側になります。そのときに、えいこばあちゃんのように「私はあのような人たちのようにはならないからね」と言って日々を生きていくとしたならば、若い人たちがあのような過酷な現場で働かなくてもいいし、若い人たちはお年寄りの優れた知恵に触れ、「あの優れたお年寄りと同じようにいつも細胞を活性させていこう!」と思うようになります。ですから、お年寄りになって体は衰えても、脳は活性し続けることができるのです。それから、脳が常に活性していると、体の衰えはゆっくりになります。ですから、認知症は現代病と言えるのです。そのような生きる上での根本的なこと、つまり人の心や生き方にメスを入れることが足りないから、現状の問題が起きているのです。

少なくとも、ここでの生活をするということは、そうした問題を解決する道を見つけられるのです。そのことに気付いたものとしての自覚を持ち、これからもっと混乱が多くなる時代に、「その問題を解決することはとても簡単なことですよ。みんなが人のことを想って仲良く暮らせたら、この世の中の問題はすべて解決します」とそのあり方を示せるように、生きていきましょう。

エコビレッジやコミュニティという言葉がありますが、そもそも私たちは地球コミュニティに生きているのです。そしてそれは完璧な調和・ワンネスで成り立っています。私たちが地球規模の意識になりそのことに気付いたら、私たちはこの星を宇宙の奇跡として表現できるのです。これは、ただ気付くだけです。どうしてそのような簡単なことが人間にはできないのでしょう。人間以外の存在は、この地球に何も問題をもたらしていません。人間だけがそのことに気付いていないのです。その気付いていない人間がもっとも能力が高いのですから、問題は大きいのです。

これから、みんなと観たい番組がいくつかありますが、結論はどれも同じです。つまり、こういった行き詰まった現状の地球の問題は、人類の問題なのです。ですから時代は、いよいよ人類に、自らが人としてここまで歩んできたことを振り返り、地球上でもっとも能力の高いものとしての生き方を問う時が来ているのです。そういった気付きに目覚めると、人類として一番身近な存在が自分自身であることに気付くのです。ですから、私たちはこれからまず、人類の代表として自分自身を振り返っていきましょう。

 

生きることがお金ではなく
人々の絆によって支えられる社会づくりのために
私たちにできることは
今ここからみんなのことを想い助け合う世界を創ること。
それがこの星に生きる生命の姿なのですから。

 

 


人間の本質を問う

6月26日の大人ミーティングでは、6月9日に放送されたNHKスペシャル「天安門事件 運命を決めた50日」をみんなで観ました。提案者であるジイジは、その番組をみんなで観る前に次のように語りました。


 
ジイジ:
天安門事件とは、1989年6月4日中国・北京市にある天安門広場に民主化を求めて集結していたデモ隊に対し、軍隊が武力行使し多数の死傷者を出した事件のことです。天安門事件について、中国政府はとてもアレルギー的な対応をしています。しかし、起きたことは事実なのですから、それを知ることは大切です。どのようなことが隠されているのかについての情報はたくさんあり、どの情報が真実かはよくわかりません。たくさんの人々が亡くなったということですが、中国政府は319人の死者を報告しています。文化大革命のときには中国政府による公式発表では40万人、一説によると2000万人以上の死者が出たとされています。

私は、天安門事件は終わっていないと観ています。なぜなら、そのときに弾圧された20代の人たちがあれから30年のときを経て今50代になり、現在、政府に対して問題を感じているからです。その証として、今回の香港のデモも起きているのです。これに対する扱いは中国政府にとっては本当に難しい問題です。中国政府が甘い対応をすれば、市民の側は強引に抗議してきます。強引に抗議してきたときにそのままにしておけないので、そこでどの段階で弾圧に出るのかというと、第二次天安門事件になる可能性もないわけではありません。これはこれからの中国の進む方向を占うこととして、とても敏感で難しい問題ですから、この天安門事件の番組をみんなで観ることはとても重要なことです。

明日は、6月9日に放送されたNHKドキュメンタリー「激動の世界をゆく 巨龍 中国の“素顔”を探して」という番組をみんなで観ますが、中国政府がこれから中国をどのように発展させようとしていくのかを知り、中国政府が考えているこれからのクニツクリと、実際にどのようになっていくのかの予測、それからジイジの中国に対する考えを語れたらと思っています。

今、ここに中国からのゲストが3名いますが、中国の人たちが今ここにいなくても、中国の情勢はこれからの世界情勢に大きな意味を持っています。ですから、ここの人たちも興味を持ってこの番組を観てもらいたいと思います。こうした番組を観ることによって、中国政府を批判するのではありません。それでは対立の構造になってしまいます。そうではなく、今のような対立を引き起こすクニツクリや社会のあり方を超えて、より良い社会を創っていくためにはどのようにしたらよいのかをみんなで考える場になったらいいと思います。そしてそれがいずれ、中国政府にも理解され、中国がみんなで考えて創る国になれば、なお良いと思います。もちろん、日本のクニツクリもそうなっていくことを望みます。

 


そして、番組を観終わった後、ジイジは次のように語りました。


 

私がこの番組を観ることを提案したのは、中国政府がどんなに今の中国が安泰だと言っても、それはそのように表面的には扱ってきているからであって、人間の心というものは抑えられれば表には出さないかもしれませんが、心までは束縛できないので内には鬱積したものがいつまでも残っているのです。それがいずれ爆発するのか、それとも穏やかに解放されていくのか。過去の歴史を振り返ってみると、人々が抑圧された場合、その鬱積したものは必ず革命や戦いによって決着がついてきました。しかし、中国のような強大な国にそういったことが起きると、世界的な問題になります。そこで、こういった問題は自然の流れのように出来事が解放され健全化していくことが大切だと思うのです。

どちらにしても、今、香港で起きている抗議デモは天安門事件の名残なのです。特にそれが今年激しいのは、天安門事件が起きてから30年が経ったという、宇宙的にもひとつの時代の区切りを迎えているからです。ですから、私はこれから東洋的な生き方が世界の中心になっていくことを思うのですが、逆に東洋でありながら日本や中国など東アジアの国々はこれまで西洋文明に汚染されてきました。その汚染されてきたものをこれから正しく東洋的な発展につなげるためには、何かしらの改革が必要なのです。その解決策を考えるときに、人々の生き方に対する心を変えていくことが必要です。

ですから、今私がお話ししていることは、天安門事件当時の国のトップであった鄧小平や李鵬といった人たちを非難し、民主化運動を支持したため失脚した趙紫陽を支持するわけでもなければ、自国民に銃を向けた中国軍の兵士を非難するわけでもありません。逆に、民主化を求めた学生たちを支持するわけでもないのです。報道されてはいませんが、実は、その弾圧が起きる前には学生たちはとても凶暴な行為を行ったという情報もあるのです。あの当時、週刊誌に現場の生々しい写真が載っていたことが私の記憶にあります。絞首刑にあった黒焦げの死体が載っていたのですが、それは市民ではなく、兵士の死体だったのです。つまり、過激になった市民が兵士を襲っていたのです。彼らは今、自分たちが正しかったと言っているかもしれませんが、結局、軍の兵士たちは命令により銃を市民に向けました。ところが、市民たちは政府と戦う決意を持って兵士を襲っていたのです。そうすると、その立場を理解することはできても、ここには人間の本質が表れています。ですから、人間の本質を変えなければ、こういった問題は根本的に解決することはできません。

私がなぜこの番組をみんなで観ることを提案したのかというと、私たち木の花ファミリーの生活は人間の本質を変える取り組みをしているからです。人間の本質を変えずして、どんなに優れた制度をもとに国を治めようとしても、良い国はできません。ですから、これからのクニツクリは、人間の本質を変える取り組みがいかに重要なのかということです。これは中国の問題ではなく、これからの世界の問題です。中国で天安門事件が起きたといっても、実は西洋の国々はアフリカでひどい行いをしてきました。世界中で植民地をつくってきました。それに対し、日本はそれを真似て、アジアでひどい行いをしてきました。ですからこれは、人間の本質の問題なのです。そこにメスを入れなければ、人間社会に明るい未来が来ることはない、というのが私の想いです。

明日観る番組は、そういった矛盾を抱えた中国が国民の心の自由を奪いながらどのように発展していくのかを取材しています。中国には経済的に華々しい未来がきっとあるのでしょう。しかし、このままでは人々の心の闇はますます増大していくことでしょう。これから地球人類社会に訪れるであろう宇宙的時代には、そうした人々に矛盾をもたらす発展はもはや終焉を迎えることを示しています。これからの時代は対立ではなく、調和がベースとなった時代づくりをすることを、宇宙は私たちに伝えているのです。

今、私たち木の花ファミリーの存在は世界的にはとても小さなものですが、確実にその歩みを進めています。どれほど小さくても、どれほど理解されなくても、私たちは自らの真実を生きるべきなのです。そのときに気をつけなければいけないことは、世界観が狭いと、結局自己主張のためにそういった行いをすることになってしまいます。しかし、この歩みは自己主張の道ではありません。もしあなたに時代の流れや宇宙の意思が感じられたら、いよいよ地球にも大調和の時代が訪れたことを知る者として、この生き方を社会に提案する者となってください。

今日はみんなでジャガイモ堀りをしましたね。ご飯も作りました。ロータスランドでお客さまも迎えました。私たちは普通の人として普通の日々を送っていますが、ぜひ、志は宇宙的であってもらいたい、そして揺るぎないものであってもらいたいと思います。

今、ここに滞在しながら自然療法プログラムを受けている中国人のエニーに、今日3週間面談を行いました。エニーは来月の3日にここを出発しますが、彼女はこの自然療法プログラムを卒業することが決定しました(みんな、拍手)。彼女は今まで自然療法プログラムを受けた人の中で、もっとも意識の高い状態で卒業する人だと感じています。

明日、もうひとつの映像を観ますが、それを観ることによって、私たちのこの生き方に対する決意につなげたいと思っています。

 


 

個人には優しく、しかし人には厳しくなくてはならない。つまり、歴史の中でそれぞれが自らの立ち位置を役割として果たすことに、罪はない。ところが、一人ひとり、人としてあるべき姿勢を問われたら、そこでは問われなければならない。そうでなければ、今後も歴史の中で人間は自らの立場を守り利益を得るために、損得の立ち位置に立って天安門事件のような人の道から外れた行いをするだろう。これは、ひとつの出来事だけを追及しているのではない。人間の歴史上、そういったことがたくさん行われてきた。その一つひとつに正邪や優劣をつけることは困難なことである。

人類の歴史上、新たな時代を迎えることとなった今、人間が人であることの意味を理解し、本当の意味で霊的価値を高めるときが来ている。そしてそれが達成されたときに、どの民族もどの体制もどの国家も優れたものとなる。その時代の要請を受け、私たちはこの暮らしを実践しているのである。確実にその時は刻まれ、今、その真っ只中に生きている。

いずれ、人々はこのハードルを超えるだろう。しかしその超えるときが来たときに、いかにスムーズに超えられるかは、その先にある価値や魅力的かつ豊かな世界を感じられるかにかかっている。その未来を確認する前には、人々はいろいろな想いや痛みを不完全な者として持ち合わせていく。そういった社会が未熟な時代には、個を問い詰めることをするのではなく、人としての価値を保てない人間の愚かしさを問うべきである。次の時代を担う人々は自らが美しい者となり、美しい存在であることの誇りと喜びを持ち、そしてそういった生涯を通して真実と善意と美を世界に反映できることを喜びとして生きるべきである。そこには尊い自我はあっても、自らの欲望や癖・性分に翻弄される人間はいなくなる。だから、優しく厳しく問わなければ、その先に人々は到達することができない。まさしくそれは21世紀の悟り、差を取ることである。私たちはそういった価値あることを目指し、この生き方をする者たちである。それに対して何人も否定することはできない。

これから人類の本物のフロンティアが始まる。それは宇宙意識のフロンティアだ。過去の人間たちが地上に降ろされてからたくさんのフロンティアを求めて歩んできたが、いよいよ人類は宇宙的フロンティアに目覚めるときが来た。そういった精神性を有する者たちは地球上で小競り合いなどしていがみ合っているような者たちではない。それを現代を生きる人々は自らに問うべきである。そういった宇宙的意識ではありえないことを今まで歴史の中でたくさん行ってきた人類は、それも学びのプロセスとして学習してきたのである。それは子どもが大人になっていくように、秩序を破ることによってそこにある秩序を保つためのルールを身につけていくようなものだ。その子どものような現代人類に対し、この大事を気付いた者として、私たちは健全な大人の意識で歩んでいくことを求められる。

なんてありがたいこの道を歩んでいるのか。

 

 

《太陽の導き》

心に輝く一番星 それは
近づいてみれば 太陽だった
その太陽を心の真ん中に
置いて いつも心を照らしていよう

泥のような道を歩んでいても
太陽がいつもあなたを
導いてきた

歩いては転び そして起き上がり
歩いては立ち止まり そしてまた歩き始める

ここまで生きてこれたのも
こちらへおいでと手招きしている
太陽の導き

今、振り返って 自分の歩いた軌跡を
自分の心の姿を
太陽に照らして見てみよう

太陽は教えてくれる
ただみんなのことを思うことを
太陽は教えてくれる
いつも私の方を向いてるように

そうして生きてゆくならば
この世界は生きたバイブル
いつでも振り返りひも解いて
太陽の道を歩んでゆこう

なんてありがたいこの道を歩んでいるのか

あなたという小宇宙が
もっと大きな大宇宙の中で
どんなふうに輝いているのか
どんなふうに歌っているのか

この道は尊き道ゆえ
この道は尊き道ゆえ
この道は尊き道ゆえ

いつも心を太陽に向けて
いつも心を太陽に向けて

歩いてゆこう
ゆこう

 

 


黄金の国を世界にもたらすために 〜 今、中国の皆さんに贈りたいメッセージ

6月24日、中国で開催中のエコビレッジ・自然教育・自然療法などをテーマにしたイベントに向けて、木の花ファミリーの暮らしが丸一日ネット中継されました。ジイジは養蜂場で取材を受けながら、次のように語りました。

ネット中継でのインタビューに答えるジイジ

ジイジ:
養蜂作業は面白い仕事です。ミツバチの生態は、人間の共同体の暮らしと同じような暮らしです。私は蜂蜜を取ることが目的ではなく、ミツバチの生態に興味があり、「木の花ファミリーでミツバチのような暮らしをしたい」と思って、ミツバチを飼い始めました。

木の花ファミリーは農的共同体です。そうすると、ミツバチは受粉効果としてとても大きな役割をしてくれます。ミツバチがたくさんいるところでは、作物も良いものが採れるのです。

今から、私のペットを見せましょう。(ミミズを見せながら)これは私のペットです。ミミズを飼って、土を作っているのです。ミミズは土を耕してくれます。このミミズが分解してくれた土はアミノ酸がとても豊富で、野菜の苗を育てるのにとても良い土になります。土の中には虫もたくさんいて、健康な土を作ってくれます。ここに入れた落花生の殻はなかなか分解できていませんね。アボカドの種や蓮の花托も入っています。これはミツバチの巣の要らないところを取ったもので、ここに入れたのです。虫はこうやって私たちの要らなくなった生ゴミを分解し、健康な土を作ってくれます。不健康なところでは、生ゴミは腐って臭くなるでしょう?でも、これはまったく臭くありませんね。この土で野菜を作ったら、とても良いものができます。

ジイジのペット「みんみん」

この良い土を作ってくれる生き物の中で、目には見えませんが、この土の中には微生物がたくさんいるのです。一般的な農家は畑で作物を作るときに農薬や化学肥料を入れるので、微生物の少ない畑で作物を作っています。しかし、このような微生物の豊かなところで作った作物はとても健康で、私たちに健康を与えてくれます。さらに、環境も良くしてくれます。

(イチジク畑へと案内しながら)ちょっとこちらに来てください。これは蓮の葉っぱです。これは蓮池の土手に生えていた草を刈り取り、イチジク畑に敷きました。向こうに見えるのは、昨年植えたイチジクです。こちらは今年の5月に植えたものです。これが来年になると、あのような状態になります。イチジクの肥料分としてこういった草を株元に敷き、さらに雑草が生えないようにしています。それから、土の水分の蒸発を防ぎ、微生物がこの草を分解してイチジクの肥料として栄養にしてくれます。この草はいずれみんな、イチジクになるのです。ですから、いずれ私たちはこの草をイチジクとして食べることになります。それは、健康な自然の循環の姿です。だから、植物はとても健康に育つのです。昨年植えたイチジクには今、秋に採れる実がたくさん生り始めました。この元気な植物と健康な土は、微生物が作ってくれます。それが、私たちの健康につながります。

昨年植えたイチヂク
今年植えたイチジク
昨年植えたイチジクに秋果が生り始めました

もうひとつ、紹介しますね。これは木酢液といって、炭を焼くと煙が出ますね。それが冷えて取れる液体です。これを時々イチジクの木の根元に噴霧します。匂いをかいでみてください。燻製の匂いがしますね。木酢液をイチジクの木の根元にかけておくと、この匂いを嫌ってイチジクの害虫が来なくなります。それで、時々私がかけてやります。一回噴霧すると、だいたい1ヶ月ぐらい効果があります。それから、ミツバチたちの巣箱内にも木酢液をかけてやります。そうすると、巣箱内のカビや雑菌が取れます。逆に、有効なバクテリアが増えることにもなるのです。

イチジクと木酢液
イチジクの根元に木酢液を噴霧します

次に、玄米アミノ酸を紹介します。これはここで玄米から作ったものです。玄米を糀菌で分解し、それに乳酸菌を入れてアミノ酸を作ります。これはアミノ酸ですから肌にとても良いですし、健康にも良いのです。ある台湾人の女性は木の花ファミリーで玄米アミノ酸の作り方を学び、台湾で作っています。これも、ミツバチの巣箱内にかけてやります。そうすると、病気にならない健康なミツバチをつくります。こういったものは土や人間の体にはとても良い健康食品です。

玄米アミノ酸
玄米アミノ酸をミツバチの巣に噴霧しています

さらに、これは木の花菌です。匂いはどうですか?なめてみるとちょっと酸っぱいでしょう?pHは3.5です。これはだいたい100種類以上の微生物が集合したものです。これもミツバチの巣箱内にかけてやります。木の花の鶏小屋が臭わないのも、こういったものをたくさん鶏にあげているからです。これは木の花の生活には欠かせないものです。

木の花菌の培養の様子
アカマツ・ビワ・クマザサなど抗酸化力の強い植物の葉を加えます

通常、微生物は私たちの目には見えないものです。しかし、地球上の至るところに存在しています。空気中にも存在しています。そして、私たち生命の健康を助けてくれるのです。逆に、人間は今、化学物質などの人工的なものを使って、微生物の世界を壊しています。微生物は目には見えませんが、私たちにとってとても重要な働きをし、健康を与えてくれているのですから、神様のような存在なのです。木の花ファミリーでは、こういった微生物を自分たちでつくる技術を持っています。こういったものをつくるのに知恵やエネルギーが要ります。化学物質のように簡単にはできませんが、私たちに生きることの大切を学ばせてくれます。ですから、とても大切なものです。ここに、木の花ファミリーの生き方の原点があると思いませんか?

一般的に、養蜂家は雨の日にはミツバチの巣箱を開けることはできませんが、この養蜂場には屋根があって雨に濡れないので快適で良いでしょう?これもジイジが閃いたことで、天気が良い日には農作業をして、雨の日にミツバチの手入れをすることを考えたのです。ここでは、ミツバチの巣箱が雨に濡れずしけないので病気になりにくいのです。こうやって自然とともに生きることは、人間にたくさん知恵を与えてくれます。このように私たちは日々生きることの意味を自然から教えてもらいながら、生かされています。

ジイジ自ら考案・建設した養蜂場。中国人の最新メンバー・ペイペイと。

今、世界中の人々は豊かさを競争して勝ち取ろうとしています。競争したり戦うことはエネルギーがとても無駄になるのです。地球人類の次の生き方は、助け合って、エネルギーを無駄にしない生き方でなければなりません。地球上に本来ゴミはないはずなのに、みんなが自分に都合の良い効率だけを考え、助け合わずつながらないので、今、ゴミがたくさん出ています。人間は本来、自然の中で生かされているものなのに、人間が自然に負荷をかけているのですから、それでは人間の創る世界は良い世界になるわけがありません。ですから、人間たちも、自然と人間も、これからは連携して助け合わなければいけません。それはエネルギーが無駄にならない生き方です。それは私たちが生きていることが他の存在に迷惑をかけない生き方です。

木の花ファミリーの生き方は、地球生態系や宇宙の星々の関係と同じように、調和しつながることの豊かさを求めています。これは、個人が好き嫌いで生きることではなく、これから21世紀以降の人々が生きるべき生き方なのです。

 

私が今、中国の皆さんに贈りたいメッセージは ────

 

「黄金の国を世界にもたらすために」

私は世界のどの国に対しても、その国の体制や民族のあり方に異議を唱えるものではありません。しかし、私たち一人ひとりが理想の人間性や高い精神性を求めることは、この世に生を受けた人として、個人として、もっとも重要なことであると考えるのです。長い歴史の中で、地球上に現れたたくさんの聖者・聖人たちに代わり、この新たな世紀の人として、人のあり方を人々に問い、もう一度人の価値を問いたいものであります。

今や個人の存在は、個々の価値観を超え、世界にはとても大きな存在となっています。そういった中で私たちがどのように生きるかは、その生き方次第で世界に大きな影響を与えるものとなっているのです。そのことを考えたとき、私たちが個人の望みを違う意識にシフトすることが、個人の価値を高めると同時に世界に大きな変化をもたらすのです。

私たちは今や、どのような立ち位置で欲望をコントロールし、叶えていくかを考えるときが来ています。そういった時代の到来は、国家を超え、地球を超え、宇宙の意識へと私たちを導いてくれるものです。これは、遥か古より、連綿と続く人類の文化を形成するものとは違う、21世紀の扉を開き、30世紀につなげる私たち人類がもう一度自らの存在を問い、そしてその問い直した結果、求められる真の生に対する姿勢なのです。

私たちの存在は、単なる物理的な生命としての存在から、宇宙意識を経て、さらに長いスタンスの生命としての存在に目覚めるときが今や、来ているのです。それを私たちは宇宙意識と呼びます。その宇宙意識は地球人間の意識とは違い、宇宙を束ね、人類の本当の価値を私たちにもたらします。そしてその価値は尊く、この世界を動かすリーダーたちと共にある生き方なのだということを、私たちの魂に呼び覚ますものであるのです。

私たちがどのように人として目覚めても、その目覚めの内容は大いに問われるものであります。現在のような欲と癖にまみれた有害を発するようなものでは、時代はすでに必要としないものであります。その目覚めを私たちは潜在する自らの尊き魂から発現しなければならないのです。

 

 


 

そんな生き方をあなたの魂に呼び覚ます1ヶ月間を

過ごしてみませんか

 

2020年2月23日〜3月21日

「1ヶ月間の真学校」開催 !!

1ヶ月間の真学校とは

1ヶ月間の真学校は、毎年2月から3月にかけての1ヶ月間、木の花ファミリーにて開催される、21世紀の人類の生き方を学ぶプログラムです。

「学校」とは本来、それまで知らずにいた、もしくは確信を持てずにいたことについての、新たな学びに出会う場所です。子ども達は学校に入学すると、それまで知らなかったたくさんのことに出会い、一つひとつを新鮮に受け取りながら生きる世界を大きく広げ、どんどん成長していきます。ところが大人になるにつれ、「自分はこういうことを学びたい」と価値観が固まっていき、自分の価値観に沿うものだけを受け取るようになるものです。

1ヶ月間の真学校は、あなたが今のあなたの価値観を元に学びたいと思っていることだけを提供する場ではありません。なぜなら、時代が大きく変わろうとしている今、これまでの価値観ではもはや、新たな時代を生き抜くことはできないからです。そしてその価値観が今の社会を作ってきた結果、世界はどこにも突破口を見出せない大きな行き詰まりを迎えているのです。今、私たち人類は、これまでの価値観のまま生き続け破滅の道へと向かうのか、それとも宇宙の流れに乗って自らのあり方を根底からひっくり返し、古い価値観では想像もできなかった新たな世界へと足を踏み入れるかの、重大な岐路に立っています。

1ヶ月間の真学校は、それまで出会ったことのない、新たな世界に出会う場です。それは今のあなたが思うよりも、はるかに異次元の学びです。古い価値観への囚われを捨て、未知の学びへと踏み出した時、あなたはそれまでのあなたの枠を突破し、新たな自分自身に出会うこととなるでしょう。その学びは、あなたの人生に突破口を開き、現代社会が抱える問題を解決する糸口となり、地球の未来へと貢献する道を開くのです。

1ヶ月間の真学校では、現代社会の固定概念を超え、新たな世界へと踏み出す意志をお持ちの方をお迎えします。そしてその学びを現実の生活として実践する木の花ファミリーを舞台に、プログラムを提供します。

 

あなたは あなたの知らない世界へ

行く意志がありますか?

 

スライドショーには JavaScript が必要です。

 

開催概要

日 程
2020年2月23日(日)〜3月21日(土) 28日間

会 場
木の花ファミリー
静岡県富士宮市猫沢238−1

対 象
■ 今の自分に枠があることを知り、その枠を超えることで新たな自分と出会う意志のある人
■ 今この時代に人間として地球に生まれてきた真の意味を知りたい人、または興味のある人
■ 現代社会の行き詰まりへの突破口を探している人
■ 人生に行き詰まった、或いは人生の転機にあり、その突破口を求める人
■ 失われてしまった、すべての生命が共に豊かに生きる美しい世界を、地球上に実現したい人

メイン講師 ジイジ

内 容
講座は「世界観」「農」「食」「医」「経済」「環境」「教育」「社会」と多岐にわたりますが、全講座に共通する最も重要な学びは、物理的な現象の奥に流れる深い精神性です。
1ヶ月間の前半の2週間では、固定概念を外して世界観を広げると同時に、『人格を学ぶ講座』を通して受講生一人ひとりの人格や天命を紐解きながら、人それぞれに異なるオリジナルな心の性質を客観的に捉え、分析する術を学びます。なぜなら、多くの人は自分でも気付かないまま、この世界を主観で捉えているからです。それぞれが独自のフィルターを通して世界を眺めていながら、フィルターがかかっていることに無自覚なため、実際には自分の色が付いているにもかかわらず自らの視点が絶対であると思い込み、その結果、世界にたくさんの矛盾や対立をもたらしてきました。
そこで1ヶ月間の真学校では、まず自分がどのようなフィルターを持っているのかを正確に捉え、人生で最も身近な存在である「自分自身」とは何者なのかを知ることから始めます。自らを正確に知ることは、自分と他者との違いを知ることです。違いを知ることで他者を理解し、円滑なコミュニケーションが取れる人へと成長していきます。そして、自分と他者とを正確に捉えることによって初めて、自他の関係を活かすことができるようになるのです。

こうして自らの性質を理解したところで、後半の2週間では、多様な題材を通し、物事を冷静かつ客観的に捉える視点を育み、さらに世界観を広げていきます。そして現代社会を生きる意味を理解し、様々な問題を根本的な解決へと導く、広く高い精神性への学びを深めます。
この学びは、机上の空論ではありません。毎晩行われるコミュニティ・ミーティングのほか、誕生日会や季節の催事などへの参加を通して、講座で語られる世界観を日々の生活の中で実践するファミリーの暮らしを実際に体験していただきます。

講座の様子

〈 講座例 〉
人格を学ぶ講座(カルマ読み・地球暦・カタカムナ)/世界観を広げる/カタカムナ/天然循環法(食・農業革命・医療革命)/食と食養生/自然療法プログラム/性と宇宙/21世紀の死生観/菩薩の里の経済/心のシェア/有用微生物群の培養/自然災害と防災/心豊かに生きる
* 講座は座学が中心です。どのような学びも、大切なのはその根本にある精神性です。1ヶ月間の真学校では、受講生が卒業後にそれぞれの現場で学びを実践していく際の根本となる、精神性を育むことに最も重点を置いています。
* 上記講座はあくまでも一例であり、プログラムは状況に応じてその都度変更されます。
* その他、フリータイムがあり、受講生同士で相談をして独自の講座を創ることも可能です。
* 海外からの参加お申し込みがあった場合は、日本語と他言語(英語・中国語)でのプログラム提供となります。
* より詳しい内容を知りたい方は、以下の専用ブログにて、これまでの講座の様子などが紹介されています。どうぞご覧ください。
1ヶ月間の真学校ブログ

「心のシェア」の座談会

1日の流れ
7:30  朝食
8:30  午前の講座(途中休憩あり)
12:00 昼食・昼休み
14:00 午後の講座(途中おやつ休憩あり)
17:30 入浴
18:30 夕食
20:30 大人ミーティング(自由参加)
* 時間は日によって変更があります。
* 毎週日曜日(または土曜日)は休講日です。
* 畑やキッチン、子育てなどを体験する「生活体験」の時間もあります。

サポーター制
受講生には、ファミリーメンバーの中から基本的に同性のサポーターが1名付きます。多彩なメンバーたちが受講生の学びを全力でバックアップします。

定 員
15名
* 定員になり次第締め切りとさせて頂きます。お申込みはお早めにどうぞ!

参加費
収入に応じたスライド制になっています。(自己申告制)
① 年収200万円未満・・・18万円
② 年収200万円以上400万円未満・・・20万円
③ 年収400万円以上・・・22万円
* 参加費には、受講料、宿泊費、食費、保険料、消費税等一切を含みます。
* 分割払いをご希望の方はご相談ください。

お申込み
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「1ヶ月間の真学校」へのお申し込み

お申し込みは、参加費のご入金をもちまして正式に受け付けとさせていただきます。ご入金のあった方から順に受け付け、定員に達し次第受け付けを締め切りとさせていただきますので、どうぞご了承ください。お申し込みフォームをお送りいただきましたら、折り返し担当者より詳細のご案内をさせていただきます。
* 参加費は、講座開始日30日前までにご入金ください。
* お申し込み後のキャンセルは、主催者への負担となるだけでなく、他の方の学びの機会の損失にもつながります。特に海外から参加される場合、事前に数ヶ月間の準備期間を要するケースが多いため、講座開始日間近にキャンセルが発生しても準備期間が足りず、受講を希望される他の方が参加できない場合がございます。そういったことのないよう、どうぞお申し込みになる前に、受講のご都合とご意志を今一度ご確認くださいますようお願い申し上げます。
* 講座開始日90日前以降のキャンセルに関しましては、キャンセル料を申し受けます。

主 催
NPO法人ぐりーんぐらす

共 催
木の花ファミリー

お問合せ
NPO法人ぐりーんぐらす
電話:0544-67-0485(担当:池谷・古橋)
メール:truthschool★npo-greengrass.org(★を@に置き換えてください。)
ご不明な点は、どうぞお気軽にお問い合わせください。

ご参加お待ちしています!