人類が宇宙視点に立つスタートの年が始まりました!

1月10日、木の花ファミリーでは毎年恒例のどんと焼きを行いました。その時のいさどんの挨拶をご紹介します!

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「人類が宇宙視点に立つスタートの年が始まりました!」
~2016年1月10日どんと焼きの日にあたって~

2016年が明けまして、今日は10日目です。正月を迎え、このどんと焼きの日を迎えることは、粛々と地球が宇宙を旅しながら、毎日自転を繰り返し、2017年に向かって歩んでいるのです。それは、時を刻んでいるだけではなく、実際に物理的にも宇宙を移動しているのです。そろそろ、地球にいる人類もその仕組みの中で生きていることに気付かないといけません。わたしたち人類がそういった宇宙的な視点のもとに生きていかなければ、これ以上人類が栄え、地球に生きている真の意味を表現することはできないのです。

2016年を迎えて早々に、北朝鮮の核実験のニュースやイラン大使館がサウジアラビアの攻撃を受けたというニュースが報道されました。文明周期説から歴史を紐解くと、東西の文明が切り替わる度に世界動乱や民族移動が起きてきました。そこで示されているように今、21世紀に入り、難民を生み出す社会情勢の中、民族の大移動が起きている地球上の実態があるのです。

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自然が長い間、秩序ある状態で地球とともに繁栄してきたことからすると、人類はまだまだ混乱の真っ只中にいるのです。しかし、いよいよ本当の意味で、人類がどのように地球上で互いに連携し、どうあるべきなのかということに目覚め、そして地球のために貢献していく時代が始まったのだとも思えるのです。

正月を迎えて、2016年がどのような年になるのか、国民も政府も注目していますが、相変わらず世の中はお金や物の豊かさを追求しているのが現状です。そこで、わたしたちは今までの社会の価値観やあり方を観ながら、本当に混乱のない世の中をどのように創っていったらいいのかをこれから世に示す必要があります。

新たな年を迎え、今まではそのための仕込みの期間でしたが、いよいよその仕込みから成果を世に示す時が来ていることを痛切に感じています。それは日本中はもちろん、これからは広く世界に向けて発信していく年でもあり、発信するにあたり、その裏付けとなる技術や知恵をここで仕込んでいく年でもあるのです。発信しながら仕込んでいくのですから、ある意味内と外を同時に観て、冬眠する(熟成させる)年でもあります。今年は内と外、陰陽両面の年であり、2013年から3年間続いた新たな時代への切り替えの準備の期間から、いよいよその成果を世に発信していく始まりの重要な年なのです。

ですから、今年はたくさんのプロジェクトが立ち上がっています。実際にそのプロジェクトは新たな世に切り替わるための大切なプロジェクトですから、皆それぞれ自らの役割をしっかりと果たしていきましょう。それを仕込めば、必ず世がそれを必要とする時が来ます。そして、その始まりが来年ということなのでしょう。

すでに、今年の発信の年から、来年のテーマが出ています。それは、「爆発」です!そして楽しみな時を迎えているとも思っています。そういった意味で、気持ちをしっかりと充実させながら、共に歩んでいきましょう。

そのために、正月明けにこのどんと焼きという神事を行い、一年を健康に過ごし、自らの魂をしっかりと磨いて、そして成長できるように、今日はその誓いを新たにする日でもあるのです。一人ひとりがしっかりと自らと向き合い、そういった誓いを立てていただきたいと思います。

2016年に入り、人類が宇宙視点に立つためのスタートの年が始まりました。そして、それにふさわしい役割をこの小さな集団から地球全体に示していくのです。この世界は魂の世界ですから、世界が動いているのもその魂が存在し、わたしたちはその延長に生きているのです。そして、その世界の仕組みの中で、わたしたちは魂を最優先にして連携していく時代に入ったのです。そういった意味で、天と地、そして世界中の霊的ネットワークがこれからますます広がっていくことを願い、2016年1月10日どんと焼きの日にあたって、皆で乾杯したいと思います。

それでは皆さん、乾杯!!
おめでとうございます!!!

 

点火後、天へと舞い上がるどんと焼き
点火後、天へと舞い上がるどんと焼き
皆で富士浅間木の花祭りの舞を踊りました
間もなく開催の「富士浅間木の花祭り」の楽の音が空いっぱいに響き渡りました

 

 


21世紀は一人ひとりの目覚めの世紀です

改めまして、皆さん新年明けましておめでとうございます!
2015年大晦日の夜から2016年元旦にかけて、ファミリーでは「おひさまハウスひまわり」のホールに毛布をしきつめ、みんなで語り合う時間を持ちました。今日は、間もなくカウントダウンが始まろうとする中いさどんが語り始めた、新たな年を迎えるにあたってのお話をお届けします!

 

「21世紀は一人ひとりの目覚めの世紀です」
(2015年から2016年にかけてのいさどんの挨拶)

世の中でボーナスと言うと、定期給とは別に支払われる特別な給料のことです。わたしは久しぶりにボーナスをいただきました。

今年の春、69歳の女性と知り合いました。彼女は7歳の頃からミツバチを飼いたいと思っていたそうです。彼女は旦那さんを亡くしてから6年が経つということで、今一人暮らしをしています。きっとさびしかったのでしょう。猫をお友達として飼ってはいるのですが、蜜蜂の世話がしたいと思い立ったのです。それで、わたしが富士地域の養蜂協会の支部長をしているものですから、わたしのところに問い合わせが来て蜂を譲ることになりました。そうした縁で彼女とは親しくなり、時々お茶がてら、ミツバチの飼育の指導も兼ねて、彼女のさびしさを紛らわすためのお付き合いが始まりました。

以前は旦那さんと一緒にラブホテルを経営していた彼女が、旦那さんが亡くなってからは一人では経営していけないので廃業し、ようやく今年になって廃業届けを出したことを知りました。それまでは、旦那さんとの思い出をなくしたくなかったので、無理して管理をしてきました。しかし、年齢的にも限界を感じ、わたしと出会った頃がちょうど良いタイミングだったのでしょう。「これからどう生きていったらいいのでしょうか?」と彼女はわたしに相談してきたので、思い切ってこの土地を手放してみたらどうですか、と提案しました。彼女は今まで、この土地を手放すのは旦那さんとの思い出が消えるようでさびしい、と思ってそのまま持ち続けていたのですが、結局お金にならないどころかお金が出て行くだけで、今、3箇所でパートをしながらその給料と年金で税金を支払い、自分の生活をまわしている状況でした。彼女に譲った蜂についても、たった一回採蜜できただけで、蜂の育ちも今年は天候が悪いせいかそれほど良くなかったのです。わたしが時々行って管理していなければ、今頃全滅していたことでしょう。

そのような中、来年も蜂を育てていきたいという延長に、維持することが負担になってきたあの土地を彼女は最終的には売却することを決めたのです。おそらく、わたしに出会っていなければ、彼女は相変わらずあの土地を売ることはできなかっただろうと思います。彼女があの土地を売ると決めたとき、わたしはある人のことを思いついたので、わたしの友人を通じてその人に土地を買ってもらえるよう話を進めることにしました。そして今年の7月頃に土地を売る話が出てから、ようやく年内にその土地の売買が成立したのです。

その途中ではいろいろあったものですから、わたしの友人は「これほど苦労したのだから、不動産屋と同じように仲介手数料をもらわないといけない。法律的には素人でも1回は仲介手数料を受けとってもいいという法律がある。今回、間に不動産屋が入っていないので、僕にはその権利があるはずだ。いさどん、彼女に仲介手数料は通常3%だと連絡しておいて」と言うので、「僕はお礼をもらうつもりはありませんが、あなたが仲介手数料をもらうことは構いませんよ」と伝えたのです。また、彼女も「何かお礼をしたいのですが、お礼はどのようにしたらいいのでしょうか?」とわたしに聞いてくるので、「本来の手数料からすると、もっと高くなりますが、区切りがいいので100万円を彼にお礼として支払ったらいいのではないですか。売るのが難しい土地を彼は一生懸命交渉してくれたのですから」と正直に伝えました。わたしの友人は、「もし100万円の手数料をもらえたら、半分の50万円をいさどんにバックするからね」と言っていたのですが、彼女はわたしの友人に全額渡すのではなく、わたしと彼に最初から50万円ずつ分けてお礼として持ってきたのです。こうして、わたしのところに50万円のボーナスがやってきました。

(ここで、2016年になりました♪
 いさどんの話を聞いていた皆から拍手が起こります。)

ところで、皆さん、今スクリーンに「HAPPY NEW YEAR 2016」と出ていますが、何か変わりましたか?何も変わっていませんね。変わっていないということは、実は変わり続けているということなのです。今、2015年から2016年になりました。それは、新たな世界に進んでいるだけのことであり、毎日がそうなのです。最近特に感じていることなのですが、お正月だからといって特別なことはありませんね。同じように時空の旅をしているだけなのです。そして、常に未知なる世界へと進んでいるだけなのです。

ただ、これを区切りとするならば、今までを振り返ってこれからどうするのか、と考えるきっかけにすることはできます。しかし、未知なるところへ進み続けているという意味では同じことです。2012年12月21日、銀河の冬至を迎え、宇宙的には新たな価値観の時代へ入りました。ですから、そういったことを感じる人にとっては、世の中の情勢を観ると変わってきたことがわかります。時代は、確実に今までの価値観とは違う価値観に移行していきます。そこに乗るかどうかがこれからは重要なこととなります。

そのときに、今までの価値観の流れに乗り続けていくということは、終わっていく流れに乗っていくことになります。それは、時代が250年、800年、1600年、3000年、6450年、12900年、25800年という様々なターニングポイントを迎え、そのピークに達したときに、下降していく流れに乗り続けるのか、それとも次へ昇っていく流れに乗るかどうかです。

自らの囚われを外した人は、新たな流れに乗っていくことができます。しかし、自らの枠の中に閉じこもっている人には、なかなかそれができません。今までは、枠の中に閉じこもり、競争や差別を発生させてきた時代でした。しかし、そういった時代が終わることは明らかであり、たとえば中国は十数年後にはGDPが世界のNO.1になるだろうと言われているのですが、実際には環境問題などいろいろな面でその前にブレーキがかかることでしょう。ですから、そうはならないのです。その推測は、現状を表面的に観てそのまま進んでいくとしたらという話であって、現実にはそうはならないように、これは中国が発展するかどうかという話ではなく、世界中の発展の質が変わるということなのです。

そこで、これからの時代はどのような生き方に乗っていけばいいのでしょうか。今、わたしの頭の中に「賢い選択」という言葉が浮かんできました。しかし、ここでは賢いと言ってはいけません。それはなぜかというと、そのことに気付いた人は当たり前に次なる流れに乗っていくのですし、それに気付かない人は当たり前にそれを外していくだけだからです。それを賢いとか賢くないというのは、結局自分がすることは良いことで、しないことは悪いことと区別することと同じだからです。しかし、そこにはそういった概念もないのです。気付いた者が当然のように新たな時代の流れに乗っていくだけのことなのです。

世の中には賢いと呼ばれる人たちがたくさんいますが、そういった人たちの多くが自らの囚われから外れることができません。そうすると、何のためにその優秀な頭脳を使い、何のために豊富な知識を得ているのでしょうか。
世の中の賢いと呼ばれる人たちは、自分の認識では良いことをしていると思っていることでも、実際は人間社会の争いの元や環境の悪化など様々な社会の矛盾を招く原因となっています。ですから、本当の意味での賢明な考えが浮かばず、それが本当により良い社会や自らの健全につながる生き方ができていないのが現状です。それは世の中に混乱をもたらすだけではなく、自らにも混乱をもたらすことになるのです。
学校のようにまだ学びを実践しない段階の場所では、たくさんの知識を得て、それを試験や研究という形で上手に表現できれば優秀な人と評価されます。ところが、実際に社会でそうした学びを生きる段階に入ると、職場で複雑な人間関係に対処する必要も出てくれば、家族を持てばその家族の中のコミュニケーションを円滑に進める必要も出てきます。生き方についても、無駄がなく効率が良いほうがいいのですが、自らの囚われの中で生きていると、不要な思考をまわし無駄な行動をした結果、自らに負荷をかけることにもなるのです。

しかし、これを間違いと言ってはいけません。たとえば、今までは引きこもりやニート、家庭崩壊は間違いだと捉えられてきたのですが、これは間違いではないのです。これは、そのような意識でそのように生きると、そのような現象が起きるだけのことであり、これは間違いということではないのです。それはあくまでも情報であり、この世界は忠実に自らの姿を示してくれているだけなのです。ですから、もし賢い人がいるとしたら、そのような仕組みを知り、自らが生きた結果から学び続ける人のことを指すのでしょう。

わたしたちが生きているといろいろな困難に出会うのも、自らの行いに対してふさわしく現象が起きるのですから、人生とはまさしくその連続そのものなのです。これは、物理性です。その生き方のもとは精神性であり、人間の性質がもたらしているのですが、精神性すらが人生という形でその人の物理性を表現しているのです。ですから、最終的にはすべて物理性なのです。

しかし、その仕組みが観えない人々は、目の前にあることを避けて通ろうとします。これは自分にとって都合の悪いことから逃げて通るということですが、それでは闇雲(やみくも)に生きていることになります。一般的に闇雲と言うと、先の見通しもなく結果や是非を考えずに物事を進めるという意味ですが、闇雲に生きれば、未来に何が来るのかがわからないのではなく、確実に混乱が来るのです。そういった仕組みを理解し、理に叶ったことをすれば、何が来るかはわからなくても、現象として理に叶ったことが起きるので、それは先が観えているということでもあります。これからの時代はそういった生き方が必要なのですが、今、世界中が闇雲なのです。今、世界が闇雲のピークを迎えているということは、わたしたち一人ひとりがその状態になっているということです。

21世紀は一人ひとりの目覚めの世紀です。つまり、新たな時代の扉が開いたことに気付いた者は道理に沿って進んでいきますし、それに気付かぬ者は道理から外れていくだけのことです。それは大人サミットに参加したこうたんの話と同じで、これまで彼は世の中を優秀に生きてきたのですが、それは時流と合っていたために優秀とされていたのであって、60歳を前にして彼は多くの疑問を持つようになったのです。そのときに、人は自らの心を変えることによってのみ、楽に生きられるようになるのですが、自らの心を変えずにそのまま進み続けていったら、苦しくなるのです。今、人々がそういったことに目覚める時代が来たのです。

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そのような真実が明快になり、わたしの心は今、たいへん晴れ晴れしています。今回、土地を売却できた69歳の女性は、長年、中途半端で明快ではない生き方をしてきました。ところが、わたしと出会って人生に希望が生まれました。わたしは彼女との出会いから、あの土地を手放すことによって、人生の荷物をひとつ降ろしてあげることは、「世直し」だと思ったのです。ですから、お礼については何も考えていなかったのですが、彼女は「よく考えてみたら、100万円をお礼するというのは納得がいきます。他になかなか買い手がないのに紹介してくれたのですから、当然だと思います。しかし、100万円すべてを古田さんの友人にお渡しするのは変だと思ったのです。どちらかというと、古田さんに多くお礼をするべきだとも思ったのですが、こちらで半分ずつ分けて持って来ました」と言うのです。まるで、彼女はわたしの友人の意向を最初からわかっていたようなのです。そのような経緯で、わたしのもとにボーナスがやってきました。

わたしは今、40数年前に仕事でお世話になっていた70代の女性に17万円を貸しています。彼女は、お正月を明けたらここにお世話になります、と言うのですが、借金だらけの人生になっているので、彼女とのことも今後どうなっていくのか、粘り強く観ているところです。この件についても、69歳の女性と同じように、一人の人の人生の行き詰まりを改善できたらと思い、そのきっかけとして、半年前に彼女から突然電話がかかってきてお金を貸してほしいと頼んできたときに、お金を貸してあげることにしたのです。今、その行く末を観ているのですが、このことも「世直し」として捉えています。

今回、あるところから思わぬお金が入ってきて、あるところで思わぬお金が返ってこないということは、相殺すれば33万円プラスなのですから、それはそれでいいだろうと思って観ています。そして、人生とはそういうものだと思うのです。つまり、お金が返ってこないから、そこで帳面合わせをするのではなく、トータルして人生の帳面を観ることから考えたら、徳がある人は人生を通して徳があるのです。ですから、徳を積むということは、人に対して、そして世の中に対してどのように考え、何を提供するかによってその結果が返ってくるのです。

今日、年末ジャンボ宝くじの抽選会がありましたが、1等賞が7億円で、前後賞あわせると10億円ということで、年々1等賞の賞金金額が上がってきています。それはなぜかというと、金額を高くすると、それにつられて買ってしまう人がいるからです。しかし、宝くじの売り上げの半分近くは政府が使い、経費を差し引くと、約45%が当選金として還元されるだけです。誰かに当選することは確かなのですが、その確率はどんどん低くなっていて、当選した人の人生は狂っていくものなのです。そして、当たらない人は、どんどんお金を持っていかれてしまうのです。ですから、当たった人の喜びはたくさんの不幸の上にある仕組みになっています。そうすると、一見、得したように思えても、実はそこで徳を捨てていることになります。宝くじを買うこと自体が徳を捨てることになるのです。そして世の中も、そういった矛盾に加担しているのです。時代は21世紀を迎え、わたしたちはそろそろそういったカラクリから抜け出す時が来ています。

物事というのは、道理が通っていれば、道理に沿って答えが出てきます。しかし今、世の中全体が道理から外れているのです。先程のこうたんの話にも出てきましたが、2秒間のマインドコントロールがわたしたち一人ひとりの中に浸透しており、多くの人々は自分のことばかり考えて生きているのです。自分のことばかり考えている人に、これからは、良い人生は来ません。事実、これは物理性なのです。

そこで、他者のことを考えるといっても、それはボランティア活動をするとか、寄付行為をすることではありません。大局を観て、この世の中の情勢を観て、それが健全になるように、そして結果、自らの徳積みになるように生きていくことが大切なのです。それは、表面上いくら寄付をしたところで、これからの時代、徳積みにはならないのです。そういった大局的視野をもとにした生き方がこれから大切なのだと思うと、やることは地味です。自らと向き合い、コツコツ生きていくと、それにふさわしく日々の中で答えが出てくるのです。毎日を逃げずに、しっかりと道理のもとに、流れと共に生きていくことが、物理的に難しい時代をこれから迎えても、より健全な未来を創っていくのです。

誰も、他者から正してもらう必要はありません。自らの問題はすべて、自分で解決できるようにプログラムされているのです。真に自らと向き合えば、一人ひとりが自分のことは自分で解決できるのです。それはなぜだと思いますか?

それは、出会うことすべてが自らの行いのもとに現れてきたことだからです。自分がやってきたことだから、自分がやめていくだけのことなのです。そこで改めるために何が必要なのかというと、今までとは違う考え方を持つ必要があるのです。ところが、これまでと同じ考え方の延長に解決しようとすると、それではいつまでたっても問題を先送りしているだけであり、同じことが起き続けます。そこから目を開けて、目の前に起きている現象をしっかりと観たら、自らを救うことができるのです。そうやって、一人ひとりが自らを救える時代が来たのです。

ボーナスの話は、お金の話でわかりやすいのでこれをボーナスと伝えたのですが、これはお金に限った話ではありません。いろいろな出会いもそうですが、人生を通じていつもわたしたちはボーナスをもらっているのです。それは、給料のように約束どおり毎月来るものではありません。ある日、今まで積み重ねてきたものが満期を迎えて現れるようなものなのです。

それを得るためには、毎日、自らの姿勢・心・行動をよく理解することが大切です。それは、損得勘定をベースに理解するのではなく、濁りや矛盾のない美しさをベースに理解するのです。その証は、先へ行ってみればわかります。その証は、今まで歩んだことを観てみればわかるのです。
とかく人は表面的に帳尻を合わせてうまいこといくのではないかと考えてみたり、宝くじが当たるような起死回生の出来事が起きるのではないか、と期待するものです。しかし、そのようなことは決してありません。この世界は物理性ですから、それは方程式のようなものなのです。それは因果応報の法則のもとに、忠実に現象化されます。
そういった意味では、奇跡は起きません。この世界に奇跡があるとしたら、当たり前の積み重ねの延長に今までとは違う出来事につながり、それを奇跡と言うのです。それは人と人の相乗効果でもたらされることであり、生命世界の仕組みです。本来、生命は集まれば集まるほどダイナミックかつエネルギッシュで、豊かな世界ができるのです。

今年は新たなプロジェクトがたくさん立ち上がりましたが、そのひとつに「納豆製造機」プロジェクトがあります。3日前、木の花創立以来良くしてもらっている鉄工所の社長さんに、納豆製造機のステンレスの箱を作ってもらうよう頼みに行きました。その時、「年末だから急いで作らなくても大丈夫ですからね」と伝えたのですが、彼は早速それを作ってくれたようで、今日持ってきてくれたのです。「これで図面どおりですよね」と言いながら、とても嬉しそうでした。
彼が作ってくれたステンレスの箱に発泡スチロールを断熱材として貼り、みきちゃんの実家から来たこたつのファンを電熱器にして、まこっちゃんが作ってくれるタイマーをセットすると、納豆製造機が出来上がるのです。通常、納豆製造機を買うと36万円するのですが、今のところ、お金は0円です。
彼がステンレスの箱を持ってきてくれたとき、「ところで社長、この代金はいくらですか?」と聞いたら、「いいよ、いいよ!」と言うのです。彼にはちなっぴが作った正月用のしめ縄のお飾りをあげたり、毎月お米を渡しているのですが、まるで物々交換をしているようです。それも、納豆製造機の話を彼にする前に、「この図面は複雑だから直接話をしたほうがいいので、彼のところに行かないと」と思っていたら、ちょうどお飾りを取りにきた彼と話をすることができたのですから、そのように流れに乗っていると物事はとんとん拍子に進むのです。

そういった延長で、わたしたちが何も企んでいないのに、今年は新たなプロジェクトがたくさんあります。わたしたちがいろいろな出会いをつないでいって、情報と共に繁栄していったら、これからさらにたくさんの出会いがあることでしょう。ですから、未来は希望にあふれています。それはきっと社会をより良くするために役に立っていくことでしょう。しかし、それはこちらの思惑で成ったものではありません。そこが大切なところです。すべて、ボーナスなのです。

これからの時代は、自らの思惑や損得で得たお金ではなく、人とのつながりの中で豊かにいただいたものによって生きていきたいものです。2015年から2016年にかけての年越しを、ここでは独特の世界観の中で迎えました。この独特の世界観は、国営放送の紅白歌合戦の中にも、ゆく年くる年の中にもありません。それは、宇宙の中にある地球のターニングポイント、太陽のまわりをたった一公転した切り替わりから示されるものです。

毎日、一瞬一瞬コツコツと自らに向き合えば、自分が生きた分だけ自分がどのような者なのかを教えてもらえるのです。ですから、2016年はそうやって多くのことを蓄積しながら、発信していく年です。

みなさん、もう来年のテーマが出てきました!(皆:え~~!!)今年2016年の「発信」から、来年2017年のテーマは「爆発」です!(皆、大拍手!!)今年は様々な情報を蓄積しながら発信していき、その発信がいよいよピークに達し、来年は爆発するのです!!そういうのはどうですか(笑)?(皆、大拍手!!)中東で空爆しミサイルが爆発するよりも、中国のガス爆発よりも、どこかの国が原爆を破裂させるよりも、ずっと良い爆発ですよ!

ということで、みなさん、
新年あけましておめでとうございます!!
今年はそのような方針でやっていきましょう。

元旦の朝、初日の出に向かって
元旦の朝、初日の出に向かって

 

 


みなさん、宇宙創成プロジェクトへようこそ!

地球上に人としていのちをいただいた限り、いつもお天道さまの下を堂々と歩める人生でありたいものです。なぜお天道さまの下なのかというと、地球上には昼と夜があります。しかし、実際は地球がまわっているから昼と夜があるだけのことで、太陽はいつも光を降り注いでいるのです。ですから、わたしたちが地球から離れ宇宙空間に出て、太陽を向けば、いつも太陽の光が当たっていることになります。

わたしたちはいつもお天道さまの下にいるのです。そこで、いつもお天道さまの下を堂々と胸を張って歩んでいけることが大切です。

夜があるのは、地球がまわっているので、昼と夜というサイクルを地球生命に与えただけのことです。生命にとって酸素がなければその機能が壊れてしまうように、夜がなければ生命は今のように機能しなくなることでしょう。そうした陰陽をつけるために、地球はまわっているのです。しかし、地球上が昼であっても夜であっても、お天道さまの下にいることに違いはありません。

そこで、地球を丸くせずに、パラボラアンテナのように平らにして太陽のほうにだけ向いていたら、ずっと昼間でい続けることになります。しかしそれでは、その裏側は永遠に夜であり続けるのです。この世界に物質が存在する限り、そのような構造になっています。約13000年前に東アジアに存在していたカタカムナ人は、この世界の響きを48音に分類し、宇宙の創成・発展・消滅について体系付けました。ですから、カタカムナの第5首で「ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト」とうたわれているように、この世界のありとあらゆる物質は回転し、公転し、振動し続けているのです。

第5首
            《カタカムナ第5首》

フラクタル

今、ここでは様々な新たなプロジェクトが立ち上がりましたが、僕にはその宇宙創成プログラムを検討した記憶があるのです。たとえば今、サダオ(タイ語でニームの意味)プロジェクトで今後の計画についていろいろと検討しているように、宇宙を創成する段階で、この世界の構造をどのようにしていこうかと考えた記憶があるのです。

一番はじめに星の運行について考えた時、これから創る生命もすべて相似形で同じ構造になるので、どのようなものにも共通するしっかりとした仕組みを創らないといけない、とすごく考えた記憶があります。すごく考えて創ったのですが、あの頃、ノーベル賞はなかったですね(笑)。

21世紀に入り、大いなるターニングポイントを迎えている今、人類はそういった記憶を呼び覚ます時が訪れています。わたしたち一人ひとりの中に、この宇宙創成から現在に至るまでの情報が内在しているのです。人間の脳の90%はまだ使われていないと言われています。わたしたちの内面に眠る未開発の能力が開花すれば、宇宙の意志・時代の流れを感受する直観が働き、地球にいながらにして宇宙を理解することが可能になるのです。そこでは宇宙を探査するテクノロジーの可能性は大いに広がることでしょう。新たな時代を生きるわたしたちは、近代的テクノロジーと物質的豊かさに加え、高い精神性とともに進化していくことができるのです。

21世紀はわたしたちが地球人として、さらに宇宙人としての意識に目覚め、この世界に貢献していく時代の始まりです。わたしたちは、宇宙全体を認識できる能力を持ち合わせているだけではなく、宇宙を運営する側に立ち、宇宙そのものとして生きていくこともできるのです。

みなさん、宇宙創成プロジェクトへようこそ!プロジェクトメンバーは、あなたを含めた全人類はじめ、すべての宇宙生命です。これから宇宙がどのように創成されていくのか、その鍵を握るのはわたしたち一人ひとりの“意識”です。

宇宙創成プロジェクトへようこそ

 

 

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2016年2月14日〜3月12日
木の花塾「1ヶ月間の真学校」を開催します!

私たちがこの世界に生きる真の意味を学ぶ、かけがえのない1ヶ月間を過ごしてみませんか。それはきっと、あなたの人生を豊かにし、この世界を豊かにします。下記サイトより、前期受講生の体験記をご覧いただけます。自分を変え、世界を変える1ヶ月間の旅へ、皆さまのご参加をお待ちしています!
( → 1ヶ月間の真学校 受講生の体験記へ )

【 日 程 】
2016年2月14日(日)〜3月12日(土)

【 会 場 】
木の花ファミリー
静岡県富士宮市猫沢238−1

【 対 象 】
■ 自分を変えたい人
■ 世界を変えたい人
■ 今の世の中をどこかおかしいと感じながら、どうすればよいかわからずにいる人
■ それまで知らずにいた本当の自分自身を知り、真に人生を謳歌したい人
■ この星に生きる人 すべて
☆ その他、2015年度受講生からは以下の人に薦めたいという声が上がっています。

■ 漠然とした不安がある人
■ 自分も他人も責め続けている人
■ 人を信頼したいという思いはあるが、できない人
■ 未知の世界があることを知りたい人
■ 出会った人 すべて
(詳細は受講生アンケートにてご覧頂けます。 → 受講生アンケーヘ)

【 内 容 】
講座は「農」「食」「医」「経済」「環境」「教育」「社会」「芸術」と多岐に渡りますが、全講座に共通して学ぶことは、物理的な現象の奥に流れる深い精神性です。それまでに考えたこともない新たな視点に出会うことで世界観を大きく広げ、今社会はどのような状況にあるのか、その中で自分は一体どういう存在であるのかを紐解いていきます。
〈 講座一例 〉
人格を学ぶ講座(カルマ読み・地球暦・カタカムナ)/天然循環法の畑作/ファシリテーション/世界観を広げる/菩薩の里の経済/自然療法プログラム/食養生/有用微生物群の培養/天然醸造味噌作り/創造性と芸術/性と宇宙/自然再生と災害復興/持続可能な心の持ち方

*その他、誕生日会や季節の祭事、地域の食事会などのイベントも盛りだくさん!生活の様々な場面を通して、互いに助けあいながら宇宙の流れにそって生きる豊かなコミュニティの暮らしをリアルに体感できます。
*上記講座はあくまでも一例であり、プログラムは固定されていません。受講生との双方向の掛け合いにより、その時、その場で、もっともふさわしいものが提供されていく、誰にも予測不可能な世界に二つとないプログラムです。
(→ 2015年度レポーをご覧ください。)

【 主 催 】DSC00081
NPO法人ぐりーんぐらす

木の花ファミリーを母体として様々な社会貢献事業を行っているNPO法人です。

【 共 済 】
木の花ファミリー

詳細は、こちらをご覧ください!
「1ヶ月間の真学校@木の花ファミリー」

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2015年度「1ヶ月間の真学校」卒業生による修了パーティー

 

 


あなたはこの世界のために生まれてきています

 ~21世紀の癌の処方箋・「囚」から「閃」へ~

 
僕はこの世界の観察者です。世の中のあり方や人のあり方、自然のあり方を常に観察しています。そうすると、そこにはいろいろな法則があることが観えてきます。ところが、ほとんどの人々は自らの中に湧いてくる欲望や興味を優先させているため、そこに法則があることを気付けていません。ですから、人間が創り出した世界はその法則を無視しているために、地球上に矛盾を発生させることになっています。今、人間社会はその矛盾のピークを迎えています。それはある意味、人間の能力の高さの証明でもあります。しかし、能力が高いからといって、その能力は常に良い方向に表現されるとは限りません。その能力の高さを、戦争のような極限に負をもたらすために使うこともあるからです。

そういった現状の中で、わたしたち人類はとても不健康な日々を送っています。その不健康な現象の一つが病気の蔓延です。今、日本人の死亡原因の一位は癌です。そこで、癌細胞の気持ちを僕は考えてみました。彼らはある意味能力が高く優秀な細胞です。自分たちの適切な範囲を知っており、その環境が整うと爆発的に勢力を拡大します。どこに勢力を拡大するのかというと、他の生命の中に寄生しながら広がっていくのです。ですから、この世界で癌細胞だけが独立して生きることはありません。常に何かに寄生しながら存在しているのです。このような話をすると、地球という器の中にいる今の人間の現状を想像できませんか?

癌細胞は自分たちが活動するエリアをつくり、その枠の中に入っています。人が自らの考え方の中に囚われている状態を、漢字で「囚」と書きます。これは、枠の中に人が入っている状態です。この枠の下の部分を取り去ると、玄関ができて外からの情報が入ってきます。そして、上の部分も取り去ると、上からは天の法則が入ってきます。そうすると、「囚(とらわれ)」が「閃(ひらめき)」になるのです。

囚われの状態とは、頭の中で思考がぐるぐるとまわり、自らの価値観から生まれる考えだけで生きている状態です。それに対して、閃くという状態は上から降りてくる直観と、内から湧き上がる想いの両方によって生まれます。この閃きの状態を「縦」の思考と呼びます。それに対して、囚われの状態を「横」の思考と呼びます。横の思考は、縦の思考に沿うと、健全に働くようになるのです。そして、この縦(Ⅰ)と横(一)の両方を合わせると十(重合)となり、これは地球の構造と同じです。わたしたちの体も同じ構造でできており、太陽系、銀河、さらに宇宙も同じ構造になっているのです。キリスト教の十字架も同じです。カタカムナでは、これを一(ヒ)から十(ト)までの道ということで、それを十(ヒト)と読み、完成された人間の姿を表します。それは、悟りに至ったヒトの姿です。

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癌細胞は、自分たちが活動するエリアを見つけると、そこで自分だけの世界をつくります。しかし、人間の胃の中に癌細胞が増殖する環境が整ったとしても、通常、癌細胞は広がりません。なぜなら、人間の体の中には癌細胞を抑える免疫力があるからです。そこで癌細胞は、自分たちの存在するエリアの法則に従い、門を開き、「閃」という状態で役割をするようになったら、正常細胞として働くようになるのです。

しかし、「癌」という漢字を紐解くと、「品」物を「山」のように抱えると「病」気になる、という欲深な性質を示しています。癌細胞は能力が高く、自分たちのエリアをどんどん広げていく細胞ですから、自らが胃の中の役割に徹することよりも、いろいろな役割を持つ細胞を癌細胞に変えてしまうのです。そうして、癌細胞一辺倒の世界をつくり上げていきます。そして、癌が増殖していったエリアの機能は壊れてしまうのです。結局、わたしたちの体の中の重要な機能が停止すると、いずれ全体の生命機能は停止することになります。その結果、癌細胞も共に死滅するのです。癌細胞は本来、その癌細胞が寄生している全体が健全であると、癌細胞も共に存在していけるのですが、それを無視して自分たちだけの世界を広げるために能力を使うと、自分たちも消滅するはめになるのです。

しかし、癌細胞だけが問題なのではありません。本来わたしたちの体は、癌細胞と正常細胞がバランスをとるようになっています。ですから、癌細胞が増殖するということは、必ずわたしたちが自らの体の生態系を乱すような原因を持っており、それが癌細胞の増殖を手助けしているのです。たとえば癌細胞がより増殖するような食べ物を取り、環境をつくっていたり、癌細胞と共鳴するような心の状態を保っていることが挙げられます。癌細胞は品物を山のように抱える欲深な状態に共鳴する細胞です。その考え方は自らに囚われ、まわりに対して門を開かない状態です。そうした状態は、まわりのものたちと調和し、連携しない性質を示しています。

元々、癌細胞は癌細胞として存在していたのではありません。条件が整うと、正常細胞が癌細胞化するのです。このように癌細胞を捉えていくと、地球上の今の人類の姿に観えてきませんか?人間も、元々自然から発生したものであり、生命の循環の中にあったものが自我を得て、ある条件のもとにエゴを優先させていった結果、地球にとって癌細胞化するのです。まさしく、今の人間は地球上の癌細胞として存在しています。そういった意味では、地球に対して負荷をかけ続けている現代社会のリーダーたちは、癌細胞のボス的存在とも言えます。本来、人類は地球生命と共存・共栄する立場にいると捉えると、新しき人類のリーダーたちはその考え方を今までの価値観とは全く逆転させる必要があるのではないでしょうか。

そのような姿勢を人類が取り続けるようであれば、今後も宇宙や地球生態系はそういった行いに対し様々な現象を通して問題という形で、気付きを与えていくことでしょう。それは、「他者とつながりなさい。そして調和しなさい」というメッセージです。さらに、「あなたはこの世界のために生まれてきています。この世界があなたを生み出したのです」と伝えてくれているのです。

昔の人々は、それほど癌にはなりませんでした。しかし、今の人々に癌はとても多いのです。最近の統計によると、日本人の三人に一人は癌で亡くなっており、一生のうちに二人に一人は何らかの癌にかかると言われています。そこからは、今の人々の自らのことを優先して他者のことを思わず、お金や物に執着し抱え込んでいる姿が観えてきます。それはなぜかというと、人と人がつながらず、生きることに不安を感じながら生きているからです。今の人々はお金や物が沢山あることが幸せであり、そのことが社会で成功したことだと錯覚しています。しかしそれは、本来人間があるべき尊い存在としての姿からは逆の姿なのです。

そういったことを癌細胞はわたしたちに教えてくれています。癌細胞は、「あなたの生きる姿勢がまさに癌細胞のような存在なのですよ」と教えてくれているのです。そして、あなたの心が開かれ、調和的になると、癌細胞はその役割を終え、自ずと消えていくのです。

21世紀に入り、人類は多くの面で行き詰まりを迎えています。しかしそれは、この世の中が問題なのではありません。あなたのほんの小さな日常の囚われが大きくなって、連鎖し、地球規模の現状となって、この世界全体を形成しているのです。それと同時に、わたしたち一人ひとりの身近な問題や悩みも、同じ延長としてこの世界は示してくれているのです。ですから、そうしたすべての問題を解決するためには、一人ひとりがそのことに気付き、まずは自らのほんの小さな囚われから解放されていくことが、問題解決の鍵となるのです。皆さん一人ひとりの手の中にその鍵は託されています。

誰一人として、自らが癌細胞のような存在ではありたくないはすです。わたしたちは本来、この世界のために生まれてきたのですから、この世界のために貢献し、誇りを持って人生の終わりを迎えることが真のヒト(十)の生きる目的であり、人としてのあるべき姿なのです。もう一度、あなたも自らと向き合い、人はどのように生きるべきなのかを考えてみてください。

 
まずは、あなたの「囚」を「閃」へ。

 

 


宇宙そのものとして生きる時代へ ~収穫感謝祭でのいさどんの挨拶

2015年12月16日

今年も暮れを迎え、これから新年を迎えるための新たな気持ちになるために、この行事を執り行う時が来ました。ちょうど昨日、ここで2年間開催されてきたカタカムナの学びに区切りをつけました。そして今日、一年の締めくくりとして収穫感謝祭を迎えるということは、そういったことを計算していなかったにも関わらず、なぜこのように物事の段取りが進むのだろうか、と今朝思っていました。それは、わたしたちが日頃から自分たちの都合で生きているのではなく、天や観えない世界を意識しながら生きている証なのでしょう。そして、これこそが時代の流れであり、この世界の道理だと確認する機会となりました。

今日は収穫感謝祭ということで天津祝詞を奏上しましたが、本来そういった祝詞はご利益を願うものではありません。ところが、人類の歴史を振り返ってみると、1000年も2000年もの間そのようなご利益主義が続いてきましたから、人々は知らない間にそのような場で自らの都合を願うようになっているのです。今の世の中で人々は地鎮祭やいろいろな神事を通してこのような祝詞に出会うのですが、その中身を理解してそこに集っている人はほとんどいません。しかし、ここに天津祝詞の解説がありますのでそれを見ていきますと、この宇宙の法則を天はわたしたちに示しており、神々に対してこの世界を清めてくださるようお願い申し上げるのが天津祝詞の精神ですと書いてあります。しかし、そのこと自体が宗教化しているのです。神々に対してこの世界のことをお願いする前に、本当はわたしたち自身がこの世界そのものなのであり、宇宙そのものであることを理解し、生きることが大切なのです。

先日、タイの僧侶であるプラ・サンコンからの招待を受け、彼の寺院に新たに建立された仏塔の落成式と仏像の開眼式に参列しました。その翌日にお話しする機会をいただきました。そこでわたしがお話ししたことは、お釈迦様から導きやご利益をいただくことではなく、お釈迦様の精神イコール宇宙そのものであり、それが本来の人のあるべき姿だということです。ところが、しばらくの間人々はそういったことを忘れ、自然に対して負荷をかけ、自分たちにとって都合の良い世界を求めてきたがために、今の地球上には様々な矛盾が起きています。しかし本来、わたしたち自身の中にもブッダの精神が眠っているのだとしたら、自分が何を想い、何を言い、何を行うかによって、わたしたちは天津祝詞に示された通りの世界をもたらす存在にもなるのです。それは、天がわたしたちに秩序を与えるように、わたしたち自身もこの世界に秩序をもたらす存在になれるのです。それは、天人一体の世界を認識したものたちが生きることによって可能になるのです。そして、それこそが本来の宗教の姿であり、人のあるべき姿なのです。今、人々がそういった精神の原点に立ち返る時が訪れています。

昨日、カタカムナの学びの場に一区切りをつけたのは、わたしたちがそのことを理解したものとして、その精神を生き、それを最優先に生活に表していく時が来たからです。それが天や宇宙と一体の生き方です。昨日から今日になるのも、一年が経つのも、すべて宇宙の仕組みです。わたしたちはその中で生きているのですから、わたしたちは宇宙そのものなのです。したがって、わたしたちの日々の考え方も宇宙そのものでなくてはならないのです。

先程、畑隊、田んぼ隊、そして大町ビレッジの代表の人たちから挨拶がありましたが、皆の話には筋が通っていました。これは、ここ全体がそのようになってきたからこそ、筋が通っているのです。2012年12月21日に銀河の冬至を迎え、新たな時代を迎えるための3年間の準備期間を経た今、2016年の「発信」の年に向けて皆の中にそういった心ができてきたと感じました。

今回カタカムナの学びに区切りをつけたのも、それは単純に方針が変わったということではないのです。学んできたものをしっかりと会得し生活に表していくという意味では、ただ学びが提供されるのを待っているだけではダメなのです。しかし、今まではそういった時代がずっと続いてきましたから、優れた者とその学びをもらい導かれる者の差ができてしまったのです。そのため、今の時代は格差の時代です。格差のために、貧富の差などいろいろな矛盾が発生したのです。しかし本来、この世界は全く平等な世界です。一人ひとりが当たり前に持っている個性が存分に発揮され、誰もが必要とされ、無駄なものは何ひとつないのがこの世界の本質なのです。そういったことをわたしたちはこの生活を通して表現してきましたし、ようやくそれがここ全体で表現できるようになってきたことを今日感じています。そして新たな年を迎えるのです。

今、いろいろなことが変化する時代を迎えています。そこで、なぜ今のような地球規模の変化が人類に与えられたのかというと、これは現代人によってもたらされた地球の近年のカルマの表れです。ですから、わたしたちはカタカムナと出会い、自らのカルマをそぎ落とし美しくすることを会得しましたし、そのことの重要性を理解しました。地球のカルマが人間の欲望によって汚れてしまっている今、わたしたちもその火の粉をかぶらないわけにはいかないのです。その時に、それを越えていく叡智をこれからわたしたちは発信していくのですし、汚れ歪んでしまった自然とどのように向き合っていくのかを考えていくためには、心にしっかりとした柱が立っていなければいけません。そのことをわかったものとして揺るぎない信念を持ち、歩んでいく時が来たのです。

わたしたちの人生を考えたときに、長い人生を望むのか、それとも短い人生を望むのか。そこでは長い人生を望む者もいれば、短い人生を望む者もいます。それは、その人の意識がどこにあるかによって、全く正反対のことが起きるのです。それと同じように、今、社会的に観てもたくさんの混乱が起きていますが、これを生かしていくことを考える者もいれば、右往左往する者もいるのです。それは、その者がどこを観て、どのような精神でそれを観ているかによって全く違う解釈になるのです。

ということは、この世界の解釈は自由自在だということです。今というこの時代は一度きりしか来ないのですから、それを自分の都合の良いように解釈するのではなく、なぜこのようなことが起きたのかをもう一つ違う視点を持って捉えていくことが大切です。わたしたちが毎日当たり前に起きていること、呼吸すること、一秒が経つこと、一日が経つこと、一年が経つこと、そして寿命を迎えて死んでいくこと、こういったことすべてが一体どういうことなのかを、よく考え理解する時代が来ているのだとつくづく思います。

今年は、作物の収穫という点では今までになく厳しい時代だったかもしれませんが、ここではたいへん充実した一年だったと思うと、たくさんの収穫があったと感じています。収穫には、物理的なものと霊的なものと両方があります。その両方の収穫を豊かにいただいていくために、今年は多くの新たな出会いがありました。来年、わたしが関わるプロジェクトだけでもたくさんあり、それは社会を豊かにするためのプロジェクトです。その新たなものを挙げますと、ニーム・ミミズ・蓮池・マコモ・メダカ・エキウム・マヌカ・・・といろいろなプロジェクトがありますが、それは自分たちの都合によって自然を変えることではなく、元々自然にあるものの力を借りることなのです。

来年、まず一番に力を借りるのは、バクテリアの力です。そのリーダーが光合成細菌の力です。今の世の中にはすでに汚れが蔓延していますから、わたしたちがいくらカタカムナを奏上して美しい響きをもたらそうとしても、それだけでは不十分です。そこで、ニームやミミズ、光合成細菌といったものの力を借りて、厳しい環境を乗り越えていくことが必要です。そういったものは世の中に害をもたらしません。虫の中にも害虫化してしまったものがいるとしたならば、ニームにはそういったものを選り分ける能力があると言われています。たとえばミミズでも、「この土なら繁殖して土作りします」という土と、その土を嫌いミミズが引っ越していく土があるのです。自然はそういったことを知っているのです。その力をもらいながら、次なる豊作をわたしたちは享受していくのです。これからそういった情報を世の中にも提示する時が来ていると思うと、未来はとても楽しみです。

来年一年は「発信」の年でもあり、同時に冬眠期間でもあります。つまり、しばらくの間しっかりとそのデータを蓄積して充電し、いずれ世に知らしめるための年なのです。今、わたしたちはそういったことに対してふさわしい段階に来ていると思うと、物理的な収穫という意味ではいろいろな困難な時代を迎えながらも、必ずそこを越えていく答えがその先に現れてくると思い、来年は希望ある年だと感じています。一人ひとりの中にそういったことに共鳴する心が湧いて、その心が高まってくると、ここは新たな時代を迎える雛形として十分価値ある場となります。そして、そこで生きることは誇りを持って人生を終われるということです。

今日の収穫感謝祭ではまず降神祝詞を奏上し、神様に降りていただいて、神事を執り行いました。世の中に宗教はたくさんありますが、こういったことを現実のこととして、頭の中でイメージする人はほとんどいません。しかし、現実にわたしたちは天と共に生きているのです。そして、自分の中にいのちとして神が生きているのを理解する者なのです。

今日はとても良い一日でした。昨日の一区切りを迎え、わたしたちはただ勉強しているのではなく探究していることを伝え、けじめをつけたところで、今日の収穫感謝祭を迎えたということは、まさしく天の計らいと感じました。誰がこの段取りをしてくれているのでしょうか。それは、天とわたしたちが共に行っているのです。それが、天と共に生きるということです。これからも、地球と共に、宇宙と共に、天と共に、神人一体の生活をしていきましょう。
  

新米の御神酒を手に、新たな時代に向かってみんなで「乾杯!!」
新米の御神酒を手に、新たな時代に向かってみんなで「 乾杯!」