半年記念

2月からうつ的な心を立て直すため、ケア滞在をしているまいちゃん。
雨降りの午後、テントハウスでキクラゲの切り込み作業を一緒にしていると、
彼女が「今日は半年記念なの」と話し始めました。

ようこ:
何の半年記念なの?

まいちゃん:
最後にリストカットをしてから半年が経つんだ。

ようこ:
そうか。まいはここに来る前にそういうことがあったって言っていたよね。
初めてしたのはいつ頃だったの?

まいちゃん:
一昨年の12月。
その頃、同じようにうつ病の友達がいて、その子がそういうことをしていたの。
最初は、「親からもらった体だし、やめた方がいいんじゃない?」と思っていたけれど、
自分もすごくしんどい時にしていたんだ。

ようこ:
するとどういう気持ちになるの?

まいちゃん:
する前は「血が見たいな」と思って、血を見ると満足するというか。
でも、した後にはお風呂に入ったら痛いし、後悔するんだけれど、
またしんどくなるとしてしまっていた。

ようこ:
ここに来てから、そういう気持ちになることはあった?

まいちゃん:
そういえば、ここに来てからはないね。

ようこ:
それは何でかな?

まいちゃん:
一番は、皆が自分の話を聞いてくれて、受け止めてくれるからだと思う。
血がつながっていないのに、本当の親のように叱ってくれる人がいて、
自分と向き合ってくれる人がいることは大きいね。

ようこ:
そうだよね。血がつながっている家族だと、
「こうなってほしい」という欲や利害も出てくるものだけれど、
ここの人たちはそういうものと関係なく、まいの心が良くなることだけを想っているからね。

当時のまいに心を開いて話せる人がいたら、リストカットをしなかったかな?

まいちゃん:
そう思う。心の浮き沈みは自分ひとりの力ではどうしようも出来ないから、
自分が助けを求めている時にそういう人がいてくれるのは大きいと思う。

ようこ:
もし、当時の自分に何かを言ってあげられるとしたら、何て言う?

まいちゃん:
アホなことしたね(笑)って。
そういうことをしても、根本的な解決にはならないのにね。
今となったら、「あんな時代もあったな」って良い思い出になっているよ。
しんどかったんだな、でもアホだったんだなって。

ようこ:
そういうふうに言えるまいの話を聞いていたら、涙が出そうになってきた。
そうやって、しんどかったことでも何でも、自分の人生の糧に出来たらすごいよね。

もし、今目の前にリストカットをしたいという人がいたら、何て言ってあげる?

まいちゃん:
そうだな。。。自分の話をするかな。「私もこういうことがあってね」って。

ようこ:
自分の過去をそうやって人のために活かせるといいよね。
私にはそういうことが無かったから、
「そういうことはいけないことだよ」と言っても重みがないし、
「自由にしたらいいよ」と無責任に言うことも出来ない。

でも、まいはそういった過去を乗り越えてきたから、
言葉に説得力があるし、人生に厚みもある。

まいちゃん:
自分の人生は自分で輝かせないとね。
自分の人生を他人のせいにしても、良くなるわけではないし。
昔は親を責めていた時期もあったけれど、
今は「そういうのが出来ない人たちだったんだな」と客観的に思えるようになった。

ようこ:
ここに来てから着実に心の学びも進んでいるね。

まいちゃん:
この間いさどんに、
「客観的に自分のことを見られるようになるといいよね」と言われた時には
「客観的ってどういうこと?!全然わからない!」って思っていたんだけれど、
そのことがちょっとずつわかってくるようになると、
「自分ってこういう性格だったんだ。こういうところもあるんだ」って
皆が言ってくれていたことも理解出来るようになってきた。

親のことも「自分のことを全然わかってくれていない」と思っていたけれど、
今は「それで仕方がなかったんだな」と思うし、
やっぱり自分の中に親に対する感謝の気持ちもあるから。

いさどんから、「まいの心がたくましくなるために、親との関係も与えられている」
と言われて、本当にそうだなと思っている。
前だったら、親とこういうことがあったら5日間くらい寝込んでいたのに、
今日は朝から作業に行けているじゃん!って(笑)。
ここに来てから、確実に心がたくましくなってきたな。

ようこ:
まいはまわりの環境に影響されやすいから、
心がたくましくなるのは大切なことだよね。
まいの個性が活かされ、まいが生き生きと輝いた人生を歩めるよう、
これからも皆で応援していくからね。


その証はそなたの生まれた月日に隠されておる

今日5月3日はいさどんの59歳の誕生日。
朝起きた時には、
「今日は誕生日だから、一日何もしないでいようかな?」
と言っていたいさどんですが、
午前中は出版に関するインタビューとケア面接、
午後はワークショップ、そして夕食後にはケア卒業面談という
超多忙な一日を過ごしました。
話すことが好きでいつも愉快に語るいさどんマジックにかかり(?!)、
いさどんと話す人は皆最後には笑顔になります。

今日の昼食後、メンバーとゲストの総勢95名が集う中、
皆が一緒に大笑いしたいさどんのあいさつを紹介したいと思います。

皆さんありがとうございます。
僕のために日本中の人が今日を休みにして
誕生日を祝ってくれている、と以前から思っていました(笑)。
実際『誕生日おめでとう!』と言ってくれる人は
今目の前にいる皆さんですね。
毎年大勢の人がここに集ってくれます。
今日は大型連休ということで一年で一番人が集う時期ですね。
そんな時期に自分の誕生日を迎えられて、
皆さんにそれを祝っていただくことはとても嬉しいことです。

今日、5月3日というのは憲法記念日です。
昭和22年に憲法が立ち上がりました。
そして昭和26年の5月3日、
僕の誕生日の日に憲法が施行されました。

ある時、僕に天から言葉が降りてくるようになりました。
そして、それまでの自分の生き方から変わって、
「世の中が良くなり人々が幸せになるために生きよう」
と考えるようになりました。

僕が生まれた家の裏山のふもとに神社がありますが、
ある時その神社に行ったんです。
そこで神様とお話する機会がありました。
その時神様は、人間の言葉で話されたんです。
あるシャーマンの女性と知り合いまして、
その人と一緒にその神社へ行きました。

そうしたら、その神社の神様が彼女に乗り移って
私に色々と話をされるんです。
「そなたのことは幼少の頃より見ておったぞ。
やっとそのようなものになったか」と言われました。
「そのようなもの」というのはきっと、
女性を通じてですが、
神様とお話するようになったということだと思うのです。
その時僕は大変感動しました。

小さい頃から川へ行って魚を採り、
一番上流の滝のところへ行って泳ぐ。
その神社は「滝神社」と言いまして、滝が御神体なんです。
そこで泳いで、そして神社まで上がっていき、
冷えた体を神社の神殿の屋根の上に上がって、
甲羅干しをしてあっためて帰ってくる。
帰る時には、神社のさい銭をいただいて
おこづかいにしました(笑)。

これは普通だと警察に捕まることですが、
僕の故郷にある神社は大変お金持ちの神社で
さい銭箱がないんです。
お参りした人がさい銭を投げると、
そのお金は血縁でない子供たちなら
もらってきてもいいことになっていたのです。
だから時々、お宮の鐘が鳴ると
「よーいどん!」といってさい銭をもらってくる。
僕の家が一番神社に近かったから、
僕が一番おこづかいが多かった(笑)。

そんなわけで、僕は小さい頃から
おこづかいをもらいに行ったし、
神殿の上に上がってひなたぼっこをしていた。
「そんな僕のことを神様は見ていたんだ」と思ったら、
なんだか大変感動しました。

次に神社へ行った時、
今度は自分の心の中で神様に語りかけました。
「私は今普通に生きているですが、
今の世の中、人々は大変辛い思いをしています。
そういった不幸な人たちを救いたいと思っています。
私の心の中には、皆が笑って生きている世界
というイメージがいつもあります。
私はそれを行き詰まった人たちに伝えるということをしています。

一体、私はどういう目的があってここに生まれて来たのでしょうか。
こういったことが私の進むべき道なのだとしたら、
私はそういうふうに生きるように生まれてきたのでしょうか。
それとも、たまたま私がいたのを
『面白いのがいる』と神様の方から見染めて、
私にこのような道を与えられているのでしょうか」と聞きました。

そうしたら神様はこう答えられました。
「そなたは生まれる以前より、
この道を歩む約束のもとに生まれてきた」と言われました。
「えっ、そうだったんですか」と思ったと同時に、
「そういえばそうだ。
自分の心の中から語り出た初めて話すことは新しい話ではなく、
前から自分が知っていたことを思い出しているだけだ。
書物で新しいことを学んでも、
それが人のためになるような大切なことになると、
それは人からもらったのではなく、
自分の中にもともとあったことを思い出しただけのことだ」
ということに気がつきました。

それから、「もともと自分が知っていることを
皆に伝えるために生まれてきたのだから、
いつも自分に限界をつくらない。
新しいことを考えて語るのではなく、
自分の中にある真実が自然と湧き出てくるのだから、
自分を自分から解き放ってやりさえすれば、
大切なことは出てくるのだ」と思うようになりました。

その時に、神様はさらに続けてこう言われました。
「その証はそなたの生まれた月日に隠されておる」と。
昭和26年の5月3日。
日本国憲法が施行された日。
「この国に生まれてこの国のために自分は生きている」
と僕は考えました。

「日本」という名は、「ひのもと」と言います。
「ひのもと」は「太陽の当たるもと」ということです。
日本だけではなく、
世界中が「ひのもと」に命の星としてあるのです。

今、こうやって皆さんと出会い、
おいしい食事をいただいて、
ここにある平和で和やかな世界を世界中に広め、
これを自分の人生の中で
最も大切なこととして生きていこうと考えています。

今年で59歳になりました。
僕は20歳にして社会に出ました。
40歳にして職業をやめ、今の生活に入りました。
20年単位なんです。
0歳で生まれて、20歳で生まれ変わり、
40歳で生まれ変わって、
来年60歳で4回目の生まれ変わりとなります。

これからは、皆さんと一緒に
さらに世の中のために生きていきたいと思っています。
今日は僕の個人的な想いを語らせていただく場をいただきましたが、
ぜひこれを個人的な想いではなく、
皆さんの想いとして共に良い世の中、
良い地球づくりとしていきたいと思います。

改めて今日出会った皆さんや
これから出会う皆さんにお願いし、
僕のあいさつにしたいと思います。
本当に良い誕生日を迎えることができ、ありがとうございました。

僕は毎日が誕生日だと思っています。
そして、皆さんにもおめでとうと言います。
それは、一人幸せな人がいるということは、
それだけ世の中が幸せになるのですから、
皆さんにもおめでとうと言います。
本当にありがとうございました。


生きることが答え

色々な心の動きとともに、
沢山の出来事を与えてくれたちよこさんですが、
一区切りの答えを出す時が来ました。
2日前の夜、ちよこさんは手首を切りました。
あの状況では命がなくなっていても不思議ではありませんでしたが、
その後ちよこさんに、「何か見てきませんでしたか?」と聞いたら、
「何も見てきませんでした」と答えました。
ということは、まだ死ぬ時ではないということです。
ちよこさんにとって今生きることが答えということです。

ちよこさんはいつも「死にたい、死にたい」と言っていて、
そういった心を改めるということで、縁があってここへ来ました。
色々と話し合ってきましたが、
なかなかその心を抑えきれず、とうとう事が起こってしまいました。

ちよこさんは、「もう生きている意味がない、
生きていることが辛い」と言って死のうとしました。
生きている人にとっては最後の手段です。
皆でちよこさんがそういう心を持たないように、
「生きている意味をしっかりと捉えて、命を大切に生きていきましょう」とずっと伝えてきました。

手首を切るというのは軽い場合もあるのですが、
ちよこさんの場合はとても重いやり方で、
手首の4本ある筋が4本とも切れていました。
手術で3本はつないでもらったのですが、
元のように動かすのはなかなか難しいようです。

昨日の朝、ちよこさんが発見された時、
血の量からいっても普通だったら絶対生きていないだろうと思いました。
沢山の出血があったから顔色も白かったし、
顔を触ったら冷たくて、呼吸もしているように見えませんでした。
「これは手遅れなんだろうか」と思って、「ちよこさん」と呼んだら、
ふっと目を覚まして、「いつまでたっても息が切れないんです」と言いました。

その後すぐ救急車で病院に運ばれ、無事手術が終わった後、
病院から戻ってきてちよこさんはこう言いました。
「飢餓や戦争で苦しんでいる人と比べたら、私は恵まれているんですよね。
だけど、どんなにそういう人と比べて私が恵まれていると言われても、
私の心は辛くて仕方がないんです」と。

徳島に住んでいる息子さんがかけつけて下さり、
ちよこさんの希望で、今後は娘さんのいる兵庫の病院にしばらくいることになりました。
娘さんは、「ありがとうございました。お世話になりました」と電話で言っていました。
「よかったらこれからも経過を教えて下さい」と伝えましたら、
「また報告させてもらいます」と言っていました。

ちよこさんのように死ぬことばかりを考え
不幸な状態になっている人が今、日本中に沢山います。
私たちでも心の持ち方をちょっと間違うと、
自分が楽な方へ、都合のいい方へ行こうとします。
そうすると、自分にとって本当にいいことではなく、
悪いことでもいいことだと思って行ってしまうことがあります。

「あれも欲しい、これも欲しい」と言って欲しいばかりになってしまうと、
そういうものに依存してしまったり、
欲しいからとそのことばかり考えてしまうと、
色々なことが大切なのに考え方のバランスが失われてしまいます。
普通の家庭や色々なところで、そういったことが起きています。

日本中で毎年3万数千人という人が自殺すると言われています。
実際には10万人とも言われています。
ここで大切なことは、冷静に正しい判断をするということです。
相手の側からも自分の側からも観て、
そうやって色々な側から観ると、
何が大切なのかを正しく捉えることが出来ます。

それが失われてしまうと不幸な人をつくってしまいます。
ちよこさんはこう言うんです。
「娘はとても良い子です。この娘が苦しむことが一番不幸です」と。
しかし、その娘さんが一番苦しむことを選んでしまいました。
これがバランスを欠いた心の持ち方です。

僕は最近、「世の中にこういう人は沢山いる。
これから、自殺者をなくす活動をしていきたい」と言ってきました。
ちよこさんと同室だったみかちゃんは、今回の出来事をこう振り返りました。

「いさどんが『60歳になったら自殺者をなくす活動をしたい』と言っていたことが
今まであまりピンと来ていなかったけれど、
今回のことで、『こういうことか』と思いました。
この前ちよこさんが『帰りたい』と言って、
いさどんが『ダメはダメ』と言っていた時にも、
皆の意識が一つになったのだけれど、
今回の出来事を目の当たりにして、
さらに皆の意識が一つになったように感じました。

自殺願望が本気である人は中途半端な想いでは預かれない。
だからこそ、そこで怖気つくんじゃなくて、
本気でやらないといけないという覚悟が出来ました。

死んでいく人を食い止めるという単純なことではなく、
人は誰でも死ぬものです。
しかし、死に方は選ばなければと思っています。
死んでいく時に自分の魂の色々を理解して、
いい死に方をしていければと思います。
あの状況では死んでもおかしくなかったちよこさんが、
今生きているということは本当に神業と思っています。
ちよこさんは、私たちに沢山の学びを与えてくれました。」

僕もちよこさんには、
これからの大切なことを自覚させてもらったと思っています。
世の中には前に進んでも後ろに戻っても
辛い人生を歩んでいかなければならない人が沢山います。
それを本当に何とかしたいと改めて思いました。
そういう人たちが救われる社会をつくりたいと心から思っています。

私たちはこの世界で色々な現象に出会いますが、
その出来事の捉え方によっては、狭く行き詰ってしまうことにもなります。
他方、捉え方によっては、
新しい方向を見出し希望にもつながるものです。

人生は心の旅でもあります。
色々な出来事と出会いながら、
一人一人自分らしく成長の旅を歩んでいくことが大切だと捉えています。
一つ一つの出来事をプロセスと捉え、
この世界の奥にある善意を信じて歩んでいきたいと思っています。


健全なる精神に健全なる肉体が宿る

5年前から陰性腎臓病という病気を患い、体質改善のためケア滞在をしているたかちゃん。
今日は、ケアをスタートしてから10日が経ったということで、いさどんと話をする機会を持ちました。

いさどん:
10日が過ぎてみてどうですか?

たかちゃん:
体調は特に変化はないですね。悪くなっている個所はありますが。

いさどん:
どこがですか?

たかちゃん:
膝ですね。膝のつまりや心臓のあたりに痛みがあります。

いさどん:
それは医療的にはどういうことなんですか?

たかちゃん:
西洋医学的にはわからないという世界になってしまいますが、
東洋医学では、腎機能が衰えると心臓や肺、泌尿器の機能が落ちてくるので、
そういう弱っている個所に症状が現れてくると言われています。
自分の体に合わないものを食べたり、化学物質系のものを浴びたりすると、膝がつまってきます。

いさどん:
症状が悪くなったり良くなったりするということは、
良くなったら良くなったでいいばかりとは限らないし、
悪くなったら悪くなったで好転反応ということもあるし、
ちょっと様子を見てみないとわからないですね。気分的にはどうですか?

たかちゃん:
気分的には落ち着いています。
病気というものに捉われたくないので、土いじりを通して前向きに気持ちを持たせてもらっています。

いさどん:
気持ちとしては前向きに出来ているということですね。
10日もいれば、ここでの生活にも大分慣れてきたと思います。

ここにたかちゃんのケア記録があるのですが、「自分の正直を出すのが下手」と書いてあります。
これは、たかちゃんのような陰性の人の特徴です。
この世界は陰陽でバランスが取れているのですが、
陰性が強ければ陰性現象が起きることになっています。
そこで自分をちょっと押してみて、陰性から中庸の方へ持っていくようにすると、
違和感があるかもしれませんが、その違和感を押していくと新しい世界を体験することが出来ます。

僕は人の心のバランスを見るのですが、心のバランスというのは体のバランスでもあります。
「病気」は「気が病む」と書き、「病体」とは書きませんからね。
たかちゃんも自分のペースでいいのですが、
ちょっと自分を押してやるということをやってみたらいいと思います。
沢山負荷をかけるとストレスになりますが、
ちょっとだけ負荷をかければ、そんなにエネルギーを使わないで新しい自分が見えるようになります。

心の病気でここに滞在する人には、「最初の1週間から10日くらいは
とりあえず自分のペースで過ごしてもらったらいいですよ」と言うのですが、
そのあたりからはこちらが課題を提案します。

あなたは心の病気でここに来たわけではないのだから、
自分をちょっと前に押してやる程度で自己表現出来るといいですね。
実はたかちゃんは自己表現がすごく好きなんです。
個人的には沢山話をしているし、色々な考え方を持っています。
ところが、全体の中ではそれを共有しません。

たかちゃん:
色々と考えてしまうもので。。。

いさどん:
そうそう。たかちゃんを客観的に観察すると、そこではバランスを欠いているということです。
つまり、言いやすいところでは沢山話すけれど、
自分が苦手だと思うところでは極端に言わないという癖があります。
たかちゃんは自分のバランスが崩れていることに気づき、
どこでも必要に応じた自分を表現していくということが大切です。

それを「言われたからやる」ということではなく、「自分でやってみよう」となると面白くなります。
やっていくと新しい世界が見えてくるので、「これって結構悪くないな」ということになります。
たかちゃんは、多少意識があるのかもしれませんが、自分の中に違和感を覚えているはずなんです。

たかちゃん:
違和感だらけですよ。

いさどん:
自分の心のアンバランスというものは、知らない間に自律神経などに影響しています。
それが何かの形で内蔵にも影響していきます。
たかちゃんの病気は微妙でわかりにくい病気ですよね。
もし、自分の心の微妙なアンバランスが腎臓病として現れているのだとしたら、
心のトレーニングの結果、面白い答えが出るのかなと思っています。

病気の状態に対して「元気」という気が元通りの状態は、
自然体で、何も負荷がかかっていない無理のない状態のことです。
元気になると、体も自動的に元に戻るようになります。
自動的に自分を歪んでいた方から正常な方へ戻そうとする働きが現れてくるのが、
一番いい解決方法です。

西洋医学だったら物理的にこういうふう、
東洋医学だったらこういうふうと捉えるのだろうけれど、
僕は医学の視点ではなく、体も心の表現と見ます。

たかちゃんのケアがスタートしてから10日程日にちが過ぎたし、
自分でもそういうことを感じているのかなと思い、今日伝えられたらいいと考えていました。
僕があなたの病気に対して思っていたのは、
確かに物理的な病気ではあるけれど、これは精神的なところから作用しているということです。
今の話を聞いて、どう思いますか?

たかちゃん:
精神性からくるということについては、自分ではよくわからないんです。
今まで物理的な症状が大変でしたから。
心のトレーニングをやっていくことによって、
本当に自分の症状が好転するのか未知の世界ですからね。

いさどん:
未知だからこそ、挑戦してみる必要があると思います。
極端な話それが見当違いだったら、やる意味がありません。
たかちゃんは自分の中で決めつけるところがあります。
それが陰性的に決めつけていくと、行動せず確認しないで決めつけていくことになります。

バランスのいい形というのは、「とりあえずやってみないとわからない」ということです。
それが陽性だと「これは絶対!」ということでどんどん進んでいってしまいます。
そうすると、アクセルを踏みすぎてしまい、
違っていたらまたその分戻らないといけなくなってしまうんです。

一番バランスがいいのは、「とりあえずやってみよう、
答えを見てそこで判断すればいいや」という心の持ち方です。
それが気楽というものです。

たかちゃん:
「とりあえずやってみよう」というのは、とりあえず今、何をすればいいんですか?
皆の前で今日話すということですか?

いさどん:
今日話せとは言っていません。
それはこちらが強要することではありません。
受身の側に立って、「じゃあ、何をすればいいんですか?
今日やるということですか?」と決めつける癖が出てきています。

たかちゃん:
皆の前で自己表現していくことによって、症状が緩和されていくということですか?

いさどん:
それは行ってみないとわからないことです。
「なるほど。それは新しい取り組みですね。
でもどうなるかは、行ってみないとわからないですね」と、
答えを求めようとせず、否定もしないという状態で行くのがバランスがいいですね。

答えを見ずにわからないからNOと言う人もいれば、
答えを見ないのに「こうだ」と決めつけて暴走する人もいるように、
自分の癖が未来を決めているわけです。
だから、今僕が話していることを自分自身で確認してもらいたいと思っています。
先に進んでみて、「あの時は言われていることがよくわからなかったけれど、
こういうことだったんだ」と気づけたらいいですね。

音痴な人はいません。
練習すれば皆リズムに乗れるようになると言われています。
それと同じで、あっちへ行く心の癖がある人が、こっちへ行けないということはありません。

たかちゃんは、今はどちらかと言うと話好きだし、
理論的なことも考えるし、色々な考えも持っています。
ただそれを、一部の人にしか出していません。
一部の人に出すということは、出しやすいところに出してしまうから、
ある意味では研鑽していくということが出来ません。
他の人の意見と混ぜ合わせたり、
取り入れることをしないから物別れに終わることもあります。
これは人生のマイナスになります。

受け取る時には受け取り、混ぜ合わせる時には混ぜ合わせ、
自分を主張して認めてもらう時には認めてもらうということが出来るようになると、
これは人生にとってプラスとなります。

そういった微妙な心模様が自分の体の状態となって表われているのだとしたら、
あなたのアンバランスな心の癖が難しい病気として表われている、という見方が出来ます。

たかちゃん:
そういうことをやっていかないと、結局体が治っていかないということですか?

いさどん:
西洋医学でそれを治すことは出来るかもしれません。
例えば鬱だったら脳の分泌物が足りない場合、
それを補うことによって治すことが出来るかもしれません。
でもそれは、あくまで根本から治したわけではないので、その種はまた違う形で出てくるものです。
たかちゃんの場合、その種が今体の病気として出ています。

「エネルギー消費」というのは、一人の人間が消費するエネルギーが10あるとしたら、
マイナスに10表現する人もいれば、プラスに10表現する人もいれば、
プラス5マイナス5で表現する人もいます。

それをなぜ全部マイナスに表現するのか、なぜ全部プラスに表現して暴走するのか、
プラスとマイナスのバランスを取ったらいいのにと思うかもしれません。
でも、それもあまり賢い方法ではなく、
10というエネルギーの消費能力があるとしたら、
必要な時にはマイナスに10出せるし、プラスに必要な時にはそちらに10出せるということが、
最大限にそのエネルギーを活かしていることになります。
それが、自分の癖の持っていき方を理解出来ている人であり、
冷静に自分を捉えられている人ということです。
その人の能力を最大に発揮していくことが出来ます。

しかし、それが出来ない人というのは、自分の癖のままに生きているということになります。
知らない間に癖が出てくる状態で生きているから、
「何だか知らないけれど、また同じところへ来たな」とか、
「また人間関係が同じように行き詰まっているな」ということになります。

それは、自己コントロールが効いていない状態です。
自己コントロールが効かない状態で生きている人のことを
「不器用」と言ったり、「賢くない」ということになります。
自分の癖を上手にコントロールしている人は、「あの人賢いね」と言うことになり、
単に大学で勉強が出来て賢いというのとは違う賢さがそこにはあります。

同じことを同じようにくり返す人はいますよね。
本人にはやっている意識がない状態です。
僕はよく「Mの精神」と言いますが、
自分が苦手だと思う方へ積極的に進んでいくことが大切です。
ただ、積極的にといっても、自分が苦痛になるほど積極的になる必要はありません。
出来る範囲でそこへ向かっていき、
そのうちにその快感がわかると、苦痛な方へ苦痛な方へ自ら進んでいくようになります。
そして新しい自分が見えてきます。

どうですか?これは思ったこともなかった話でしょ。
でも、そういう世界があるんです。
その延長に、この難しい病気に対して何かいい答えが出る、と僕は思っています。

ただ、あなたの中に起きていることだから、誰も治してあげることは出来ません。
たかちゃんは、意外と自負心があるのか、
自分で考えたことは色々とやってみるけれど、人の話はあまり聞きませんね。
耳では聞くけれど、結局自分で考えたことを行動します。
そういうことにも気づけるといいですね。

たかちゃん:
沢山話は聞いているはずですが。

いさどん:
「聞いているはずだ」と言うのだけれど、
自分を活性するような話ではなく、自分と共鳴するような話を好んで聞く傾向があります。
いいですか?そこがポイントです。

今までのたかちゃんの癖として、
自分と共鳴するような人とは好んで会話するし聞くのだけれど、
自分が変化していくような話になると。。。

たかちゃん:
そういうところはありますね。

いさどん:
自分が嫌だなと思う方へ自分を持っていかないと、人間というのは変わっていきません。
結局、自分壊しですから。

今まで自分の思うがままに生きてきて今の状態があるのだから、
それを変えようと思ったら、今までの自分を壊さないといけないのは当たり前のことです。
自分を壊すことに喜びを感じるくらいじゃないと、いい答えは出ません。

たかちゃん:
結論から言うと、僕って我が強いということですよね。

いさどん:
そうですね。だから、自分で自分を磨いていくということです。

たかちゃん:
そうですね。ここは自分磨きにはもってこいの場所ですよね。

いさどん:
健全なる精神に健全なる肉体が宿ります。
たかちゃんは、西洋医学から東洋医学まで今まで色々な健康法をやってきました。
しかし、それで答えが出なかったということは良かったと思います。
もし、そこで答えが出ていたら、あなたは心磨きというところに行き着きませんでした。
その手前で満足して終わっていたかもしれませんが、
その代わり、問題事の種は残っているわけですから、
また違う現象として自分の前に現れることになります。

だから、治療法が有効でないというのはいいことです。
マジックのような話ですが、
「あれがいいんじゃないか、これがいいんじゃないか」と外に答えを求めることをやめ、
内に答えを求めていく時が来たのかなと思います。
ぜひ、何らかの手ごたえを掴んで帰っていってもらいたいですね。
心の手ごたえを掴むと、体調も良くなっていくものです。


素直が一番!PART II

4月4日から、ここでケア滞在をしている17歳のあーちゃん。
友人関係が上手くいかなくなって不登校となり、ただ今高校を休学しています。
ここに来る前は、お昼頃起きてからパソコンゲームをして、
寝るのは夜中の2時という生活を送っていました。
規則正しい生活リズムと、健全で安定した心を
身につけるためにケア滞在をしているあーちゃんの、
初めての大人会議での心の報告を皆さんともシェアしたいと思います。

あーちゃん:
ここに来る前は、お母さんやカウンセラーの先生に
言われたことに反発することが多くありました。
「こうした方がいいよ」と言われ、
「こうした方がいいんだな」と頭ではわかっているんだけど、
「自分の好きにさせて下さい」と思っていました。

ここに来て色々な人の話を聞いたら、
それは自分の勝手だったということが何となく理解出来るようになって、
「人の言うことをまずは素直に受け入れてみよう」と思いました。

そうすると、その時々の中で一番いい方法を皆さんがアドバイスしてくれるから、
物事が本当にスムーズに行って、「ああ、なるほどな」と思いました。
素直になることが大事なんだと思いました。

今日のきくらげの切りこみ作業でも、
私は最初ずっと、膝の上に置いてちまちまやっていました。
そうしたらよしどんに、「こういうふうに置いてやるといいよ」と教えてもらったんだけれど、
自分のやり方で慣れていたから、「本当かな?」と疑っていました。

でも、「素直が大事だと学んだから実行しないと」と思ってやってみたら、
すごく早く出来るようになりました。
その時は、ちょっと恥ずかしかったし、
言いにくかったので言わなかったのですが、
午後の作業もはかどったし、良い勉強になりました。
ありがとうございました。

昨日の午後、少しへこんでいたんですけれど、
みっちゃんが話を聞いてくれました。
言われたことをそのまま「そうだな」と受け入れて、
そこから考えをどんどん広げていくようにして自分の中で決着をつけたら、
心がすーっと軽くなりました。
「受け入れるということはこんなにもプラスになるんだな」と思って、ちょっとびっくりしました。

みっちゃんには、いつも話を聞いてもらってすごく感謝しています。
ありがとうございました。

最近は、すごく早く目が覚めるようになって、
生活リズムもだんだん良いサイクルになってきているので、このまま頑張りたいと思います。

いさどん:
良い感じだね。
初めてお母さんがここに連れてきた時に、
「困っているんです」とお母さんが言う割には、
この人の言う話に筋道が通っていることがあって、
「よく物が見えているから後は実行するだけ」という感じでした。

今日は100点満点の報告をしてくれました。
それをしっかり物にして、卒業してもらいたいと思います。
帰ったらまた元に戻ることがないように、ちゃんと身につけてもらいたいと思います。
良い感じですね。素直が一番!

みっちゃん:
このミーティングで報告することも、すぐにこうやって実行してくれて、
素晴らしいなと思いました。

あいちゃん:
最近、すごく楽しそうでいいなと思いました。
「仕事がはかどる」なんて言葉を聞いて、ただ作業をするだけじゃなく、
そういうことも考えているんだなと思ってびっくりしました。

よしどん:
午前中、ずっと二人で向かい合って作業をしていました。
最初はすごくゆっくりやっているのを見て、
「一生懸命やっているんだろうな」と思い黙っていました。
でも、色々とアドバイスをしたら、最初はすぐにはやらないんだけれど、
その後自分で切り替えて、速くできるようになりました。
意識してやっているんだなと思い、変化が見られて良かったです。
しかも、それがこういう気づきになって嬉しいです。
これからもこの調子で続けて下さいね。