ある日の深夜、ジジに以下のことが湧き出してきました。
太陽の年齢は約46億年だという。それに対して、地球の年齢も約46億年だという。ということは、太陽ができた目的と地球ができた目的は一緒なのではないか、と思った。
太陽圏という太陽の影響範囲において、太陽から地球に光が届くには、およそ8分20秒かかると言われる。ところが、太陽の影響範囲は直径およそ2光年だという。太陽から地球までの距離と、太陽の影響範囲を比較し、同じ秒単位で表すと、太陽の光が地球に届くまでの時間が500秒(8分20秒)であるのに対し、太陽圏の半径は1光年なので365日×24時間×60分×60秒=31,536,000秒となる。つまり、太陽から地球までの距離に対し、太陽圏の半径はその63,072倍となる。それほどスケールが違うということであり、その視点から見れば、太陽と地球は一体であると言える。
もっとも、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、そして冥王星までを含めた9つの星は、太陽と一体とみてもいい。太陽圏の中にあるものは、太陽の家族のようなものだ。その中でも、直径2光年という太陽圏の中で、光が届くまでに8分20秒という距離にいる地球は、太陽そのもののような存在だ。そこで考えたのだが、太陽ができた時に、太陽のできる目的と、そこに合わせて地球ができる目的は、同じだったのではないか。
人間は宇宙の中に存在するが、宇宙の中では本当に小さな天の川銀河(直径約10万光年)どころか、その銀河よりもさらに小さな太陽圏の範囲ですら、物理的に確認することができない。地球から光速で500秒の位置にある太陽の真実すら、理解できていないのである。
そのような広大な世界の中に、この太陽圏を創造する目的とそれを成し遂げる意味、あるいはそれを成し遂げる存在の意思は、何だったのだろうか。
人間は、この広大な宇宙にある微細な存在である。地球において、人間の誕生からこれまで(猿人から現在まで約400万年)、人間は常に、自らを存在させる最も重要なものとして太陽を信仰してきた。そこで、ふと思う。太陽系が創造される段階において、太陽をベースとして地球に生命が発生することを実現するために、この太陽系を46億年前に誕生させたのではないか。
地球の歴史の初期の6億年を、冥王代と言うそうだ。地球46億年の歴史の中で、それは初期の段階の地球と太陽の物語である。その冥王代の頃に地球に何があったかというと、地球は初期の段階では、ドロドロの灼熱の星だったという。そして宇宙空間には、星になる材料(小惑星)が無数に存在していた。それが地球の重力によって吸い寄せられ、隕石となり、次々と衝突することでこの星を形成していった。その衝突があまりにも激しく連続的であったため、さらなる熱を生み出し、地球は高温・高圧の二酸化炭素の星となった。やがて周囲の小惑星が片付いて衝突が止むと、地球は徐々に冷えて固まっていったという。
この地球の誕生から40億年前まで(冥王代)は、地球の土台をつくる段階であった。そしてそこに、生命が発生していったことを考える。現代は、地球の起源に関する観測が進み、今現在宇宙空間に存在する小惑星を観測し、そのサンプルを採取すると、そこに水があった痕跡があるという。さらにそこには、微量要素である鉄や、アミノ酸などの有機物、糖質などもあるそうだ。それらの小惑星が地球の重力に引き寄せられて隕石となり、惑星の原料として次々と降ってきた。そこに含まれる水やアミノ酸やブドウ糖のような糖質など、様々なものが大量に供給され、激しい衝突による灼熱の海の中で、化学反応が起きた。地球は、高温、高圧の中で、物質形成の実験場となり、地球初期の冥王代の頃に生命のもとが形成されたことが、近年立証されるようになった。そしてその後の40億年において地球に生命が繫栄し、その進化の歩みが、現在の我々人類に繋がっているのである。そういった太陽系の歴史を紐解いてみると、その始まりから今現在に至るまでが、ひとつの物語として繋がっていることが観えてくる。
人間は、物理的には太陽系の実態を観測することはできず、ましてや宇宙全体を観測することは不可能であるにもかかわらず、宇宙が始まった目的や、その宇宙の意思を知る能力を持つものである。そのような特殊な存在を物理的な生命として創るために、宇宙の138億年の成り立ちがあったことを、その歴史が示している。その中で46億年の太陽と地球の成り立ちがあり、今に至っていると考えられる。
その過程において、人間が今現在このような世界を地球上に創り、それを語っているということは、いったい何を意味するのか。これも、人間というものを創造する目的でもあったのだろう。今、人間は地球上において人工の世界を広げ、人間の側の価値観から捉えれば、ある意味進化していると言える。しかし、この進化をさらに大きな視点から捉えてみる。つまり、銀河が太陽系を創り、太陽系が自らの中に地球を創り、そこに生命を発生させ、その延長に人間という種を降ろした目的は何であったのか。そして、その物語の先に人間に何を求めているのか。そう考えた時、人間が地球上で表現してきた進化の過程もまた、この世界を創造する大いなる意思のもとに物語を紡いでここまで来たことが観えてくるのである。
その宇宙の意思と、それによって創造された人間の中に生まれる意志が共通することが、これから人類が地球上で繁栄していくことの目的であり、宇宙時代を迎えることに繋がるのではないか。いよいよ、人間が宇宙的になぜこのような状態で発生したのかを悟る時代が来ようとしているのだろう。
人間は今、なぜこのように愚かで幼稚な生き物になってしまっているのか。地上を我が物顔で生き、すべてを自らの所有物のように考えている。しかし実際に、地球上でも宇宙でも、人間が自らの力でつくったものは何ひとつなく、すべて与えられているのである。そうでありながら、なぜこのような大きな間違いに至っているのか。
そういった現実の延長に、我々はこの大いなる投げかけを人間の主観ではなく客観視点から捉え、さらに、その客観をも包含する宇宙の叡智である「客観背後」について理解する時を迎えている。この愚かさを乗り越え、そういった宇宙の叡智を理解する立場に立った時、宇宙の奇跡である地球に誕生した人類が、その生命大循環の中で最も尊く優れた存在として進化発展することで、次なる宇宙のサイクルに貢献する時代が観えてくるのではないか。
地球誕生から46億年、生命誕生から40億年、ホモサピエンスとしての歴史20万年を通して、この壮大な、そして多種多様な命あふれる生命生態系が、ひとつの生命輪廻として表現されている。これほど緻密に出来事を積み重ねながら地球に求められてきた物語は、今、地球に眠る隕石や、宇宙に漂う小惑星などの中に、その物語が綴られてきた痕跡を見ることができる。それも、愚かだが高度な能力を人間が持っているからこそ、そういった宇宙物語のメッセージが観えてきたのである。
これまでの人類の愚かさも含め、これから到達すべき人類の尊き役割に繋げるため、太陽系の誕生と共に生命の星、地球を創った大いなる物語の目的が、この段階に来て、人類の叡智として突然湧き出した。そのことを考えると、46億年の太陽の物語は今、我々人類に、その物語の結末をこれから綴っていくことを求めていることがわかる。
宇宙倫理から捉えれば、乱れに乱れた現代の人間社会がもたらした人工の世界は、宇宙倫理のもとにある自然の生命世界からかけ離れたものになってしまった。しかし、文明の発祥以来6500年の間に人間が築き上げたものは、地球の歴史46億年の長きにわたり綴られてきた叡智の物語からすると、極めて瞬間の出来事であり、人類に目覚めをもたらすための刺激のようなものである。もう一度人類は、文明発症前の地球生命生態系の一員としての立ち位置に戻り、46億年の物語に込められている、尊き人類の役割に目覚めることが求められている。その目覚めがもたらされた時、人工と言われる6500年の文明の叡智も、これから始まる宇宙時代にその価値を発揮することとなるだろう。そのような時が今、来ているのである。
故に現代人は、古き幻想を捨て、新たな時代を迎えるためのリセットをする必要がある。リセットというと、大混乱のようなことを想うかもしれないが、これは人間が意識を高め、内に眠る90%の脳を働かせれば、何ら混乱もなく、ソフトランディングして新たな宇宙時代に向けた悟りを開くことができるのである。
太陽46億年、地球46億年の宇宙物語の中にある我々生命は、太陽の光の産物であり、その大いなる意思のもとに一体であることがわかる。なんと尊いことか。今、我々は21世紀という時に立ち、現実社会の中にみえる幼稚さ、愚かしさ、そして地球上に広がる大混乱を振り返り、これを改め、生命であるヒトとしての立ち位置に立ち、それを悟りとして獲得する前夜に来ている。
その夜明けの光が優しい風のように差してきていることを感じながら、今、魂は喜びと共にワクワクして、眠れぬ夜明け前(艮の刻)を過ごしている。