その証はそなたの生まれた月日に現れている

今日、5月3日はいさどんの64歳の誕生日です。今日はその生まれた月日にちなんだお話をご紹介します。

*いさどんのこれまでの歩みやシャーマンとの出会いについては、一つ前の記事「木の花記 〜金神様の巻」をご覧ください。
 
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いさどん:
僕が39歳のときに、田舎の滝神社の氏神様に「私は元々このような道を歩むものとして生まれてきたのですか?」と聞いたことがある。それはシャーマンのすみ子さんとの出会いがあって、その後すぐにお釈迦様が僕のもとから去られたときのこと。滝神社の氏神様との対話の中で明かされたことなんだよ。

すみ子さんは僕に御中主大神という名をくれた。その名は神様によって降ろされた。だから、すみ子さんが言うには、「古田さん、神界名が降ろされたので差し上げますね」ということで与えてくれた。それで、僕のご先祖にとても興味を持っていたすみ子さんが、「古田さんのご先祖様にご挨拶に行きたい」と言うので、一緒に田舎に行くことになった。

田舎に着き、まずは仏壇にご挨拶をしてから、その後氏神様にご挨拶をしたいということで、滝神社へ向かった。そこで初めて、僕はシャーマンを通して滝神社の氏神様と対話することになった。それともうひとつ、滝神社には三柱の神がおいでになって、一柱は伊勢神宮の系統のおたちゅう様といい、霊的には僕の先祖に当たる神様。もう一柱は、滝神社には滝が御神体としてあるのだが、その滝の権現という、おじいさんのような雰囲気のひょうきんな神様がおられた。そしてもう一柱として、滝神社の祭神である氏神様がおられるわけだ。しかし、この滝神社の祭神は実は本神ではなく、留守居を預かっており、本神が降りてくる前に仮に降りている神様だった。

すみ子さんと久しぶりに滝神社を訪れたとき、氏神様が「そなたのことは幼少より見ておったぞ。やっとそのようなものになったのか」と喜ばれていた。僕としては、「そんな小さな頃から見守られておられたのだ。僕が本殿の上の銅版の屋根に登って体を温めたりしていたことも見ておられたのだ」と昔のことを思い出しながら、感激した。

そこから、氏神様と僕との関係がわかってきたのだが、その後、今度はひとりで滝神社に行くことがあった。そして、氏神様にこう尋ねた。「私は今、お釈迦様のご縁をいただいてこのような道を歩んでいるものですが、神様にお伺いしたいことがあります。私は元々このような道を歩むものとして生まれてきたのですか。それとも、私の存在を天が見初め、指名を受けてこのような道を歩むようになったのですか」と尋ねた。

そうしたら、「そなたは生まれる以前より、この道を歩むものとして生まれてきた。その証は、そなたの生まれた月日に現れている」と言葉が降りてきた。それが、昭和26年5月3日、日本国憲法施行の日。そして、5月3日午前3時生まれの三男坊で、5.3.3。5は十二支の5番目である辰のエネルギーであり、一年の中で最も生命力が豊かなとき。そして3は、生命が満つる。それで、3がふたつということで三々九度になり、5.3.3から「いさみ(偉佐美)」と名付けられた。ということで、「生まれる前より、約束のもとに地上に生まれてきた」ということを伝えられた。

だから、すべて物事は始めから、約束通りになるように仕組まれていた。そこで僕が気付いたことは、いつも新しい学びが僕の中から湧いてくるのだが、書物を読んでもそれは新しいことを知って記憶していくというよりも、「そうだった、そうだった」と心が納得して思い出していく状態ということ。お釈迦様も元々は法華経という宇宙の法を完全にマスターした魂として降りてきて、人間としての苦難の中からそれを思い出しながら説いていかれた。それは、低いほうから高いほうへ順番に仏道として道を説かれたように、僕にもどこかで、「この全ての行き先を自分はすでに究めている」という心がある。ただそれは、トキとトコロのはたらき(働き・傍楽)の役割によって順番に出てくるものであって、全てが一気に出てくるものではない。それは、新しい知識を得ることではなく、自らの中にあるすでにマスターしているものが智慧として湧き出てくるものであって、自らの中に全ての智慧として仕込まれている。

ようこ:
それは、誰しもがそうなんだよね?新たなものを得ているのではなく、思い出している状態ということは。

いさどん:
それは、自我という鎧を取れば、全てのものがそうなる。だから、お釈迦様は「ガンジスの川の砂の如く、衆生はおる。その全てに仏性あり」と言われた。その要素は、自我の鎧を脱ぎ捨てればあるのだが、自我の鎧にまみれてしまっている人間には、自我を通して出てくることになる。だから、自らの内から真理が湧いてくるのではなく、外から知識で学ぼうとするほうに意識が行ってしまう。

だから、そういったことを理解できた自分にとっては、ただ粛々と自らの中から湧き出てくる想いを正攻法で表現し、心をしっかりと天に向かって立て、心をまっすぐに道を歩んできた。その姿勢が自らの天命を成就させる道と心得ている。

この世界に生きているものとして、自らの自我に囚われて生きているものを不幸という。この世界に生きているものとして、この世界の運行や成り立ちの上に人生を与えられ、その仕組みのままに生きているものを尊いといって、それを喜びという。人間の世界にはたくさんの喜びがあるが、愛にもランキングがあるように、喜びにもランキングがある。そして尊さにもランキングがあって、その違いは、その人がどこを観て心を働かしているのか、にある。

それは、山登りにたとえてみるとよくわかる。下にいるものは上から見える景色は見えないが、上にいるものは下を通って今、上にいるので、下のことは全て理解できる。しかし、常に上はあり続けるので、その上はわからない。だから、上を目指すものは、常にいただく心で高みを目指していく。謙虚であればあるほど、高みが与えられる。それを、登り詰めたとひとたび錯覚したものは、登り詰めたとして全てをわかったつもりになる。そうすると、それから上は観えないことになる。ましてや、自らの行き先を見失って行き詰ったものは、そのことを喜ばないといけない。それは、自らの「自我」に行き詰ったのだから、「その道を行くな」と封印されて、「本当の道を行きなさい」と愛を向けられている。そこでは、「ありがとうございます」と自我を捨てて、いただいた縁ある心に寄り添っていけば、必ず道は開かれる。そこには、自分が学んでいくとか、会得することはない。謙虚であれば、それは自動ドアのように、開かれていく。

だから、「究める」ということは、「登り詰める」ことではない。道が極まっていくということは、星と星の関係や、時代の歩みでもある。そこには、個人の意志は薄い。しかし、そこに個人はいる。その時代を表すための個人がいる。それは、役割という形で存在している。一人ひとりが天より与えられた役割に気付き、自分らしくそれに徹したときに、自らが道を開くのではなく、時代が道を開いていく。そして、その時々時代を感じ、トキとトコロが整ったときに、ふさわしい出会いがあって、流れが来て、事が起きていく。そして、時代が開かれていく。そこには、己というものがとても大切な存在として現れてくると同時に、それは時代が開かれていくためだから、そこに己はない世界。そこに成り切ることが、尊い歩みにつながる。

誰の中にも宇宙の仕組みが流れている。ただ、意識がその存在を知り、そこに向かないと、それが観えない。そして、意識が高くなればなるほど、同じ景色でも宇宙の存在がいかに尊いのかが紐解かれていく。しかし、それは自らが紐解いていくものではなく、気持ちが整い、意識がそこに向かえば、観えてくるものなのです。

そういった真理に出会ったものとして、またこのような不可思議な人生をいただいたものとして、これからも人々に伝えながらこの道を歩んでいく。そして、気付いたものたちが沢山現れれば現れるほど、この世界は粛々と時代の扉をダイナミックに開いていく。
  
  


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