自分発、世の中を良くする人になって下さい ~ コロナワクチン接種の話から

木の花ファミリーでは、何か決めごとをする際に、常にみんなでその内容を共有し、全体の総意の下に物事を決定します。
現在、新型コロナウィルスのワクチン接種については、自身が媒体となって感染を拡大することを防ぐという社会的責任を果たす意味もあり、大人メンバーは全員がワクチンを接種することを決定し、順次接種を進めていますが、子ども達がどうするかについては保留となっていました。そんな中、同級生に感染者が発生した子どもから「ワクチンを接種したい」という声が上がり、ある日の子どもミーティング(毎晩夕食後に開かれる、子ども達がその日の出来事を大人を含めたみんなの前で発表する場)にて、改めて話をする時間が持たれました。
以下、その時のお話をご紹介します。


 

ジイジ:
今日は、みんなで大事なことを決定しなければなりません。そこでは、みんなの心が揃わないといけないですね。そこで今から、心が揃わないのはなぜか、という話をします。だから今日は、二つの話があります。

一つ目は、コロナワクチンのことです。ここでは、60歳以上の人はもうみんな2回接種しましたね。ジイジも2回打ちました。ワクチンを打ったからと言って、何か特別な症状があったわけではありません。60歳以下の人でも、ワクチンを打って何か症状が出た人はいますか?

まりねえ:
38℃の熱が出ました。

ジイジ:
それはまりねえちゃんの平熱だったりして。(みんな:笑)

みちよ:
私も平熱より2℃高い熱が出ました。

ジイジ:
それは、日頃のあなたの姿勢を見ていると、心が原因かもしれないね。とりあえず、そんなに大きな問題はなく接種が終わり、今は50代以下の人達が接種を進めています。

それで、今日の話は、20代より下の人達の接種をどうするかについてです。
ここでは、ジイジが話すことが決定ではありません。ジイジが話すことを強制する場ではないということです。ただ、大人については、基本的にみんな打つことにしました。それはなぜかと言うと、木の花ファミリーにはロータスランドというお店があり、たくさんの人が訪れます。そしてこの場所でも、こうしてたくさんの人たちが一緒に暮らしています。そこで感染者が一人出ると、クラスターとなって周りに広がっていく可能性があります。そして、こういう共同生活の場所で感染者を隔離することも、なかなか難しいのです。
ですから、そういった問題が起きないようにすること、そしてこのように大勢で暮らしている場所は特に気を付けなければならないという、社会的責任があることを考えました。みんなで共に生活する豊かな暮らしだからこそ、自分の家のためだけではなく、社会に対しても責任があるということを、大人達みんなで考えて、基本的には大人は全員ワクチンを打つことに決めました。ここまではわかるかな?

子ども達:
はーい!

ジイジ:
まずは大人が打ってみて、10代以下の人達については、どうするかを決めていませんでした。社会的責任という意味では大人よりちょっと軽いかな、でも大勢で暮らしているのだから打った方がいいのかな、と微妙なところです。
そこで、自分は打ってもいいと思っている人、打ちたくないと思っている人を確認したいと思います。正直に答えてください。打つか打たないかを決定するのか、それとも、それぞれのケースに合わせて対応するのかわかりませんが、まずはみんながどう思っているのかを確認したいと思います。打ってもいいと思う人!

(半数以上の子ども達が手を挙げる。)

ゆりか(中学生):
えー、注射痛いのに~。

子ども達:
そういう問題じゃないでしょ。

ジイジ:
じゃあ、やっぱりワクチンは打ちたくないなと思う人!

(数名が手を挙げる。)

ジイジ:
打ってもいいという人は、打ってもいいということだからとりあえず置いておいて、打ちたくないという人は、どういう理由があって打ちたくないのかな?

ゆうゆ(高校生):
「痛いから」っていうのは理由にならないからね。

ピッポ(小学2年年):
痛いからじゃなくて、ピッポはもともとコロナにはならないと思ってるから。

ジイジ:
なるほど、そういう理由ね。他には?はい、こうたろうくん。

こうたろう(小学1年生):
ワクチンを打つと動けなくなるから。

子ども達:
そんなことないから!

ジイジ:
それはどこで聞いたの?

こうたろう:
ようちゃん。

ジイジ:
じゃあ、ようちゃんは何を根拠にして、そういうことをこうたろうに伝えましたか?

ゆりか:
ワクチンを打ったら、痛くて腕が動かせなくなったってようちゃんが言ってたんだって。

ジイジ:
前に、ようちゃんは他の人にも、コロナワクチンを打つとみんな5年後に死ぬと言ってました。

子ども達:
えーっ!(笑)

ゆうとう(中学生):
それって、ただワクチンを打たせたくないだけじゃないの?

ジイジ:
もしもそうなら、5年後に日本はなくなるね。(みんな:笑)

ようちゃん(大人):
昨日ワクチンを打って、腕が上がらなくなったってこうたろうに言ったね。

ジイジ:
今も動かないの?

ようちゃん:
今日は大丈夫です。こうたろう、もう治ったからね。

ジイジ:
こうたろうは、この話を聞いてどう思いますか?

こうたろう:
腕が動かなくなったって。

ゆりか:
ずっと動かないわけじゃないんだよ。

ゆうとう:
動かないっていうか、腕が上がりにくいってことでしょ。

ジイジ:
こうたろうは、それを聞いたからワクチンを打ちたくないの?

こうたろう:
そう。

ジイジ:
今の話は、この後の話につながる話です。この話をよく覚えておいてください。
ようちゃんがこうたろうに伝えたことと、それを聞いてこうたろうが受け取ったことは、一緒だったのか、違っていたのか。そこにズレがあるかどうか。実際にようちゃんの中に、なるべくワクチンを打たせないような情報を流す意思があったのか。それとも、そんなつもりはなくて、ただちょっと腕が上がらくなっちゃったと言ったことが、こうたろうの中では「一生腕が動かない」という話になっていったのか。そこは重要なところです。
他にワクチンを打ちたくない人は、どんな理由がありますか?(子ども達がパッと答えないのを見て)あのね、「打ってもいい」という人は、打ってもいいわけだから、理由はどうであってもいいんだよ。だけど「打ちたくない」という人には、その理由を聞いて、それを尊重するべきかどうかをみんなで考える必要があるでしょう?

なり(中学生):
うちでは、ジイジが作ってくれたレンコンとか栄養のあるものを食べてるし、たぶん免疫力があると思うから、別にワクチンを打たなくてもいいと思った。

ジイジ:
うちのレンコンを食べるとコロナにかからないという理由は、どこから持ってきたの?

なり:
コロナにはかかるけど・・・(みんな:笑)

ジイジ:
あのね、大人たちが社会的責任としてワクチンを打とうと決めたのは、自分がかかるかかからないかではなく、かかった場合にそれを他の人にうつすことがあるから、その責任を考えようということで決めました。自分は免疫力があるから、かかっても大して重症化しないから大丈夫、ということだと、自分がかかって他の人にうつしてもいいという話になるんだよ。それについて、どう思う?

なり:
人にうつしたら、いろんな人が困るから、人にうつしていいということじゃない。自分一人だったらいいけど、他の人のことを考えたら、打った方がいいと思いました。

ジイジ:
ジイジは、打つ方向に誘導しているわけではなく、今の打たないことの理由について話してるんだよ。そういう理由の元にある心について、考えなきゃいけないねということです。
はい、他に打たないと言った人の理由は?

あまの(保育園児):
5年後に死んだらいやだから。

ジイジ:
そういう怪情報を流した人がいるんだよね。「それは違うでしょう」という話をしても、「えー、ようちゃんがそう言ってたよ」という噂がいろんな所へ広まっていくと、消しても消してもその情報が一人歩きしていくんだよ。これはすごく大事な話だよ。
はい、他の人はどうですか?

なお(中学生):
打ったら運動がしにくいということと、熱とかが出たらイヤだから。

ジイジ:
それは自分のためということ?さっき、なりに話したことについてはどう思う?

なお:
それだったら、打てばいいかな。

ジイジ:
だから、前の人の話をきちんと聞いておいて、後の人はそれを受けて「そういう理由があるのか、じゃあこうしよう」と繋げていかないと、いちいち同じ話を繰り返さなければならなくなるよ。前の話をしっかり聞いて、そこに自分を乗せていけば、話はとてもスムーズに進みます。これも後の話につながる話だよ。
他にはどうですか?はい、みのちゃん。

みの(高校生):
みのはどっちでもいいんだけど、できれば打ちたくなくて、理由はただ単に注射が苦手だから。あとは、病院に行くのがイヤなんだよね。

ジイジ:
なるほど。そういう個人的理由ね。
今はもうそういう段階ではなくなっていますが、ワクチン接種が始まった時に、まずはお年寄りから始めましょうということになったね。どうしてか知ってる?

子ども達:
重症化しやすいから!

ジイジ:
お年寄りが重症化しやすい理由として、基礎疾患と言って、高血圧や糖尿病など、もともと病気を持っている人が多いんだよ。そういった人は、コロナウィルスに感染すると重症化しやすい傾向があります。だからお年寄りから打つことになりましたが、まあ、少子高齢化ということから考えると、なるべくお年寄りには打たないで、高齢で病気の人から旅立っていただいた方が、国のためにはなるかもしれない。

バァズ(おばあちゃんメンバー)達:
たしかに!(笑)

ジイジ:
だけど日本はそういう国ではありません。命はなるべく長く生きた方がいい、その内容については問わない、という国ですから、高齢者から先にワクチンを打ってきました。
ところが、先日も、40歳でコロナに感染し重症化した男性の話がニュースで取り上げられていました。これまでは、30代や40代で感染しても重症化しないと言われていたのですが、最近はコロナウィルスも変異しています。変異ってわかるかな?人間がいろいろな勉強をして新しい取り組みをするのと同じように、ウィルスも、人間がワクチンを打ったりいろいろな対策をすると、そのワクチンが効かないようになったり、より感染しやすくなったりと変化していきます。人間は世界中でワクチンを打とうとしていますが、コロナウィルスもそれに対抗しようとしているのかはわかりませんが、ウィルスとはそういうものだということです。インフルエンザもどんどん変化して、前のワクチンが効かなくなっていくでしょう?
現代医療では多くの治療で抗生物質を使用しています。抗生物質は、体の中で悪さをするウィルスや菌を殺すものですが、これには問題もあって、悪い菌だけでなく、いい菌も殺してしまうのです。そして人間の体から、抵抗力を奪っていきます。それどころか、菌の方が抗生物質を学習し、抗生物質が効かない耐性菌がいろいろな所で広まっています。そして、近い将来に現代医療が機能しなくなる可能性があると言われています。ですから、世界は将来もっと不安定な状態になります。
その時に、さっきなりが言った話に繋がります。本当に薬が効かなくなった時に何ができるのかと言ったら、薬に頼るのではなく、自分が病気に対抗する力を持つことです。これを何と言いますか?

子ども達:
免疫力!

ジイジ:
レンコン力とか、葉っぱ力だね(笑)。自分の力で対抗して治っていく力を身に付けるということです。それは、ワクチンを打っても打たなくても、いつも心掛けておきたいことです。
幸いなことに、ここには免疫力を高めてくれる力を持った食べ物がたくさんあり、毎日食卓に出てきます。そして、それを買ってくれるお客さんのことも考えながら、大人は作物を作っています。それはとても大切なことです。
だけどもっと大切なのは、先ほどの話のように、何の根拠もない意味不明の噂が広まっていくことがあるでしょう?その時に、そういったよくわからない情報を聞いて、正しく判断できる力を身に付けることです。これを「心の免疫力」と言います。不確かな噂を聞いて「わあ、怖い」と自分の中でさらに膨らませていくと、意味なく自分や人を不安にさせていくことになります。これはとても重要なことです。それだけで人はパニックになっていくのです。実際に「注射が怖い」と言って、その気持ちだけで具合が悪くなってしまった人がいましたね。もっと冷静に、なぜこれが必要なのかということを考えることが大事なのです。意味不明なことを考え、さらに自分の中で膨らませていくと、さらに問題を引き起こす原因になります。

今、コロナワクチンは世界的に接種を進める傾向にあります。若い人達は免疫力があるから、お年寄りから進めようということになっていましたが、最近では若い人の中で感染が広がっています。NHKが取材した40歳の男性は、何も基礎疾患を持っていないのに感染して肺炎になり、2ヶ月間意識不明の状態だったそうです。その間、お医者さんはとても高度な機械を使って一生懸命治療を続けていました。その人は回復はしたものの、肺が潰れてしまい、今も苦しさが続いて、もう元のように運動をすることはできないそうです。お年寄りは後遺症が残っても、もうそんなに未来がありませんから(冗談です。笑)いいのですが、若い人はこれから未来があるのですから、後遺症が残ると大変です。これまで若い人達は、自分はかからないから大丈夫、と言っていましたが、そうではない状況になってきているということです。
これは、説得をしているのではありません。そういったことを考えた上で、今どうするべきかを考えるということです。ここの子ども達のワクチン接種をどうしようか、と聞かれても、ジイジが答えを出すことはできません。一人ひとりの考えを聞いて、そしてみんなで決定をしようと思いました。それがこの場所です。「自分はコロナにはかからないから打たない」という選択肢もあるでしょう。確かに、みんながかかるとは限りません。でも、かかってしまった時に、いろんなリスクがあるということです。

大人達は、みんな打とうということに決まりました。そこで、今度は大人の人達に聞きます。ここの子ども達はどうするのが良いかについて、大人達はどう考えますか。はい、ワクチンを打たなくてもいいと思う人。

(誰も手を挙げない。)

では、本人が打ちたくないという場合は、打たなくてもいいと思う人。

(21人が手を挙げる。)

打った方がいいと思う人。

(26人が手を挙げる。)

みかこ(大人):
どちらでもいいという人もいるね。

ジイジ:
これが大人の人達の考えです。「打った方がいい」という人が、少し多いですね。
では、「打たなくていい」という人はその理由を教えてください。

ピッピ(大人):
さっき子ども達に確認した時に、ほとんどの子が「打ってもいい」という考えだったから、打たない子が多少いてもあまり影響ないかなと思いました。

ジイジ:
だけどね、「打たない」という人は、それはそれで認めても、社会的責任ということから考えたら、感染して人にうつさないよう、注意してもらう必要はあるよ。

ピッピ:
もう一つは、ワクチンについてまだわからないところがあるから。でも、大人に関しては、わからないから打った方がいいと思いました。

ジイジ:
では、「打った方がいい」と思う人の中で、代表して意見を言える人はいますか?

あや(大人):
私達は、こうやってみんなで一緒に暮らしていて、子ども達も外でいろんな人に会うでしょう?だから、できるだけ危険なことは避けた方がいいと思いました。

みの:
具体的に、どこがどう危険なの?

ジイジ:
危険というのは、一人がここへウィルスを持ってくると、ここはたくさんの人が暮らしているから、一気に広がってクラスターになるということです。濃厚接触者ということになれば、自分は陰性でも隔離されなければなりません。つまり、全員隔離が必要になるということです。

みんな:
不可能だね~~。

ゆりか:
ワクチンを打ったら、コロナにはかからなくなるの?

ジイジ:
ワクチンを打って感染しなくなる確率は、95%と言われています。だから、ワクチンを打っても20人に1人は感染する可能性があるということです。それから、感染しても重症化しにくいと言われていますが、感染すれば人にうつす可能性はあります。つまり、ワクチンを打てば絶対に大丈夫ということではないので、ワクチン接種を勧めている日本政府も、ワクチンを打てば何をしてもいいということではなく、引き続き注意して日常生活を送ってほしいと呼びかけています。それは、打つ人も打たない人も、誰であっても、社会的責任というものがあるということです。それは、「自分は健康だからいい」という話ではありません。ここまで感染が拡大した今は、みんなに社会的責任が問われているのです。
その上で、今日の結論をどうするか。多数決でいくと、子ども達はみんな打った方がいいということになりますが、その結論はつまらないでしょう?

ゆうとう:
つまらない!

ジイジ:
だから、みんな打って5年後に死ぬのはどう?(みんな:笑)
ではもう一度、大人と子ども全員に聞きます。打つか打たないかは本人の意志で決めればいいと思う人。

(37人が手を挙げる。)

では、子ども達も全員打った方がいいと思う人。

(35人が手を挙げる。)

では、本人の希望で、打ちたくない人は打たなくていいことにします。

(子ども数名が拍手をする。)

そんなふうに、喜ぶことではありませんよ。ここで次の問題があります。それは、打っても打たなくても、社会的責任は常にあるということです。
「自分だけ良ければいい」という話ではありません。そして、いい加減な情報を流してもいけません。
打つ人は、「なぜ打つのか」ということを自分の中でしっかりと考えて、その責任を果たすために打ってください。打たない人は、自分の意志で打たないのですから、その分毎日の生活をしっかりと気を付けて送る必要があります。打つ人もそうですが、打たない人は打つ人よりももっと気を付けて、自分から人にうつさないようにする。そして、人からももらわない。それを、責任を持ってやってください。そのことを、いつも考えていられるかどうか。
もしも誰か一人でもかかったら、ここでは全員が濃厚接触者になります。自分は陰性であったとしても、14日間は隔離しなければなりません。ここでは、個人の意志を尊重します。その個人の意志を託された人は、自分が全体のことを託されたのだということを、しっかり考えて行動しなければいけないということです。いい加減な行動はできないのです。それはワクチンを打たないからということではなく、周りの人に対する責任を果たすということです。そういったことを考えて行動するようにしてください。
ここではロータスランドも運営しており、いろいろなお客さんと出会います。大人達はその責任を考えて、打つことを決定しました。自分が他の人にうつす可能性がない立場にいる人、他の人と関わらない人ならば、「私は打たない」ということでもいいでしょう。個性的な生き方は尊重されて良いのですから。しかし、その個性が人に迷惑をかけたり、不安を与えるとしたら、社会人としての責任を取らなければいけません。

そこでもう一つ、みんなに話したいことがあります。
ジイジは、人の心というものをずっと観てきました。この間は、4人の子ども達を呼んで話をしました。この4人はなぜ呼ばれたかというと、日頃の言葉遣いが悪かったり、友達に乱暴な振る舞いをしたりしたからです。その中の1人は、ジイジが話をした後も、また悪い言葉を使ったので、今度は叱りました。
本人は、「悪い言葉を使おう」と努力しているわけではありません。本人に聞くと、「自然に出てくる」と言うのです。つまり、自然に悪い言葉が出たり、人が嫌がることをするような人になっているということです。みんなはこれをどう思いますか?

子ども達:
よくないと思う。

ジイジ:
よくないと言っても、他にもそういう人がいるでしょう?だからジイジは本人を呼んで、今からそういう状態でどうするのか、という話をしました。そこでは、あなたの心の状態はこういうことだよ、という話をします。前はこういう状態で、今はこうなってるよ、ということを話します。そして、さらに先へ行くとこうなるよ、という話をします。
よく、小学生のうちはまだ親の方が力関係が強いので抑えられていても、大きくなると親の方が怖がってしまって、伝えられなくなるという話があります。極端になると、子どもが親を脅したり、逆に「こんな子を世の中に生かしておけない」と親が子どもを殺してしまうようなこともあったでしょう?親から離れて好き勝手に振舞い、暴走族になったりする人もいます。それは、本人達もそれで良いとは思っていないのです。でもなぜかわからないけれど、そういった場所に心が合うので、そうなっていくのです。
ここでも、最近小さい子ども達が悪い言葉を使うことがあると聞きます。どうしてそうなったかわかりますか?それは、上の子達が使うからです。使っている本人にどうしてそういう言葉を使うのかと聞くと、「何でだかわからないけど、そういう風に言ってしまう」ということでした。そして何回注意しても、また同じことをやるのです。これは、深刻な話です。そうしてその人の人格、心がつくられていくのです。
そこでジイジは、本人の親を呼んで話をしました。子どもというのは、お父さんの遺伝子と、お母さんの遺伝子を受け継いで生まれてきます。ジイジはこれまでたくさんの人の相談に乗ってきましたが、話を聞いていると、その問題のルーツが観えてきます。それは、その問題の本人だけではなく、家ごと解決する必要があるケースがたくさんあることです。その時に大切なのは、本人が問題に気付いたなら、まずは自分から解決することです。

自分が問題を解決すると、今度は自分が子どもに遺伝子を受け渡す時に、子どもに悪いものが行かなくなります。そして自分自身も、問題を解決したのだから、良い人として生きることができます。さらにもう一つ。その問題点が、自分の親や、そのまた先祖からずーっとつながって自分に来ているとしたら、自分がその問題からしっかり学んで、優れた人になることは、昔の人たちが個性的な人生を生きて自分につないでくれたお陰で自分は気付くことができたのだ、ということにもなり、その問題のお陰で学ぶことができました、ありがとう、と、昔の人達の問題も、良いことに変わるのです。つまり、昔も、今も良いこととなり、そして未来の子ども達にも、良いものを与えることができるということです。
ここはポイントです。もしも今、その問題ごとから学ばずに、そのまま先へ進むと、「あそこの家の子だからね、やっぱりそうだね」ということになります。そしてその人が将来パートナーを見つけて子どもをもうけると、「やっぱりあの家の子どもは、親のようになったね」ということになります。
今、悪い言葉を使ったり乱暴をしている子ども達は、今はまだ子どものしたことのように思っているかもしれませんが、そのまま大きくなると、校内暴力になったり、警察沙汰になったり、誰かをいじめて相手が自殺するなどということが、世の中にはたくさんあります。そうしたら、一生償わなければいけません。自分だけでなく、相手の一生も取り返しのつかないことになり、自分の家族も「あそこの家の子は」と周囲から言われるようになります。ここの子は「あそこの家の子は」ではなく、「木の花の子は」という話になり、ここの全員にそれがかかってくるのです。
これは、さっきのワクチンの話と同じです。自分が打ちたくないということは認めます。しかし、自分の立場というものを考えたら、それを認めてもらった分、打つ人も日常生活には気を付けなければいけませんが、打たない人はなおさら、打つ人よりもさらに真剣に考えなければいけません。そして、人にうつさない。そういうことをしっかりやっていかなければいけない。それが、その人が生きていく上での責任ということです。

これは、最低限の話です。気に入らないから悪い言葉を使った、というようなことでは、だんだん済まされない話になっていくのです。今はまだ済まされているから、この話で終わっていますが、そういった姿勢を今のうちに正していかないと、将来済まされなくなっていくということです。心の持ち方がいい加減だと、思わぬことに出くわすことがあります。そのようなことを引き起こす心を持たないようにすることが、責任ある人の生き方です。それは本来、人として当然のことです。
ジイジも子どもの頃に、嘘をついたり、「大人には内緒だよ」「誰々には言っちゃダメだよ」という秘密を持っていました。よくあるでしょう?それは、隠しておきたいことがあるということです。でもね、隠しておきたいことが多ければ多いほど、今のような問題につながっていくことになります。こんなに大勢で暮らしていても、みんなが自分の中にあるものを正直に出して、これについてどう思う?と、常に正直に話し合える場所を創ったら、この場所に良い風が吹いて、「あそこは気持ちのいい場所だね」という所になるでしょう。しかしどうしてなのか、人は隠そうとするのです。ジイジはね、きちんとした毎日を送って、責任ある行動を取っていたら、子ども達がゲームをやるのもいいと思うんだよ。ところが、隠れてゲームをやろうとする子がいるでしょう?
隠れてやると、簡単に中毒になります。それは、隠しておくことは病的な心だからです。心が病気を創るのです。今の世の中には、心の病気を持つ人がたくさんいます。精神疾患を持つ人は、日本全体で400万人と言われています。そしてその10倍が、予備軍といって、精神疾患になる可能性があるというのです。そうすると、日本人の3人に1人が心の問題を持っていることになります。大変な数ですね。

それで、さっきの話に戻ります。インターネットには、いい加減な話が溢れています。そしてそのいい加減な話が、「そうなんだ」「そうだよね」と確かではないのに広がっていきます。それが誰から出てきたのかわからないのに「そういうことらしいよ」という話が「そうだよ」ということになって、真実になっていくのです。ジイジは、どんな人の話でも必ず「それはどこから聞いたんだ?確かなことか?」と確認します。それは疑っているのではなく、確かな話ならいいけれど、確かでなければ、自分から世の中を混乱させる元をつくっていることになります。人の迷惑を広げているのです。
そう考えたら、いい加減なことは言えません。そしてワクチンを打たないとしたら、いい加減な生活をしてはいけません。ワクチンを打ったとしても、効果は100%ではないのですから、やはりいい加減な生活をしてはいけないのです。それは、社会のためにも、自分のためにもそうするということです。そういったけじめのある意識を持つことが大切です。
今、この場所で子ども達の後ろにいる大人達は、そんな風に親から言われなかったでしょう?だからいい加減な人になるのです。その悪いクセを、大人になってから取るのは大変です。
子ども達は、今それを取るチャンスをもらっています。小さいうちにそれをやると、早く取れます。大きくなると面倒です。自分の理由を言うようになるからです。今は、そんなことをしてはダメだよと伝えれば、「そうだね」とすぐにわかりますが、大きくなると、自分の理由をたくさん並べるようになります。

心が、この世界を創っています。いい加減な心を持っていると、いい加減な人間関係、いい加減な世の中ができます。だから、その元の心がいい加減ではいけないのです。
今の世の中では、そのいい加減さが分析できなくなっています。そして大人が、いい加減なことをたくさん言いふらします。そして子ども同士でも、すぐに隠し事をする。「言わないでね」と隠し事にしていることが、問題となって独り歩きをするようになるのです。
そこのところをとことん自分に言い聞かせてやらないと、染みついてからでは本当に取れなくなります。そして今のような、混乱した世の中ができてしまうので、子ども達とこういった話をするべきだと思いました。今なら、子ども達はそれを広げる側から、やめさせる側になれるだろうと思うからです。
コロナウィルス対策についても、いい加減なことではいけません。責任ある行動を取りましょう。みんな、1人で生きているのではないのだから。

毎日の子どもミーティングで、ただその日の出来事を報告するだけでなく、自分はいけないと思うことをやりました、ということが言えるようになったら、この人は自らを正す道を歩み出した、ということです。それは、良い人生を生きることになります。そして、周りの人にとっても良いことをもたらす人になります。
自分発、良い場所ができるように。自分発で悪いことを起こすのではなく、自分発、良いことが起きるように。それを心がけてください。そうしたら、相手発、悪いことに対しても、「それはいけないよ」と言ってあげられる人になります。自分発、良いことをし、相手発、悪いことに対しても「それは良くないよ」と言ってあげられるようになったら、自分発、世の中を良くする人になります。それが大事です。
今は、そういうことを誰もしません。これからは、それがとても必要になる時代が来ます。これは大人も子どもも関係なく、世の中を創っている人はみんなそのように生きるということです。
ワクチンについても、大切なことですからよく考えて判断し、そして判断したことで自分の責任をきちんと果たしてください。

 

 


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