『シリーズ激動の世界』より ①テロと難民~EU共同体の分断

大人ミーティングにて、NHKスペシャル『シリーズ 激動の世界』を観ました。『シリーズ 激動の世界』は、大きな時代の転換期を迎え混沌とする世界の現状を映し出す、全3回のシリーズです。番組から観えて来る世界の今を、宇宙視点で観てみました!
第1回のテーマは『テロと難民~EU共同体の分断~』。EU(ヨーロッパ連合)は、国境をなくし、人やお金の移動を自由にすることで平和で豊かな共同体を築こうという理想のもとに設立されましたが、とどまることのない中東からの難民の受け入れを巡って各国の意見が対立し、今、分断の危機に直面しています。パリ同時多発テロ以降各国でナショナリズムが台頭し、統合の理念が大きく揺らぐ中、専門家は「EUが寄せ木細工のもろさを持つことをISがよく知っていた」と分析します。
番組の鑑賞後、いさどんは以下のように語りました。

『シリーズ激動の世界』公式ホームページ

 

シリーズ 激動の世界
第1回『テロと難民~EU共同体の分断~』より

いさどん:
これは、NHKスペシャルの3回シリーズの1回目です。今の世界情勢を観るのにとてもいい材料ですね。今はインターネットなどを通して様々な情報がグローバル化されていますが、そういった時代だからこそ、情報は有効に生かすべきものだと考えます。
今の地球の問題をどう考えていくのか。これからの時代は、地球に暮らす人間一人ひとりに責任があるということです。

今、EUが共同体としての概念を問われています。番組では、中東からの難民問題をめぐってEUが分断しつつある実態が描かれていました。それは共産主義が崩壊したのと同じ仕組みです。一人ひとりの人間の意識を高めることをせずに制度だけを作っても、その一つの制度の中に位置する一人ひとりが、共同体の内部に発生する格差に不満を持てば、結局はその体制を維持することは難しくなるのです。
しかし、人にはそれぞれに個性があり、能力自体に格差があります。それをみんな一律にしてしまったら、自然界の生き物ではありません。それは、人間が作る自動車の部品のようなものです。そんな世界は、本来の生命の世界ではないのです。

番組では、難民問題を巡り、アイデンティティについて語られていました。アイデンティティとは、自分が自分であるということの意味です。
一人ひとりが自分らしく生きられる社会は優れた社会ですが、それぞれが自分だけの幸せを求めてそれが渦となれば、この世界に混乱をもたらします。今の時代は、イギリスの産業革命に始まり、それがアメリカに受け継がれて250年間続いた、経済力で豊かさを享受しようとする世界がピークを迎えた状態です。宇宙的にはそのサイクルは終わりを告げています。星と星の関係で地球上の時代のサイクルは決まっており、宇宙的には終わっているのですが、人間の世界にそれが表現されるまでには少し時間差があります。その延長に、人間の世界は今、ピークを迎えているのです。そしてそのピークを迎えているということは、新たな時代の手前にいるということでもあるのです。

現在のEUの状態は、これまでの人道支援のような考え方でやっている限りは、解決しません。この番組を観ても、世界はその解決策を見出せず、困惑しているでしょう。
その混乱につけ込み、共産主義であった国が自分たちの国威を高めて、かつてのような世界に影響力のある立場を取り戻そうとしています。どの国の背後にも、自らの国の利益を最優先にし、主義主張を押し通そうとする姿勢があからさまに観えてきます。自分たちの国は自分たちのためにあるのだというのです。それは、差別化と富の奪い合いによってたどり着いた豊かさの結果です。
しかし、そういった世界の現状を振り返らず、今までと同じ姿勢をまだやり続けようとして、日本では、相変わらず経済成長を最優先とすることが国の方針となっています。そこで格差が生まれれば、今度は社会福祉で埋め合わせると言うのです。そのような対処療法一辺倒では、いつまで経っても、矛盾を生み出す社会の根本的な解決にはならないのです。EUで起きている社会矛盾も同じ性質のものです。では、そのような矛盾のない世界をどうやって創ったらいいのかと考えると、これまでとは違う価値観のもとに、人々が生きる目的を持つということです。それは人々に地球に生きることの意味として、覚醒をもたらすようなものでなければなりません。

私たちはこの生活を通して、時代の性質を知り、そのサイクルの中に歴史が表現されていることを知りました。人間が地球上に歴史を作っているのではなく、宇宙の仕組みが地球上に歴史を刻んでいるのです。そういったことを意識しながら、時代が切り替えられる時の役割としてこの生活があるということも知ってきました。
私たちは、過去の人間がやってきたような、自我を満たすための生活を目標としているのではないことは確かです。

今年になって、北朝鮮の核実験やイランとサウジアラビアなどの対立が新たに激化し、ヨーロッパにも大混乱が起きています。そういった様々な矛盾が、一人ひとりの身近なところから地球規模のものまで、世界中で吹き出し始めました。その現状に対する根本的な原因の探求がないままに、いくら表面的な対策を掲げても、さらなる矛盾のエネルギー源となるだけなのです。そういった中では、地球規模の生態系や、矛盾の発生源となる人類の共同体としての体制は、崩壊の方向に進むだけなのです。ここでもエコビレッジを創るための学びを提供してきましたが、知識的に学ぶだけでは、共同体として成り立つ実践にはつながりません。なぜなら、大切なのは知識ではなく、そこに参加する人一人ひとりの質が求められるからです。
人の質ということで言えば、木の花ファミリーもまだまだ途上です。自分の意識と向き合い切れていないのですから。しかし我々は、今の時代がどういったプロセスの延長線上にあり、現状がどこにあって、そこで自分というものがどういった意識を持ってこの生活をしていて、これからどうあるべきなのかということをわかった者として、この生活をしています。

そして今日、この番組を観ました。これは3回シリーズの第1回で、第2回は『大国復活の野望~プーチンの賭け』、第3回は『揺れる“超大国”アメリカはどこへ』となっています。ヨーロッパ産業革命以降、それを受け継いだアメリカがその物質偏重型文明を極めた後に、どういった時代が地球上に来るべきなのでしょう。

現代社会には病気が蔓延し、医療は大きく発展しました。病気が蔓延することによって莫大な経済効果がもたらされたのです。しかし、そのような世界では、医療を極めて病気をなくしていくことはできません。なぜなら、医療を経済効果とするような人間の性質自体が矛盾となり、病気の発生源とまでなっているからです。代替療法であっても、健康食品であっても、すべて病んだ社会に寄生して成り立っているのです。そもそもそういった矛盾の発生源がない世界を創る必要があります。それが次の世界のイメージです。

今の世界の主流となっている価値観は、ヨーロッパが発生源となり、アメリカで拡大され、世界中がそれに追随して、「負(足りないという心)」を満たすことの延長線上に経済を大きくし豊かさを求めるものでした。それが社会に矛盾を発生させ、その矛盾が維持されて拡大されてきたのです。そして、その常に不足感を持ち渇望する精神状態によって、富む者と貧しいものの二極化が極端に進んできました。その両者は、どちらも貧しい世界に現れる性質のものです。なぜなら、富を得た者も、他者の「負」によって富を得たのですから、そういった者たちの精神構造もまた「負」なのです。つまり「負」によってこの世界が成り立っているのです。

250年前のヨーロッパ産業革命から始まった、プラス偏重型の西洋的価値観がピークを迎えました。宇宙は必ず±0に戻る仕組みになっています。ですから、拡大すれば収縮する力が働くようになっています。現代は矛盾の極みに達し、その切り替え時に来ているのですが、その宇宙的構造に無知な者たちが、収縮させる力への対策として、さらなる拡大を推し進めようとしています。それが今の社会の実態であり、その結果、さらに地球上に矛盾が発生し広がっていくのです。
先日、COP21(気候変動枠組み条約第21回締約国会議)で世界中の国々が集まり、地球温暖化対策について話し合っていましたね。そこではCO2をどう削減していくかということを話し合っていたのですが、削減の話をする前に、なぜ人類はここまでの事態を迎えたのかを問わなければ、地球上にさらなる汚染を発生させることの根本的な解決にはなりません。そこで、そういった汚染の発生源となる人類の意識を何も問わないで、いくら削減のための新たな取り組みについて話し合っても、新たなテクノロジーが次の経済効果の種になるだけなのです。そして新たなテクノロジーは、人間の欲望をさらに刺激していくのです。
自然界には、それぞれの生命にふさわしいポジションがあります。そういったことを表す精神として、日本では、「足るを知る」という言葉があります。その精神位置に人々を誘導し、欲望から解放しない限り、この問題の根本的な解決はありません。ところが、今の人類がそのことに気付いて自らの方向性を変えるきっかけとする動きがあるかというと、はなはだ心細い限りです。結局、現代の人々は問題ごとの発生源を内に観ようとせず、外に起きる現象の対策に翻弄されている状態なのです。それは表面上の対策をしているだけで、問題がさらに増幅していくばかりです。それは、現状の延長にいずれどこかでピークを迎え、切り替えることが求められるのです。

僕はこの番組を観ていて、ヨーロッパの理想は仲良しコミュニティを創ってみんなでいい思いをしようというものだったのだと思いました。どこかのエコビレッジ運動と同じです。しかし、共同体の本質とは、持続可能であるということです。私たちの社会は、地球生態系ネットワークの中にあり、自然と共生する大前提のもとに維持されています。それを最優先にしない人々の欲望偏重型の共同体は、その大小を問わず、持続不可能となるのが宇宙の仕組みなのです。人や国の質を問うことなしに、本物の共同体はできません。あるいは、矛盾を抱えたままで、持続可能であるかのように存在し続けるのです。それは自然界にはない、人工の世界だけにあることなのです。
ここで言う質とは、機械の部品のような一律の質ではありません。それは、自らの本質が何者であるかを知り、自らが構成する全体にとってどのようなポジションに位置し、どのような役割を担っているかを理解して、そのポジションを生かしあってネットワークすることによってできる、もう一つ大きな世界を創造していることを認識している者のことを指します。それは、今ヨーロッパの国々が自己主張のもとに模索している解決策とは違う結果をもたらします。

番組の中で、ドイツの人々が「ドイツ国民は我々であり、移民たちはドイツ人ではない」と訴えていましたね。では本当のドイツ人はドイツなんだ!(チーン♪)まぁそれはいいとして、ではその人たちはいつからドイツ人になったのでしょう。地球に生命が誕生してから三十数億年の歴史があり、人類が誕生してから数百万年の歴史があるとして、その中でどれほどの期間、彼らの民族はドイツに暮らしてきたのか。そう考えると、ドイツ人が「私はドイツ人だ」と言う意識は、とても世界観が狭いものなのです。それは、今回生を受けて生まれた場所がたまたまドイツだったというだけのことです。

そういった広い世界を意識して毎日を生きたら、今のヨーロッパの混乱のようなことは起きないでしょう。あの悲惨な第一次世界大戦、第二次世界大戦の戦場となった苦い体験から、もっと開放されたみんなの家を作りましょうということでEUは始まりましたが、この混乱は、個人個人が自分というものの意識を高めずに仲良しグループを作っても結局はうまくいかないということを表しています。そして、その未熟な状態につけ込む者も出てくるのです。
昨年のギリシャの財政危機騒動の時に、僕はEUの真価が問われる時が来たねと言いました。今のEUは、同じユーロという通貨を持ちながらも結局は台所が別々になっています。通貨が同じなら、管轄する台所も一つにすればいいのです。そうすれば国家間の差がなくなります。しかしEU23年の歴史の中で国と国との貧富の差が生まれ、そしてその差は、国境によって守られるようになっているのです。
ドイツがギリシャにたくさんの資金提供をしてきましたが、それはEU統合の結果、勤勉で金融システムによって多額の富を得たドイツと、ギリシャという奔放で気位が高くお金にだらしのない国が共同体の中にあり、そこで高いところから低いところへ川のように資金が流れただけのことなのです。それを、EU全体のこととして、ひとつの経済圏の循環の中にあると認識すれば、一部の地域(ギリシャ)の問題は解決されることなのです。今回の出来事は、そのような認識のもとに意識レベルを上げ、新たな時代の地球統合に向けたモデルとなるチャンスであったのに、EUの人々にそういった意識は生まれず、時代を逆行する現象が矛盾として吹き出しました。

文明周期説から観ると、人類の歴史では800年ごとに東西の文明の盛衰が入れ替わり、その入れ替わりの時には必ず世界動乱や民族の大移動が起きています。そのターニングポイントである今、シリアからヨーロッパへ何百万人という難民が大移動をしています。

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歴史は時代の流れを物語っており、それは宇宙の星と星との関係から生み出されています。我々は本来、その宇宙の星と星の関係(天意)を意識して在るべきなのです。それは人間が天文学のように星の動きを調べて地球上の文化を創るということではありません。星と星との関係がターニングポイントを迎えると、それまであった地球上の文明が衰退し、新しいものに切り替わるのです。それは、人間に自然と湧き出してくるものです。
我々は、そういった自然や宇宙の意志を受けて歴史を刻んできています。21世紀に入って、人類にそのことがわかる時代が訪れたのです。

これから、さらに世界中に大動乱が起きることでしょう。それは単に恐怖を煽って人の意識を引き付けようとしているのではなく、事実として、この250年間続いた物質的欲望による文明は切り替わる時が来ているのです。今、それに代わる回答が、ここにあることを僕は確信しています。
今、世界の行き詰まりの話をしていますが、一人ひとりの小さな行き詰まりも同じことです。その行き詰まりを突破するには、自分と向き合うことです。それは、自分というものが既製品化されるのではなく、世界中にたくさん人がいる中で過去にも現在にも未来にもたった一人しかいない自分とは何者なのかを知り、その自分のもっともふさわしい立場にパズルのピースとしてしっかりはまって役割を果たし、生き生き生きるということです。そういう時代が来るということです。それは、自分を一番大切にする生き方です。

自然界のものは、そのものにふさわしいポジションでそれぞれがしっかりと役割を果たし、この世界を維持しています。しかし今の人間は、人工的に作られた世界の欲望に翻弄されているのです。本当の意味で生命として輝き、本当の意味で自分という個性を生かし切る。それが本当の生きている姿です。
僕はそのことに気付き、それを表現するためにこの生き方をしてきたのだと思いました。そしてそこに惹かれる者たちが、それを表現するためにここに集まってきたのだと思うと、心が言いようのない状態になるのです。これは大切なことをやっているのだ、と自覚するのです。

今、僕はこの状態で、霊的には世界に呼びかけています。宇宙に発信しています。しかし、物理的な現場としては木の花ファミリーにいて、そこに集った人たちに呼びかけています。つまり発信源として、ここの人たちを通し、宇宙に呼びかけているのです。
それは一人の意志ではなく、みんなでネットワークすることでより巨大なものになっていきます。それが、物理的にこの世界を創ってきた仕組みです。近代、人間の意識が地球の環境や社会の構造に影響を与え、創ってきました。それと同じように、人間がここまではびこる以前には、他の生命たちが地球の環境を創ってきたのです。
他の星を見てください。生命がいないから、意志表示もなく、変化もしないでしょう。地球だけがそれができる星なのです。そして我々人間は、もっともその力を発揮できる能力を与えられています。今世界が激動を迎えていることが問題なのかと言ったら、その能力を表現するためのダイナミックな場所を与えられているとも言えるのです。

これは本来、欧州議会で語るべき話ですが、それはもう少し先になるでしょう。その役割を誰がするかはわかりませんが、この意識は必ず受け継がれ、西暦3000年まではそれがベースとなっていきます。
簡単な話でしょう。あなたたちの国は地球なのです。そしてあなたは、その地球の細胞なのです。あなたの体を見てください。細胞が集まって、例えば右腕ができた、左腕ができた、それぞれの内臓ができたというのは、地球上で言ったら国家のようなものです。その1個1個の細胞や機能が争っていて、全体が健康であるわけがないでしょう。こんな単純なことが、人間にはわからないのです。それは何故かというと、意識があまりにも内に向きすぎているからです。その自我の欲求によって内向きに偏った意識が発する想いや行動が、全体をバランスよく捉えることを阻んでいるのです。それは一人の人間が、自制心がないために生活習慣病になっているような状態です。
一人ひとりの人間が自我に溺れ、自我の欲望を満たすことばかりを考えて客観的視点を持たずにいるから、人類はそんな簡単なことがわからずにいます。その世界観の狭い者たちが、民主主義だ何だと言って利益誘導型の社会システムを創り、その欲望のもとに代表を選んで国家ができ、その延長線上に今の地球があるからこういった状態になっているのです。

この世界はすべて相似形ですから、小さなものも大きなものもすべて同じ構造になっています。宇宙全体も、我々の体も、細胞の一つひとつも原子の構造も、皆同じ仕組みで成り立っています。それはどういうものかと言うと、自らが存在するということは、同時にもう一つ大きなものの一部としての役割を果たしているということです。それが調和であり、協同するということであり、生命の構造そのものなのです。
しかしそんな単純なことが、わからない人にはわからないのです。番組の中であるドイツ人夫婦が、移民を受け入れないことがいかに大切かということを真剣に考えて近所の人々を説得するシーンがありましたね。そうしたらそれを聞いて、移民を受け入れるべきだという平和的な考えのはずの人が「あなたのような人が近所に住んでいるなんて耐えられない」と言い返していました。すべての人を尊重するべきだから移民も受け入れるべきだという人が、自分と考えの合わない人を排除しようとしているのです。その姿から学べるでしょう。
パズルのピースは、一つひとつが個性的な形をしていて、同じ形のものは二つとありません。他の場所には決してはまらない。しかし、はまるべきところにしっかりはまれば、それによってパズルに描かれている景色全体が完成します。一つでも抜けていては未完成なのです。
我々は、一人ひとりがそのパズルのピースのような立場を与えられています。どのピースも必要なのです。それを認めることから、今ヨーロッパで起きている問題も解決されていくのです。

簡単なことでしょう。パズルからでも学べるのですよ。自然はすべてそういった仕組みの中にあるのに、人間だけがそこから外れています。こんなに人間が自然から外れたことは過去にもないでしょう。あの第二次世界大戦の時代よりもさらに、今の方が外れています。第二次世界大戦のころも暗い時代でしたが、それでも、一つの民族は団結していました。今は一つの民族すらバラバラになっているのです。それを構成する一人ひとりの自我の意識が強く、日常生活の中ですら心が通じ合っているとは言えません。
だからこそ、この生き方が大切なのだということを改めて自覚するのです。大事なのは、こういった番組を観て、次の一歩をどのような意識で踏み出すかということです。
我々は、地球の歴史を横軸として、その上に生きています。そして縦には、宇宙の星と星のメカニズムがあり、そのサイクルが我々生命の中に流れているのです。そんな意識を持って生きる人間が、そろそろ地上を闊歩してもいいでしょう。それは地上に天の意志が反映されて成り立っているということ、つまり地上天国です。天の意志を持った人々が融和して生きる神人和合の世界です。宗教の世界ではずっとそのようなことが言われてきましたが、残念ながらまだ地上にはその世界は訪れていません。これからの1000年をかけてそれが達成されるのだろうと思いますが、21世紀に入り、やっとその兆しが顕れてきました。その一つが、このヨーロッパの混乱です。古いものが壊れなければ、新しいものは生まれないのです。

今日の番組は日本の国営放送が制作したものですから、ある程度の日本人が観ていることでしょう。海外でも観ている人がいるかもしれません。多くの人はそれを自分と直結させるのではなく、世界にはこういう問題があるのだと自分から切り離して見ているところがあります。しかし、この世界で起きていることは必ず自分にも何らかの原因があって起きているのです。
だから、自分一人が切り替わろう。そう意識した人々がネットワークしていけばこの問題は解決に向かっていきます。

みかこ:
EUができたのも、二度の世界大戦があまりにも悲惨で、もう戦争はこりごりだというところから一つになろうとしたわけだけど、結局、心を変えなければいくらシステムを変えても形だけになってしまって、そのボロが今出てきているということだよね。

いさどん:
自分の身近なところだけを見ていても、本当に切り替わることにはなりません。自分の内側で想っていることと、自分の外にある広い世界が一致して、初めてこの世界に影響を及ぼすようになるのです。ですから、広い世界観の意識の上に立って自らの内を観る人になることです。

今、時代の切り替わりの時が来て、本当に一人ひとりが目覚め、菩薩として生きる時が来ています。自然界では、木も、草も、微生物ですらどこにも所属せず、宇宙に所属しています。そして地球生態系ネットワークの中で自らを存分に発揮し、菩薩として存在しているのです。
存分に発揮するとは、自分というものの自我をすべて表現したということです。そして世界の成り立ちに貢献している姿です。そこに至ることが、人類がこれまで愚かしい歴史を歩んできたことの延長にある答えなのです。狭く身近に区切った答えを見つけて、自己満足する世界に意識があれば、それはこの世界の時代の流れに反することになりますが、意識が広がれば、地球の歴史や人類の歴史を超えて、宇宙の目的と共にある自我であることもできるのです。そういった意識に到達することが、人として生まれ目指すべき本当の価値なのです。

21世紀に入り、そのメッセージが人間社会の在り様を通して垣間見えてきています。今は2016年ですが、3000年ごろには人類の意識は完全に宇宙時代を迎えます。今は地球をどうするかという話をしていますが、その頃には宇宙をどうするかという話になっているでしょう。地球ネットワークを超えて、太陽系ネットワークや、ひょっとすると銀河全体までその意識が広がっているかもしれません。
その時に、物理的な目の前の出来事の対策に追われているようでは、それに対応することはできません。次の時代は物理的な五感だけでは把握できない世界だからです。これからの時代は、霊的意識が高まらなければ、次の時代の運営にふさわしい智慧を引き出すことはできません。そして人間には、それをできる能力があるのです。

2016年の幕が明けたばかりのところであまり先の世界の話をしても消化不良になりますから、今日はここまでにしておきましょう。ただ僕がここで伝えたいことは、21世紀を迎え、ここにこういった人々の生活がある。地球上にこういった場所があるということです。時代の流れがわかればわかるほど、その大切さを感じます。その自覚を持てば、明日からのあなたの在り方は、変わるはずなのです。

 

 


あなたはこの世界のために生まれてきています

 ~21世紀の癌の処方箋・「囚」から「閃」へ~

 
僕はこの世界の観察者です。世の中のあり方や人のあり方、自然のあり方を常に観察しています。そうすると、そこにはいろいろな法則があることが観えてきます。ところが、ほとんどの人々は自らの中に湧いてくる欲望や興味を優先させているため、そこに法則があることを気付けていません。ですから、人間が創り出した世界はその法則を無視しているために、地球上に矛盾を発生させることになっています。今、人間社会はその矛盾のピークを迎えています。それはある意味、人間の能力の高さの証明でもあります。しかし、能力が高いからといって、その能力は常に良い方向に表現されるとは限りません。その能力の高さを、戦争のような極限に負をもたらすために使うこともあるからです。

そういった現状の中で、わたしたち人類はとても不健康な日々を送っています。その不健康な現象の一つが病気の蔓延です。今、日本人の死亡原因の一位は癌です。そこで、癌細胞の気持ちを僕は考えてみました。彼らはある意味能力が高く優秀な細胞です。自分たちの適切な範囲を知っており、その環境が整うと爆発的に勢力を拡大します。どこに勢力を拡大するのかというと、他の生命の中に寄生しながら広がっていくのです。ですから、この世界で癌細胞だけが独立して生きることはありません。常に何かに寄生しながら存在しているのです。このような話をすると、地球という器の中にいる今の人間の現状を想像できませんか?

癌細胞は自分たちが活動するエリアをつくり、その枠の中に入っています。人が自らの考え方の中に囚われている状態を、漢字で「囚」と書きます。これは、枠の中に人が入っている状態です。この枠の下の部分を取り去ると、玄関ができて外からの情報が入ってきます。そして、上の部分も取り去ると、上からは天の法則が入ってきます。そうすると、「囚(とらわれ)」が「閃(ひらめき)」になるのです。

囚われの状態とは、頭の中で思考がぐるぐるとまわり、自らの価値観から生まれる考えだけで生きている状態です。それに対して、閃くという状態は上から降りてくる直観と、内から湧き上がる想いの両方によって生まれます。この閃きの状態を「縦」の思考と呼びます。それに対して、囚われの状態を「横」の思考と呼びます。横の思考は、縦の思考に沿うと、健全に働くようになるのです。そして、この縦(Ⅰ)と横(一)の両方を合わせると十(重合)となり、これは地球の構造と同じです。わたしたちの体も同じ構造でできており、太陽系、銀河、さらに宇宙も同じ構造になっているのです。キリスト教の十字架も同じです。カタカムナでは、これを一(ヒ)から十(ト)までの道ということで、それを十(ヒト)と読み、完成された人間の姿を表します。それは、悟りに至ったヒトの姿です。

名称未設定

癌細胞は、自分たちが活動するエリアを見つけると、そこで自分だけの世界をつくります。しかし、人間の胃の中に癌細胞が増殖する環境が整ったとしても、通常、癌細胞は広がりません。なぜなら、人間の体の中には癌細胞を抑える免疫力があるからです。そこで癌細胞は、自分たちの存在するエリアの法則に従い、門を開き、「閃」という状態で役割をするようになったら、正常細胞として働くようになるのです。

しかし、「癌」という漢字を紐解くと、「品」物を「山」のように抱えると「病」気になる、という欲深な性質を示しています。癌細胞は能力が高く、自分たちのエリアをどんどん広げていく細胞ですから、自らが胃の中の役割に徹することよりも、いろいろな役割を持つ細胞を癌細胞に変えてしまうのです。そうして、癌細胞一辺倒の世界をつくり上げていきます。そして、癌が増殖していったエリアの機能は壊れてしまうのです。結局、わたしたちの体の中の重要な機能が停止すると、いずれ全体の生命機能は停止することになります。その結果、癌細胞も共に死滅するのです。癌細胞は本来、その癌細胞が寄生している全体が健全であると、癌細胞も共に存在していけるのですが、それを無視して自分たちだけの世界を広げるために能力を使うと、自分たちも消滅するはめになるのです。

しかし、癌細胞だけが問題なのではありません。本来わたしたちの体は、癌細胞と正常細胞がバランスをとるようになっています。ですから、癌細胞が増殖するということは、必ずわたしたちが自らの体の生態系を乱すような原因を持っており、それが癌細胞の増殖を手助けしているのです。たとえば癌細胞がより増殖するような食べ物を取り、環境をつくっていたり、癌細胞と共鳴するような心の状態を保っていることが挙げられます。癌細胞は品物を山のように抱える欲深な状態に共鳴する細胞です。その考え方は自らに囚われ、まわりに対して門を開かない状態です。そうした状態は、まわりのものたちと調和し、連携しない性質を示しています。

元々、癌細胞は癌細胞として存在していたのではありません。条件が整うと、正常細胞が癌細胞化するのです。このように癌細胞を捉えていくと、地球上の今の人類の姿に観えてきませんか?人間も、元々自然から発生したものであり、生命の循環の中にあったものが自我を得て、ある条件のもとにエゴを優先させていった結果、地球にとって癌細胞化するのです。まさしく、今の人間は地球上の癌細胞として存在しています。そういった意味では、地球に対して負荷をかけ続けている現代社会のリーダーたちは、癌細胞のボス的存在とも言えます。本来、人類は地球生命と共存・共栄する立場にいると捉えると、新しき人類のリーダーたちはその考え方を今までの価値観とは全く逆転させる必要があるのではないでしょうか。

そのような姿勢を人類が取り続けるようであれば、今後も宇宙や地球生態系はそういった行いに対し様々な現象を通して問題という形で、気付きを与えていくことでしょう。それは、「他者とつながりなさい。そして調和しなさい」というメッセージです。さらに、「あなたはこの世界のために生まれてきています。この世界があなたを生み出したのです」と伝えてくれているのです。

昔の人々は、それほど癌にはなりませんでした。しかし、今の人々に癌はとても多いのです。最近の統計によると、日本人の三人に一人は癌で亡くなっており、一生のうちに二人に一人は何らかの癌にかかると言われています。そこからは、今の人々の自らのことを優先して他者のことを思わず、お金や物に執着し抱え込んでいる姿が観えてきます。それはなぜかというと、人と人がつながらず、生きることに不安を感じながら生きているからです。今の人々はお金や物が沢山あることが幸せであり、そのことが社会で成功したことだと錯覚しています。しかしそれは、本来人間があるべき尊い存在としての姿からは逆の姿なのです。

そういったことを癌細胞はわたしたちに教えてくれています。癌細胞は、「あなたの生きる姿勢がまさに癌細胞のような存在なのですよ」と教えてくれているのです。そして、あなたの心が開かれ、調和的になると、癌細胞はその役割を終え、自ずと消えていくのです。

21世紀に入り、人類は多くの面で行き詰まりを迎えています。しかしそれは、この世の中が問題なのではありません。あなたのほんの小さな日常の囚われが大きくなって、連鎖し、地球規模の現状となって、この世界全体を形成しているのです。それと同時に、わたしたち一人ひとりの身近な問題や悩みも、同じ延長としてこの世界は示してくれているのです。ですから、そうしたすべての問題を解決するためには、一人ひとりがそのことに気付き、まずは自らのほんの小さな囚われから解放されていくことが、問題解決の鍵となるのです。皆さん一人ひとりの手の中にその鍵は託されています。

誰一人として、自らが癌細胞のような存在ではありたくないはすです。わたしたちは本来、この世界のために生まれてきたのですから、この世界のために貢献し、誇りを持って人生の終わりを迎えることが真のヒト(十)の生きる目的であり、人としてのあるべき姿なのです。もう一度、あなたも自らと向き合い、人はどのように生きるべきなのかを考えてみてください。

 
まずは、あなたの「囚」を「閃」へ。

 

 


地球談話を実践する人々 ~ムルンくんといさどんの対談~

2015年9月10日、内モンゴル出身の27歳のムルンくんといさどんが対談する時間がもたれました。中央大学で経済学を学ぶムルンくんは、「日本古代文明を学びたい」ということで8月に開催されたカタカムナ研究会に参加し、今回木の花ファミリーを訪れるのは2回目となります。対談の場には、木の花ファミリーで長期滞在しながら、「希望の光プロジェクト」「大人サミット」を企画している36歳のあわちゃんも同席していました。

*「地球談話」はこちらをご覧ください。

■     ■     ■     ■

いさどん:
21世紀に入り、わたしたちは今、いくつもの大いなるターニングポイントを迎えています。その一つとして、250年前のヨーロッパ産業革命以降の物理・科学を発展させてきた時代から、物理・科学の奥にあるものを探求していく時代に入りました。それは、先日あなたが学んだカタカムナ的宇宙観もその一つですし、自然や宇宙の奥にある意志(法則)もその一つです。そこには秩序があり、その秩序のもとにわたしたち人類は今という時代を迎えて生きているのです。
そうすると、人間の存在する目的は自分たちにとって都合の良い世界を創ることではなく、この世界の意志と共に全ての生命を意識し、その豊かなネットワークに貢献し続けることが真の在り方なのです。ですから、わたしたちを取り巻く自然や地球の声を聞き、その意志を受けてこの世界に反映していくことが大切なのです。モンゴルの血を受け継いだ人たちは本来皆シャーマンなのだとあなたは語っていましたが、人間というものは本来皆そういった存在なのです。

ムルン:
そうですよね!

宮ノ下でお祈りをするムルンくん
宮ノ下での祈りの儀式

いさどん:
今朝、あなたは木の花ファミリーの聖地である宮ノ下で祈りの儀式を行っていましたが、あのような行為は物理的な発展が目的の人たちからすると、迷信的で意味がないことだと受け取られるかもしれません。しかし、実はあのような行為や精神性こそがこの世界の意志(法則)に通じ、この世界を動かしているのです。
2012年12月21日の銀河の冬至を迎え、東洋的精神文明が開花していくサイクルに入った今、人々が新たな時代の真実に目覚めていく時が訪れたのです。あの土地から北東の方角に富士山があり、北東の方角は艮(うしとら)と呼ばれ、地球神が存在する方角なのです。ですから、その方角に富士山があるということは重要な意味があるのです。あの聖地は、天とつながるための祭典を行う場所です。2014年から毎年7月26日に富士山麓でも開催されるようになったマヤの新年の式典も、あの聖地で執り行われています。

ムルン:
来年はぜひその式典にも参加させていただきたいですね!本来、富士山は聖なる山なのですから、あれほど多くの人たちが登ってはいけないのです。

いさどん:
そうですね。富士登山は本来、そういった精神を持っている人々が自らと対話し、天の意志を降ろすためにあったのです。日本では昔、修験道と呼ばれる信仰を持つ人たちが山にこもって厳しい修行を行い、それは悟りを得るためのものでした。今、沢山の人たちが富士山に毎年登りますが、そこで大切なことに気付くきっかけになれば、それはそれでいいのです。ところが、単なる観光で終わってしまう人がほとんどです。

ムルン:
今の時代の人たちは本来の在り方を忘れ、欲望のままに思い切り走っているのです。しかし、そういった価値観がちょうど今転換期を迎え、母なる大自然が人々を目覚めさせようとしています。それが自然災害となって今地球上で頻繁に起きており、こういったことは今後ますます多くなっていくことでしょう。

いさどん:
そうですね。自然災害は単なる自然現象ではなく、人間の在り方を転換させるための自然からの意志表示とも受け取れますね。

ムルン:
そして、人々が目覚めた後に必要とされる社会モデルとして、木の花ファミリーはその仕組みをすでに確立しているのです。モンゴルの先生から聞いた話なのですが、木の花ファミリーのような自然と調和した生き方は地球のためでもあり、太陽系のためでもあり、宇宙からの指令でもあるのです。

いさどん:
宇宙が指令を降ろしても、それを人間がスムーズに受け取らないと、最終的には痛みを伴ったメッセージ(自然災害などの災難)が与えられるようになります。

ムルン:
僕にはそれが観えています。なぜなら人間たちはこれほどメッセージを与えられても、全く聞く耳を持たないのです。僕がこういう話を始めると、人々は経済の話を持ち出します。確かにご飯を食べることは現実問題必要なのですが、このような話は別次元のことなので、ご飯を食べることと対等にしてはいけないのです。

いさどん:
それは、生きることに対する意識を転換しないと理解出来ない世界ですね。

ムルン:
そうですね。やはりその主な原因は、250年前にイギリスから始まった工業文明です。人々はその文明が始まる前は自然と調和した暮らしをしていました。ところが、産業革命以降、西洋的物質文明が世界中に広まり、自然とのつながりが徐々に切れていったのです。欧米人には、神様が創ったものを自分たちの手で創るという考えがあったのです。彼らは自然の法則も知っていると思うのですが、それに反した物質文明をどんどん発展させていきました。

いさどん:
そこで神様の創ったものを自分たちの手で創ると考えた時に、神様の代理で創っているという意識があればいいのです。ところが、神様の存在を抜きにして、自分たちで出来るという意識になってしまったところから、地球上に様々な矛盾をもたらすようになってきました。それは、自然の仕組み(天の意志)と人間の活動が完全に遊離してしまった状態です。ですから、「天地」の「地」だけで生きている状態なのです。人間の能力はたいへん優れていますが、その物理・科学の極みは軍事力であり、核爆弾はこの世界に矛盾として存在しています。

ムルン:
その軍事力で破壊されるのは、自然です。僕にはその自然の悲鳴が聞こえるのです。

いさどん:
仮に軍事力で破壊されなくても、場合によってはこれを使用して戦うぞという意志が地球上にあるだけでも、地球の魂はずいぶん傷つけられるのです。それだけ対立の波動は地球上に蔓延しているのです。実際に戦争を起こさなくても、人間が欲望のもとに物を大量消費することも、そしてそういったものをゴミとして大量に廃棄することも、同じように自然のバランスを壊す行為となります。地球という生命の循環ネットワークは優しいものなのですから、常にそれをイメージしながら、他者に対しても地球に対しても優しい日々を生きていくことが重要なのです。

今朝、あなたは宮ノ下で富士山に向かって両手を広げて大いなるものと対話していましたね。

ムルン:
はい。

いさどん:
あの精神を持って科学が発展していったら、物理・科学ももっと優しいものになるはずです。もっとも、その精神を持っていれば、物理・科学はそれほど必要なくなるのです。そして、そこではさらに優れたものが現れてきます。

ムルン:
そうなのです!産業革命以降、今まで科学がこの世界をリードしてきましたが、これからの時代はこうした精神性が世界をリードしていくことになると思うのです。

いさどん:
天に向かって両手を広げ、天と共に生きることの喜びや感謝の気持ちを持って日々を生きるという精神からしたら、今の人類の在り方は天を全く意識しないで下だけを見て、損得勘定だけのネットワークになっています。それは対立の波動を地球にもたらすことになるので、そのことに対して地球や太陽系、そして宇宙自身がNOと言っているのです。現実に今、金融システムのようなバーチャルな世界でお金を動かすだけで儲かるような仕組みはおかしいでしょう?

ムルン:
そうですね。

いさどん:
今、そういった仕組みが転換する時を迎えているので、経済学を勉強している意識ある若い人は今の経済の在り方を変だと思うのです。

ムルン:
そうなのです!僕が今勉強しているのは貨幣経済ですが、それは本当の経済学ではないのです。本当の経済は、政治よりも政治で、哲学よりも哲学なのです。しかし、今の経済は人間がただお金をまわしている行為にしか過ぎず、それでは経済と言えないのです。

いさどん:
お金をまわすことは循環という意味ではいいのですが、そこで問題なのはお金をまわしながら奪い合っている世界です。

ムルン:
そうですね。お金を持っている一部の人たちが儲かっている状態です。

いさどん:
お金は本来、わたしたちの体で言うと血液のようなものであり、社会の生命の流れなのです。そうすると、わたしたちの体で言えば、血液は末端まで行き渡って、綺麗に循環し、どこか一箇所に留まっていない状態が健康なのです。ところが、今の社会では一部の優秀な人たちがお金儲けをすると皆の憧れの的にもなるのですが、それと同じことがわたしたちの体で起きたら、動脈硬化のような病気の症状と同じことになります。

ムルン:
そうですね。リーマンショックも同じことですね。

いさどん:
ですから、今の社会は体で言えば生活習慣病が悪化してひどい病気の状態に皆が憧れていることになります。これほどの矛盾はないのですが、これほどわかりやすい話をしてもまだわからない人たちが世の中には沢山いるのです。これはとてもわかりやすい話でしょう?

ムルン:
はい。だからこそ、僕たちはカタカムナのような古代の叡智を学ぶ必要があると思うのです。カタカムナには物理学と天文学、それから哲学も含まれていますね。

いさどん:
カタカムナはこの世界をマクロにもミクロにも分析できるのです。カタカムナは宇宙物理学と言われていますが、わたしたちの細胞や素粒子よりももっと微細な仕組みを示しているのです。さらに、わたしたちが今まで認識していなかった現象界の奥にある潜象界の存在まで示しているのです。

ムルン:
実は、現代科学が探求しようとしているのは、まさにカタカムナのような世界なのです。ただ、カタカムナの時代の人々はその世界を脳の中に持っていたのですが、現代の人たちはその世界を全て物理的に創ろうとしていると思うのです。

いさどん:
今の人たちもそれを脳の中に持ってはいるのですが、その能力を休めているだけなのです。

ムルン:
そして、それを脳の中ではなく、その優れた能力を物理的探求に偏って外の世界で使っているから、地球にとって大変なゴミを生み出すことになっています。

いさどん:
そこで、現代物理・科学の恩恵をもって人々の営みがこれほど多くの矛盾を地球上にもたらしている今、これまでの人類の在り方を転換する時が訪れているのです。だからこそ、あなたのような人が生まれてきたのであり、木の花ファミリーのような生き方が現れてきたのです。

ムルン:
ある意味、今は東洋文明と西洋文明の切り替え時にありますよね。この切り替え時には、日本という国が非常に重要な役割を果たすのです。これから東洋的精神文明の時代が始まっていくという意味では、僕は中国という国、それから習近平をとても応援しているのです。今、政治闘争をしている習近平が今後どのような行動を取るのかを僕は注目しています。後2年ぐらいでその闘争は終わるだろうと僕は観ています。その時に、習近平がどのようなクニツクリをするのかに僕はある意味期待しているのです。
僕がなぜ彼を評価しているのかというと、彼は伝統的な文化が大好きなのです。彼は昔の中国の本を読むそうですが、彼には東洋という夢があるのだと僕はいろいろなものからそれを感じたのです。もちろん僕にも東洋という夢があり、東洋にはもう一度世界を良い方向へ導く役割があると思うのです。

いさどん:
それは木の花ファミリーでよく語られている「文明周期説」でも説明されています。ヨーロッパ産業革命以降の250年間で西洋文明は栄え、そして終焉を迎え、これからは東洋文明がそれを引き継いでいく流れなのです。その中で日本と中国はとても重要な役割を果たすことになるでしょう。

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ムルン:
地球の歴史においても、これからの日中関係は大事なものになっていくと感じています。しかし、今の中国はダメですね。習近平が東洋という夢を実現し、本格的にクニツクリに取り組むようになってから、日本と中国が連携していくことが重要なのです。それは地球に対しての大きな貢献となることでしょう。

いさどん:
日本は70年前に侵略戦争をしたでしょう。あの戦争は、僕は侵略戦争だと思うのです。しかし、その侵略戦争のもう一つの目的は大東亜共栄圏という、今でいうEUのような国家共同体をアジアに創ることだったのです。あれから70年の時を経て、東洋的精神文明が花開く時代がこれから始まろうとしている今、中国と日本、そしてもちろん北朝鮮や韓国も含めてこの東アジアの国々が地球上の理想国家のモデルになると観ています。それが、僕が昨年中国から訪問されたグリーンビルディングの人たちに伝えたことです。

ムルン:
先程テレビのニュースで自然災害が取り上げられていましたが、あのような災害が今、皆の目の前で起きています。それが東洋文明を求める始まりなのです。今、まさにそれが激しく始まっているのです。

いさどん:
あなたと話していると、今わたしたちが発信していることに対してあなたがそれを聞いて反応しているのではなく、わたしたちが発信しようとしているものの奥にはあるビジョンがあるのですが、その同じビジョンをあなたはすでに持っていることがわかります。ですから、これは一つの源から降りてきた同じビジョンを、地球上の色々なところから色々な世代が発信しようとしている世界的な動きの現れですね。

ムルン:
そうですね。昨日僕は木の花ファミリーの皆さんと話をしていたら、木の花ファミリーのようなライフスタイルがこれからどんどん世界に広まっていくビジョンが一瞬にして浮かんだのです。そこで、僕は木の花ファミリーで政治・経済の研究所を創ってほしいのです。そして、その研究所を創ることによって、世界中の人々がもっとここに集まってくるようになるのです。

いさどん:
それはきっと、わたしたちが単独で創るというより、あなたのような特に若い世代の人たちが中心になって進め、ネットワークしていく中で世界に広がっていくものだと思うのです。当然、わたしたちも実践しているその一つの事例として重要なポジションにあるのでしょう。それは、今までの物質至上主義の社会から、新たな時代のライフスタイルの提案という意味で、国際的な動きとしてそのような研究所を立ち上げていったら面白いと思うのです。

あなたは、これから世界人として人類の目覚めのために貢献していく役割を確認するために、きっとわたしたちと出会ったのでしょう。

ムルン:
そうですね。僕は先祖のおかげで自分の使命を知ることが出来ました。6年の修行を経て、僕をこの道に導いてくれたのは全て先祖のおかげなのです。大昔、僕の先祖たちはモンゴルの歴史に関わるような立派な人でした。しかし、今の時代は才能を持ちながらも、何をしたらいいのかわからない人たちが沢山いるのです。また、木の花ファミリーの生活スタイルのもとになる精神性は本当に大切なものなのですが、今の世の中にはそれを説明する仕組みがまだ確立されていないのです。ですから、それを政治・経済・社会の分野において、学術的に伝えていくことが求められると思うのです。

いさどん:
僕があなたの話を聞きながらイメージしていたのは、たとえばモンゴルだったら遊牧という形で自然と動物と人間という循環の中にその精神があるのです。それは宇宙の星と星の関係や地球生態系ネットワークと何も矛盾していません。日本であれば、農耕という形で自然と人間、そして畑や田んぼという循環の中にその精神が存在しています。それは当然、ネイティブアメリカンやインカの人たち、そしてイヌイットの人たちの中にも存在しています。そのような人たちの生き方が持続可能であることの延長に、人々の価値観が変われば、いつでも精神性豊かな世界が現れるのです。

今まで人類が探求してきた歩みはある意味実験でもあったのです。ですから、人類の叡智として科学が探求されてきたことは間違いではありませんでした。ただ、西洋的物理・科学・テクノロジーが進化していった結果、人間は高い物理的能力を得ましたが、その代わりに天や自然を忘れ人間の欲望が一方的に暴走していったのです。ですから、天と共に対話しながら行うべきところを、人智だけで考え進めるようになってしまったのです。そして、人類はとても能力が高く優秀だと錯覚してしまったのですが、それは世界に持続可能な在り方をもたらしませんでした。その結果、傲慢な人間の姿勢として様々な問題を地球上にもたらしてきたのです。持続可能ではない豊かさをいくら追求しても、それはいずれ崩壊を迎えるのです。

いくつもの大いなるターニングポイントを迎えた今、人類は広い世界観を持って天と共に対話しながら、これからどのように地球を運営していくのかを考える時が来ているのです。地球は星と星の関係で成り立っているのですから、これから明らかに人類は精神的にも物理的にも宇宙を意識していく時代に入ります。その段階では、わたしたち人類は宇宙をどのように考え運営していくのかという時代に移行していくのです。

ムルン:
今、一人ひとりが選択を迫られる時が来ているのです。その時に、木の花ファミリーはすでに新たな時代のモデルを確立しているのですから、一般の人たちが見てもわかるような仕組みを示していく必要があるのです。

いさどん:
一般の人たちが見てもわかるということは、一般の人たちがここを訪れた時に、ここの人たちが普通に暮らしているのに、平等であり、将来に対して何も不安がない生活を送っているということです。それは政治・経済・教育・医療・福祉のみならず、子育てにおいても見本になると思います。

ムルン:
ここの生活の中の全てがこれからの時代の見本になると思います!ここの皆はそのことを生活の中で実践している人たちであり、学者の役割はそれを理論化して世の中に発信することです。これから人類が生きる方向性を選択していく時に、人類にとってその転換がスムーズに行われるように、僕はこうした活動をしていきたいのです。

いさどん:
ちょうど3日前にある大学で講演をしてきたのですが、そこに参加していた人たちは現状に問題を感じながらも、その代替案を持っていなかったのです。ところが、木の花ファミリーと出会ったことによって代替案があることがわかったのです。木の花ファミリーの生活は今の社会にとって必要な大事な仕組みを全て網羅しているのです。

曼荼羅

ムルン:
この仕組みの名前は何ですか?

いさどん:
わたしたちは「天然循環ライフスタイル」と呼んでいます。

ムルン:
これに先程僕が提案した政治・経済研究所を入れてほしいですね。

いさどん:
政治を司る人たちはこの中心にいて、「菩薩の里」の精神性のもとにこういった活動を運営していくということです。経済は本来、お金儲けのためにあるのではなく、中国の古典に「経世済民」という言葉が登場するように、「世を経(おさ)めて民を済(すく)う」ことなのです。つまり、経済は世のため人のためということであり、世の中を正しく治めるものなのです。

ムルン:
それが本来の経済なのです。しかし、今の経済は全く違います。

いさどん:
今の経済や政治は主義・主張をベースにして対立し、自分たちの都合の良い世界を創るものになっています。

ムルン:
僕が思うのは、僕たち人間はこの現代社会をもっと分析する必要があるということです。まだまだ現代社会の分析が足りないと思うのです。木の花ファミリーでは人としての正しい生き方を見つけ、21年間実践してきたと思うのですが、その上に現代社会の分析をすることによって、現代社会の問題がもっと明らかになると思うのです。

あわちゃん:
11月21日から23日にかけてこの生き方に賛同する人たちが集まって「大人サミット」というものが開催されるのです。その中で産業革命以降の歴史を分析し、これからどういうモデルが人類にとって必要なのかを考える場を持ちます。

いさどん:
彼はその大人サミットの企画リーダーです。

あわちゃん:
僕も政治経済学部出身なので、ムルンくんやいさどんの言うことはよくわかります。

いさどん:
そういう意味であなたたちはとても重要な役割をこれから担っていくと思います。彼は木の花ファミリーのメンバーではありませんが、木の花ファミリーメンバーというのはファミリーの中にいてファミリーのために生きる人なのではなく、次の時代を開き地球の未来を創っていく人のことなのです。ですから、外の人たちがこのようなイベントを企画して、わたしたちはその一つのモデルとしてつながり、共に発信していくことが大切だと思うのです。

ムルン:
これから世界中の人材が集まってきますからね。そして集まってくる人たちは、心の壁がなく、言葉で説明しなくても心が通じ合って交流できる人たちなのです。

いさどん:
最近、特に中国や台湾の人たちが木の花ファミリーの生き方を学びに訪れます。本来、共同で暮らすということは、近代においては共産主義が始まりだったはずなのですが、共産主義の人たちは今、そのような精神をすっかり忘れてしまっているのです。しかし、原始共産主義とは元々そういうものだったのです。

ムルン:
共産主義にはその部分は入っています。

いさどん:
ですから、ここはある意味理想の共産主義社会なのです。ただ、ここの共産主義には、古代カタカムナの精神も含まれているのです。

ムルン:
共産主義はある意味人が考えて創ったものだと僕は思うのですが、木の花ファミリーの生き方は違うのです。それは、もっと奥にあるものによって成り立っている世界なのです。それは大きな違いです。

いさどん:
あなたは本当によく理解していますね。共産主義には産業の「産」がついているように、人間がより良い世界を創るにはどうしたらいいかと考えて創られた仕組みなのです。しかし、わたしたちがここで実践していることは宇宙・銀河・太陽系・地球の姿を生活(生きること)に表現することであり、それは全てネットワークしているのです。ですから、これからの時代はそのネットワークを理解したものたちが、そのネットワークの法に沿って地球上でその生命ネットワークに貢献していく豊かさを追求する時代なのです。

ムルン:
僕には木の花ファミリーで使用されているこうした貴重な資料が文章化され、本として出版されるビジョンが観えているのです。そして、人々はこの資料を通じてというより、その仕組みを通じて理解していくのです。それは、新たな時代への鍵がその仕組みを通じて紐解かれるということです。そのためには木の花ファミリーメンバー一人ひとりが研究者となっていくことが大切なのです。

いさどん:
木の花の人たちの研究所は、日々の生活です。

ムルン:
ここで暮らしている人たちはそれが普通のことだと思っているのです。しかし、外の世界の人たちからすると、この生活は大いなるチャレンジなのです。

いさどん:
その仕組みは、わたしたちが中で役割を果たすことと、たとえばあなたやあわちゃんのような人たちがネットワークしていくことで成立するものです。

ムルン:
僕としては、すでに木の花ファミリーの一員となって共に活動していくつもりでいます。

いさどん:
皆が地球人としての意識を持ったら、地球は一つなのですから、皆家族なのです。そのような意識を持った人たちがネットワークすれば、さらに宇宙人としての意識まで到達することが出来るでしょう。

そして、日本の富士山麓だけにこのようなモデルがあるのではなく、いずれ世界中の聖地から叡智が噴き出していくイメージが僕にはあります。さらに、地球上にいる人間が目覚めると、人間一人ひとりが聖地になり、叡智が噴き出す場になるのです。人類が人として生きる真の意味を理解するきっかけとして、わたしたちはこの生活を通して一人ひとりの心に光を灯しているのです。そして、そういった人たちが沢山現れ、ネットワークすると、大きな美しい光になるのです。地球が光のネットワークで包まれていくことを願って、これからも共に活動していきましょう。

ムルン:
もちろんです!いずれ、ここには世界中の先住民族の智慧が集まってくることでしょう。今日は大切なお時間をありがとうございました。

いさどん:
こちらこそありがとうございました。また共に語り合う場を持ちましょう。

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10月31日(土)・11月1日(日)、
ムルンくん企画による下記のイベントを開催します。

古代日本と遊牧民族の叡智が融合し、未来を創造する
〜 モンゴルの草原から来た青年の吹き起こす風 〜
第一章「大地」

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ムルンくんといさどんが、私たち地球生命にとって「大地」とは何か、地球とは何かを宇宙スケールで語り合い、現代の人々が忘れている大地との絆を呼び覚まします。
そして参加者の皆さんとともに未来社会のあるべき姿を描き、行き詰まった現代社会の突破口を開いて希望ある次世代の生き方を地球上に実現します!

【日時】
集合:2015年10月31日(土)
11:05 JR身延線「西富士宮」駅 又は 10:51 富士急行「大石寺」バス停(送迎あり)
お車の方は11:30までに木の花ファミリーおひさまハウスひまわりへ直接お越し下さい。
解散:2015年11月1日(日)13:30頃(駅・バス停まで送迎あり)

【会場】
木の花ファミリー
〒419-0302 静岡県富士宮市猫沢238-1

【主催】
NPO法人ぐりーんぐらす
*木の花ファミリーとの連携のもと様々な社会貢献事業を行っているNPO法人です。

【内容】
■ モンゴルの大草原出身のムルンくん、木の花ファミリー創設者いさどんによる「大地」をテーマとした講演。古から伝わるそれぞれの文化を切り口に宇宙スケールで語ります!
■ 私たちの中に眠っている心を呼び覚ます木の花楽団コンサート。
ムルンくんによるホーミー、カタカムナ63首の舞他。
■ 参加者座談会
*2日目の昼食は、木の花茶会のスペシャルメニューを召し上がっていただきます。

【定員】
30名
*先着順です。お申し込みはお早めにどうぞ。
*ご宿泊は20名までとなります。

【対象】
基本的に世の中の全ての方々

【参加費】
ご宿泊 8,500円
(1泊2日の宿泊やお食事、最寄り駅・バス停への送迎、保険代、消費税を含みます。)
日帰り 3,000円
(お食事と消費税を含みます。送迎が必要な場合は別途500円をいただきます。)

【スケジュール】(当日の様子にあわせた変更あり)
unnamed■ 1日目
—11:30:木の花ファミリー集合・受付け
—12:00-14:00:お食事・休憩
—14:00-17:00:講演
—17:00-18:30:入浴・フリータイム
—18:30-19:15:お食事
—20:00-21:00:コンサート
—21:30:木の花ファミリーの大人会議
*自由参加
■ 2日目
—08:00-10:45:座談会
—11:00-13:00:お食事 *木の花茶会
—13:30頃:解散(JR身延線・西富士宮駅または大石寺バス停へ送迎あり)

【お申し込み】
下記リンク先よりお申し込みください。
「モンゴルから来た青年の吹き起こす風」お申し込みフォーム

【お問い合わせ】
NPO法人ぐりーんぐらす
TEL:0544-67-0485 FAX:0544-66-0810
E-mail:info★npo-greengrass.org(担当:永山)
★を@に変えてください。

ご不明な点は、どうぞお気軽にご連絡ください。

ムルンくんは、このイベントへの想いを下記の詩に表現しています。

ムルンの詩2

地球の未来を創造するこの歴史的なイベントへ、
皆さまのご参加をお待ちしています!

 

→ イベント詳細はこちら

 

 


宇宙から一人ひとりにオリジナルな人生が託されている

2015年マヤ新年の日、地球に祈りのウェーブを巻き起こす式典の中で、いさどんは次のように語りました。

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■     ■     ■     ■

今日2015年7月26日、マヤの新年・11MENの祭典に立ち合わせていただきました。そしてその最中に、ひとつの文字が浮かんできました。それは、「時(トキ)」という文字です。マヤ暦はおよそ20000年前から始まりました。その歴史をたどれば、今わたしたちはカタカムナを学んでいますが、そのカタカムナ以前に太平洋という地球上で一番大きな海にムー大陸があったそうです。そのムー大陸が消滅したとき、時(トキ)の文明を東に移し、マヤの文明にしたのです。そして、言魂の文明を西に移し、ユーラシア大陸の端に存在していたヤマトの国に移したのです。それから13000年の時を経て、一昨年、わたしたちはそれをカタカムナの学びとして出会いました。そして昨年から、メキシコの太陽マヤ族最高司祭の尊母ナー・キン氏との出会いにより、このヤマトの地で、マヤの新年の祭典が行われるようになったのです。

歴史を振り返ってみますと、2012年12月21日に25800年ぶりの銀河の冬至を迎えました。わたしたちの地球にも冬至はありますが、冬至とは光がもっとも少ない闇のピークのことです。わたしたちは太陽の生命エネルギーをもとにして、地球上で生命活動を行っています。そして、全ての生命が自分という個性をいただいて、時代を紡いでいるのです。その太陽の一螺旋である25800年ぶりの銀河の冬至が2012年12月21日に訪れ、この日を持ってマヤ暦は終わっています。それは、時(トキ)の文明を継承したマヤの人たちが、太古の昔にそういった宇宙の仕組みや太陽の構造を理解していたということです。

これまで、わたしたちは新たな時代を迎えるための心の準備をしてきました。一人ひとりが自らの個性的な心の歴史を知って、カルマを読み解き、そして新たな心とともに新たな時代を迎える準備をしてきたのです。それが木の花ファミリーの21年の歴史です。

そしてくしくも、新たな時代の扉を開けることになった4年前の東北の震災3.11を持って、わたしたちは地球暦に出会ったのです。地球暦に出会って、わたしたちは自分個人を生きているのではなく、星々の対話を受けて、宇宙の意志を一人ひとりの人生に表現していることがわかってきました。

こうした様々な出会いのもとに、今日2015年7月26日、わたしたちはこの富士山麓の地で地球一周の始まりとしてマヤの新年の祭典を迎えています。この祭典はヤマトの国・日本で始まり、そして24時間かけて地球を一周していくのです。

イメージしてください。宇宙を意識した人々の心が羽ばたくようにウェーブとなって、地球を一周するのです。つまり、地球は丸く、時代は途切れることなく永遠に紡がれながら、わたしたちはひとつの世界を生きているのです。

地球上にはまだまだたくさんの争いや様々な困難がありますが、これは人間以外のものが創ったものではありません。それは、人間が自我を自らのためだけに活かそうとして生きてきた結果なのです。それも、それほど長い期間のことではありません。時をさかのぼれば、およそ250年前のヨーロッパ産業革命以降のことでしょう。さらにもう少しさかのぼれば、800年、1600年くらい前のことでしょう。それ以前、人間は自然とともに生かされ、生命ネットワークの中の役割のひとつとして他の生命とともに繁栄していました。

今、この時を迎え、人間の中で自我が沸騰しています。しかし、これは悪いことなのでしょうか。

それは決してそうではありません。人間の可能性と高い能力を知るためには、思い切りその能力を表現する必要があったのです。そして現実にそれを表現したときに、その問題点も噴き出してきました。それが今の時代です。今、それをコントロールする時(トキ)が訪れ、そして自らのカルマを表現する言魂によってコントロールしていく時代になったのです。今、トキとトコロ、マヤとヤマトが出会って、この祭典につながったのです。

そのように考えますと、わたしたちは自分でわかっている範囲で生きているわけではないのです。星の対話によって時代が刻まれているのであり、それは宇宙の仕組みで生きているのです。その仕組みの中で、わたしたちは常に変化・変容・変態を繰り返しながら進化しているのです。

そういったことをイメージしながら、調和の世界を地球上に表現していきましょう。わたしたち人類は、非常に優れた能力と大きな影響力を持っています。人類が目覚めたら、次の時代にはきっと、この地球生命、さらに宇宙に大きな貢献をするような魂となって育っていく姿がイメージできます。

時代は21世紀に入り、ようやくそのような時代になったのです。2012年の銀河の冬至を迎え、新たな扉が開き、2013年・2014年・2015年と3年間その変化の準備期間をいただいて、2015年はその最後の年です。この新年が明けると、いよいよ新たな時の流れを世界中の人々が感じるようになり、人類も地球自身も新たな宇宙時代を迎えるのです。

それぞれの歩みがあるとしたならば、木の花ファミリーは世界に先駆けてそのことに気付き、目覚めたものとしてこの生活を通して表現するものなのです。これは今後の木の花ファミリーの生き方にますます反映され、そして宇宙を通し、地球ネットワークを通して、全世界に広がっていくものだと確信しています。今日のこの快晴は、天がそのような意志を示されていると感じながら、皆さんとともにその自覚を持って歩んでいきたいと思っています。

木の花の歩みが始まったのが21年前だとしたら、やっと今、時が追いついたのです。人は土星の30年のサイクルで生きていますが、最初の30年で自らが何者かを知ります。そして自らが何者かがわかったら、次の30年でそれを人生に表現するのです。そして、60年でその結果をいただき、その後旅立つための仕上げの準備をするのです。木の花ファミリーの20年から30年に向けての今後の10年間は、きっと新たな時代を紡いでいく大きな役割を果たしていくのでしょう。

そういった意味で、わたしたちは宇宙を生き、時を生き、時代を刻んでいるのです。その中のトコロという場にわたしたちの存在があるのです。ですから、心をしっかりと観て、宇宙・トキ・トコロを意識しながら生きていくことが、生命として、そして大きな役割をいただいている人間としての目的なのだと感じています。

それは、宇宙から一人ひとりにオリジナルな人生を託されているのです。そして、人々は自我から解放され、この世界のために天の意志をいただいて生きていく時代に入ったのです。それは、価値ある素晴らしい人生です。自分のことは自らで責任を持ち、高い意識で歩んでいきましょう。そして、地球上にみろくの世を実現させましょう。皆さん、これからもよろしくお願いします。

一人ひとりにオリジナルな人生が託されている
一人ひとりにオリジナルな人生が託されている

 

 


究極の世界が そこにある

いさどん:
株価が上がったと言って喜んでいる人たちがいる。それが経済の大きさだと言って、ゲームに翻弄されている。
何か、バツンとやってやりたい気持ちにならない?

何かが狂っている。
世の中は、どこかが狂っている。だけど、それに「そうだね」と呼応する人は少ない。
先日、ある柔道選手のアスリート魂をテレビ番組で放映していた。実力不足で負けて落ち込んでいる彼女の記事に、462件の「いいね!」と30件以上のコメントが付いていた。それはとてもわかりやすい世界。一生懸命やっている人が、実力不足で負けて落ち込んでいるというわかりやすい物語に対して、それだけの反応がある。
だけど、人類にはもっと大事なことがあるよなあ、と僕は思う。そんなことで一喜一憂している場合じゃないと。

人間たちは今、水素自動車の時代を迎えようとしている。水素は宇宙の中で最も多い元素と言われていて、いろいろなものから取り出せる。100年以上前にSF作家のジュール・ヴェルヌが言っていた世界が実現されようとしている。
ただ、その水素を取り出すのにもエネルギーがいる。そこで化石燃料を使う。それではだめだからと風力発電を使うのだけど、その風力発電を作るためのエネルギーにまた化石燃料を使う。

僕が子どものころ、美濃には豊かな自然があった。日本中にあった。だけど、50年前の自然は、もう返らない。何かが狂ってきているのに、みんな気付いていないんだよ。

この世界に、悪意がある。

それは、例えば利益を上げるとか、人よりも豊かになろうとか、そういった悪意がある。今よりも良くなろうとする心が、人間のエゴの上にある。
それが人間に染みついている限り、どんなにテクノロジーが進化しても矛盾は発生し続ける。それを取ってしまえばいいのだけれど、今の段階の人間は、そのままであり続けることが人間らしいのだと思っている。
そこを越えていけば、人間はどんなに進化してもお互いを傷つけることはないし、人間の存在が他の生態系や地球環境にとって有害なものにはなることはない。

――― 何で悪意が湧いてくるの?

それもプロセスなんだろうかね。

――― 人は神様からできているでしょう。悪意はどこから湧いてくるの?

同じところから湧いてくる。だから人間は、人間を超えて人を観ないといけない。

――― いさどんは、悪意ってあった?

それは、当たり前に自分の希望はあったよ。あったけれど、お釈迦様に出会ってから、それを調整するようになった。明らかに自分の中から湧いてくる感情に対して、それにストッパーをかける心が生まれて、今まで生きてきた。

――― お釈迦様と出会って最初の2年間は、泣きながら歩んでいた。

その時が一番ピークだった。その後は、衝動が出てくると、それをそうでない方へと向けるようになった。

僕はこれまで生きてきた中で、人に対しても、自分に対しても、「他者のために生きる」ということを基準にしてきた。だから、他者のために生きない者に対しては当然それを伝えるし、それができずにいる者には厳しい。逆に、そういったことの申し子のような人にはやさしいけれど、申し子のような人というのはなかなかいなかったね・・・。

他者のためだと思い込んで、自分のエゴを満たそうとしている人もいる。世の中のためにといって産業を起こして、自分の利益を追求している。それはものごとを緻密に観ておらず、客観性がない状態。では客観的な視点を持つにはどうしたらいいのかというと、自分自身を磨くということだよ。
だけど、こういった話も、その波動が響いている現場ではその気になるけれど、一たび自分の家へ戻るとまた元に返ってしまう。人間のエゴの響きが、地球に蔓延しているから。

今、僕の心の中にあることを言葉に表現するのは難しすぎる。
だけど、何かが足りない。

今、ここに3人いる。ここに壁がある。どういう壁かと言うと、個人という壁がある。
その個人という壁を全て取っ払った世界がいい、と思うのだけど、それは僕が、欲が深すぎるのだろうね。

生きるということは、性別だとか、人格だとか、個性だとか、そういうものの違いがあるものなのに、極端なことを言うと、あなたたちの個性を全部無視して、全て自分のもののように扱える世界。逆に言うと、そのことに対して矛盾や負荷がまったくかからない世界。そういう世界がある。究極のわがままだけどね。

昔から、僕はわがままというか、ぜいたくを言う。とびっきりの世界を求めようとする。その壁を壊そうとする。それをもって、他者と自分の境界を超えることをずっと伝え続けてきた。

――― いさどんの心には、壁がない?

壁を越えようとする時に、そこを越えたら、いつでも取っ払う心の準備はある。しかし、そういう望みを持っていたとしても、相手に壁がある限り、その相手の壁が自分の壁になる。それが相手との境界線になる。その相手の壁がなくなれば、その境界線がなくなれば、こちらには、ない。その時に、お互いの壁がなくなったということになる。

――― 壁があると苦しいね。

だけど、壁があることによってみんな自分を守っているんだよ。通じていない者同士は、壁によって守られていると考えている。
だから、守る必要のない自分をつくらなければいけない。守る必要がなくなることが大事なんだ。

壁の質は、人によって違う。たとえば、まりこと僕の壁。ようこと僕の壁。それは、一人ひとり違う。本当は、それを取っ払った世界を創りたい。

僕に壁があるかないかは、厳密には言えない。なぜかと言うと、そういう世界をまだ味わっていないから。けれども、常にそれを望んできたからこそ、今こういう生き方をしている。人に接することも、全てがその証としてある。
だけどみんなは、条件付きの壁を持っているんだよ。

――― 私、自分で条件があるなと思う。そうなることを、100%望んでいない。

人間には、悪意と恐れがある。そういうものが全てなくなると秩序が乱れてしまうから、自分を守らなければいけないと思うようになる。別の価値観に出会った時に、自分を守る心が働く。だから壁が取れない。

だけどね、自然界を見てごらん。大根があるとするでしょう。大根が大根であるということは、大根である限り絶対に自分であるわけだよ。それが他のものと交配してしまうと、自分ではなくなるわけだ。
ところが、自然界の中では、交配は可能なところとしか起こらない。そしてまた、変化していくことが許されるものとしか、交配しない。交配をするということは、そこに進化の種があるということ。必要な進化がその先にあるから、交配する。その道筋から外れたものとは交配しないし、そういった衝動も起きないようになっている。

だから、自分を守ろうとする恐怖や恐れを手放せば、実は、究極の秩序がそこにあるんだよ。ところが、その究極の秩序が現れる前に、自我が自ら壁を創る。だから、観えるものが観えない。次の世界がそこにあるのに、観えない。

そこまで行きたい心が僕にはある。僕はこれまで、他の人ができないことをやってきた。だからそれでいいのだろうと思いながら、どこかにいつも壁を感じていて、そこを越えられない、そこを越えたい、という貪欲さがある。
その貪欲さというのは、エゴ的な貪欲さではなく、壁を突破するための貪欲さ。その世界がどうなるのか、という好奇心。それを常に持っている。

だから、ことが進んでいって壁が取れてきて、例えば勉強会でもやって「ああ伝わったな」と思っても、そう思うと同時にその伝わった位置が観えて、まだまだ先があるのが観える。そうすると、まだこんなところか、という心が湧いてくる。前の状態からその状態になってきた喜びが消えて、次の「まだだな」という心が湧いて、壁が観えてくる。

それは、僕個人の衝動とは違うもの。水素エネルギーの時代が来る。これは無尽蔵で無公害と言われているけれど、そういうものがいくらできようと、人間の中にあるエゴ的な心を超越しない限り、結局それはまた矛盾を生むことになる。人間はそこでまた人との壁を見て、矛盾の発生源にする。人間の中にある壁を越えない限り、それは本当の理想にはならないんだよ。

壁がない状態というのは、人と接する時に、人に対して自分に接するようにするということ。そこに一切の区別がない状態。
それを可能にするのが、自分という存在の世界観を広げること。だから僕は、世界観や宇宙観の話をする。そして、いろんな角度から共通性を探求している。
だけどいくらそれをやったところで、人間の根本が自我が基本になっていたら、それはサビの上にペンキを塗るようなものだよ。いくら塗っても、サビが浮いてきてはがれていく。

自然界のものというのは、個性があって、絶対なるルールの中にあり、それを超えないようにできている。それを超えることは、神の意志の領域になり、新たな種が生まれたり、種の再編成が生まれる。しかし、そこでは個性を尊重するようにできているから、自我も守られているんだよ。そこには、意図が働いている。

逆に、人間は個が強くなりすぎて、それを超えていくということができない。自我を優先するがために、この世界を共有することができない。
それがまた矛盾の大きな発生源にもなり、人間が進化するきっかけになるわけだけど、大量の矛盾を発生させて、この世界に負荷をかける原因にもなっている。そのバランスをどうとっていくのか。

今、究極の選択を迫られる時が、来ている。
こんな話は、これまで哲学者や宗教家が頭の中で回しているだけで、世の中の人々の日常生活からは隔離された世界だった。
しかし今、人間のあり方そのものが問われる時代が来ている。そんなふうに切り離して置いていけない時代が来ている。

今、こうやってこの部屋で話をしていると、窓から隣りの建物が見える。その中にいる人たちは、そんなことは何も考えていない。窓の外に見える世間の99.999999999999%の、いくつ9がつくかわからないパーセントの人たちは、まだそのことを考えていない。
僕はそれを、限りなく少ないとみるのか、逆に、ほんの少しでも兆しが始まったぞと観るのかということだと思う。どんなことでも、始まりはほんの少しの兆しから始まったんだよ。いずれその兆しが、世界にいきわたる時が来ることを想って、この想いを巡らせている。

そしてその先を想像していくと、全てのものに壁がなくなることは、この世界がひとつに還るということ。つまり、始まりの、神様お一人の状態に還るということ。それは、この世界が終わるということ。それは究極の喜びであり、究極の破壊であるわけだよ。

これを哲学のように、発想の次元で終わらせてはいけない。みんなは、発想の次元でしか受け取れていない。
僕の中には、どこかに、強烈な欲深がいて、そのイメージを探求するあくなき自分がいる。だから、伝わっても伝わっても、もっともっとという気持ちになる。
僕は、そういう自分が好きだけどね。呼吸しながら、負荷がかかって、納得して、喜びになって、またそれが負荷を生んで、納得して、そして喜びに変わる、という呼吸するような状態が好きなんだよ。それが生きることだから。

――― この話をもっと深めたい。

あのね、これは、これ以上深められないんだよ。
僕の中では、今自分のイメージしている納得の限界のところまできている。そこで、他者、例えばあなたがこの話をもっと深めたいということは、あなたの受け取った次元の質問に対して答えるということを深めるのであって、究極の世界にいくには、結局、自我を超えなければいけない。そうすれば、全ては解決するんだよ。

この話は、壁を超えたい、壁をとりたいという衝動から始まっているでしょう。それを超えるためには、自我を超えること。自我を無しにすれば、こういった衝動は起きなくなる。つまり、自我があるから壁があるのであって、自我を無しにすればそれで終わるんだよ。

――― そうだね。私は今、ものすごく衝動がある。

それは自我があるという証拠だよ。その、ものすごく難しくて、不可能と思えることが、実は自我の壁を取れば終わることなんだよ。そして、そこには秩序があるのだから、何も心配することはない。今の自分の姿も秩序なんだよ。

例えば、人間と植物は壁を超えられないようにできている。人間と空気は壁を超えられないようにできている。人間と鉱物は壁を超えられないようにできている。
ところが、もう一つの捉え方からすると、それは全て同じものでしょう。地球という同じもの。だから超えられる。というよりも、すでに超えている世界で存在している。

だから、なぜこういったことが起こるのだろうかというと、自我がある状態があるからなんだよ。
どう言ったらいいのだろうね・・・目覚めれば、それに気付けば、答えは既に出ているし、完成されている。自我の頭で回しているだけでは、いつまで経っても、その答えは出ない。

はあ・・・・落とせないな。行こう。バイバイ。

 

(そう言って、いさどんは作業へと出発しました。)