2015年立春正月のいさどんの挨拶

1月31日、木の花ファミリーでは一年の節目となる盛大な祭り「富士浅間木の花祭り」を開催し、新たな時代の幕開けを表す「艮の金神」という神様が今年初めて登場しました。そして、春の始まりの立春正月である昨日、「立春祭」を行い、その中でいさどんは次のように語りました。

2015年立春祭
2015年立春祭

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立春正月、おめでとうございます。私たちは農にいそしむ者として、西洋暦の1月元旦の正月よりも、今日の立春正月を重要にしていることは、今までも皆と確認し合ってきました。今年、2015年・船出の年の立春正月(2月4日)は満月に当たります。昨年の冬至が朔旦冬至といって新月の冬至であり、今日、満月の立春正月を迎えるということは、宇宙的にも大きな意味があると思っています。

艮の金神 ー 富士浅間木の花祭りより
艮の金神 ー 富士浅間木の花祭りより

今年一年に想いを馳せると、先日(1月31日)の富士浅間木の花祭りでは初めて金神様にご登場いただいて、今日を迎えているのですが、もうすぐ1ヶ月間の真学校(2月15日~3月14日)も始まります。今朝、今年の年間スケジュールを眺めながら、この真学校終了後に出張木の花塾のオファーが来ているのですが、もうすでにスケジュールが一杯になっているようなのです。そのくらい、私たちは一年を通して充実した年を迎えようとしています。

ただ、世の中を見ると、マスコミではニュースのネタを探さなくてもいいくらい、沢山の事件にあふれています。しかも、いつになく異様な事件が立て続けに起こっているのです。世の中には殺した、殺されたというニュースが蔓延し、先日も女子大生が「子どもの頃から人を殺してみたかった」と供述し、高校時代に同級生に毒を盛ったという話もあったぐらいです。そういったことが現象として現れてきているのです。

イスラム国で日本人の人質が殺害された話もありましたが、今、世界中で起きている対立の現場でも沢山の人が死んでいます。その違いは一体何なのでしょうか。昨日、ともちゃんが自分のフェイスブックでそのことについて発信していましたが、第二次世界大戦後、最も沢山人を殺した国はアメリカです。そのアメリカが今、正義をかざしている時代なのです。昨年イスラエルがガザに侵攻して2000人が死んでいるにもかかわらず、フランスでテロが起きたことに対してイスラエルの首相は極悪非道だと非難しているのです。

この世界にはこのような矛盾が沢山あふれています。人のいのちは全て同じく尊いはずなのに、その立場によって正義や悪になるようなおかしな風潮があるのです。時代はすでに21世紀に入っていますが、今、まさしく価値観の世紀末が来ているのです。「艮の金神様がいよいよ現れて、世の建て直しが始まる」と長い間言われてきたことが、まさに現実に起きてくる時代が来ています。

そういった中で、私たちがなぜこのような生活をしているのかというと、それは、真の「生活改革」です。生きることの意味を世に問う、そしてその在り方を知らしめることがこの生き方なのです。

貧困率から観ると、日本の国民の16%は貧困という発表がありました。先進国の中の日本の貧困率は世界的にも高いのです。それはその国その国の貧困基準があるからだと思うのですが、そうすると、ここに集まっている80名近い人たちは皆、貧困の中にいるのです(みんな、笑)。それにもかかわらず、ここに集っている皆は、豊かに希望を持って暮らしています。これが、新たな時代の豊かさだと思います。

私たちは世の中の価値観をひっくり返して示せる立場にいるのです。私たちはそれが豊かさの証だと思い、今年マスコミからは沢山の不幸がニュースとして発信されると思うのですが、そのことに対してここから新たな価値観や豊かさの真の意味を発信していく船出の年だと感じています。

実際に起きてくることは、先のことですからまだ観えません。しかし、その観えないことの奥にある真の意味を予感すると、とてもわくわくします。そういった希望ある年を迎える今日の立春正月にあたって、皆と共にその志を改めて確認し合い、今年一年を過ごしたいと思っています。

皆それぞれ一人一人に歴史があるように、どんなに悲惨な出来事にも歴史があって、そこからは必ず学べるものです。それは一人一人にも同じことが言えますから、自らの歴史としっかり向き合って、学び、新たな年に生かしていってもらいたいと思います。

そのときに、自分だけのための人生を生きることは、動物でも何でも皆そうしているのですから、人間ならそれはなおさら当たり前のことです。出来ればもっと尊い、世のため人のため、この世界のために生きる者になりたいものだと思います。そうでなければ、人間がこれほどの能力を与えられた意味がありません。

それともう一つ、今日も祭司による降神祝詞・昇神祝詞をあげていただいて、天と共に今日の立春を祝い、新たな気持ちで誓い合いました。そういう意味で、私たちも地上に降りた御魂として、現象界の奥にある天の御魂と共に歩める存在なのです。神様と共にと言うと、今までの宗教のような話になりますが、この解釈はそのようなものではないのです。私たちは本来御魂であり、命(ミコト)として天体と日々を生きているのですから、生きること全てが直会(なおらい)なのです。

そのことをしっかりと自覚して、物事の道理が天地を貫いた者としてふさわしい生き方をしていきたいものだと思います。その立場に立っていることを心の中にしっかりと刻み、揺るぎない生き方を今年は貫きたいと思います。世の中がこのような時代であればこそ、一人一人がしっかりとした柱を立てて、そこに帆を張って天の風を受けて進んでいきたいものです。
今年一年、皆さんどうぞよろしくお願い申し上げます。
  

立春正月前日、祭りに使った道具を燃やして天に返す「火の御用」にて
立春正月前日、祭りに使った道具を燃やして天に返す「火の御用」にて

  
  


広がる「読書ゼロ」は日本の危機?~時代はグワァーッと、大きく動きだした!

いさどんブログ、4ヶ月ぶりに復活!!

この4ヶ月間の間、木の花ファミリーでは実に様々な出来ごとがありました。社会を見れば、衆院選での自民圧勝からアメリカとキューバの半世紀ぶりの国交正常化まで、世界各地で様々なうねりが起き始めています。
今日は、衆院選に先立つある日の大人ミーティングでのいさどんの話をご紹介します!
 
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僕が今ここに立っているのは、何か話すべきことがあるわけじゃないんです。ただ、話すべき話の元になる、何か時代の岩盤のような、巨大なエネルギーがうねってるのを感じてます。

僕たちは今、この場所にいるでしょ。そしてこのように僕はしゃべってるでしょ。その僕たちの、今立っているこの大地が、こう、グワァーッと、うねって、動いてる。みんな、感じない?
地球が、今ね、(手で回転の方向を表しながら)こういうふうに回ってるんだよ。向こう側が北で、こういうふうに回転(自転)しながら、こういうふうに進んでる(公転)。
地球がこういうふうに回ってるから、そこにこんなふうに風が吹いてる。頭だけで考えるとわけがわからなくなるけど、感覚的に、グワァーッと、動いてるなあ~~、と感じない?

地球は回る。それは、トキが回るということです。
実は、明日起きる出来事というのは、決まってるんだよね。今日起きる出来事は、昨日の出来事の延長線上にあるでしょう。ということは、昨日の出来事は一昨日の出来事の延長線上にある。そうやってすべてつながってる。だから、明日起きることも、明後日起きることも、僕たちには具体的なことは実際に起きてみてから「ああこういうことか」とわかるんだけど、その流れは既に決まってるのよ。

我々が生きるということは、時代が示している何かの目的に沿って、地球が動いていく。地球が動いていくことは、宇宙が動いてる証しです。その宇宙の動きにふさわしく、出来事が起きていく。
我々は、その動きを感じながら、そこで起きる出来事に立ち会っていく。もしくは、自らの意志で、共に現象を顕していく。それが、生きるということです。
そのようにこの世界の仕組みを捉えれば、時代とか、社会とか、歴史とか、そういったものは、私たちのと同じ、命なんです。

この時代に何が起きているのかを探り、何が大事かを捉えるためには、いつでもその時代にふさわしい事が起きていることを、知らなければいけません。
そこで人間目線でやね、今こういうことが起きてるからこうしよう、と画策したところで、時代(トキ)の流れは変えられない。時代の流れとは宇宙の法であり、それは星々の関係、地球の動きから来てるんです。

土地によって、人間の人柄にも傾向があったりするでしょ。例えば、毎日毎日雪の北陸や東北では、冬になるとうつになる人が多くなったり、自殺率も高い。でもその代わり、耐えることを知ってるよね。それをその人の個性や個人の考え方だと捉えるかもしれないけど、実は土地や気候が、そこに暮らす人に、そういった感情の元を与えてる。
たとえば戦前の人は「鬼畜米英!」って信じて、アメリカやイギリスと戦ってたわけでしょ。もっと昔にはキリスト教を弾圧してたわけでしょ。それが戦後になると、信教の自由が制定されて、それまで国が統制をしてきた反動で、愛国心を忘れて、みんなてんでバラバラに物や金の豊かさを求めるようになったね。宗教もバラバラで、ご利益主義ばかりが広がった。日本ぐらいいろんな宗教があるところはないよ。と同時に、昔から日本ぐらい神様を祀ってるところはない。これも、環境とか風土とか、時代が、人の心をつくってきた。ところが人々は、自分が心をつくってると思ってるんだよ。

今日はNHKのクローズアップ現代で、日本人の半分が本を読まなくなったという特集をやってました。

NHK「クローズアップ現代」より
NHK「クローズアップ現代」より

そこで番組は大学生を集めて、本を1日に2時間読む人と、0.5時間読む人と、まったく読まない人に小論文を書かせて、その内容にどのような傾向があるのかを調査した。そしたら、本を読む人は自分で思考する力が身に付いていて、読まないでネットで情報を集める人は思考力が身に付いてない状態だと。
今はネットで検索すれば、たくさんの情報が簡単に出てくる。本を読まない学生たちは、たくさん並んだ検索結果の中から有効なものとそうでないものを一瞬で判断し、必要な情報だけをさっさと集めていく。ところが、本を読む人は、図書館に行って調べるね。ある特定のことを調べるのに本1冊分の情報が出てくる。するとそこには、必要な情報と不必要な情報が関連して載っているから、全体を読み解く力がついてくると言うんだよ。
本を読まない学生は、情報はたくさん集めるんだけど、結論となる個人の意見の部分は少ない。本を読んでいる学生は、意見の部分が多い。それで番組は、本を読まない学生が増えていることを「これは問題だ」と言っている。

はい、これを問題だと思う人!
(数名が手を上げる。)
じゃあ問題だと思わない人。
(数名が手を上げる。)

僕はね、この番組を見て、おお~、時代が来たな~、と思ったんだよ。
大学はね、これは危機だから、本を読ませなきゃ、と言うんだよ。だけど戦後、この国は本をいっぱい読んで、活字社会になったんだよ。その結果、今の社会の現状があるんだよ。
みんな活字で知識を得て、それで頭ばっかり回してわかったつもりになってやってきて、時代を生きる、流れをいただく、ということを失ってしまったんだよ。

本を読まなくなった今の学生たちは、なぜそうなったのかと言ったら、知識ばかりを優先して人智で回していく社会はもうやめようよ、というメッセンジャーかもしれない。本人たちはその意味に気付いてないかもしれないけどね。
たとえば引きこもりの人たち。引きこもりは一般的には問題だと取られるけど、僕はそういう人たちが現れてきたのを見て、いい時代が来たな~と思うんだよ。なぜかと言ったら、彼らはこの今の社会に馴染めないで、抵抗してるってことだから。

だから本を読まなくなった学生たちも、活字はもう古いよ、というメッセージを発してるのかもしれない。正しいか正しくないか、大事か大事でないかは、ピンポイントで「これ!」と直感でわかればいいんだよ。その方が物事の本質をついてる。
分厚い本を持って来て、全部読んで論文書いてそれがOKなのかと言ったら、それって自分の考えなのかどうか、自分の成長に役立ってるかどうか、わかりゃせんじゃん。考える力が身に付くっていうけど、本当にそれが自分の考えなのかどうかってことなんだよ。結果的に知識に溺れて、深い人間性を失っていくことにもなるんだよ。

僕は30歳の時に天からこういった道をいただくようになって、始めの天からの指示は、「活字は毒である。活字から離れなさい」ということでした。その代りに「千日の行をいたせ」と言われて、3年間毎日瞑想したんだよ。その瞑想が終わったら活字に触れて良し、と言われた。
なぜかと言うとね、活字の奥にあるものを読み解ける者になって、初めて活字に触れてもいい、ということだったんだよ。活字の内容を丸呑みにして活字に溺れる者は、活字が毒になる。酒に溺れる者と同じ。頭ばかりまわって、経験もしてないのにわかったつもりになる。それで本質がわからなくなっていく。

こんなことを大学の先生に言ったら、とんでもない理論やって言われるだろうね。だけど大局からものを観たら、この戦後の活字社会が、今の日本の実態を作ってるんだよ。
その社会に対して、若い人たちが抵抗している現象が現れ始めた。そして、時代が、インターネットやスマホの登場で活字を不要にして、たくさんの情報の中から直感で真実を受け取れる人々の出現を予言している。
そんなふうに捉えたら、この日本人の活字離れという現象からも、希望が湧いてこない?
(数名から「湧いてくる~」の声。)
いや、なんか、無理やり賛成を要求してるわけじゃないのよ。(みんな:笑)

そういうことが、今の時代の人たちにはまだわからない。だから、安倍さんは投票日が近付くにつれて、国民の目の前に人参をぶら下げるどころか、アメをばらまくようになった。票が欲しいだけだから。で、それに釣られる国民がいて、自民党が絶対多数を取ることになるんだよ。そういう国なんだよ、まだ。

昨日、選挙民の意識調査の発表があったんですよ。今、日本の有権者は何を求めてるのか。経済です。
GDPが上がるべきだと思いますか、という質問に対して、80%が上がるべきだと答えてる。
じゃあ、上がるべきではないと答えてる人たちはなぜそう思うのかといったら、GDPが上がるほど所得格差が増えるから、と。ということは、格差が増えなければGDPが上がるのは歓迎だということだね。かくさんが増えるならすけさんはどうするのか、と。(チーン)
どちらの人たちも、経済が豊かさにつながると考えてる。

だけどね、今のままで経済が豊かになると、地球環境はどうなるか。

IPCCの報告より
IPCCの報告より

このままの経済が発展していくと、地球環境がどんどん悪化して、人類にとってものすごく厳しい時代になる、ということは、この選挙で誰も言ってない。
IPCC( 国連の気候変動に関する政府間パネル)は、現在の地球の気候変動に対して今後30年以内に画期的な対策を打たないと、人類は後戻りのできない危機的な状況に陥ると警告してる。その発表はついこの間のことですよ。でも、今回の選挙では、IPCCの提言について何も論じられていない。それは、有権者が未来の地球のことよりも、目の前の経済的豊かさを求めているからです。
2008年のリーマンショックの時に、地球温暖化指数が一時的に下がりました。ところがその後世界中が経済を活性化していく中で、再び地球温暖化指数は上がってきた。人間の経済活動が影響していることは明らかであり、これ以上現在のような経済を活性化することは、さらに地球環境を悪化させることにつながるから止めなさいと警告されているのに、実際は選挙で票を得ようと思ったら経済発展ばかりを謳う政治家と、それを支持する国民がこの国の実態です。

生態系から食料生産まで、世界中で気候変動による影響が起きている
生態系から食料生産まで、世界中で気候変動による影響が起きている

そういった世の中の、奥を観る。日本人の活字離れが進んでいることは、悪いことなのか。
ものごとを「いい!」と言う人と、「悪い!」と言う人がいる。その判断が、どこを向いているのか。狭~く経済だけを見ていたり、知識を駆使してテストに答えを出すような捉え方をしていたら、「天意」が人のあり方に反映しなくなって、人為がこの世界にはびこることになるんだよ。

この間見たテレビ番組では、中国の四川大学で、地震の前に8匹のマウスが全て異常行動を起こし、動物が地震を予知する能力があるということを科学的に示したと言ってました。
今日本には、地震予知を色々な手法でやっている人がいて、東海大学のような日本の大学の研究者の一人と、山梨県にいる独特の方法で地震予知をする(FM電波を受信して、その電波の乱れと周波数を計算して地震を予知している)人が、番組に出てました。この人は個人的に地震観測をしていて、会員さんに地震情報を伝えているそうです。この間の長野県の地震も予測していたし、さらに来年の2月頃に関西でマグニチュード7.8クラスの地震を予測してる。その人は場所と大きさと時期をプラスマイナスで予測していて、今の地震予知ではそのようなことはできないそうですが、その人は独特の方法で、何回か当てている。その番組の中で、四川大学の8匹のマウスが異常行動を起こして動物が地震予知をするということを科学的に立証したというわけです。

そこで、直感で感じたのは、人間は生物の最高傑作といわれていて、動物が持っているもの、例えば、犬は人間の何百倍もの臭覚を持っていると言われているけど、そうした動物が持っていると言われているものを、本来人間は全て持ち合わせているんだ、と。人間は全てにおいて最高のものとして創られた。ところが、今の人間は物理的なところに意識が捉われてしまって、そうしたことを失ってしまった。いわば、本来火事場の馬鹿力のように秘められた力が人間にはあるんだけど、それを忘れてしまった。

我々人間の脳が15%しか働いていないと言うのは、逆に言えば85%は隠れているということでしょう。それがある境地に至れば、それを発揮して使うことができる。人間はその進化をこれからしていく。
それは科学という世界ではなくて、人間の内面の探求です。それには心が関わってくる。人々が自我に汚染されていてはできないことであり、ある意味悟りを開かないとできないことです。

地震予知にしても、例えばその山梨の人から情報をもらって、自分の住む地域に地震が来るかどうかを予測する。そうしたら、その前に逃げるとか、地震保険に入っておくとか、人間的に考えたら色々な対応策が考えられるけど、その人に頼ってそのように対応するんじゃなくて、もしかしてその人のやっている地震予知法も、マウスが異常行動を取る能力も、人間の中に直感として内在するものなんじゃないか。そしてそれを呼び覚ませばいい。
それはできると思う人間にはできるし、できないと思う人間にはできない。その能力に、みんなストッパーをかけているんだよ。

僕は今、ものすごく大きなうねりを感じてます。今までにない、世界的な動きになると。これもある意味、地震予知みたいなものだよね。
どういう意識を持って日頃生きているかで、人間に湧いてくる思考は変わってくる。高くて広い意識を持っていれば、天意が降りてくる。でも、低い意識なら、人為の損得勘定で思考する世界。
大切なのは、そういうことが読み解けること。それには、客観的視点の、さらに奥が読み解けるということが必要なんです。それだけ広い、客観の奥までの世界観を持っているということです。
僕はそういうことをひしひしと感じて、これはすごく大事だと感じてます。ここには心の病気を抱えた人がたくさん来て僕を悩ませたりするけど、これも実は僕を悩ませてるんじゃなくて、時代やな~、と。時代がこういうことを顕してくれてるんです。

トキが刻まれて、地球がゴォーッとまわって、トキを刻んでいく。それが僕の生命を表しています。僕が今何を考えているかによって、明日に、明後日に、未来に何が起きるかが決まってくるんです。
時代が自分より一歩ずつ先に出来事をつくってるとしたら、その歩幅を、自分がどれだけのスケールで捉えているか、ということだよね。せまーい歩幅で捉えていたら、ちょこまかちょこまか歩いてやね、障害物も見えないからそこにぶつかったりしてね。
生きるってことは、そういうことやね。

僕が今、ここに立ってる。これは・・・岩盤だよね。宇宙の精神の、法則の岩盤の上に立ってる。それがグワァーッと、動いてるな~~!と感じるわけ。動いてるな~と感じて、何を考えるかといったら、その動きを見て、その動きに合わせて自分の直感を働かせて、時代を生きていく。

ということは、そこに自分の考えはありません。グワァーッと動いている時代のうねりに対して、ふさわしい心で、その時その時でピピピピピッと受け取りながら、生きていく。
そうしたら、何も考える必要はないよね。過去を思う必要もない。あるものがその都度出てくるだけだから、ただそれを受け取っていく。

これは巨大なエネルギーですよ。
この間、中国が行き詰ってるという話をしたよね。今回の選挙でも、安倍さんの話を聞いていると、この国はもう終末状態ですよ。
今、イスラム国が出てきたでしょ。アメリカはそれを叩こうとしてる。だけど叩こうとすればするほど、アメリカは終末を迎えるよ。だって、イスラム国の誕生は、アメリカがこれまで中東でやって来たことの結果なんだから。その自業自得の結果を潰そうとするのは、自分の垢を学ばないで潰してしまえという発想ですから、そういう姿勢は宇宙の法則の中では必ず行き詰まる。

世界の価値観が、ゴローッと変わる時が、今、来てます。それは、テレビの中のちょっとしたニュースからでも観えます。観る意識のある人には、観えます。
今度の大人サミット(2015年1月10日〜12日開催)では、「客観」のさらに奥にある、「客観背後」がテーマです。そのためのデータはどこにあるのかといったら、もう何でもいい。その日のニュースから持って来てもいい。宇宙原理のネタはどこにでもある。
今、日本では選挙に行かない人が増えてきた。興味を持てないとかね。じゃあ、何でそういうことが起きているのか。表に出てこれが正しいと言われてることや、みんなが心の奥で「何か変だよ」と思っていることの、奥を観る。正しいと言われていることと、間違っているといわれていることを対比させながら、なんでその状態が起きているのか、という背景を観ていったら、その現象や時代の背後が観える。
ちょっと人と話すだけでも、何であなたはそういった考え方をしてるの?それはどんな感情から出てきたの?と探って行ったら、客観背後の世界に行きつくよ。
そういうことを観る目を育てる。そのベースになる心を育てる。それが大事なんです。

いつかこの国を司る人々が訪ねてきて、「私たちは良い国を創ろうとして、今まで一生懸命やってきました。でもどうにも良い国を創ることができません。どうしたらこの国を良い国へと導くことができるのでしょうか」と聞かれたら、僕はこう答える。
「それは、仕組みや手法ではありません。ここに生きる人々の、心を見てください。この心が表現された時、そこは良い国となるでしょう。」

その時のために、我々は今までこの生き方をしてきました。そして、本当にそういう時代が来たと思うんです。この大きなうねりの中で、僕はそれを、ひしひしと感じているんです。
 
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★2015年1月10日(土)〜12日(月/祝)、第8回大人サミットを開催します。
大人サミットとは、年齢、職業、宗教、国籍等ありとあらゆる枠を超えて多種多様な人々が集い、地球の未来を真剣に語り合いながら、次世代の生き方を発信していくネットワークの場です。時代が大きくうねり始めた中での開催となる今回は、はたしてどんな場になるのか。皆さまのご参加をお待ちしています!! → 詳細・お申し込みはこちら

 


集団的自衛権の行使容認を見てみよう

先月、日本政府は、他国への攻撃に自衛隊が反撃する集団的自衛権の行使を認めるために、憲法解釈を変える閣議決定をしました。戦後69年を迎えた今、“平和国家”をうたいながら歩んできた日本のあり方が、大きく転換しようとしています。
この件について、いさどんとメンバー数名、ゲストも参加しての座談会を行いました。

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ともこ:
今日のテーマは、集団的自衛権についてです。
「宇宙視点で見てみよう」のシリーズは去年の5月に始まりましたが、その第1回の時のテーマが「憲法改正を見てみよう」でしたね。

いさどん:
あの時の話が、ここにつながったね。自民党に票を入れるのはいいけど、こういうことが起きますよ、と予言したんだよね。
本来、この集団的自衛権の行使についても、憲法を改正してからやるべきなんだよ。ところが、憲法改正には国民感情からして大きな反対があって、国民投票をしたら明らかに否決される。だから、それをやらずに集団的自衛権を行使できるようにするには、今の憲法の解釈を変えればいいということで、今回のことがあるんだよ。しかし、それは国民感情を無視していることでもあるよね。

ともこ:
「憲法改正を見てみよう」では、政治に無関心な国民がこれによってもっと考えるようになるきっかけになればいい、という話だったね。

いさどん:
Japan holds Perliament Upper House Electionそう、国民が考えるきっかけになるんじゃないかと期待していたんだよ。それでその後の参院選もすごく面白いものになるだろうと思っていたら、国民はアベノミクスのアベじゃなくてアメにつられて、自民党へ圧倒的な議席を与えた。国会で議論をしようにもしなくて済んでしまうほどの環境を、国民があの時に与えてしまったんだよ。
だから今は、予測通りのことが起きてるってことさ。僕がNHKの解説委員か、いやそれこそ玉音放送みたいに国民みんなに「それ見たことか」と言いたいところだけど、残念ながら「木の花ファミリー通信」止まりです(笑)。

ともこ:
大丈夫、ここから広がっていくから(笑)。
確かに今回はそれ見たことかということが起きてるんだけど、未だに国民の関心てあまり高くない気がするんだけど。

いさどん:
違うよ。集団的自衛権を行使するというのがどういうことなのかが、よくわかってないんだよ。そうでしょ?

さかもっちゃん:
全然考えてなかったです。

いさどん:
多くの人がわかってないから、議論も何もないんだよ。

ともこ:
ちなみに「憲法改正を見てみよう」の時の結論は、このまま進んでいって国民が目覚めないようなら、この国はもう北朝鮮にあげちゃった方がいいね、ということでした。

いさどん:
宇宙的視点に立てば、別にオウム真理教が世界を支配して、浅原彰晃が世界の実権を握って、みんなが彼の考えに沿ってそれが最高だと思うようになれば、そこには平和が訪れるわけですよ。
だって、今の現実を見てごらん。人類は地球や他の生命に負荷をかけ続けて、その結果が自分たちに返って来ている。これからもっと大変なことが起きるよ。これは全部自分たちのやったことのツケでしょ。ある意味、物質至上主義の人たちがこの世界を独裁しているわけだよ。
今はいろんな価値観があって対立しているけれど、もしも共産主義が独裁すれば共産主義の平和な世界ができるんだし、資本主義が独裁すれば資本主義の平和ができる。誰か1人優れた王が立って全てを支配すれば、そのもとに平和はできる。そう考えたら、別にキム・ジョンウンが独裁してもいいわけだよ。みんなで「将軍様ー」って言ってればいいんだから。初めからそうだったら全然問題ないのに、対比するから問題が発生してくる。
まあそんな宇宙視点に立った半分悟りみたいな話をしてても始まらないけどね(笑)。

ともこ:
そうです(笑)。

いさどん:
現実にはなかなかそうはいかないから、今の日本の立場を分析して、現状をどうしていったらいいか、ということだよね。
僕は、集団的自衛権については反対でも賛成でもないんだよ。だいたいね、日本人て虫がよすぎるのよ。何かというと、戦争とか武力行使には反対するくせに、そういった力の仕組みに守られて今の自分たちの生活があるということは、全く考えないのよ。

ともこ:
うん。世論調査でも、集団的自衛権の行使について「認める」か「認めない」かの二択だと、「認めない」、つまり反対派の方が多数なのに、そこに「必要最小限は認める」という選択肢が入って三択になると、一気にそこを選ぶ人が増えて容認派の方が多数になるんだよ。

いさどん:
戦争反対ということが日本人には刷り込まれているから、二択にすると「あんなことは二度とあっちゃいけない」と反対するに決まってるんだよ。その割に、個人個人はいがみ合ってるけどね。
国民は自民党を支持しているけれど、その政府の言い分はというと、太平洋戦争は我々にも理があったんだ、としている。欧米の植民地政策からアジアを開放して大東亜共栄圏をつくるんだという、今のEUみたいな構想を持っていたんだよ。ところが構想は立派だったとしても、日本は天皇を軸として他国を植民地支配する独裁国家を考えていた。天皇を軸にといっても、それは天皇陛下には申し訳ない話で、実は軍閥がそういうことを企んでいたんだけどね。
そのナショナリズムの視点からしたら、確かに日本は朝鮮を植民地にしたけれども、それによって不安定な朝鮮国内の状態が安定したとか、逆に朝鮮の側から日本に要請があったとか、戦後には多額の賠償金を復興のために出しているとかいう見方もできる。
だけど僕の面談でもね、例えば夫婦が来て、二人の関係を調整するために僕が仲裁に入ることがあるでしょう。その時に、お互いに相手のことを言われている時にはその通りだと同感するのに、自分のことを言われると同感できない、という人たちがいる。それじゃあうまくいかないよ。自分の主張を通すために話し合うなんて、話し合いじゃない。二人の関係を今後どうしていくのか、という視点に立って、初めて話し合いが始まるんだよ。

そういう意味で言ったら、今の日本では外交にもならないね。もしももっと本音で話し合う場を持って努力すれば、集団的自衛権は不必要になってくるはずだよ。

ともこ:
政府の見解としては、日本の軍事力を高めることで日本に戦争を仕掛けようとする他国の企みをくじく、ということのようです。

いさどん:
そういう考え方の人たちにとっては、それが正当なんだよ。確かに、そういう抑止力的効果もあるんだよ。
でも逆に言えば、備えれば備えるほど、相手も脅威に感じるわけだ。だから相手も軍事力を上げる。そうするとこっちもそれを脅威に感じて、また軍事力を増強する。こんな無駄ってある?
日本の自衛隊の予算は、世界で5本の指に入るよね。これだけのお金を国連にでも入れたら、世界の飢餓が救えるよ。

みんな:
ほんとだよ~。

いさどん:
中国やアメリカあたりの軍事予算なんか使ったら、世界中の人々の生活がもっと向上するよ。
そういうふうにしてみんなが手を結べばいいんだけど、なぜか恐怖のもとに、対抗心をお互いに持って、緊張感の中で抑止し合うことを平和と言ってるんだから、おかしな話だよ。

じゅんぞう:
このケンカって、アメリカが日本に来いよ来いよって言ってるの?それとも日本が積極的にやってるの?

いさどん:
P1050455世界情勢が反映されたものだから、アメリカは日本に圧力をかけてるだろうね。
だけど日本はずるいんだよ。アメリカの傘の下にいて、美味しいところだけ取っていたいっていうのが日本の国民性でもあるし、政治もそうなってる。いい例は、スイスだよ。スイスは永世中立国だよね。だけど自国の軍隊も持っていて、徴兵制もある。それは今の世界情勢から言ったら国家としてはバランスがとれていて、国民は国のことを大事にしているし、国を大事にするということは結束しているということだよ。
日本の憲法9条は戦後にGHQが来て生まれたものでしょ。もしも自分たちの国を本当に大切に思うならば、改めて国民投票をしたらいい。皆でもう一度考えて、集団的自衛権についても、まず国民に問うて、憲法を改正してからやるべきだと思うよ。そうしたら、今回のようにそうは簡単に行かないよ。
ところが、国民はそこがすごく曖昧なんだよ。ただ自分たちの側にとって都合のいいところだけを取り上げて、憲法改正に反対する。もしも今の現状のままアメリカとの同盟関係が崩れたら、日本は国が成り立っていかないだろう。その時に、国民はそれを迎える覚悟ができているのか、ということになる。ある意味、自立のチャンスでもあるけれど、今の日本はとても日和見的で、僕はこういう国民性は嫌いだね。本来の大和民族が持っている調和や世界の規範となる国家の精神というのは、封印されてしまっているよ。

まり姉:
日本国らしい自衛権というのはどういうものなんだろう。

いさどん:
それは国民が決めることだし、国家が決めることだから、僕は何も言えないけれど、僕流に言わせてもらうなら、武器や、戦争に関する全てのものを放棄することだよ。

まり姉:
刀狩りみたいにするってこと?

いさどん:
それは違うよ。刀狩りは、時の権力が強制的に取り上げることでしょ。そうじゃなくて、日本の国が一切の武力を放棄することだよ。戦わない国になる、ということだよ。

ともこ:
それは一人ひとりの意志のもとにあるってことだよね。権力が強制的に武器を取り上げるんじゃ、強制的に国民を戦地へ送り込むのと同じ仕組みになっちゃう。

いさどん:
私たちは永世中立国です、と言って、どこかの国が侵略に来たらどうぞウェルカムと言って、他の国がそれではいけないでしょうとなったらそっちでケンカしてもらえばいい。
まあそんな僕の話を聞いたらダメだよ。それで戦争になって死んだらどうするんだーって言われても、戦わないのだから死ぬことはない。それどころか死んだらもうこんなこと考えなくていいんだから本望じゃないの、ってことになっちゃうから(笑)。

じゅんぞう:
宇宙視点ですね。

いさどん:
生きることに囚われてなきゃ、どうってことないんだよ。
だからね、何で今、こういう状態になってるのかってことなんだよ。21世紀になっても、なぜ未だに軍事力によって平和の均衡が保たれるような状況にあるのかと言ったら、利害の主張し合いと、お互いへの疑心暗鬼があるからでしょ。だから、本当はどうなのか、ということを観ていくことが必要なんだよ。
例えば、習近平さんに、なぜそんなに軍事力が必要なのですか、うちが武力をもつのを止めたらあなたも止めますか、それともうちからアメリカに話をしたらいいですか、と、そんなことを公に対談したらえらいことになっちゃうから、陰で根回しをする。日本人が外国へ行くたびにそういう話をしていったら、少しずつ警戒は取れていくよ。しかし現実には、そういうことをする人がいないんだよ。
軍備なんて、使わなければ古くなるし、それを維持していくだけでもすごいお金がかかる。それを国民生活が豊かになるために使えば、すぐに地上天国ができるよ。

ともこ:
そういう話を聞くと、世の中もだいたいみんな賛成するでしょ。戦争なんてない方がいいし、そのお金をもっと別のことに使った方がいいって。でも現実にはこの世論調査のように、「必要最低限は持っていたい」っていう本音がある。「もしも他の国が攻めてきたらどうしよう」っていう恐怖が心の中に渦巻いてるんだよ。それは、自分の心を相手に投影してるだけなのにね。

いさどん:
それは自分を守る心でしょ。自分を守ってる人間は成長しないよ。自分の考えに囚われてこれが正しいなんて囲っていたら、成長はしない。

なかのん
集団的自衛権に反対している人たちも、実は自分を守る心からそうしていて、結局は賛成派と同じなんだよね。

いさどん:
だから、そこから抜け出て、自分からも抜け出て、客観的な目線でそれがなぜ起きているのかを観て、そこからどうしていったらいいのかを相手と話し合う。
地球は宇宙にあって、生命の世界として十分に豊かに創られてるんだよ。なのに今の世界は貧しいでしょう。例えば今の社会はモノをたくさん持っている人とそうでない人の格差がすごくあるけど、じゃあこれを平均的にしたら豊かなのかというと、そういう世界はあまり豊かじゃないのね。平均的にしちゃうと、それは「一律」という勘違いの平等になる。
本当の豊かさというのは、その人の人間性とか、そのお国柄にふさわしくものや出来事があって、その多様性こそが豊かさなんだよ。だから北極や南極に行けば氷の世界だし、赤道直下へ行ったらバナナが勝手に出来るんだし、それが自然の豊かさでしょう。それを地球を一律平均気温15℃にしましょうなんてことになったら、何も面白くないでしょう。
だから、お互いを認め合って、あなたの特徴を活かしてね、私のところも活かしますから、という話し合いをする地球運営サミットでも立ち上げればいいんだよ。小さいけど、その走りが大人サミットだよ。

まり姉:
個人を活かすのも国を活かすのも同じだね。

いさどん:
本来紛争なんてものは、宇宙視点から観たら地球という星にはいらないものなんだよ。だけど今の地球人には、自分たちが地球人だという認識もない。日本人なんて、日本人だという高い認識もないでしょ。だって愛国心がないもの。大和魂が戦時中に歪められて表現されたけれど、本当の意味での大和魂が復活することは、日本にとっても世界にとっても大切なんだよ。もしかするとそれは、12000年前のカタカムナ的宇宙観から再生されるのかもしれない。
愛国心も、いずれは手放す必要があるね。だって自分の子供がかわいい、自分の家族がかわいいと身内に囚われている人は、その枠を超えられないから、こういった今の世界を創っていくんだよ。

ともこ:
うん。政府は日本国民の安全を守るためとか、平和を守るためとか言うんだけど、日本だけのため?って、聞けば聞くほどしらけちゃう。

いさどん:
そういった身近なものだけを守ろうとする心が、疑心暗鬼を生んで、対立の構造を生むんだよ。

Gaza airstrikes ともこ:
イスラエルとガザの状況と一緒だね。

いさどん:
一緒だよ。

ともこ:
今回のイスラエルの攻撃によるガザの死者は約2000人。その3分の2が民間人だって言われてる。

いさどん:
アメリカはイスラエルのことを絶対に非難しない。なぜかと言ったら、アメリカはイスラエル資本に支配されてるから。ロシアがウクライナに侵攻すると制裁だとか何とかいうのに、イスラエルにはお咎めなしで好き放題にやらせてる。今は、そんな横暴な国の言いなりになってるんだよ、日本は。アメリカさん、あなたは間違ってるよ、と言うだけの気骨がないといけないのに、今はモノカネでつながってるから、そんなことはあり得ない。

db1336c9bd6a1d30ed9cdf018ccbe2acともこ:
イスラエルの言い分としては、ハマスが攻撃してくるから自分たちの安全を守るためにはやむを得ないということ。その根本となる心は集団的自衛権と同じなんだよね。それで本当に解決ができると思ってるのかな。

いさどん:
イスラエルの武力は圧倒的だけど、ハマスは窮鼠猫を噛むという感じで、どうせやられるなら少しでもやっつけてやろうという感じでやり続けるから、被害はどんどん大きくなる。それを無理やり力で収めたところで、憎しみは残るから、またいつか再発する。だから地球運営サミットが必要なんだよ。

ともこ:
それをさらに宇宙視点で観てみると?

いさどん:
まあ今までの話は地上視点と言うか、人間視点だよね。
存分に話していいということなら、まずは軍備完全放棄。そしてそれを世界に宣言する。でもそれも人間視点だよね。

時代から観ていったら、こんなバカなことはもっとガンガンやればいいのよ。つまり、集団的自衛権なんてもので変に抑止して戦争を先送りにしなくても、とことんやって痛い思いをして、こんなことはもうこりごりだよ、となったら、もうやらないよ。だから、人間はまだやり足りないんだよ。

まこっちゃん:
まだ正直が出てない。

いさどん:
出てないよ。性格が悪いのに、まだそれを隠してる。性格が悪いんだから、とことんそれを出して、ぶつけ合って、行くところまで行って「もうやめようよ」となるしか仕方ないよね。これは地球規模人類規模の話ね。
だけどそこで迷惑なのは他の生命だよ。人間のためにあるんじゃないんだから。もう一つ、霊的に言うと「お前たち何をやっているのだ」と天之御中主(アメノミナカヌシ)は言うわね。「私が地に柱を降ろすことですべての生命が周って、その中で役割を果たしてくれるのかと思ったら、人間たちはそれを壊していったい何をやっているのか」と。そう言うと、その上の神さまが、「いや、それもこの世界をおもしろくするために私が仕組んだのだ」と(笑)。それを聞いて天之御中主が「えー!お父さんあなたが仕組んだんですか、私はそれを知らないから深刻になっちゃいましたよー」と言うと「しんこくは3月15日までじゃ」と。(チーン)

結局、何があったっていいんだよ。650光年先のベテルギウスがそろそろ超新星爆発しそうだという話がある。もしそうなったら地球も大変なことになるわけだけど、軸が20度ずれているからまったく影響がないと言われている。しかし、影響があったらおもしろいね。
その時に、うわー死にたくないー、というものたちと、ああいよいよ来たか、じゃあ次のステージに行くか、という覚悟あるものたちとに、分類されるんだよ。うわーとなっているものたちは使いものにならないから、宇宙空間に放っておくね。次のステージはどのようにすればいいですか、じゃあ今度の新天地はアンドロメダでどうだ、となったら、みんなでまた船団を組んで、種を持って、次のステージに行くんだよ。種を持って。そしてまたそこで、新たな命の物語が始まる。そこからまた50億年くらいかければ、新しい地球ができるんじゃないの。だから、何があってもどうってことないのよ。

人間は、常に何かを所有しているからいけないんだよ。宇宙視点で観るとそういうことになるんだよ。
太陽がらせんを描きながら銀河の周りを1周するのに2億2600万年かかるでしょう。らせんの1回転は25800年だから、銀河を1周する間に約8760回転するわけだよ。銀河の冬至が25800年ぶりと言っても、銀河を1周する間の8760回転のうちのたったの1回なんだよ。たいしたことないんだよ。

じゅんぞう:
自分の命に囚われすぎてるから、戦争も起きるってことですよね。

いさどん:
命と言うか、利害のとりこになってるんだよ。

じゅんぞう:
「愛とお米があればいい」からスタートすればいいってことですね。

いさどん:
そうだよ。だからここで語られている精神が世の中に広まれば、集団的自衛権も議論する必要がなくなるんだよ。
いろいろな問題ごとを超えるにはどうしたらいいですかと聞かれるけど、一番身軽に出来ることは天に心を向けること。自分を磨けば天の視点、つまり直感が降りてくる。
もう一つは、世界観を広げること。この世界はこういった仕組みになっていて、太陽も水も空気も大地も全ては一つで循環していて、我々もそれを共有しているバクテリアのような存在だとしたら、バクテリア同士で争うかってことなのよ。
世界観を広げたら確実に自分は超えられる。そうしたら争いはなくなりますよ。そして豊かな社会ができる。たったそれだけのことだよ。

だから、集団的自衛権についての議論なんて何もいらないんだよ。まずは日本の総理大臣が木の花塾を受講することだね。

ともこ:
安倍さんに招待券送ろうか(笑)。

いさどん:
安倍さんもきっとこの話を聞いたら「おっしゃることはその通りです。でも忙しくて参加できません」と言うだろうね。じゃあ何で忙しいのか、ということさ。ダメな方向に忙しくしているからこそ、視点を変える必要があるんだよ。視点を変えれば、こちらの方がはるかに効率的でエネルギー消費も少なくて、平和な世界を創っていくんだよ。国民の健康や平和を守るために、って、政府の回答にも書いてあるじゃない。それが本当にできるんだよ。
だけど安倍さんは、個人だったらそれをできるけど、日本の代表という立場に立ってしまうと国家エゴの代表になってしまうから、それができないんですよ、と、とても殊勝(首相)な顔をして「アイムソーリー(総理)」と言うんだよ。(チーン)

やっぱりこれから日本の代表になるような人は、地球の外に出てものを考えられるような人じゃないといけないね。そうすると、若田光一さんか?(笑)

さかもっちゃん:
話のスケールがでかくて、自分の中に話が入ってきてるのかどうかわからない・・・

いさどん:
そんな自分の思考は抜きにして、全部開放してさ、だーっと入れてやればいいんだよ。あ~なるほどな~、っていうだけでいいんだよ。

さかもっちゃん:
それでいいんだ。そこで考えちゃうんだよね。

いさどん:
それを自分で吟味して吟味して、なんてことをすると、固まってはねのけるようになっちゃうんだよ。
今みたいな話って、ゆるめる話でしょ。ゆるめてゆるめて、シンプルに日頃の自分を観ると、あー自分は締めてたなー、というのがわかるよ。

集団的自衛権の話も、視点をちょっと変えれば全く必要のない話だよ。人は本当に無駄なことをしている。そのエネルギー、いらないでしょ。自分に囚われないで、それってこういうことじゃない?と言われたことに対して「そうだね」と進んでいけたら、今まで無駄に使っていたエネルギーを他のことに使えるんだよ。
もしもみんながそうなったら、世の中はすごく効率がよくなるよ。ストレスもないから無駄なお金も使わなって、地球も喜ぶよ。だから、いかに無駄なことをやっているか、日々自分をチェックしていくことだよ。

天はこう言ってるよ。「十分に、命も、豊かさも与えておる。それを表現するかしないかは、おまえたちの意識の問題だ」と。


この世界に、マインドコントロールを受けてない人っているの?

農と性について語った「天然の意識で生きる」、それを受けて語った「コノハナ人としての新たな時代の生き方」を大人ミーティングでシェアした翌日の、いさどんとともこの会話です。
木の花ファミリーはマインドコントロールされている、という人がいますが、はてさて、それではマインドコントロールとは、いったい何なのか?!
 
*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *
 
いさどん:
毎日こうやって同じような話を、みんなが似たような価値観の中で語り続けていくと、これはマインドコントロールということになるのかね?

ともこ:
そうだね、マインドコントロールと言ってもいいよね(笑)。

いさどん:
これだけ価値観を共有しようとする場所にいたらね。

db6f65c6ともこ:
マインドコントロールって何だろうね?

いさどん:
たとえば、毎日安倍総理の話が出てきて、「経済を活性させましょう!」と言われ続けたら、それもある意味マインドコントロールだよ。

ともこ:
でも、かかるマインドコントロールとかからないマインドコントロールがあるよ。私は毎日安倍総理の話を聞いても、たぶんそのマインドコントロールにはかからない。

いさどん:
それは興味がそこに行かないからだね。だから、マインドコントロールは何かと考えていくと、確かに今ここがやっていることは完璧なマインドコントロールをしようとしていることにもなる。しかし、そこに強制しようとかマインドコントロールしようという意図は働いていない。

ともこ:
働いていないね。

いさどん:
結果として、これは強烈なマインドコントロールになるとは思うけど、たとえばここで語られていることに興味がない人がいるとする。それで、ここで毎日その話を聞いていると、「やっぱりそうだよ!」と考えるようになるのだろうか?

ともこ:
そうなるかな・・・?

いさどん:
たとえば障害者支援センターの紹介でここに来たAちゃんや長期滞在者のBちゃんのような人は、ここの生き方に共鳴しているわけではないよね。では、あの人たちの中にそういった感情が強くなっていくのだろうか?

ともこ:
感情というのはわからないけど、生活様式というか、人のために動くというふうにはなっていってるよね。

いさどん:
たとえば、木の花に対するバッシングの中には「土日の休みもなく働かされる」と書いてあったけど、誰が働かせているのか?ここにはそういった人はいないでしょ。例えば、食べることを休むことはないのだし、生きることも休むことはない。それは生活するということで、毎日あり続けることだよ。そしてここでは、働くことも生活をしているだけなのだから、毎日あり続けて当然のことじゃない?

ともこ:
うん。別に休みがほしいって感覚はないね。疲れたらその時には休むんだし。

いさどん:
でも、生活することが働くこと、という考え方が定着していない今の社会では、生活の中で休むことと働くことが別になっている。それはひどいマインドコントロールだよ。人間以外どころか、人間自身も生活すること自体を絶対休まないのにね。
我々は、生活することと働くことを区別していない。しかし、一般社会では生活することと働くことを別にしている。働くことは仕事だと考えているけれど、本来働くことは生活することなんだよ。

そこで、視点を広く持って、人間と地球の関係について話すと、「そのような生活に関係のないことを言ってマインドコントロールする!」というようなニュアンスの反応があるを感じるのだけど、今の地球の現状を考えたら、国を挙げてそういったことを考えないといけない時が来ているんだよ。それを実践して生活していることに対して、マインドコントロールだと言われるんだよ。

ともこ:
「宇宙なんておかしなことを言ってマインドコントロールして!」ということだよね(笑)。

いさどん:
宇宙の話は、事実だからね。昔、人間が空を観て考えていた想像とは違って、今はNASAのデータに基づいて考えているわけだから、事実なわけだよ。

ともこ:
事実だよ。だいたい、マインドコントロールを受けていない人は世の中にいないよね?

いさどん:
マインドコントロールがない世界はない、ということだよ。そうすると、さっきともちゃんが「私は安倍総理の話を聞いてもそこに興味が湧かない」と言ったけれど、そこに興味が湧く者が集まって、その意識をお互いに刺激し合いながら維持している世界はマインドコントロールの世界だよ。

今の人間は変だよ!人間社会のやってきたことに限界が来ているのだから、そこで新しい扉を開けないといけない時に、いつまでたっても開けようとしない。それは、何か強烈なマインドコントロールがあって取れない状態だよ。
逆に、そのマインドコントロールを解こうとすることを、我々はやっている。今の医療にしろ、経済システムにしろ、教育にしろ、福祉にしろ、どれを取っても本当に矛盾だらけでしょ。

ともこ:
性もそうだよね。

いさどん:
そう。それを「あそこはマインドコントロールしているのだ!」と言われてもね。
僕はどう考えても、実体としては、マインドコントロールをしていると思うんだよ。しかし、そのマインドコントロールは、ものの捉え方を変えて、新たな視点を持っていこう、そして単なるマインドコントロールという心の状態だけではなく、それを生活まで反映させよう、という“超マインドコントロール”をしていて、それは別のマインドコントロールを解こうとする目的の元にやっているわけだよ。

ともこ:
それは視点を広くするマインドコントロールだよね。今、自分のことだけを考えて生きている人たちが、もっと自分の思考範囲を広くするマインドコントロールだと思う。

いさな(0歳)
いさな(0歳)

いさどん:
(いさなに向かって)素晴らしい子!
なんて傑作な子なの!

いさな:
わあ!

ともこ:
いさなは傑作で生まれてきて、毎日こういう話を聞いて育つんだね。

いさどん:
そう、毎日与えられる環境がその人の人柄を引き出してくる。色々な人柄がその人の中には内在されていて、魂の約束としてどういった人格として生きていくのかを人間は設定してきている。だから、人格の可能性は全てあって、その設定にふさわしい環境を与えられるところに降りてきているんだよ。
だから、この人は毎日、この宇宙的な話や視点を広げる客観性とか、今まで人類が持っていなかった領域のことばかりを聞いて育っているんだよ。

ともこ:
それが日常会話だものね。

いさどん:
いきなり朝からそれでスタートするのだから(笑)。それで、まわりには血縁を超えた人々の暮らしがある。

ともこ:
そう考えると、マインドコントロールって何だろうね?いさなは自らその環境を選んで生まれてきているでしょ?

p1130331いさどん:
例えば、マインドコントロールについて書かれた本を見ると、マインドコントロールは悪いものだと書かれているものが多いと思わない?しかし、マインドコントロールは日常の中に当たり前にあって、「この世界は全てマインドコントロールですよ」という意図で書かれているものはない気がするんだよ。
マインドコントロールというと悪いことであり、オウム真理教の「オウム」と聞いただけで悪いことにしてしまっている。しかし、「オウム」とは本来、宇宙根源の響きのことだよ。

いさな:
イェイイェイ!

いさどん:
なぜ、今日このような話をしたのかというと、ここ何日かのことを想い返してみて、僕はみんなをマインドコントロールしてきたと思うんだよ。あるテーマに向かって、毎日色々な投げかけをしながら深堀をしているでしょ。
昨日読まれた文章を聞いている時に、なぜあのような長い文章になるのかと思っていた。一通り体系づけて話していくと、ああなってしまうんだよ。あれをみんなに聞いてもらって、みんなからもフィードバックをもらいながら、一段落ずつ深めていく必要があると思う。最初は感覚的に受け取ればいい。しかし、感覚的に受け取って「そうだ」と信じる心が出来た後に、一段落ずつ分析していくと、全体像に対してひとつひとつの部品に魂が入っていって、それが機能するようになる。
それをやらないとその投げかけが生きないと思ったときに、それはすごいマインドコントロールだと思った。しかし、それは絶対にやるべきことだと思った。今の社会のマインドコントロールが進んでいったら、今の世の中を観て「変だ」と感じないようになってしまう。ここでやっているのは、社会にマインドコントロールされている者をそれから解き放って、次の時代に必要なマインドコントロールをしているんだよ。

昔、マインドコントロールの最たるものは統一教会だと騒がれていて、そのマインドコントロールを解くのにキリスト教の牧師さんがそれを引き受けてやっていたんだよ。それで、その牧師さんが何を伝えたのかといったら、「普通の生活に戻りなさい。当たり前の生活をしなさい」と伝えていた。その牧師さんは自分たちの正統とするキリスト教の神様を信じ込ませたいわけだよ。それっておかしいでしょ?

ともこ:
ここのことをマインドコントロールだと言う人は、マインドコントロールは自分で考えることをなくさせてしまう、というイメージを持っていて、それでここをマインドコントロールだと批判するんだよね。

いさどん:
ここでは「自分で考えなさい」と伝えているんだけどね。

ともこ:
そうなんだよ!楽して答えをもらおうと思っても、絶対に教えてもらえないよ(笑)。でも同時に、昨日の天然農法の話にもあったように、「自分」というものの考えがあると天とつながれないわけでしょ。

いさどん:
そうだよね、「自分で考えなさい」と伝えながら、「自分を捨てなさい」と伝えている。それを外から見て、「人に考えなくさせるからこれはマインドコントロールだ」と言う人もいるんだけど、自我が勝ってしまったら天然の意志が感じられなくなってしまうのだから、自我を打ち払って天に耳を傾けなさいという話なんだよ。
マインドコントロールについて考えていくと、何がなんだかわからなくなるね(笑)。

ともこ:
わけがわからなくなるね!

いさどん:
人間はおかしな生き物だよ。だいたい、マインドコントロールという言葉を気楽に使っていること自体、おかしいね。

ともこ:
おかしいよ。ここがマインドコントロールをしているとして、その行為の元になっている心がどういうものかということは全く考えられてないし、その結果がどうなっているのかも全く観られていない。

いさどん:
部分的に区切って、「あそこは特別な考えを押し付けている」と捉えているけど、その物語を全て紐解いて観ているのかといったら、観ていないんだよ。

ともこ:
ここをマインドコントロールだと批判する人たちは、これをやり続けた先にどういう世界ができるのかを予測しているのかな?たとえば、いさどんの言いなりの世界ができるとか。

いさどん:
それは素晴らしい世界だよ!

ともこ:
そうなんだけど、それをネガティブに予測しているのかな?

いさどん:
だから、僕の言いなりの奴隷のような世界ができると思っているんだよ。

ともこ:
やっぱり、観察が足りないね。実際には、そうではないからね。

いさどん:
そう。あまりにも一方的に、それもネガティブで感情的な捉え方で結論を安易に出している状態だからね。

ともこ:
結局、マインドコントロールってよくわからないね。

いさどん:
わからないのに、安易に確信を持ってその言葉を使っている。

ともこ:
確信を持っているね。

いさどん:
それは、とてもあいまいな状態で確信を持っている。ものを観察したり特定するときに、前もって結論を決めてしまってからものを見ているので、そのような状態になるんだよ。

ともこ:
自分の結論に合わせてものを見ているんだよね。

いさどん:
だから、それはものを観ていないことになる。

ともこ:
それは自分の中にあるものを観ているんだね。ものを観るときに不安や恐怖から来る決めつけがベースになっているよね。

いさどん:
そう。マインドコントロールを分析していったら、そこらじゅうがマインドコントロールだらけであって、そうすると、それをマインドコントロールと呼んでいいのかという話だよ。情報をもらって認識していくこと自体が、マインドコントロールだからね。

ともこ:
カタカムナのうたいの奏上も、マインドコントロールに観えるんだろうね。

いさどん:
あれは、マインドコントロールを解いていくためにあるんだよ。結局、現象界に現れたものは全てギャップからできているから、マインドコントロールされていると言える。そこに自らという特定ができて、対象を計っていくわけだ。
その位置が変われば価値観も変わるのに、そのこと自体も現象界のギャップだから、自らを特定して何かを観たらその特定のマインドコントロールにかかる。そういった特定が沢山あって、そのネットワークがこの世界の多様性だということすら、全てマインドコントロールなわけだよ。ギャップによって現象界ができているのだから、現象界は全てマインドコントロールだということだよ。

それを全てなしにして、ギャップが起きる前の状態に戻していくことをやっているのがカタカムナ奏上なのだから、それは究極のマインドコントロールを解く作業をしているんだよ。しかし、その世界に安易に出会ったら、「これはマインドコントロールだ!」とアレルギー的に反応する人もいるだろう。それは実際にその本質を観ていない状態だよ。

ともこ:
よっぽど自分で考えていたいんだろうね。自分の考えをなしにすることが、人間にはできない。

いさどん:
それを恐怖に感じる人間が、自分がなくなることを恐れて何かの情報を得ることを「植えつけられる」とネガティブに捉えたときに、「マインドコントロールされているんじゃないか?」という発想に膨らんでいく。情報をどんどん取り入れて自らを拡大していくことによって自分自身の特定をなくしていくことは、マインドコントロールから自らを外していく作業なのに、それをマインドコントロールされていると感じるんだよ。だから、全く正反対の受け取り方になってしまう。

ともこ:
やっぱり観察がないね。そうやって自分で考えようとして創ってきたのが今の社会でしょ。問題だらけの結果が現実に現れてきているのに、まだ自分の考えでやれると思っているんだよね。

いさどん:
宇宙を人間にとって都合の良いように運営できると考えているんだよ。我々は宇宙から生み出されたものだから、宇宙に従ってこそ、本来の姿になる。なんだか、馬鹿馬鹿しくなってきたね。人間と付き合っていて時々嫌になるのはそこなんだよ。当たり前に考えて当たり前のことを言っているだけの話なのに、そんな当たり前の事が特別になってしまっている世界だね。

ともこ:
そうだね。宇宙の話も当たり前なのに。

いさどん:
僕からしたら、宇宙の話でも何でも、道理に沿った当たり前の話だよ。それなのに、変わった人ということになる。

ともこ:
宇宙の話をしていると非現実的な変わった人で、電子マネーとか株とか経済のバーチャルな話をしていることの方がリアルな現実なんだよ。

いさどん:
そう。電子マネーどころか、お金に追われて毎日生活している人がいる。この間も福祉施設のコンサルタントという人が来ていたけど、なにしろ頭の中はお金のことだけで、福祉業界でいかにお金を稼ぐかということばかり考えている。彼を観て、「あなたは頭が狂っている」と僕は思うけれど、世の中にはそういったことが常識の人が沢山いるんだよ。

ともこ:
すごいマインドコントロールだね。

いさどん:
そう。ひどい話で、僕は話を聞いていて嫌になった。お年寄りが老いていく福祉の世界すら、そういった金儲けのネタとしか考えていない。それなのに、それが正常ということになっているんだよ。

ともこ:
そこに本人は疑問を持たないんだね。見事なマインドコントロールなのにね。

いさどん:
たとえば、人が鬱病になったり引きこもったりすることも全て、思いこみの中から生まれてくる。だから、それを解き放ってやれば病気はすぐ治る。ただその思い込みが強いから病気の状態にいるだけだよ。
それを解明して、病気の状態から解放するメカニズムはここに既にできている。だから、それに乗るか乗らないかであって、それに乗るということは病気から解放されるマインドコントロールだということだ。

ともこ:
そう。病気もマインドコントロールだね。自分にマインドコントロールをかけている。

いさどん:
そうだよ。それと、お酒がないと生きて行けない状態もマインドコントロールだよ。生活習慣病もそうだけど、当たり前に毎日その常識から離れられないのがマインドコントロールということになる。だから、そこから解き放ってやれば健全になる。それはどこに解き放つのかと言うと、宇宙の法則、自然界の循環の法則に解き放つと、人間の体は自然の生態系の法則と同じになって循環して健全になっていく。
しかし、自然自体が歪んでいるということが最近になってわかってきた。自然はこの世界の美しい調和の歪みによるネットワークで成り立っているんだよ。

人は、自分が現在持っているものを否定されるのが嫌なんだよ。それは、自分に執着しているから。
僕は一つだけ気になることがある。それは、一昨日、農と性の話があって、昨日それをもう一度深めた時に、農の話についてこうちゃんがコメントをした。その時に、もともとの有機農業や自然農法の癖が出ていて、肥料をやって採ろうとする考えが残っているわけだよ。岡田茂吉(自然農法の創始者)は肥料を入れることは毒であると言っている。特に、畜糞とか人間の糞のような堆肥は毒であると言っている。しかし、そんなことを言っても現実には作物ができないから、自然農法をしてきた人たちは、肥料を使い続けて科学しながら解明してきたのだけれど、画期的な答えはまだ出せていない。

そこから、我々は今、これがなぜ限界に来ているのかを気付き出して、天然農法へと段階的に移行している。ということは、やはり毒を使ってからそれを正常にする、ということをしていてはいけないんだよ。毒は始めから使わないで正常化する作業をしないと、手間がかかるからね。
昨日のミーティングでこうちゃんは、かぼちゃの出来が悪いという話を出した。堆肥を入れて窒素を補給したのに、結果として窒素欠乏の症状が出ている。だから僕は、それは自然農法がやってきたことそのものだと伝えたんだよ。それは、人間が分析して答えを出してやろうという考えだよ。
しかし、せっかくだから土の地力を生かしてやるとしたら、その辺の草を刈ってきて上からマルチをして、土を裸の状態から保護して、後は土が循環していく力をいただくところに気を降ろすと、これが岡田茂吉の提唱した自然農法になる。それにプラス、カタカムナ奏上で天然農法になる。

ただ、こうちゃんには以前の自然農法や有機農法の亡霊が憑りついていると思うからその話をしたのだけど、それを聞いても彼の心は晴れていかなかった。「そうだね!」とならないんだよ。それはなぜかと思って観ていたら、自分がやったことを否定されたと受け取っているんだよ。
そこでは化学農法で育ててきた作物と量や質を競争しないで、何か別のものがあるぞということを追及していけばいい。それで、「採らなければいけない」とか、物質的に質のいいものを採ろうとする想いに追われていることから、自らを解放しようよ、という話をしたんだよ。
それは、こうちゃんの気持ちを楽にしようとしたのだけど、結局楽にはなっていかなかった。だから、よほどそれを説明しようかと思ったのだけど、とりあえず伝えたのだから、そこでは「そうだね!」と直感が降りてくることが大切だったんだよ。そこで直感が降りてくるのではなく、説明してもらってやっとわかったという話になってしまうと、本末転倒になるからやめたんだよ。

結局、有機農業や自然農法のマインドコントロールを解く話をしたのに、解放されなかった。自分がやったことに対して、間違っていたと言われたと受け取っている感じがした。「僕はあなたの側なんだよ。あなたに楽になってほしい。そして、本物の本物の本物をこれから追及していく場所をみんなでつくっていこう」という話をしたのだけど、通じていなかったなあ。

ともこ:
一昨日の性の話の時でも、いさどんは今のようなことを言っていたのだけど、聞いている側は、「自分にできるだろうか」という想いに囚われながら聞いてしまっていたね。

いさどん:
結局、一昨日の話を昨日して、昨日の話をまた今日しなければいけない。本当は、その話が出た時に、直感人間だったら「そうだね!」「よくわからないけど、そっちがいいね!」となっていく。しかし、一昨日の話を昨日して、昨日の話を今日してというふうに手間がかかる。でも、それをしていかないと事が成っていかない。それを丁寧に丁寧にやっていったら、これはすごいマインドコントロールだと思ったんだよ。これからも徹底的にマインドコントロールしていくぞ(笑)。

ともこ:
そのマインドコントロールだったら、みんなも望んでいるわけだよね。

いさどん:
ここを離れた人たちでも、そのマインドコントロールを求めてここに来て、そして納得していたはずなのに、ある時、それを嫌だという自我の感情が出てきて、それで全く逆の視点を持ち、今のような立場に立っている。だから、これはいつ逆転するかわからない話でもあるんだよ。

ともこ:
この前ホームページの自然療法プログラムのページを見ていて、あれは元メンバーが書いたものだけど、やっぱり彼はもともと目的が違っていたのかも、と思ったの。あれを読むと、「個人」の改善がベースになっているな、と思う。摩擦の起こる心をいかに個人がコントロールしていくか、みたいなところに主眼が置かれて書かれていて、彼の目的はそういう段階だったんだな、と思った。

いさどん:
だから、彼は自分が救済されることが一番だったんだ。しかし、そうやって凝り固まっている人間を柔らかくして、広い視点のところに持っていくことは大事なんだよ。
ところが、自我は彼にとって強烈な執着であったから、それは強く抵抗するものとなって、こちらが柔らかくしようとしても「強要されたくない」という感情がどこかに働いていたのだろうね。しかし彼は、自らの本来求める道に戻って、自らの力でどのように自分自身を導いていくのかといったら、それができない人でもあるんだよ。だから、それを与えられる場を失って苦しいだろうとは思う。マインドコントロールされることの心地良さと豊かさをどこかで求めながら、そうなっていくことを否定する自分が同居しているのだからね。

ともこ:
それは苦しいね。

いさどん:
だから、今は楽じゃない生活をしていると思うよ。それは彼らの今の生活を実際に観なくてもわかるよ。仏の世間解だからね。しかし、分析すればするほど奇妙な世界だね。人は自らがとっているスタンスで生きていることを妙ではないと思っているけど、わかればわかるほど妙な世界に生きているんだよ。

「こういった世界に誰がしたのですか?・・・あなたですね。」
「わかるか?」という返事が天から返ってきた。
「わかるか?」「やっとわかった?」という心が降りてきた時に、それは軽いノリで伝えているけど、「それが目覚めるということなのですね。私はあなたの真意を理解しました。」ということになるんだよ。

ともこ:
昨日の朝、お風呂掃除をしていたらまりちゃんがお風呂場まで来て、「わかったよ!」と言ってきたの。その前日のまりちゃんへのインタビューで、「なぜまりちゃんの心は変わってきたの?」と訊いたら、まりちゃんは「この道の価値がわかってきたからだと思う」と答えていたのだけど、昨日はお風呂場まで来て、「価値がわかればわかるほど自分の小ささやしょうもなさが観えてきたんだよ。そうしたら当然選ぶのはこっちの道でしょ。」と言っていた。

いさどん:
そう。自らを手放す方に行けばいいんだよ。

ともこ:
でも、人はわかればわかるほど、むしろ自分の我が大きくなっていって、自分がわかった側になるんだと思う。

いさどん:
それは知識的な学習の場合だね。しかし、実際に知恵が湧いてくる状態でも、わかればわかるほどその者の器は大きくなっていく。ところが、知識的にわかる人はどんどん知識に捉われ、器は硬くなり、世界は小さくなっていくんだよ。その人が真実だと特定した世界にね。だから、大きくなるという意味ではどちらも大きくなると言える。すごく妙な世界だよ。
今の世界で優秀だと言われている人たちは自分でも賢いと思っているから、そうでない理屈がくると腹が立ち、否定したくなる。エコビレッジを考えている人たちや大学の先生、テレビに出てくるコメンテーターでもそうだけど、自分たちがそういった人間の枠を作って世界を計っていることを知らないんだよ。

何だか訳のわからない話になってきたね。ともちゃんも完全にマインドコントロールされたね(笑)。

ともこ:
された(笑)。でも、これは自分で望んだマインドコントロールだから。

いさどん:
このマインドコントロールはアメノミナカヌシの力だよ。

ともこ:
だから、このマインドコントロールには確信がついてくるんだよ。

いさどん:
それは、この延長に行けばいいのだという確信だね。

ともこ:
そう。

いさどん:
だから僕は、「人間は命を紡ぐ人生という魂の旅をしています。その延長に行き着く目的がこの道の先にあるのです」と伝えたんだよ。それは間違いないことだ。

ともこ:
そこに私はとても自信をもっているのだけど、世間でマインドコントロールされている人たちも、それはそれで確信があるのかな?

いさどん:
それはないだろうね。世間のマインドコントロールというのは、とりあえず、何か特定の概念から解き放って一般社会に出し、それで終りだからね。それ以上の責任を持つ者がいないんだよ。例えば牧師さんだったら教会にいて、「神様に学びなさい」と言うぐらいで、通常のマインドコントロールを解く世界は、たとえばオウム真理教に行っている者にそういった概念を捨てさせて、「普通に会社に行って仕事をしなさい、それで生きていきなさい」と言うだけで、後はほったらかしだよ。

ともこ:
そこに新たな確信と希望は持てないよね。

いさどん:
だから、次の保証はない。たとえばオウム真理教に入った人は、もともと社会に潜む家庭の問題や個人的な問題から何かの疑問を感じて、オウムに入信したんだよ。だけど、彼らをオウム真理教から救済するという人たちは、そこのところまでは責任を持たない。どうしたら私はオウムに魅力を感じたようなエネルギッシュな人になれるのでしょうか、と彼らがオウムに代わる価値観を求めたら、その人が持っている新たなマインドコントロールを代わりに提供することになる。しかしそれをしたら逆マインドコントロールになってしまうから、それをしないで、「毎日会社に行って働きなさい、いい人と出会って結婚して家庭を持ちなさい。そして、平凡な人生を生きなさい」と、それだけで終わりなんだよ。

ともこ:
それでは、もともと疑問を感じていた周りとの問題も解決されているわけではないから、結局何も解決されないことになるね。

いさどん:
そう、何も解決されない。
マインドコントロールという言葉は、ただ攻撃をするネタとして使われている。それを使う人たちは、社会の側に立って、自分とは価値観の違うものを攻撃する。だから、このマインドコントロールという言葉を使っている人たちは、本当に深く物事を捉えていない人たちなんだよ。
そこで、自らを振り返り、他者と自らを平等に客観的に観る視点を持ちたいものだね。
  
  


STAP細胞からみるトキ・トコロ 〜ノーベル賞より大切なもの〜

STAP細胞問題で、理化学研究所は実験の不正を認定し、小保方さんの処分も検討しています。一時は小保方さん個人のプライバシーに踏み込むほど報道が加熱し、理研の改革にまで話が広がっているこのできごとは、私たちに一体何を教えてくれているのでしょうか。宇宙視点から見てみました!

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*この座談会は、先月行われました。
*座談会には、ファミリーメンバーのようこ、まり姉、ともこ、ゲストのあわちゃん、しゅうくん、じゅんぞうが参加しました。

*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *
  
ともこ:
今日のテーマは、「STAP細胞からみるトキ・トコロ」です。一時の報道熱も冷めて、世間の注目度としてはいささか旬を過ぎた感もありますが。

いさどん:
旬を過ぎたと言っても、その結論が持ち越されているだけのことだよ。結論を出さない、もしくは出せないから。だから、その話題が収まった時に、改めてもう一度それが動き出すような考察を出すというのはおもしろいかもね。弦を引っ張って振動させて、振動が収まったからもう一度弦を引っ張るように。

STAP細胞は、僕の感覚で言えば、あります。科学者たちも、理論的にはあるというところで認識してるんじゃないかな。ただ、そのSTAP細胞をどのように作るか、というところで、今回の小保方さんのやり方があまりにも手軽で衝撃的だった。そこには、「そんな簡単にできるわけがない」という認識と、神秘のポケットは意外に身近なところにあるんだよ、という両面がある。
発見というのは、偶然のようにして、本当に身近なところから生まれるでしょう。神秘、つまり神の秘密は、とても身近な日常の中に常に隠されている。それを、科学の世界の人たちは一方通行に難しく考えすぎているんだよ。
逆に、身近にありすぎて近いからこそ、それを捉える視点が固まっていると、つかまえられないものでもある。だから、視点が変わらなきゃいけないんだよ。

ともこ:
今の科学の世界では、同じ条件のもとに実験すれば、「誰でも同じ」結果が得られることが前提になっているよね。STAP細胞は他の人がやっても再現されなくて、結局理研は実験に不正があったと認定した。

いさどん:
それは今の人々の発想だよね。しかし、今の三次元的な、有限な科学の中で、この世界が全てが解明できるだろうか。宇宙は、我々が解明できない仕組みによって創造されているんだよ。
価値観が変わらない限り、その秘密のポケットを見つけることはできない。視点が変われば、どこからでもその秘密は解き明かすことができるんだよ。
これから解き明かされるであろう神秘の扉は、視点を変えることによって生まれてくる。これまでの常識では「ありえへんこと」が起きてくる。その「ありえへん」視点を持つことが大切なんだよ。

ともこ:
科学者たちは彼女の実験を「“科学の常識”からかけ離れている」って言うんだけど、じゃあそもそもその“科学の常識”って何だ、ってことだね。それで全てが解き明かせるかな。

いさどん:
本来科学というのは、それまでの常識を突破することによって、新たな道が開けてきたんだよ。
見えるものと見えないもの、あるものと・・・

ようこ:
ないもの。

いさどん:
いや、そこへ行くと話が広がり過ぎちゃうからやめよう(笑)。

あわちゃん:
2時間はかかるね(笑)。

いさどん:
STAP細胞について考えてみると、まだ未熟な科学者がそんな大それたことをできるわけがない、という考えが周囲にはあると思う。だけどほんのちょっとした視点の変化で、どこにでもある神秘のポケットに出会ってしまった、ということでは、いくらでもあり得ることだよ。若いから、未熟だからということじゃない。
やっぱり「トキ」と「トコロ」、そして人によって扉が開く。そのトキ、つまり旬が来ると、必要に応じて神秘の扉が開いてくるんだよ。

トキというのは、この宇宙が始まって消滅するまで続いていくもの。宇宙は常に、「誕生」「維持」「破壊」そして「空(くう)」を繰り返している。誕生して、それを維持した後に、破壊があって消滅する。そしてある期間、「ない世界」、空がある。そしてまた誕生すると、そこでまたトキが発生する。
それは、トキの流れが、あって、なくなって、あって、なくなる、ということ。トキを過去から未来へ向かう一本のラインだとしたら、破線のようなものだね。

そしてその間にある空の「ない世界」というのは「ない」んだから、トキが終わったところと始まるところには間がある。しかし、「ない」のだから、トキはつながって見えるよね。実態は破線であるけれど、我々のような物質的な認識をする者にとっては、一本の実線として認識されている、ということかな。
この世界も、もしかしたらそうだよ。今この瞬間も、僕は言葉を続けて話しているけれど、その言葉と言葉の間に「ない世界」があるかもしれない。だけどそこを我々が認識してないから、つながっているように感じられる、ということだ。

そしてトキというのは、時代を刻むものでしょう。宇宙は、「誕生」「維持」「破壊」「空」と常に時代を刻む。その中に地球創世の歴史があり、生命が誕生し、進化の過程で人類が生まれ、人類の中で時代はさらに刻まれていく。そして、その時代その時代に相応しい出来事が紡がれていく。
その、時代のあるトキに、ふさわしい出来事が起きる。トキが、その出来事が起きるにふさわしいトコロと出会って、トキとトコロが一致した時に、出来事が起こる。そこを「場」と言うんだよ。
場とは環境だから、起きるにふさわしい人の状態が必要になる。低い意識レベルでは低い現象が起きるし、高い意識レベルには高い現象が起きる。

ようこ:
おなじトキ、同じトコロでも、場は一人ひとり違うものね。

いさどん:
それぞれに相応しいことが起こるんだよ。

ようこ:
ここにトキ・トコロを同じくしている7人がいるけれども、場は一人ひとり違うってことだよね。だからSTAP細胞も、トキ・トコロを同じくしていても場が違うから、できる人とできない人がいる。

いさどん:
そう。トキとトコロは同じでも、意識レベルが違うと、観るものが違う。だから、この場を共有していても、全く違うものを観る場合があるんだよ。
ものごとを起こすのがトキとトコロ、場ということだとしたら、それは一体誰がどうして仕組んだものなのか・・・という話はやめておこう(笑)。

ともこ:
これ、「木の花ファミリー通信」用のインタビューですから(笑)。

ようこ:
その領域を超えちゃうよね(笑)。

いさどん:
それはあったんだからしょうがない、ということにしておこう。

みんな:
そういうことだ!(笑)

いさどん:
最近、新しい扉を開く若い人たちがいるでしょ。ああいった人たちがいっぱい出てくるようになった。それはね、やっぱり時代と共に、そこに生きる人々の視点が変わるから、それにふさわしい人が生まれてくる。
ただ、それはまだ、時代をひっくり返すような大きな枠組みとしてではなくて、部品のように部分的に出て来てるでしょ。スポーツの世界でも科学の世界でも。それは、前兆だよね。それが少しずつ現れてきて、だんだん既存の枠組みが壊れていくと、もっと大きく世界の価値観を逆転するような視点が生まれてくるよ。

先日、2060年に国の債務が8000兆円になるという発表があったんだよ。財務省の審議会がそれを報告したんだけど、すごく馬鹿な計算してるなあ、と思うんだよ。
と言うのは、今の価値観のまま対応をしていって、その延長で債務がたまっていくと8000兆円になるというんだよ。それって、視点が全く変わらないまま、あと50年行くって考えてるのよ。すごく安易でしょ。
今回のSTAP細胞騒動から見えてくるのは、今の科学の世界をリードしている人たちの考え方もそれと同じだということだよ。視点を変える、ということがないんだよ。これからも自分たちの発想の延長に、解明されていくと考えているわけだ。ところが、全く新しい視点がすでに若い人たちの中に現れ出している。

ものが壊れていく時に、予定通り壊れるのか、思いもよらないところから壊れてくるのかと言ったら、思いもよらないところから壊れていくことがあるでしょ。固まってしまっているから、そういう発想ができないんだよ。ものごとの捉え方がフリーじゃない。STAP細胞がたまたまこういう形で現れたというのは、既存の科学のものの捉え方を打ち破るチャンスでもあるんだよ。
アインシュタインの相対性理論は、今では誰にでも理解できるかもしれないけど、じゃあ誰もがそれに気付けたかと言ったら、それはトキ、トコロ、そして人によってもたらされたんでしょう。それはアインシュタインにしかできなかった。でもその神秘のポケットは、日常の中のどこにでもあるんだよ。

ともこ:
ねえねえ、アインシュタインまではさ、そのトキ、トコロの条件がそろって気付きが得られた結果、その結果を誰もが再現できたんだよね?最初は理論だけで、実験で再現できるまでにはタイムラグがあったかもしれないけど、条件が整えば誰でも再現できた。

あわちゃん:
それでも、世間に理解されるまでに確か10年以上かかってるんだよね。

いさどん:
だからね、「わからないけれど生きている~♪」(木の花楽団の歌『信じる心』の一節)ということが、本来の科学のもとにあるわけだよ。そして最終的には、アインシュタインは志村けんにも証明されたわけだよ。

ようこ・まり姉・ともこ:
アイ~~~~ン(笑)。

あわちゃん:
俺、今まじめに考えちゃった・・・。

しゅうくん:
俺も、めっちゃ考えた(笑)。

ともこ:
STAP細胞がおもしろいのは、今の段階では実験で誰もが証明できるものではない、ってところだよ。

いさどん:
だけど、トキとトコロがちゃんと用意されれば、誰でも証明できるようになるはずだよ。そういう概念がこの世界に降りるためには、この今のつまづきが必要だと思うね。

しゅうくん:
今の人からすると「ありえない」ってことだよね。

ともこ:
小保方さんは未熟だったからこそ、STAP細胞を作ることができたんだろうね。変に常識に囚われていなかった。

いさどん:
そう。自分が賢いと思っている人たちは、それ自体がブレーキになってるんだよ。だから、STAP細胞が世に出るのを遅らせた。
こんな言い方をしたら失礼かもしれないけれど、彼女はどこか抜けてるところがあるんだよね。科学者としては未熟。でも、抜けてるところがあるからこそ、その抜けてるところに入ってきたんじゃないかと思うんだよ。隙間があるから風邪を引くようなものでね。完璧に既存の科学のルールに則ってやっているところには、神秘が入ってくる隙間がないんだよ。
歴史上の偉大な発見と言われるものも、みんなそうじゃない?こうなるだろう、とやってみたら、予想とは全く違う思いがけないものが生まれたりするわけでしょう。

ともこ:
そうだよ!過去の偉大な科学者と言われる人たちも、日常のささいなところから発見してるよね。例えば、アルキメデスがお風呂の水があふれるのを見て浮力の原理を発見したとか、ニュートンがリンゴが落ちるのを見て万有引力は月や惑星にも働いていることを発見したとか、実は私たちが毎日過ごしている日常そのものが、偉大な発見へのメッセージだらけなんだよ。
発見と言っても、それは新しく生まれたものじゃなくて、ただずっとそこにあり続けたものに気付いたってことだよね。だけど普通の人は枠に囚われているから、そこにあるのに気付けないだけなんだよね。

いさどん:
そうだよ。日常の中にあるんだよ。
ただし、目の前のことだけに一生懸命になって他のことを一切考えない人には、そういうことは浮かんでこないよ。きょうこちゃん(ファミリーメンバー)みたいに集中力があって、勉強がバッチリできる人はダメね。一点に集中しすぎて隙間がないから、神秘が入ってこない。
僕はいろいろなことを常に考えているんだよ。何かを見ながら、これってこういうふうにも考えられるな、こういうふうにも考えられるな、って。だから常にダジャレを考えてるんだよ。余分な枝をいっぱい張りながら、本筋を見てるんだよ。

ともこ:
えー、でもそれって人によるんじゃないの。そういうのが得意な人もいれば、一点集中型の人もいるでしょ。

いさどん:
だから、人によるって言ってるのよ。
今、新しい世代が台頭してきてるでしょ。そしてこれから、宇宙視点を持った人たちが現れてくる。その前兆として、この騒動もあると思うんだよ。

ともこ:
小保方さんは天然でSTAP細胞を生み出しちゃった。私たちは、日常の中にひそんでいるメッセージをスルーしまくっちゃってるんだよね。

いさどん:
チャンスは無限にあるんだよ。

あわちゃん:
でも、スルーするー。(チーン)

いさどん:
今のその発想!瞬間に出てきたんでしょ。

あわちゃん:
うん。俺、ダジャレばっか考えてるから。

いさどん:
それは直感の領域だよ。松果体(しょうかたい)が揺れてるんだよ。やっぱり目覚めるためにはダジャレを言うことだよ。

みんな:
しょうか~~(笑)。

いさどん:
そうやって、心を常にやわらかくしておくことだよ。やわらかいということは、その場に留まらない。いつでもトキ、トコロに応じて柔軟に変化できる。風が吹いたら柔軟になびいて、止んだらピッと元へ戻る。
時代はすでに、宇宙時代だからね。地上目線ではなくて、もっと三次元、四次元の立体的で複雑な、目に見える「ある世界」の奥にある「ない世界」を感じていくことだよ。

まり姉:
カタカムナの勉強も、脳の眠っている85%を活性化するきっかけにはなるかもしれないけど、それだって既存の15%の中で解釈をしようとする人にとっては、15%の範囲内での知識になるだけだよね。

いさどん:
もちろんそうだよ。だから、85%の意識レベルに到達しないといけないわけだよ。そうすると、思考の次元が変わってきて、今までの思考の概念が壊れて、新しい視点が生まれてくる。これから、この世界を覆っている古いものが、ガタガタと崩れていくよ。

コノハナ人の考え方は、型や枠を全部取っ払ってしまって、トキ・トコロが来るのを待っている。いつでも、変身できる柔軟性を持ってる。これが宇宙時代を生きる考え方だし、これからますますそうなっていくんだよ。
だから、STAP細胞はあるかないかなんて議論に捉われてる場合じゃないんだよ。そんなの抜きにして、ふっと心を未来に送って観てみれば、あるに決まってるんだよ。その現れ方に対して囚われている人たちが、理屈をこねて、正しいだの正しくないだのって言ってるだけで、大局的な視点から観てみたら、出てくるための産みの苦しみみたいなものだな、と理解することができる。

ともこ:
そうなの。核心のところに議論が行かずに、不正があったとかなかったとか、小保方さんのプライベートなことまでゴシップ的に騒ぎ立てられたりしてて、話し合うべきとこってそこ??って思う。

まり姉:
どうでもいいやんね。

しゅうくん:
でもそういう話題に人は食いつくんだよなあ。

ようこ:
そして小保方さんがうつ病になっていく。世の中がうつ病を生み出してるね。

いさどん:
でも僕は逆に、万能細胞が発見されることがいいとは思わないんだよ。そういったものは人間の悟りにふさわしく現れてくるべきで、もしも人間が悟ってしまえば、あんな画期的な治療方法はいらなくなる。なぜかというと、人間はいずれ生死を超えるものだから。そちらの方が重要なのよ。生きてる、死んでるということは、そんなに重要なことじゃなくなってくるんだよ。

ともこ:
そう。バッシングをする人たちがいる一方で、それの誕生を待っている患者のために一刻も早く研究を進めてほしいという人たちがいるんだけど、実はそれも同じレベルの話だと思うんだよ。病気の治療が目的になってるんだけど、たとえ表面的に病気が治っても、それを生み出す根源的なものから開放されるわけじゃない。

いさどん:
大事なのは、この「生きている」ということを、どう捉えていくか。そして死というものをどう捉えるか。
STAP細胞でも、iPS細胞でも、医療に革命をもたらして、ノーベル賞までもらったりしているよね。だけどね、どうして長生きしたいの?生きる目的は何なの、ということなんだよ。
大切なのは、充実した人生を送るということでしょう。人生の中で、例えば病気に出会ったとしても、充実した人生であれば短い命でも生に未練はないはずだよ。死を通して、とても重要な役割をして死んでいく人もいる。

ただ、STAP細胞のような画期的なものが発見されることによって、命の神秘が説かれる、という効果もあるよね。それで治療すること以上に、命の尊さやメカニズムを知ることによって、生きることの意味を人々が悟ることにもなる。だから全面的に否定するものでもないね。

大切なのは、ものごとの捉え方だよ。死を歓迎しない、忌み嫌う、そういう思考があるから、こういう発見も単なる治療目的や経済効果としてしか考えられない。そして相変わらず、病気になるのは悲しいこと、悪いことのままになっている。
だけど、人は必ず死ぬんだよ。そうしたら、生まれてきたことの意味、生きることの意味、死ぬことの意味を分かることの方が大事じゃない?
その過程の中で、病気の治療というのは、その意味をより深く知るためにあるわけだよ。でも今は、経済効果を上げるネタのように医療が扱われている。
死んでみたらいいんだよ。その先があるから。そして死の先には、また生があるんだよ。この世界は永遠で、高次元の世界には生死の境すらないんだよ。

人々が、生きること、死ぬことの意味を理解すれば、そのことで騒ぐ必要はない。
大切なのは、ノーベル賞を取ることよりも、死生観を悟ること。悟るってことは、人生のノーベル賞を得るってことだよ。全ての人に、ノーベル賞の可能性があるんだよ。
  
  

※「チーン」とは:
木の花ファミリーでは、誰かがダジャレを発した時に「チーン」とベルを鳴らしています。
ダジャレには、凝り固まった場のアイスブレイク、視点の多角化、ゆとりの創出など様々な効能があります。最近では、誰か(主にいさどん)がダジャレを発する前に空気で察して構えてダジャレが発されると同時に「チーン」を鳴らすという、阿吽の呼吸探求のツールとしても注目を集めています。また、大人ミーティングでうたた寝をしてしまうメンバーの眠気覚ましとしての効果もあります。

大人ミーティングや座談会に欠かせない存在・「チーン」
大人ミーティングや座談会に欠かせない存在、「チーン」