自分発、世の中を良くする人になって下さい ~ コロナワクチン接種の話から

木の花ファミリーでは、何か決めごとをする際に、常にみんなでその内容を共有し、全体の総意の下に物事を決定します。
現在、新型コロナウィルスのワクチン接種については、自身が媒体となって感染を拡大することを防ぐという社会的責任を果たす意味もあり、大人メンバーは全員がワクチンを接種することを決定し、順次接種を進めていますが、子ども達がどうするかについては保留となっていました。そんな中、同級生に感染者が発生した子どもから「ワクチンを接種したい」という声が上がり、ある日の子どもミーティング(毎晩夕食後に開かれる、子ども達がその日の出来事を大人を含めたみんなの前で発表する場)にて、改めて話をする時間が持たれました。
以下、その時のお話をご紹介します。


 

ジイジ:
今日は、みんなで大事なことを決定しなければなりません。そこでは、みんなの心が揃わないといけないですね。そこで今から、心が揃わないのはなぜか、という話をします。だから今日は、二つの話があります。

一つ目は、コロナワクチンのことです。ここでは、60歳以上の人はもうみんな2回接種しましたね。ジイジも2回打ちました。ワクチンを打ったからと言って、何か特別な症状があったわけではありません。60歳以下の人でも、ワクチンを打って何か症状が出た人はいますか?

まりねえ:
38℃の熱が出ました。

ジイジ:
それはまりねえちゃんの平熱だったりして。(みんな:笑)

みちよ:
私も平熱より2℃高い熱が出ました。

ジイジ:
それは、日頃のあなたの姿勢を見ていると、心が原因かもしれないね。とりあえず、そんなに大きな問題はなく接種が終わり、今は50代以下の人達が接種を進めています。

それで、今日の話は、20代より下の人達の接種をどうするかについてです。
ここでは、ジイジが話すことが決定ではありません。ジイジが話すことを強制する場ではないということです。ただ、大人については、基本的にみんな打つことにしました。それはなぜかと言うと、木の花ファミリーにはロータスランドというお店があり、たくさんの人が訪れます。そしてこの場所でも、こうしてたくさんの人たちが一緒に暮らしています。そこで感染者が一人出ると、クラスターとなって周りに広がっていく可能性があります。そして、こういう共同生活の場所で感染者を隔離することも、なかなか難しいのです。
ですから、そういった問題が起きないようにすること、そしてこのように大勢で暮らしている場所は特に気を付けなければならないという、社会的責任があることを考えました。みんなで共に生活する豊かな暮らしだからこそ、自分の家のためだけではなく、社会に対しても責任があるということを、大人達みんなで考えて、基本的には大人は全員ワクチンを打つことに決めました。ここまではわかるかな?

子ども達:
はーい!

ジイジ:
まずは大人が打ってみて、10代以下の人達については、どうするかを決めていませんでした。社会的責任という意味では大人よりちょっと軽いかな、でも大勢で暮らしているのだから打った方がいいのかな、と微妙なところです。
そこで、自分は打ってもいいと思っている人、打ちたくないと思っている人を確認したいと思います。正直に答えてください。打つか打たないかを決定するのか、それとも、それぞれのケースに合わせて対応するのかわかりませんが、まずはみんながどう思っているのかを確認したいと思います。打ってもいいと思う人!

(半数以上の子ども達が手を挙げる。)

ゆりか(中学生):
えー、注射痛いのに~。

子ども達:
そういう問題じゃないでしょ。

ジイジ:
じゃあ、やっぱりワクチンは打ちたくないなと思う人!

(数名が手を挙げる。)

ジイジ:
打ってもいいという人は、打ってもいいということだからとりあえず置いておいて、打ちたくないという人は、どういう理由があって打ちたくないのかな?

ゆうゆ(高校生):
「痛いから」っていうのは理由にならないからね。

ピッポ(小学2年年):
痛いからじゃなくて、ピッポはもともとコロナにはならないと思ってるから。

ジイジ:
なるほど、そういう理由ね。他には?はい、こうたろうくん。

こうたろう(小学1年生):
ワクチンを打つと動けなくなるから。

子ども達:
そんなことないから!

ジイジ:
それはどこで聞いたの?

こうたろう:
ようちゃん。

ジイジ:
じゃあ、ようちゃんは何を根拠にして、そういうことをこうたろうに伝えましたか?

ゆりか:
ワクチンを打ったら、痛くて腕が動かせなくなったってようちゃんが言ってたんだって。

ジイジ:
前に、ようちゃんは他の人にも、コロナワクチンを打つとみんな5年後に死ぬと言ってました。

子ども達:
えーっ!(笑)

ゆうとう(中学生):
それって、ただワクチンを打たせたくないだけじゃないの?

ジイジ:
もしもそうなら、5年後に日本はなくなるね。(みんな:笑)

ようちゃん(大人):
昨日ワクチンを打って、腕が上がらなくなったってこうたろうに言ったね。

ジイジ:
今も動かないの?

ようちゃん:
今日は大丈夫です。こうたろう、もう治ったからね。

ジイジ:
こうたろうは、この話を聞いてどう思いますか?

こうたろう:
腕が動かなくなったって。

ゆりか:
ずっと動かないわけじゃないんだよ。

ゆうとう:
動かないっていうか、腕が上がりにくいってことでしょ。

ジイジ:
こうたろうは、それを聞いたからワクチンを打ちたくないの?

こうたろう:
そう。

ジイジ:
今の話は、この後の話につながる話です。この話をよく覚えておいてください。
ようちゃんがこうたろうに伝えたことと、それを聞いてこうたろうが受け取ったことは、一緒だったのか、違っていたのか。そこにズレがあるかどうか。実際にようちゃんの中に、なるべくワクチンを打たせないような情報を流す意思があったのか。それとも、そんなつもりはなくて、ただちょっと腕が上がらくなっちゃったと言ったことが、こうたろうの中では「一生腕が動かない」という話になっていったのか。そこは重要なところです。
他にワクチンを打ちたくない人は、どんな理由がありますか?(子ども達がパッと答えないのを見て)あのね、「打ってもいい」という人は、打ってもいいわけだから、理由はどうであってもいいんだよ。だけど「打ちたくない」という人には、その理由を聞いて、それを尊重するべきかどうかをみんなで考える必要があるでしょう?

なり(中学生):
うちでは、ジイジが作ってくれたレンコンとか栄養のあるものを食べてるし、たぶん免疫力があると思うから、別にワクチンを打たなくてもいいと思った。

ジイジ:
うちのレンコンを食べるとコロナにかからないという理由は、どこから持ってきたの?

なり:
コロナにはかかるけど・・・(みんな:笑)

ジイジ:
あのね、大人たちが社会的責任としてワクチンを打とうと決めたのは、自分がかかるかかからないかではなく、かかった場合にそれを他の人にうつすことがあるから、その責任を考えようということで決めました。自分は免疫力があるから、かかっても大して重症化しないから大丈夫、ということだと、自分がかかって他の人にうつしてもいいという話になるんだよ。それについて、どう思う?

なり:
人にうつしたら、いろんな人が困るから、人にうつしていいということじゃない。自分一人だったらいいけど、他の人のことを考えたら、打った方がいいと思いました。

ジイジ:
ジイジは、打つ方向に誘導しているわけではなく、今の打たないことの理由について話してるんだよ。そういう理由の元にある心について、考えなきゃいけないねということです。
はい、他に打たないと言った人の理由は?

あまの(保育園児):
5年後に死んだらいやだから。

ジイジ:
そういう怪情報を流した人がいるんだよね。「それは違うでしょう」という話をしても、「えー、ようちゃんがそう言ってたよ」という噂がいろんな所へ広まっていくと、消しても消してもその情報が一人歩きしていくんだよ。これはすごく大事な話だよ。
はい、他の人はどうですか?

なお(中学生):
打ったら運動がしにくいということと、熱とかが出たらイヤだから。

ジイジ:
それは自分のためということ?さっき、なりに話したことについてはどう思う?

なお:
それだったら、打てばいいかな。

ジイジ:
だから、前の人の話をきちんと聞いておいて、後の人はそれを受けて「そういう理由があるのか、じゃあこうしよう」と繋げていかないと、いちいち同じ話を繰り返さなければならなくなるよ。前の話をしっかり聞いて、そこに自分を乗せていけば、話はとてもスムーズに進みます。これも後の話につながる話だよ。
他にはどうですか?はい、みのちゃん。

みの(高校生):
みのはどっちでもいいんだけど、できれば打ちたくなくて、理由はただ単に注射が苦手だから。あとは、病院に行くのがイヤなんだよね。

ジイジ:
なるほど。そういう個人的理由ね。
今はもうそういう段階ではなくなっていますが、ワクチン接種が始まった時に、まずはお年寄りから始めましょうということになったね。どうしてか知ってる?

子ども達:
重症化しやすいから!

ジイジ:
お年寄りが重症化しやすい理由として、基礎疾患と言って、高血圧や糖尿病など、もともと病気を持っている人が多いんだよ。そういった人は、コロナウィルスに感染すると重症化しやすい傾向があります。だからお年寄りから打つことになりましたが、まあ、少子高齢化ということから考えると、なるべくお年寄りには打たないで、高齢で病気の人から旅立っていただいた方が、国のためにはなるかもしれない。

バァズ(おばあちゃんメンバー)達:
たしかに!(笑)

ジイジ:
だけど日本はそういう国ではありません。命はなるべく長く生きた方がいい、その内容については問わない、という国ですから、高齢者から先にワクチンを打ってきました。
ところが、先日も、40歳でコロナに感染し重症化した男性の話がニュースで取り上げられていました。これまでは、30代や40代で感染しても重症化しないと言われていたのですが、最近はコロナウィルスも変異しています。変異ってわかるかな?人間がいろいろな勉強をして新しい取り組みをするのと同じように、ウィルスも、人間がワクチンを打ったりいろいろな対策をすると、そのワクチンが効かないようになったり、より感染しやすくなったりと変化していきます。人間は世界中でワクチンを打とうとしていますが、コロナウィルスもそれに対抗しようとしているのかはわかりませんが、ウィルスとはそういうものだということです。インフルエンザもどんどん変化して、前のワクチンが効かなくなっていくでしょう?
現代医療では多くの治療で抗生物質を使用しています。抗生物質は、体の中で悪さをするウィルスや菌を殺すものですが、これには問題もあって、悪い菌だけでなく、いい菌も殺してしまうのです。そして人間の体から、抵抗力を奪っていきます。それどころか、菌の方が抗生物質を学習し、抗生物質が効かない耐性菌がいろいろな所で広まっています。そして、近い将来に現代医療が機能しなくなる可能性があると言われています。ですから、世界は将来もっと不安定な状態になります。
その時に、さっきなりが言った話に繋がります。本当に薬が効かなくなった時に何ができるのかと言ったら、薬に頼るのではなく、自分が病気に対抗する力を持つことです。これを何と言いますか?

子ども達:
免疫力!

ジイジ:
レンコン力とか、葉っぱ力だね(笑)。自分の力で対抗して治っていく力を身に付けるということです。それは、ワクチンを打っても打たなくても、いつも心掛けておきたいことです。
幸いなことに、ここには免疫力を高めてくれる力を持った食べ物がたくさんあり、毎日食卓に出てきます。そして、それを買ってくれるお客さんのことも考えながら、大人は作物を作っています。それはとても大切なことです。
だけどもっと大切なのは、先ほどの話のように、何の根拠もない意味不明の噂が広まっていくことがあるでしょう?その時に、そういったよくわからない情報を聞いて、正しく判断できる力を身に付けることです。これを「心の免疫力」と言います。不確かな噂を聞いて「わあ、怖い」と自分の中でさらに膨らませていくと、意味なく自分や人を不安にさせていくことになります。これはとても重要なことです。それだけで人はパニックになっていくのです。実際に「注射が怖い」と言って、その気持ちだけで具合が悪くなってしまった人がいましたね。もっと冷静に、なぜこれが必要なのかということを考えることが大事なのです。意味不明なことを考え、さらに自分の中で膨らませていくと、さらに問題を引き起こす原因になります。

今、コロナワクチンは世界的に接種を進める傾向にあります。若い人達は免疫力があるから、お年寄りから進めようということになっていましたが、最近では若い人の中で感染が広がっています。NHKが取材した40歳の男性は、何も基礎疾患を持っていないのに感染して肺炎になり、2ヶ月間意識不明の状態だったそうです。その間、お医者さんはとても高度な機械を使って一生懸命治療を続けていました。その人は回復はしたものの、肺が潰れてしまい、今も苦しさが続いて、もう元のように運動をすることはできないそうです。お年寄りは後遺症が残っても、もうそんなに未来がありませんから(冗談です。笑)いいのですが、若い人はこれから未来があるのですから、後遺症が残ると大変です。これまで若い人達は、自分はかからないから大丈夫、と言っていましたが、そうではない状況になってきているということです。
これは、説得をしているのではありません。そういったことを考えた上で、今どうするべきかを考えるということです。ここの子ども達のワクチン接種をどうしようか、と聞かれても、ジイジが答えを出すことはできません。一人ひとりの考えを聞いて、そしてみんなで決定をしようと思いました。それがこの場所です。「自分はコロナにはかからないから打たない」という選択肢もあるでしょう。確かに、みんながかかるとは限りません。でも、かかってしまった時に、いろんなリスクがあるということです。

大人達は、みんな打とうということに決まりました。そこで、今度は大人の人達に聞きます。ここの子ども達はどうするのが良いかについて、大人達はどう考えますか。はい、ワクチンを打たなくてもいいと思う人。

(誰も手を挙げない。)

では、本人が打ちたくないという場合は、打たなくてもいいと思う人。

(21人が手を挙げる。)

打った方がいいと思う人。

(26人が手を挙げる。)

みかこ(大人):
どちらでもいいという人もいるね。

ジイジ:
これが大人の人達の考えです。「打った方がいい」という人が、少し多いですね。
では、「打たなくていい」という人はその理由を教えてください。

ピッピ(大人):
さっき子ども達に確認した時に、ほとんどの子が「打ってもいい」という考えだったから、打たない子が多少いてもあまり影響ないかなと思いました。

ジイジ:
だけどね、「打たない」という人は、それはそれで認めても、社会的責任ということから考えたら、感染して人にうつさないよう、注意してもらう必要はあるよ。

ピッピ:
もう一つは、ワクチンについてまだわからないところがあるから。でも、大人に関しては、わからないから打った方がいいと思いました。

ジイジ:
では、「打った方がいい」と思う人の中で、代表して意見を言える人はいますか?

あや(大人):
私達は、こうやってみんなで一緒に暮らしていて、子ども達も外でいろんな人に会うでしょう?だから、できるだけ危険なことは避けた方がいいと思いました。

みの:
具体的に、どこがどう危険なの?

ジイジ:
危険というのは、一人がここへウィルスを持ってくると、ここはたくさんの人が暮らしているから、一気に広がってクラスターになるということです。濃厚接触者ということになれば、自分は陰性でも隔離されなければなりません。つまり、全員隔離が必要になるということです。

みんな:
不可能だね~~。

ゆりか:
ワクチンを打ったら、コロナにはかからなくなるの?

ジイジ:
ワクチンを打って感染しなくなる確率は、95%と言われています。だから、ワクチンを打っても20人に1人は感染する可能性があるということです。それから、感染しても重症化しにくいと言われていますが、感染すれば人にうつす可能性はあります。つまり、ワクチンを打てば絶対に大丈夫ということではないので、ワクチン接種を勧めている日本政府も、ワクチンを打てば何をしてもいいということではなく、引き続き注意して日常生活を送ってほしいと呼びかけています。それは、打つ人も打たない人も、誰であっても、社会的責任というものがあるということです。それは、「自分は健康だからいい」という話ではありません。ここまで感染が拡大した今は、みんなに社会的責任が問われているのです。
その上で、今日の結論をどうするか。多数決でいくと、子ども達はみんな打った方がいいということになりますが、その結論はつまらないでしょう?

ゆうとう:
つまらない!

ジイジ:
だから、みんな打って5年後に死ぬのはどう?(みんな:笑)
ではもう一度、大人と子ども全員に聞きます。打つか打たないかは本人の意志で決めればいいと思う人。

(37人が手を挙げる。)

では、子ども達も全員打った方がいいと思う人。

(35人が手を挙げる。)

では、本人の希望で、打ちたくない人は打たなくていいことにします。

(子ども数名が拍手をする。)

そんなふうに、喜ぶことではありませんよ。ここで次の問題があります。それは、打っても打たなくても、社会的責任は常にあるということです。
「自分だけ良ければいい」という話ではありません。そして、いい加減な情報を流してもいけません。
打つ人は、「なぜ打つのか」ということを自分の中でしっかりと考えて、その責任を果たすために打ってください。打たない人は、自分の意志で打たないのですから、その分毎日の生活をしっかりと気を付けて送る必要があります。打つ人もそうですが、打たない人は打つ人よりももっと気を付けて、自分から人にうつさないようにする。そして、人からももらわない。それを、責任を持ってやってください。そのことを、いつも考えていられるかどうか。
もしも誰か一人でもかかったら、ここでは全員が濃厚接触者になります。自分は陰性であったとしても、14日間は隔離しなければなりません。ここでは、個人の意志を尊重します。その個人の意志を託された人は、自分が全体のことを託されたのだということを、しっかり考えて行動しなければいけないということです。いい加減な行動はできないのです。それはワクチンを打たないからということではなく、周りの人に対する責任を果たすということです。そういったことを考えて行動するようにしてください。
ここではロータスランドも運営しており、いろいろなお客さんと出会います。大人達はその責任を考えて、打つことを決定しました。自分が他の人にうつす可能性がない立場にいる人、他の人と関わらない人ならば、「私は打たない」ということでもいいでしょう。個性的な生き方は尊重されて良いのですから。しかし、その個性が人に迷惑をかけたり、不安を与えるとしたら、社会人としての責任を取らなければいけません。

そこでもう一つ、みんなに話したいことがあります。
ジイジは、人の心というものをずっと観てきました。この間は、4人の子ども達を呼んで話をしました。この4人はなぜ呼ばれたかというと、日頃の言葉遣いが悪かったり、友達に乱暴な振る舞いをしたりしたからです。その中の1人は、ジイジが話をした後も、また悪い言葉を使ったので、今度は叱りました。
本人は、「悪い言葉を使おう」と努力しているわけではありません。本人に聞くと、「自然に出てくる」と言うのです。つまり、自然に悪い言葉が出たり、人が嫌がることをするような人になっているということです。みんなはこれをどう思いますか?

子ども達:
よくないと思う。

ジイジ:
よくないと言っても、他にもそういう人がいるでしょう?だからジイジは本人を呼んで、今からそういう状態でどうするのか、という話をしました。そこでは、あなたの心の状態はこういうことだよ、という話をします。前はこういう状態で、今はこうなってるよ、ということを話します。そして、さらに先へ行くとこうなるよ、という話をします。
よく、小学生のうちはまだ親の方が力関係が強いので抑えられていても、大きくなると親の方が怖がってしまって、伝えられなくなるという話があります。極端になると、子どもが親を脅したり、逆に「こんな子を世の中に生かしておけない」と親が子どもを殺してしまうようなこともあったでしょう?親から離れて好き勝手に振舞い、暴走族になったりする人もいます。それは、本人達もそれで良いとは思っていないのです。でもなぜかわからないけれど、そういった場所に心が合うので、そうなっていくのです。
ここでも、最近小さい子ども達が悪い言葉を使うことがあると聞きます。どうしてそうなったかわかりますか?それは、上の子達が使うからです。使っている本人にどうしてそういう言葉を使うのかと聞くと、「何でだかわからないけど、そういう風に言ってしまう」ということでした。そして何回注意しても、また同じことをやるのです。これは、深刻な話です。そうしてその人の人格、心がつくられていくのです。
そこでジイジは、本人の親を呼んで話をしました。子どもというのは、お父さんの遺伝子と、お母さんの遺伝子を受け継いで生まれてきます。ジイジはこれまでたくさんの人の相談に乗ってきましたが、話を聞いていると、その問題のルーツが観えてきます。それは、その問題の本人だけではなく、家ごと解決する必要があるケースがたくさんあることです。その時に大切なのは、本人が問題に気付いたなら、まずは自分から解決することです。

自分が問題を解決すると、今度は自分が子どもに遺伝子を受け渡す時に、子どもに悪いものが行かなくなります。そして自分自身も、問題を解決したのだから、良い人として生きることができます。さらにもう一つ。その問題点が、自分の親や、そのまた先祖からずーっとつながって自分に来ているとしたら、自分がその問題からしっかり学んで、優れた人になることは、昔の人たちが個性的な人生を生きて自分につないでくれたお陰で自分は気付くことができたのだ、ということにもなり、その問題のお陰で学ぶことができました、ありがとう、と、昔の人達の問題も、良いことに変わるのです。つまり、昔も、今も良いこととなり、そして未来の子ども達にも、良いものを与えることができるということです。
ここはポイントです。もしも今、その問題ごとから学ばずに、そのまま先へ進むと、「あそこの家の子だからね、やっぱりそうだね」ということになります。そしてその人が将来パートナーを見つけて子どもをもうけると、「やっぱりあの家の子どもは、親のようになったね」ということになります。
今、悪い言葉を使ったり乱暴をしている子ども達は、今はまだ子どものしたことのように思っているかもしれませんが、そのまま大きくなると、校内暴力になったり、警察沙汰になったり、誰かをいじめて相手が自殺するなどということが、世の中にはたくさんあります。そうしたら、一生償わなければいけません。自分だけでなく、相手の一生も取り返しのつかないことになり、自分の家族も「あそこの家の子は」と周囲から言われるようになります。ここの子は「あそこの家の子は」ではなく、「木の花の子は」という話になり、ここの全員にそれがかかってくるのです。
これは、さっきのワクチンの話と同じです。自分が打ちたくないということは認めます。しかし、自分の立場というものを考えたら、それを認めてもらった分、打つ人も日常生活には気を付けなければいけませんが、打たない人はなおさら、打つ人よりもさらに真剣に考えなければいけません。そして、人にうつさない。そういうことをしっかりやっていかなければいけない。それが、その人が生きていく上での責任ということです。

これは、最低限の話です。気に入らないから悪い言葉を使った、というようなことでは、だんだん済まされない話になっていくのです。今はまだ済まされているから、この話で終わっていますが、そういった姿勢を今のうちに正していかないと、将来済まされなくなっていくということです。心の持ち方がいい加減だと、思わぬことに出くわすことがあります。そのようなことを引き起こす心を持たないようにすることが、責任ある人の生き方です。それは本来、人として当然のことです。
ジイジも子どもの頃に、嘘をついたり、「大人には内緒だよ」「誰々には言っちゃダメだよ」という秘密を持っていました。よくあるでしょう?それは、隠しておきたいことがあるということです。でもね、隠しておきたいことが多ければ多いほど、今のような問題につながっていくことになります。こんなに大勢で暮らしていても、みんなが自分の中にあるものを正直に出して、これについてどう思う?と、常に正直に話し合える場所を創ったら、この場所に良い風が吹いて、「あそこは気持ちのいい場所だね」という所になるでしょう。しかしどうしてなのか、人は隠そうとするのです。ジイジはね、きちんとした毎日を送って、責任ある行動を取っていたら、子ども達がゲームをやるのもいいと思うんだよ。ところが、隠れてゲームをやろうとする子がいるでしょう?
隠れてやると、簡単に中毒になります。それは、隠しておくことは病的な心だからです。心が病気を創るのです。今の世の中には、心の病気を持つ人がたくさんいます。精神疾患を持つ人は、日本全体で400万人と言われています。そしてその10倍が、予備軍といって、精神疾患になる可能性があるというのです。そうすると、日本人の3人に1人が心の問題を持っていることになります。大変な数ですね。

それで、さっきの話に戻ります。インターネットには、いい加減な話が溢れています。そしてそのいい加減な話が、「そうなんだ」「そうだよね」と確かではないのに広がっていきます。それが誰から出てきたのかわからないのに「そういうことらしいよ」という話が「そうだよ」ということになって、真実になっていくのです。ジイジは、どんな人の話でも必ず「それはどこから聞いたんだ?確かなことか?」と確認します。それは疑っているのではなく、確かな話ならいいけれど、確かでなければ、自分から世の中を混乱させる元をつくっていることになります。人の迷惑を広げているのです。
そう考えたら、いい加減なことは言えません。そしてワクチンを打たないとしたら、いい加減な生活をしてはいけません。ワクチンを打ったとしても、効果は100%ではないのですから、やはりいい加減な生活をしてはいけないのです。それは、社会のためにも、自分のためにもそうするということです。そういったけじめのある意識を持つことが大切です。
今、この場所で子ども達の後ろにいる大人達は、そんな風に親から言われなかったでしょう?だからいい加減な人になるのです。その悪いクセを、大人になってから取るのは大変です。
子ども達は、今それを取るチャンスをもらっています。小さいうちにそれをやると、早く取れます。大きくなると面倒です。自分の理由を言うようになるからです。今は、そんなことをしてはダメだよと伝えれば、「そうだね」とすぐにわかりますが、大きくなると、自分の理由をたくさん並べるようになります。

心が、この世界を創っています。いい加減な心を持っていると、いい加減な人間関係、いい加減な世の中ができます。だから、その元の心がいい加減ではいけないのです。
今の世の中では、そのいい加減さが分析できなくなっています。そして大人が、いい加減なことをたくさん言いふらします。そして子ども同士でも、すぐに隠し事をする。「言わないでね」と隠し事にしていることが、問題となって独り歩きをするようになるのです。
そこのところをとことん自分に言い聞かせてやらないと、染みついてからでは本当に取れなくなります。そして今のような、混乱した世の中ができてしまうので、子ども達とこういった話をするべきだと思いました。今なら、子ども達はそれを広げる側から、やめさせる側になれるだろうと思うからです。
コロナウィルス対策についても、いい加減なことではいけません。責任ある行動を取りましょう。みんな、1人で生きているのではないのだから。

毎日の子どもミーティングで、ただその日の出来事を報告するだけでなく、自分はいけないと思うことをやりました、ということが言えるようになったら、この人は自らを正す道を歩み出した、ということです。それは、良い人生を生きることになります。そして、周りの人にとっても良いことをもたらす人になります。
自分発、良い場所ができるように。自分発で悪いことを起こすのではなく、自分発、良いことが起きるように。それを心がけてください。そうしたら、相手発、悪いことに対しても、「それはいけないよ」と言ってあげられる人になります。自分発、良いことをし、相手発、悪いことに対しても「それは良くないよ」と言ってあげられるようになったら、自分発、世の中を良くする人になります。それが大事です。
今は、そういうことを誰もしません。これからは、それがとても必要になる時代が来ます。これは大人も子どもも関係なく、世の中を創っている人はみんなそのように生きるということです。
ワクチンについても、大切なことですからよく考えて判断し、そして判断したことで自分の責任をきちんと果たしてください。

 

 


温暖化対策は、脱いだ靴を揃えることから

先日木の花ファミリーでは、持続可能な未来を模索するNHKスペシャル「2030未来への分岐点」(3回シリーズ)を、子どもたちと一緒に観ました。
第1回目のテーマは地球温暖化。IPCCによると、2030年に地球の気温が産業革命前に比べて1.5度上昇することが予測されており、多くの科学者たちが、気温上昇に伴う巨大台風の増加や豪雨、干ばつ、海面上昇、生態系の崩壊や食糧難を最小限に食い止めるためには、今後10年間に人類がどれだけライフスタイルを転換できるかが勝負であると警告しています。
番組を観た後、ジイジは以下のように話し始めました。

NHKスペシャル「2030未来への分岐点(1) 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦」


 

国はようやくお尻に火がついて、慌てて温暖化対策に取り組み始めようとしています。
しかし、それはまるでお尻に火がついて、急いで水の入ったバケツにお尻を入れて「ああ火が消えてよかった」と言って、また元へ戻る、ということと同じです。
どれだけか温暖化対策をして、そこから先はどうするのか?その一連の行動は、仕組みだけを変えているということです。しかし、大切なのは仕組みを変えることではなくて、『人間』を変えること。そこが難しい。
自分は現状のまま変わらない生活を維持して、かつ温暖化の問題も無いという世界を思い描いているとしたら、どこかで地球に負荷をかけすぎてきたことを認識しなければなりません。そしてそれは、地球に対する人間の姿勢が間違っていたのだから、いよいよやめなければいけない時が来た、ということではないでしょうか。

温暖化の一番の原因は、エネルギー問題です。それを生み出すのは、石油や石炭などの化石燃料で、原子力発電も様々な問題があります。これらの代替エネルギーとして風力や太陽光が良いというけれど、そもそも風力や太陽光も、まず設備を生産しないといけないから、そのためのエネルギーもかかるし、消費したら壊れもするから、万能ではありません。結局、世界に矛盾を生み出す人工の世界であることは同じです。
人間はどのように生きていけばよいのかを考えるならば、まずは人間の在り方を問わなければなりません。なぜなら、人間は生命として地球に生まれてきたのに、生命の在り方が何であるかを忘れ、人工の世界を拡大してきたからです。その姿勢は、人間以外の生き物とは全く違います。ここまで人工の世界を拡大する道を歩んできて、まだ同じやり方で問題を解決しようとしています。だからこそ今、人間の生命としての本質が問われているのです。過去に沢山の生命が絶滅してきましたが、人間も、異常で過剰な人工の世界をこのまま進めていけば、やがて絶滅することになるでしょう。そこで「誰が問題を作り出したのか」と言ったら、それはみんなでやってきたことなのです。
若者が街に出て「温暖化対策をしろ」と叫び始めました。その行動を無駄とは言いませんが、考え方の合わない者を批判することよりも、そもそも人間の歴史を振り返ってみれば、その批判している対象の延長線上に、現在を生きる自分たちが存在しているのですから、彼らの歴史は自分たちの歴史でもあることに気付くべきなのです。そこで過去を冷静に振り返り、なぜ地球上にこの様な異常をもたらす生命が発生したのかというところから、振り返ってみる必要があります。人間以外の生命には、その種の存在が原因となって、このような矛盾を地球上にもたらすものはいないのです。だから、現在の地球の状況は人類という種全体に原因があり、誰もその責任から逃れることはできないということを認める必要があります。
だって、今の地球の問題は、みんなでつくってきたことだから。だから、もっとよく考えなければいけません。それは、単に仕組みを変えて解決すれば良いという話ではないのです。
これから、温暖化が進むと、さらに暮らしにくくなります。そうすると、生きることの見通しが立たず、自らの命を絶つ様な人も増えるでしょう。でも、暗い気分になってはいけないね。それは人間の価値を見直す機会をもらっていると捉え、大事な振り返りをいただいているのだと思って、受け取っていきましょう。

今、世界中の国が取り組んでいる物理的な解決策の他に、今の生き方や考え方を生み出す人間の心の解決を探っていかなければ、根本的な解決につながることはないでしょう。だから、みんなで力を合わせて生きていくことは、大切なことです。それは、地球の元々の成り立ちに還ることです。そして、智恵を出し合うことです。そうやって力を合わせれば、頑張らなくても良いことにつながります。
だから、自分の考えを出しなさい。みんなで出し合い、その多様性を束ねていけば、必ず突破口は開かれます。出さないから、突破口が開かれないのです。

私たち一人一人は、温暖化対策として、何ができるのか?
それにはまず、自分の脱いだ履き物を揃えることです。履き物を揃えることは、温暖化対策だよ。どうしてだかわかるかな?
ジイジは幅が広いから、どんなことからでも地球を良くすることに結びつけます。自分が脱いだ履き物がどうなっているのに注目することは、その日一日を自分がどのように過ごしたのかを振り返ることと同じです。脱ぎっぱなしでは美しくないでしょう?脱いだ履き物を見ることで、自分がどんな姿勢で、どんな行動をしたのかを振り返り、その行動で良かったのかを考える。そしてその都度履き物を揃えることで、その自分を修正していくのです。履き物を脱ぎっぱなしにすることは、自分の行動を振り返らずに地球の環境を汚したり、人と考えが合わないからと言って対立することと同じです。それは無駄なエネルギーをたくさん使うことになります。

現代には、無駄なエネルギーを使うことがたくさんあります。例えばゲーム中毒になることや、アルコール中毒やスマホ中毒もそうです。現代には中毒がたくさんあります。そしてそういった中毒がビジネスチャンスとなって経済効果をもたらし、企業は大儲けをしてきました。そのような自然とは全く相容れない人工の世界が地球上に広がった分だけ、地球は今、問題ごとで溢れています。それを繋げて見てみれば、経済発展が温暖化を進めていることがわかります。そしてそうなったのは、一人一人が自分の行動をよく振り返って、規律を持って生きていないからです。
自分の姿勢を履き物に観て、振り返られる人は、客観的に自分のどこが悪いのかに気づくようになります。これは良い、これはダメ、ここまでは良いけどここからはやめよう、と、物の分別がつく様になります。だから、まず目の前の一歩として、履き物を揃えること。挨拶をすること。そうやって、一つ一つのケジメをつけていく。それが人の心を良くし、社会を良くして、問題ごとを解決するきっかけになっていくと思いませんか?
人間は、自分の内から際限なく湧き出る欲望を叶えることが豊かさだと思い、歪んだ豊かさを追求してきましたが、そろそろ自らの外の側、つまり、他の生命や、地球や、宇宙の側から物事を観て、そこに自らが何をもたらしているかを理解する者にならなければいけません。自分の内側からの一方的な目線で、良いことをやっているつもりでも、それが全体のバランスを壊していくようでは、尊い者とは言えないのです。
自分の存在が他の存在に歓迎されるような者であることを、我々人間は、これから目指していく時が来ています。他のものに迷惑をかけ、自らの価値を落としてまでも得る豊かさとは何なのか、よく考える必要があるでしょう。

 


希望の風を世界へ吹かせましょう

昨日、2020年12月13日の13時より、木の花ファミリーでは、メキシコの太陽マヤ族が主催する世界的イベント「人類昇天の世界宣言」のオープニングとして、「希望の風セレモニー」を行いました。
このイベントは、すべての人類の精神を解放し、誰もが豊かさと尊厳をもって幸福に生きられる世界を築こうというイベントの趣旨に共鳴した世界各地の人々が、それぞれの地で人類の精神の解放を祈る儀式等をリレーのように行っていくもので、「日出ずる国・日本」の木の花ファミリーはその第一番目として、オープニングセレモニーを担いました。奇しくも、2020年12月22日より、宇宙的には「風の時代」が始まると言われ、セレモニーの名は「希望の風セレモニー」となりました。(セレモニーの詳細はページ下部をご覧ください。)

以下は、セレモニー冒頭のジイジのお話です


 

希望の風を世界へ吹かせましょう

「希望の風セレモニー」オープニングより

2020年12月13日、日本時間13時をもちまして、地球人類の目覚めのための「希望の風セレモニー」が始まりました。

私たち人類はその叡智により、これまでにたくさんの文明を築き、大きな影響力をこの地球上に示してきました。このような高度な文明を築いた星を、私たち人類は今、宇宙観測によって他に確認することはできません。これから先の未来においても、このような文明を築いている星に人類が出会うことはないかもしれません。私たち人類が繁栄しているこの類まれなる星は、宇宙の中でも特別な状態になっています。それは、今周りを見渡してもわかるように、生命の星であるということです。

地球上にこのようにたくさんの生命が無限に展開することは、宇宙の奇跡です。そしてこの生命の特徴は、互いに調和し、協同し、地球というひとつの生命をみんなで表現することです。宇宙が善なる愛なる調和で表現されているように、地球の生命生態系も、大調和でなければ成り立たない表現なのです。この美しい生命の大循環が地球上に広がり、これから未来を歩んでいこうとしています。

しかしながら近年、私たち人類の営みによってこの大循環が壊され、汚染され、私たちが創る社会に暗い影を落としているのも事実です。今世界中に蔓延する新型コロナウィルスも、温暖化による自然災害の多発も、私たち人類がその叡智を使い、豊かな暮らしをしようとした結果起きていることです。なぜ豊かで幸せに暮らそうとした結果、このようなことが起きているのでしょうか。それは、私たち人類が他の生命のことを忘れ、大調和の精神を忘れているからです。

この現象は、近年に限ったことではありません。地球上に人類の叡智による文明が発生してから、6500年になると言います。私たち人類の側から見れば、それは発展であり、希望でもあったのです。しかしながら、その文明が現在に至った結果もたらす現象は、地球全体の生命に暗い影を落としていると言えます。

私たちは今、何をしなければいけないのか。新たな希望を見出すために、何をするべきか。

私たち生命の本質は、自分である前に、全体のために存在しているということです。国家は、その国を構成する人々の調和の上に成り立ちます。そして人類は、他の生命が健康で健やかであるよう、大循環の世界を表現するために存在しています。その心の根底にあるのは、他者を思うことです。そしてつながるということです。その精神が調和を生み、平和な世界を築きます。

その心の大本はどこにあるのかというと、大宇宙にあります。現在のように資源を奪い合い、争い、格差を生み出すような時代から、宇宙の星々が織りなす美しく無限なる調和の世界、そして地球生命が織りなす美しい生命世界のように、私たちは今、その精神に目覚めるべきなのです。

それは、簡単なことです。自らを大きく捉え、他者を自分自身だと思うのです。私たちは地球であること。そして宇宙にいること。そのことを自らの中に目覚めさせれば、今の社会の矛盾を解決するのは、いとも簡単なことです。

今はまだ、多くの人々はそのことに気付いていません。しかしまた、そこに気付き始めた人々が今、地球上にたくさん現れてきています。私たちは日本の富士山の地より、その始まりの宣言をします。そして希望の風を吹かせます。この風のウェーブは、地球を回り、この星全体を調和の響きで包みます。それは、努力をしなくてもいいのです。一人ひとりが人間の本当の姿、地球の真実の姿、それを思うだけで、その思いが人から人へつながり、響き渡り、地球を包むことでしょう。

これまでそれができずにいたのが、なぜこれからはできるようになるのでしょうか。それは、この2020年の12の月をもって、新しい風、宇宙の風が吹き始めるからです。その始まりのセレモニーに、こうして皆と共にその意識を持ち、この場に立てることをとても喜びに思います。この小さな響きは、いずれ地球全体を包むでしょう。そしてこの奇跡の星地球を、本当に美しい世界にしてくれることでしょう。その役割を担えるのは、地球生命の中で最も高い能力を持ち、最も尊い、私たち人類の目覚めなのです。

本日、12月13日13時をもって、その始まりのセレモニーを日本の富士山の地よりお届けします。人類の目覚めのための希望の風を、世界へ吹かせましょう。そして、地球全体に広げましょう。ありがとうございました。

 


 

セレモニーでは、木の花楽団の新曲「希望の風」が歌われました。

 

希望の風

暗い宇宙の 水平線に
かすかな光が 広がり始めている
どんな時代が 始まるのだろう
重い扉が今 ゆっくりと開いてゆく

希望を失った人々よ
絶望の淵から光へ向かおう
不安と恐れの向こうへ
忘れた羽を取り戻して
今羽ばたいてゆこう

未来があなたを 呼んでいる
失った希望が ここにあると
本当は誰でも そのことを知っている
今ここから 歩き始めよう

暗い宇宙に 広がる叡智
何故人々は 知ることが出来ないの
どんな暗闇が 心を覆っても
扉を開けば 光は流れて来る

希望を見出した人々よ
真実の道を歩み始めよう
不安とおそれを乗り越えて
今羽ばたき始めれば
星々のエールが聞こえる

未来があなたを 呼んでいる
この道をまっすぐに 行けばいいと
天と地をつなぐために生まれた者たちよ
手を取り合って 共に行こう

愛を知るために 憎しみがある
光を知るために 暗闇がある
闇に秘められた たくさんの想いを
手放すと決めるのは あなたの意志(こころ)

今やっと 新しい風が吹いてきた
みんなの心を つなぐために
希望の風がみんなを つないでゆけば
世界に奇跡が 起こるだろう

全ては善きことのためにある
全ては善きことのためにある
全ては善きことのためにある
全ては善きことのためにある

 

*セレモニーの一部始終の動画を、フェイスブックのライブストリームにてご覧いただけます。

動画を見る

 


人間は何故こんなにバカになってしまったのか ~ 勉強するのは何のため?

先日木の花ファミリーでは、8月15日に放映されたNHKドラマ「太陽の子」を観ました。太平洋戦争末期に、原子爆弾開発のための研究を続ける兄と、兵士として戦場に赴く弟の兄弟の物語です。番組を観終わった後、ジイジは子供たちに向けて、以下のように語りました。


ジイジ:
このドラマの主人公のお兄さんは、京都帝国大学の科学者です。そこでお兄さんたちが一生懸命研究していたものは、何だったでしょうか?

子供たち:
原子爆弾!

ジイジ:
そうだね。あの研究が完成すると、原子爆弾になります。原子爆弾は何をするためのもの?

子供たち:
人を殺すためのもの。

ジイジ:
戦争の兵器だね。戦争の兵器とは、人を殺すためのものです。
もう一つ、日本と一緒に戦争をしていた国がありました。ドイツです。ドイツでも原子爆弾の研究をしていましたが、アメリカの方が先にそれを完成させました。アメリカが先に完成させたから、あの戦争を終わらせるために、日本に原子爆弾を落としたのです。ドイツはその頃にはもう降伏していましたから、原子爆弾を落とす必要がありませんでした。でも日本は、なかなか降伏しませんでした。だから、原子爆弾を落としたアメリカの人たちは、「あの時に原子爆弾を落とさなければ、アメリカ軍が日本本土に上陸することになり、もっと多くの人が死んだだろう。だから早く戦争を終わらせ、死ぬ人を少なくするために原子爆弾を落とした」と言うのです。
日本でも原子爆弾の研究をしていましたね。もしも日本が先に完成させていたら、日本はそれをどうしたと思いますか?

みのり:
アメリカに落とした。

ジイジ:
アメリカに落としただろうね。飛行機の性能の問題もあるから、実際に落とせたかどうかはわかりませんが、アメリカに落とすことを目的としてその爆弾を作っていたことは確かです。そこにあるのは、原子爆弾を相手よりも早く作ったかどうかの違いだけで、どちらも相手の国のたくさんの人がいる場所で、それを爆発させようとしていたということです。
では、何のためにそんなものを作って、人がいる場所で爆発させるのでしょう?原子爆弾を誰もいないところで使っても、意味がないですね。あれはやっぱり、たくさんの人がいる都市で、人が作ったたくさんのものが壊されないと意味がありません。そもそも、戦争をするのは何のためですか?

みのり:
資源の奪い合い。

ひみこ:
幸せを手に入れるためとか。

なお:
領地を広げる。

みこと:
自分たちの強さを見せつけるため!俺たち強いだろう~って。(みんな:笑)

みかこ:
この番組の中では、エネルギーの奪い合いだって言っていたね。

ジイジ:
奪い合って、その資源を手に入れたらどうするの?

あきよし:
楽に生きる。

みのり:
お金を手に入れる。

ジイジ:
資源がたくさんあったらみんなが豊かになって幸せに生きられると思って、そのために戦争をするの?戦争というのは、他の国へ行って、その国の人をやっつけて資源を奪ったり、その人たちを使ったりして、いろいろなものを奪うことだよ。

みかこ:
実際に戦争をしている国だけではなく、戦争を仕掛けてそこに武器を売ってお金を儲けている人たちもいた。

ジイジ:
そういう人は、第二次世界大戦の頃は今からするとまだ少なかったのでしょう。でも明治維新の頃や、そのもっと前の戦国時代にも、外国の人々が日本に武器を売ってお金を得ていました。
第二次世界大戦は、日本が真珠湾を攻撃したからアメリカはその仕返しとして日本に宣戦布告し、最後には原子爆弾を落としてやっつけたということになっています。しかしその前からずっと、経済戦争というものがあったのです。今は戦争の代わりに経済を発展させて貿易をしていますが、これは形を変えた戦争です。
今、香港に住んでいるある人が、香港は中国の支配が進んで自由がなくなるから、早く外国に行きたい、できれば木の花ファミリーで暮らしたい、と言ってきています。もしかすると戦争が起きるかもしれないと、とても不安を感じています。実際に、中国は今東シナ海や、もっと南の南シナ海にまで軍事展開を進めています。もしも戦争になったら、中国があの辺り一帯を支配するでしょう。そういう状況が、今実際に起きているのです。

毎年夏になると、戦争のテレビ番組をたくさんやりますね。それは8月15日が終戦記念日だからです。日本が降伏して、人類史上最も悲惨な戦争が終わった日です。
今年は、戦争が終わって75年が経ちました。番組では皆、「戦争はよくない」ということを言います。原子爆弾で家族がみんな死んでしまったとか、自分も大やけどを負って大変な思いをしたとか、そういう話がたくさん出てきます。今日は、日本の戦後の賠償がまだ十分ではないということを取り上げた番組をやっていました。戦争に行った人たちやその家族には、戦後に国からの補償がありました。原子爆弾に被爆した人たちにも治療費などが支払われました。でも、例えば静岡県で空襲を受けた人たちには補償はありません。第二次世界大戦中には、日本全国のおよそ200か所で空襲があり、たくさんの人たちが亡くなりましたが、兵隊ではない民間の人々には補償がなかったのです。
当時、日本はほとんどの家が木造でしたから、たくさんの人を効率的に殺すために、アメリカは建物を焼き払う焼夷弾という爆弾を使いました。そして実際にたくさんの人が亡くなりました。それでこの時期になると、戦争で被害にあった人たちの話がたくさんテレビに出てきます。そして補償がなくても生きてきたと言います。国は兵隊やその家族には補償をしましたが、民間人への補償をするほどの力はありませんでした。もしもそこまでやったら、ものすごくたくさんの人々に補償しなければならなかったでしょう。同時にそこには、民間の人々は国民として政府と共に戦争を進めた、という考え方がありました。兵隊に行った人たちは国に雇われて戦場に行ったということで、家族も含めて補償が支払われましたが、国民は国と一緒になって戦争を進めたのだ、ということです。また、日本は外国でも戦争をしましたから、戦後は外国にもたくさんの賠償金を払わなければなりませんでした。賠償金とは、戦争に負けた側が、戦争の責任を取ってお金を払うということです。ですから国は、自分の国の民間人にはお金を払いませんでした。
この時期になると、「あの戦争で私たちは不幸になった」「アメリカが原爆を落としたからこうなってしまった」「戦争がなければよかった」という声がたくさん聞こえてきます。それはどういうことかと言うと、「自分たちは被害者だ」という立場に立っているということです。

ほとんどの人が、「戦争は絶対にやってはいけない」と言います。そう言っている人たちやテレビの番組を観ていると、「自分たちは悪くなかった」と言っているようにも観えます。しかし、考えてみましょう。アメリカはなぜ、兵隊ではない日本の民間人がたくさんいるところへ爆弾を落としたのか。爆弾だけではなく、機銃掃射と言って、民間人が乗っている列車などを戦闘機から機関銃で攻撃しました。人々が驚いて列車から降りて逃げようとすると、それを機関銃で一斉に打ち殺すのです。なぜアメリカは、民間人まで殺す必要があったのでしょうか?
それは、アメリカから見れば、当時の日本人は民間人でも、男も女も大人も子供も一億総動員で戦争に臨んでいたからです。学生たちは学校に行かず、鉄砲の玉を作る工場で働く武器の生産者でした。若い女の子たちは、アメリカ兵を殺すために竹槍で人を刺す訓練をしていました。そして本土にアメリカ兵が上陸したら、一億総玉砕と言って全員が死ぬまで戦おうと言っていたのです。
このドラマでは、まだ小学生のような女の子が「早く結婚して子供を産んで、お国のために捧げます」と言っていましたね。当時の日本では、兵隊が必要だから、女の子は1人5人は子供を産んで、大きくなったら兵隊にしてアメリカをやっつけようと言われていました。今の子たちが「今日どこどこでご飯食べる?」というような会話の代わりに、「早く結婚して子供を産んでお国のために立派な兵隊を育てましょう」ということを真面目に話していたのです。
それは敵国からすれば、たとえ若い女の子であろうが子供の男の子であろうが、みんな兵器と同じでしょう?ところが人々は、当時の状況を振り返り、「政治家や教育者たちが子供たちをそんな風にしてしまったんだ」と言って、政治や教育のせいにするのです。ジイジはそれを聞いていて、「違うな」と思いました。つまり、あの時代には、そういった政治家や教育者の話に「そうだ!」と賛同する人々がいたということです。

あの時代に、世界は戦争をしていました。そしてその時代には、それにふさわしい心の人たちが生きていたのです。今は日本は戦争をしていないと言いますが、でも実は、世界中で戦争は起きています。先日、超高性能なミサイルが開発されたことがニュースで報道されていました。広島の原爆よりもはるかに高性能で、1発打ち上げるだけで10発以上に分裂し、しかも飛行機で運ばなくても自分で宇宙空間にまで上がっていって、そこから正確に目的地へ向かって飛んでいくというのです。それに対して、「そんなものを作るのはやめようよ」という声が取り上げられることはありません。それどころか、そのミサイルを迎え撃つためのミサイルをさらに開発しようとしています。それが1発でも落ちたら、大変なことになるというのに。
バカじゃないのか。でもこのドラマの中では、京都帝国大学に通う頭のいいお兄さんが、一生懸命爆弾の開発をしているのです。頭が良くて考える方向を間違うと、そういうことになるのです。
今日はあきよしとなおが来たので、ジイジは二人に「しっかり勉強しなよ」と言いました。勉強は何のためにすると思いますか?

あきよし:
頭が良くなるため。

ジイジ:
頭が良いとはどういうこと?

あきよし:
勉強ができる。

ジイジ:
じゃあ勉強は何のためにするの?

なお:
社会に貢献できる人になるため。

ジイジ:
でも戦争の時代には、あの物理学者のお兄さんは、原子爆弾を作って日本の国に貢献しようと思っていたんだよ。
社会に貢献すると言っても、社会が狂っていたら、その社会に貢献することは間違ったことをすることになります。今の社会はどうですか?みんな勉強していますが、何のために勉強していますか?

みこと:
いい会社に入ってお金持ちになるため。

ジイジ:
じゃあお金持ちになってどうするの?

みこと:
ぜいたくな生活をする!必要以上のものをたくさん買うとか。

ジイジ:
戦争が終わって、日本やアメリカのような資本主義の国の人たちは、それをやってきましたね。

ともこ:
事業を起こしてもっとお金を稼ぐ。

じゅんぞう:
不安のない暮らしをする。

ともこ:
政治家に献金して国を動かすとか。

ジイジ:
けっこう悪だくみだね。(みんな:笑)みんな笑うけど、戦争が終わった後、そういうことをいいことだと思ってやってきたんでしょう?戦争にはもうこりごりだと思って、社会を良くしよう、豊かになろう、たくさん物があって自分の好きなことができて言いたいことを自由に言えて自分の願いが叶う社会を創ろう、と言って、今の世の中ができたんだよ。
ドラマの中では、女の人が「戦争が終わったら教育が大事だ」と言っていましたが、そうやって教育をしてきた結果、今の世の中はどうですか?

みのり:
良くない。

あきよし:
お金がないと生きていけない。

ジイジ:
お金がないと幸せになれない、お金があれば必要のないものまで買って幸せになれる、それが豊かさだと言って、今や海の中はマイクロプラスチックという回収できないゴミでいっぱいです。そして地球温暖化で、記録的な雨が続いたかと思えば、今は記録的な猛暑です。9月になれば今度は台風が押し寄せてくるでしょう。それはみんな、人間のせいです。
去年から今年にかけて、アマゾンでもオーストラリアでもシベリアでも大規模な森林火災がありました。シベリアの火災では永久凍土が溶けて、さらに温暖化が進むと言われています。
そんな中で、もうこんな生き方を続けていてはいけないね、自分さえ良ければいいという考えは捨てなきゃいけない、みんなで仲良くしなければいけないね、だって地球という一つの家に暮らしているのだから、という考えになる人は、なかなかいません。今、世界でも大きな力を持っている国であるアメリカと中国は、とても敵対しています。そして日本もアメリカと同じです。
日本は核爆弾を持っていないでしょう?でも、実際は核の力で国が保たれているんですよ。何故かと言うと、アメリカがたくさんの核爆弾を持っていて、そのアメリカの仲間になることで「日本に何かあったらアメリカの核が攻撃するぞ」とアメリカの核の傘の下で守られているというのです。

みのり:
じゃあ非核三原則は嘘ってこと?

ジイジ:
非核三原則は、日本としては核を持っていないというだけの話で、実際はアメリカとの国際条約の下に、核によって日本は守られている、ということになっています。だから、日本は核兵器禁止条約には署名していません。唯一の被爆国でありながら、核兵器を禁止しようという条約には賛成しないのです。

子供たち:
え?なんで??

ジイジ:
おかしいでしょう。何故なら実際はアメリカの核に守られているから、核がなくなっては困るのです。日本人の中でもいろいろな人がいますから、核は無くすべきだと言う人もいますが、政府としては核に反対しない立場だということです。
それでね、なぜ勉強する必要があるのか。勉強するということはどういうこと?

みのり:
知識を覚える。

ジイジ:
知識をたくさん知るということは、ものを知るということでしょう?たくさんのものを知るということは、考える時にそれだけたくさんの情報があるということです。そしてたくさん考えるから、脳が活性化されます。そうすると、より考えられるようになるのです。
そこで「どうせ私は勉強ができないから、好きなことだけやっていればいいわ」となると、脳はどんどん衰退して、物事を考えない人になります。自分の好きなことだけに頭を回して、後は何も考えなくなるのです。科学者の人たちは頭が良いですね。コンピューターやAIを駆使してお金儲けをする人たちも、すごく頭が良いです。そしてその考えを実現しています。でも今は、それが良い世の中を創ることにつながっていないでしょう?だから不安だらけの世の中になっているのです。みんなお金のことばかり、自分が得することばかり考えている。最終的には自分の国の利益、即ち国益というもののためだけに世の中が動いています。
今日、あきよしとなおにこんな話をしました。自分の家があって、家族と一緒に住んでいるとします。自分の部屋は1階にあって、2階にいるなおが気に入らないから爆撃してやろう、とは思わないでしょう?2階を爆破したら家に穴が開いて、自分の部屋にまで雨漏りするようになります。それは極端な話ですが、一つの地球で暮らしていながらいがみ合っているとは、そういうことです。でも21世紀になって今もまだ、人間たちはそういうことを地球上でしているのです。バカみたいでしょう?

しっかり勉強をするということは、頭が良く働くようになるということです。そうしたら、いろんな情報が入ってきた時に、ただぼーっと聞くのではなく、「それってこういうことじゃない?」「どうしてそうなったのかな?」という思いが浮かんで、いろんなことを考えられるようになります。「本当にそれでいいの?」ということを考えられるようになるのです。
これからは、そういう人たちがたくさん出てこなければなりません。でも今は、お金とモノのことばかりで、物事を考えているようで考えていないのです。幸せといえば、お金があって豊かに生きられることだと思っています。だから地球温暖化が進み、環境が汚染され、他の生き物がどんどん死んでいくのです。でも本当は、他の生き物がみんな健康で生きているからこそ、人間も健康で幸せに生きられるのです。
人間は能力が高いのだから、本来は地球規模で全体のバランスを考え、行動できるものでなければいけなかったのです。けれども、文明の発祥から現代につながる約6500年間の歴史は、そうではありませんでした。これから人間が本物の価値を見出し、本当に良い世の中 ──── 人間だけではなくすべての生命にとって良い地球創りをする時代が、宇宙的には既にやってきています。
そういうことをパッと感じ取れる能力が大切です。ドラマにアインシュタインの話が出てきましたが、彼は人類史上最高の頭脳を持った人と言われています。原子爆弾は、太陽のメカニズムを利用した兵器だと言われていましたね。太陽のメカニズムとは、宇宙の仕組みです。太陽は核融合を続けて光を発し、私たち生命の命のもとになっています。その、私たち生命にとって神様のようなエネルギーを、人間が賢くなって科学的に分析し、爆弾にしてしまったのです。そして今も、その爆弾によって世界の平和が保たれているのです。

おかしいでしょう?平和というのは、相手をやっつけたり物を壊したりしない世界のことです。平和を保つためになぜ爆弾が必要なのか。どうしてこんなことになったのか。これからどうしていったらいいのか。人間は今、考える必要があります。
人間以外にもたくさんの生命がいますが、では動物や植物が考えているだろうかというと、考えて生きてはいません。何で生きていると思いますか?

みのり:
本能。

ジイジ:
そうだね。本能で、とても真剣に生きています。本能とは、命として生まれた時に一番初めに必ず持っている能力です。「自分だけいい思いをしたい」というような余計な思考はそこにはありません。本能とは、余分なもののない美しい能力です。それに対して人間は、どうやってお金を稼ごうかというような余分なことばかり考えています。そうやって余分なことばかりに思考が回っていると、人のことを考えなくなるのです。
地球は、本能のままに生命が生き、それが循環する美しい世界のはずでした。しかし人間がそれを破ってしまったがために、美しくない星になってしまいました。だから今、毎日が異常気象になっています。コロナウィルスも蔓延し、人々は将来が不安で仕方がありません。
だから、考える人になることが大切です。その考える時に、方向性を間違ってはいけません。では、何を基準にするべきか。それは、なぜ地球があるのか。そしてそこに生命があることによってこの世界に美しい循環がもたらされているとしたら、宇宙の中でも特殊な存在である私たち生命は、その大本の原理に基づいて生きるべきなのです。

この「太陽の子」というドラマでは、今から75年前に戦争があった時に、人々は自分の国のことだけを考えていました。自分の親や奥さんや子供がいたら、その人達を守るために、僕はアメリカの兵士をやっつけますと言っていたのです。兵隊さんだけではなく、普通の女学生や子供たちでもそう考えていました。そしてみんなで協力して国が一丸となり、兵器を作って戦争をしていたのです。
そうすると、被害者はどこにもいませんね。自分は被害者で酷い目にあったから補償をしてほしいと今も訴える人々がいますが、あの時代を生きていた人たちは、みんなでその状態をつくっていたのです。
今、日本で戦争をしている人はいません。だから平和な世の中になったと思っているかもしれませんが、実際には出世競争だったり経済戦争だったり、それどころか海外の戦争に加担しています。戦争は、強い国が自分の国の利益を上げようとして、その思惑の下に対立が生まれることですから、日本人も実は戦争をしています。ただ自分たちが直接やっていないというだけのことです。そういうことも含めて考えられる人にならないと、本当に世の中のためにはなりません。

ジイジは最近、ちょっと怒っています。人間はどうしてこんなにバカになってしまったのでしょう。
ちょっと考えればわかることでしょう?だって大人は子供たちに、「みんなは一人のために、一人はみんなのために」と教えて、みんなで仲良くしなさいと言うのです。それなのに、スポーツでは相手を負かして自分だけが賞金を得ようとして、スポーツの世界ですらお金のことばかりです。どこか狂っているでしょう?
その狂った世界を元に戻したい。そう思って、ジイジは毎日生活をしています。そして今ここにいるみんなは、そういうことを大事だと思う人たちだろうと思います。大切なのは、みんなが本当にその気になることです。特に子供たちは、これから未来を生きなければなりませんが、このまま放っておくととても住みにくくて大変困った国になるどころか、地球全体がそうなります。だからそれを、今から改めていかなければなりません。

何よりも、いずれ誰もが、必ず死を迎えます。その時に、自分は良いことをしていると思っていたら実は世の中を悪くしていた、という人は、魂として良くない状態で旅立つことになるのです。
いつか死を迎えた時に、ああ、自分はいい人生を生きた、本当の意味で世の中に貢献をして、悔いは何もない ──── そう思って旅立てる人に、みんなにはなってもらいたい。そう願っています。

 


地球の新たな再生を宣言します ~ 2020年7月26日マヤ新年の日に

7月26日はマヤの新年です。木の花ファミリーでは、2014年7月26日にメキシコの太陽マヤ族最高司祭・尊母ナー・キン氏らと共に地球の新たな時代の幕開けを祝うセレモニーを行って以来、太陽マヤ族の人々との連携のもと、毎年7月26日にセレモニーを開催しています。

2014年の太陽マヤ族との合同セレモニーより

2020年は、カタカムナ第5首、第6首、アマウツシミチ、そしてカタカムナ第63首を奏上しました。

カタカムナ第63首は、宇宙のヘリに満ち満ちている、世界に現象化をもたらす創造エネルギー(カムミ)を、私達の胸に収めることによって圧縮し、質的転換を起こし、心に乗せて世界に発することで、世界の事象を正常化して元気にする歌です。2014年の太陽マヤ族との合同セレモニーで木の花ファミリーが奏上して以来、毎年太陽マヤ族が世界に向けて発信するセレモニー・ガイドでも、各地で行われるセレモニーをこの歌で締めくくることが推奨されています。

この日、会場であるおひさまハウスひまわりの周辺は、朝からスコールのような雨が降り続いていました。そしてセレモニーの最後に、ジイジは以下の挨拶をしました。

 

地球の新たな再生を宣言します
 
~ 2020年7月26日 マヤ新年の日に ~

今日は、2020年の7月26日です。この時をマヤの新年の儀式で迎えられることは、とても意味深いと感じています。私達が初めてマヤの人々と出会ったのは、2014年です。世界の平和を祈るということで、マヤの皆さんがこの富士山麓を訪れ、私達と共にセレモニーを行いました。

私たちが住んでいる地球は、宇宙の中にあります。その、宇宙の中にあるということを認識して生きている人々が、今の地球上にどれほどいるでしょうか。ほとんどの人は自らの自我に囚われ、カルマのままに生きているのが現状でしょう。その証として、人間の地球上での活動は、地球の生態系、即ち宇宙の大調和を乱し、今現在、今日この日も、日本中で大量の雨が降っています。今年は観測史上まれに見る長雨となっていることは、人間の行いの結果を示しています。さらに、新型コロナウィルスによる感染症が世界中に蔓延しています。私達人間は、自分たちの幸せや、より良い社会を築くことを願って活動をしているはずですが、その結果として、自然から、つまり天から、このような現状をもらっているという事実を認識しなければなりません。

2012年12月21日に、太陽の1螺旋である25800年ぶりの銀河の冬至を迎えました。私達が毎年地球上で出会う冬至も、1年で最も太陽の光が少ない時です。それは、新しい季節を迎えるためのけじめの時でもあります。
それに対し、銀河の冬至は、天の川銀河の中心であるセントラルサンから注ぐ霊的な光が、最も少ない時です。それが25800年ぶりに訪れました。そして、その反対側にあたる12900年前の銀河の夏至から霊的な光がどんどん少なくなっていき、今、霊的な闇のピークを迎えたのです。
私達がこの闇のピークへと加速度的に向かうきっかけとなったのが、銀河の夏至から銀河の冬至へと向かうちょうど中間地点にあたる、およそ6450年前の文明の発祥です。そこから近代文明へと向かうに従い、世界はどんどん闇を増していきました。

私達の文明というものは、世の中を発展させ、豊かで幸せな社会を創るものと思われてきました。その豊かで幸せになるための発展が、実は闇の時代を形成してきたのです。25800年ぶりの闇のピークを迎えた今、私達は自分たちが行ってきたことの実体を知る時に来ています。つまり、これまで自分たちが正しいと思いやってきたことが、実は闇の時代の中にあったのであり、銀河の冬至を越えた今、その闇を越えて光へと向かうターニングポイントを迎えたことを、私達人類は認識しなければなりません。これまで正しいとされてきたことを間違いとし、これから本当に光のピークへと向かうための光の意識を、私達は持たなければならないのです。
2012年12月21日に闇のピークを迎えてから、7年が経ちました。7は「質的転換」の数字です。そして今、8年目の2020年を迎え、時代は確実に質的転換しています。闇の奥を観て、真実に目覚め、私達が行うことがこの世界に光をもたらし、正しい循環の正常な地球へと戻していく。それが、私たち人間の中でもそのターニングポイントを認識する者達に託された、最も重要なことであると理解する時が今、来ているのです。

このマヤの儀式は、私たち人間一人ひとりに内在する尊い宇宙の精神を目覚めさせるものです。その光はどこから来るのかというと、銀河の中心であるセントラルサンから、私たちに常に降り注いでいます。そしてその光の種は、生命である私達の体の中に、既に根付いています。それを目覚めさせるのです。一人ひとりの目覚めによって、その種が芽吹くのです。
これまでのように、誰か特定の人がリードしていく時代は、終わりを迎えました。私達一人ひとりが自らの中に光の柱を立て、銀河の中心であるセントラルサンと呼応し、それが光の束となってこの世界を包んでいく。そういった意識に一人ひとりが目覚める時が来たのです。
それは、これまでのように個人の自我に溺れ、欲望によって自らの魂を濁らせ、その延長線上に幸せを求めてきた時代が終わりを迎えるということです。そして高く優れた意識に目覚めていく、そのきっかけに、私たち一人ひとりがなるのです。

私達がこの富士山麓の地に根付いてから、27年目に入りました。質的転換を迎え、様々な自然の変化や更に厳しい天変地異が訪れるであろう時に、マヤの人々と呼応し、地球上で最初に太陽が昇る国の霊地、富士の麓で、このセレモニーをスタートさせることは、とても重要なことです。
そういった自覚を一人ひとりがしっかりと自らの中に持ち、そして一人ひとりは独立しながら、地球生命生態系のように連携し、調和し、本当の美しい世界を創っていく。その始まりが今日、この富士山麓のセレモニーにて、宣言されます。そこに立ち会うということは、それだけの責任が、そういった立場の自覚を持つ私達にはあるということです。
この地球を包むウェーブの始まりのセレモニーにあたり、私達はその自覚を持ち、これから来るであろうたくさんの困難を乗り越えていく ———— それは苦しいことでもあるかもしれませんが、希望でもあるのです。その自覚の下に、地球を宇宙の法にふさわしい星へと切り替えていく生き方をしていきたいと思います。

今日この日の、この場所をもって、地球の新たな再生の道が始まったことを、ここに宣言致します。このマヤの新年を祝うセレモニーを提案して頂いた尊母ナー・キン、そしてマヤの人々に感謝すると共に、私達一人ひとりが宇宙と共にある銀河人であることの自覚を持って、どうぞ皆さん、共に歩んでいきましょう!

 

セレモニー終了後、スコールのような雨がピタリと止んで太陽の光がさしました