大町道中記② 〜 心の水爆

車は無事に大町に到着!そして大町ビレッジメンバーのこうちゃん、くわっち、みほさん、きたじゅんとの夕食後、いさどんが語り始めました。


 
今起きていることが 宇宙の答え

いさどん:
9月1日から、チャンネルが切り替わった。でも切り替わったことを知らない人がほとんどだ。9月1日から、北朝鮮とアメリカの立場が逆転したんだよ。今は北朝鮮の方が優位に立っている。
アメリカがずっと優位のままでいると、北朝鮮は核兵器を使う可能性がある。でも北朝鮮優位なら核兵器は使わない。だから人類にとっては、北朝鮮優位の方がいい。おもしろいね。
アメリカは、これまで自分たちがやってきたのと同じことを北朝鮮がやり出したら、北朝鮮を「ならず者」だと言う。同じことをずっとやってきているのに。だから北朝鮮はあえてならず者の役割をしており、それは大きな役割ではあるけれど、つまらないね。幼稚だから。

うちにケアに来る人たちも、引きこもったり、精神病になったりして、今の社会の矛盾を表現している。それも役割だ。彼らのような状態の人なんて、戦時中にはいないよ。みんなもっと生きることに必死だから。今の彼らの状態は、時代の矛盾を表現している。でも、僕ならそんな役割はしないね。それはものが観えずにそこでしか使い物にならないから、その役割をしているんだよ。僕が「賢くなれ」と伝えても、愚かな自分に囚われている。評価されたいのに、評価されない方へ自分を貶めていく。自業自得なんだからそのマスターベーションをやめなさい、とわかりやすく伝えても、最後は「わからない」と言う。それでは救われないよ。それは「わからない」のではなく、拒否している状態。わかろうとすればわかるのに、「わからない」と言うのは、そういう自分であることを認めたくないんだよ。

すべてのことは、そういう事実が起きたんだということを受け入れるところから始まる。その事実は、実体でしょう?実体とは何かと言ったら、宇宙の答えだよ。すべては宇宙の法則の通りに動いているのだから、今起きていることはこれまでの自分の行いに対する答えであり、それを受け取ることは宇宙の意志を受け取るということなんだよ。

こうちゃん:
いさどんブログに奇跡や神通力のことが書いてあったけど、僕が思うのは、いさどんは現象化の人だということ。その視点から見ると、このコミュニティが今こうして存在していることも奇跡だし、カルマ読みも地球暦もカタカムナもすべて奇跡じゃない?すべてが神通力以外の何ものでもない。

いさどん:
神通力と言うと異常なことが起きるように思うかもしれないけど、そうではないんだよ。この世界で現象化すること自体が神通力なんだよ。Tくんが精神病もどきになることも、みんな神通力なんだよ。

ともこ:
今日ここに来る車の中で、人はいらない思考にエネルギーを使っているという話があった。自分の思考については、どれがいらない思考でどれが必要なのか、しっかり見ればわかると思ったけど、例えば大人ミーティングのような全体の場で、この話し合いはいらないとか見極めるのは難しい。その場にいると自分もその話し合いにのめり込んでいって、後で誰かから「あの話し合いは必要のない時間だったね」と客観的に言われて、初めて「そうか」と思うくらいで。

みほさん:
うんうん。

いさどん:
今「うんうん」と言ってるけど、その「うんうん」は理解できていないよ。

みほさん:
いや、今考えてて。とりあえず話を聞いちゃうなーって。

いさどん:
だから今の話が腑に落ちてないんだよ。そういうことをわからなければいけない。それは「うんうんもどき」なんだよ。つまり、わかったもどきということ。そこで「私はそういうことがさっぱりわからないんだ」と自分の実態を認識した時に、わかる人への道がスタートするんだよ。それなのに、ただ話の内容を聞くだけで終わりにしようとするから、自分がわからない人であるということを理解しないんだよ。それでは「わかったもどき」が続くだけで、いつまで経っても自分がわからない人であることを認識できないよ。
簡単だけど難しい話で、これはカラクリなんだよ。みんなそういうカラクリに引っかかっている。大事なのは、自分の状態がどういうものであるかを認めることだ。いい人でありたいなんて思っちゃいけない。そんなことはどうでもいいんだよ。実態がこういうものであると認めたくないところを、認めるということだ。認めた時に、自分はこういう人なんだ、だからどういう風になっていきたいのか、という訂正の道が始まるんだよ。

みほさん:
そうだね。

いさどん:
いや、本当に「そうだね」か?そこが怪しいところだ。

みほさん:
確かに。

いさどん:
「確かに」というのも怪しい。どこまで行っても怪しいんだよ。それで先ヘ進めば、ほらわかってなかったでしょうという現象にちゃんと出会うんだよ。

 
「異常な状態」を認識して生きていく

いさどん:
誰でもそうだけど、いい人生を生きようとして自分流に生きた結果、人生に行き詰っている。それは誰のせいなのかと言ったら自分のせいなんだよ。自分に対する想いが空回りして現状を作っている。それは自分が間違っているのだから、「自分は間違っているんだ」と気付いた時に初めて間違いを改める道がスタートするのだけれど、自分への思い入れが強く執着していると、いつまで経ってもそこから抜けられない。自己矛盾の最たるものだよ。自分で自分を苦しめながら、その自分のやり方で何とか楽になろうとしている。それが自分を辛くしているのだから、カラクリでしょう?すごくわかりやすい話だけど、難しいんだよ。何で難しいのかと言ったら、自分からの目線が強すぎて、外側から客観的に自分を観ることができないからさ。それが自我というやつで、自分がかわいくて仕方ないんだよ。

だけど人間が優れているのは、誰でも己を忘れて世のため人のために生きられる道があるということ。優れているとは、己を離れることができるということだよ。この世界の法則のままに存在するということだよ。それなのに、己に囚われることが自分を幸せにすると思っているんだから、すごい矛盾でしょう?そんな人間ばかりだから、宗教は「あなたの願いを叶えますよ」と人集めをするようになったんだよ。だけどそれは違う。必要なのは、「願いを叶えます」ではなく、「自分の実態がわかりますよ」ということ。「そうすると、呆れてその自分を捨てられますよ」ってね。そうすれば自由になれる。今の宗教がやっていることは逆さまなんだよ。

日本の人口推移を見ると、2008年が人口のピークになっている。ではどのあたりから増え始めたのかというと、1600年、つまり文明1600年周期の闇のピークなんだよ。
そこから徐々に増え始めて、明治維新以降、加速度的に増えた。明治維新というのは、日本の産業革命だよ。ヨーロッパを見てみても産業革命を機に一気に人口が増えている。世界も同じ。その前はほぼ横ばい状態だが、微妙に増え始めたのは6500年前の有史以降。それは紙が発明されて、人間の思考が平面的な二元思考 ――― 即ち良いか悪いか、勝つか負けるかといった二元的な価値観で生きるようになった頃だ。その頃から、三次元の人間は宇宙を忘れて、自分の損得で生きるようになった。
そして日本は2008年をピークに人口が減り出した。それは日本が世界の象徴だからで、世界の人口のピークは、2100年頃だと予測されている。112億ぐらいになって、そこから減り始める。そして学者は2100年のピークまでは想像しているが、そこから先のビジョンがない。つまり、有史以降の価値観は右肩上がりの発想しかなく、下がっていく価値観がわからないんだよ。そういう発想自体が、思考にない。
そこで僕はそれを想像した。長い間ほぼ横ばいできたものが、産業革命を機に急激に上がった。その後どうなるのかと言ったら、急激に落ちるんだよ。そしてその後は、また低い位置でほぼ横ばいとなるだろう。今我々は、まるで事故のように急激な人口増加のピークの時に生まれて、この世界のカラクリを知って、そして死んでいく。そこでこの時代をどう捉えるのかと言ったら、「すごい時に生まれてきたんだな~」ということだよ。そこに何か意志を感じない?

この異常な状態にいることを、視野が狭いとわからない。長い歴史からしたらほんの一瞬である自分の経験だけをもとに「今までこうだったんだからこれからもそれを維持して保っていこう」という浅はかな発想になる。視野を広げたら、今の状態が異常なんだとわかるはずだ。この状態は異常で、終わっていくものなんだとわかったら、その思考に囚われる必要はない。
そうしたら何も心配はない。今は異常な中にいるのだから、その異常を体験してるだけのことであって、それを大変だの辛いだのと言う必要はないんだよ。

今、太陽のメカニズムをコンパクトにして活用する技術が進んでいる。水爆も太陽のメカニズムだ。あれをコンパクトにしてロケットにくっつけて破壊するために使うというのだから、人間というのはおかしな生きものだ。視野を広げて過去から現在にかけて見渡してみても、そんな愚かなものはどこにもいない。逆に未来にも、そんなものはいない。いかに今が異常か。
それがわかったら、客観的にその状態を観て、「今自分は異常な中にいるんだな」と認識して生きていく。そうすると、例えば自分は社会に適応できないとか自立しなきゃとか悩んでいても、ああ自分は異常な時代を表現する役割をしているんだな、ということが観えてきて心が穏やかになる。そこであくせくしてどうにかしなければなんてことは必要ないんだよ。そうすると冷静になれるでしょ?冷静になれば、ものが観えてくるようになる。今は、異常な中にいて自分まで異常になって、自分を傷めつけているんだよ。傷めつけながら、まだその自分に執着している。
その自分をやめなさい。そうしたら、その苦痛から解放される。他人を見るのと同じように、すべてのものを見るのと同じように自分を見ればいい。ところが執着していると、自分の姿だけが見えない。その自分が唯一自分を貶めているのに。
お釈迦様の言う悟りの境地とはそこにあるんだよ。ところが宗教は全然違うところに行ってしまった。四苦八苦から解放されることが目的となり、「色即是空」というようにすべてが無いものと捉えたら人は何も苦しむことなく平穏な毎日を過ごせると説いているけれど、そんなものはおまじないだよ。無理やりつくったバーチャルな境地だ。

事実に基づいた思考回路を持たなければいけない。そして自らが自らを救済する。なぜなら、自らに対する加害者は自分自身なのだから。

これは極めて面白く、そしてやりがいのあることだよ。なぜなら現象化するからさ。宗教的救済では現象化しない。自らを救われる対象にしているから、いつまでもそのレベルにいて、結局救済されないんだよ。そうではなく、救う自分、もっと言えば、救う必要のない自分になるということだ。

 
心の水爆

ともこ:
今、答えを言ってくれたね?

いさどん:
何が?

ともこ:
さっき、「9月になったらあることがわかったんだ」って言ってたでしょ。でも具体的にどういうことなのかは教えてくれなかった。

いさどん:
最終的な結論はそうかもしれないけど、もっとコンパクトなことだよ。だから・・・超ミニの水爆みたいなものだよ。北朝鮮が作っているのは大量破壊する水爆だけど、僕が言っているのは超ミニの水爆。

くわっち:
自分の自我を爆破するってこと?

いさどん:
言わない。

みんな:
えー!!

いさどん:
薬で言うと、これをひとつ飲めばたちどころに効果が現れるというようなカプセルがあるとするでしょ?そんなようなものだよ。

ともこ:
ちょー気になる!!!

いさどん:
それはプロセスも何もいらないんだよ。だってそうじゃん。人間の思考回路を見てごらんよ。すべてにプロセスがあり、こういう原因があってこういう経緯でこの結果になって、というのが連続して、ずーっと物語を刻んでいるんだよ。それは宇宙の法であり、何かと言ったら因果の法則を立証しているわけだ。原因があってそれにふさわしい結果が起きて世界はこのようになってるんですよ、と。
ということは、現状が良くないものであるとしたら、そこから抜け出るにはどうしたらいいか。こうするとこうなるからああしてこうして・・・などと頭を回しても、それは今の結果を作ってきたのと同じ思考回路だから、結局同じ結果になるんだよ。そうではなく、この思考回路の物語をここで爆発させて、終わらせるということだ。
「わかったぞ!だからこうしよう」なんてことを繰り返していても、結局は同じことなんだよ。そこで爆発させると、物語が終焉を迎える。だから、これは言わば小型の水爆。霊的水爆だよ。

ともこ:
そんなものがあるの!?(✪ω✪)

いさどん:
いやいや。9月1日から、何かが変わった。それは宇宙的なものだ。現象としては、地球上ではダラダラとした状態が続いていて、明らかに何かがどうしたというものではない。しかし、確かに何かが切り替わった。
2012年の12月21日に銀河の冬至を越えて、次の時代が始まったでしょう。闇が増していくサイクルが終わり、光が増していくサイクルに入った。それと同じことが9月1日にあった。だから少し、言うことが変わった。
今、超能力や神通力の世界に入ってきている。超能力や神通力というと、普通の人にはできないようなものだと思われている。しかしそもそも、この世界のメカニズムを理解できている人というのはほとんどいない。ということは、それを理解していない人々ができないことをできるようになることは、超能力なんだよ。わからないことがわかるようになることは、超能力だ。
それをわかるということは、この世界の仕組み ─── 神が運営している仕組みに通じているということ。それが「神通力」だよ。

それをわかると、とんでもない奇跡が起きるようになる。それはどういうことかというと、太陽と地球の関係、銀河と地球の関係、そういったものすごく大きなスケールで、同じことを繰り返すことなく無限に、超緻密に運営している宇宙の仕組みが、人間の生きる世界に顕わされるということ。
そうすると、食べ物を食べる効率もずっとよくなるし、ものごとも阿吽になっていく。不要な打ち合わせはいらない。そこからが、水素爆弾の話だよ。

みんな:
へぇー!

いさどん:
ハイ終わり。

みんな:
え ────!!!Σ(゚д゚;)

いさどん:
この世界はフリーエネルギーだ。考えてごらん。空気があって、その大部分は窒素と酸素と炭素だ。それがこの世界を創っている。空(くう)が原料なんだよ。すごいでしょう?空から有が生まれてるんだよ。これこそフリーエネルギーだ。そしてそれが循環しているだけで、この世界は時代を刻んで、今こうしてここにいるんだよ。そうしたら、どうしてそんなにあくせくする必要がある?もっともっとと欲しがる必要がある?すでにここが宇宙であり、極めてわかりやすいフリーエネルギーの世界なのに、どうしてこんなに右肩上がりに偏らなければいけないのか。その偏りの反動で、今異常が起きているんだよ。

 
勘違いの最高傑作

いさどん:
有史以前は、この世界は天が創るものだった。しかし有史以降、人間の能力が創る世界になった。そして物語が紡がれていって、その結果として今がある。だから「有史」と言うんだよ。そこに歴史があるということであり、それは人間の歴史の記録なんだよ。
それ以前は、人間も天の支配の下にあった。しかし紙の発明と共に、「ニンゲン」は二元論になっていった。それが「ヒト」になると、「ヒ」から「ト」までの十元論というか、多次元になるんだよ。今は、二元論の人間がずーっと世界を創ってきて、そうすると結果的にこうなるんだよということを教えてもらっているだけなんだよ。
地球では、過去6億年の間に6回大量絶滅が起きている。このままいくと、人類は7回目の大量絶滅の引き金を引くかもしれない。実際に、2100年に112億人まで人口が増えて、その後に一気に減っていくわけだから、これは大量絶滅と言えるね。

みほさん:
今が異常な状態であることを知るのと、自分のアホさを知ることは一緒だと思った。

いさどん:
一緒だよ。異常な状態というのは、普通ではなくアホな状態なんだよ。そこでテンションが上がっちゃいけない。異常な状態をわかるためには、距離を置いて冷めた目で見ることだよ。そのためには自分に水をかけてやることが必要だ。それができないから、いつまで経っても自分目線のままでいる。だから、懲り懲りしなければいけないんだよ。同じことを繰り返すということは、天はこの仕組みを使って、人間を懲り懲りさせようとしているんだよ。いつまでその狭い自分に執着しているんだ、もっと広い自分がいるだろう、とね。

宇宙にはいろんな次元があり、一つひとつの現象にも無限の可能性がある。自分をフリーにしてやると、それがあふれ出てくるんだよ。地球は生命の海でしょう?ということは、生命の数だけその可能性が表現されているんだよ。火星や月へ行ってもワンパターンだけど、地球にはものすごく多様なパターンがあり、人間はその最たるものだ。そこには、70億通りの表現がある。

だから、行き詰まりの突破口も無限にあるよ。それを無限に利用できるかどうかは、美しい状態でなければできないよ。自分の想いややり方に囚われていたら、そこに染まってワンパターンを繰り返すだけだから。でもこの世界は、本当は無限なんだよ。

人間というのは、本当におもしろいものだよ。宇宙を創造して、銀河を創造して、太陽系を創造して、地球と太陽と月の関係を創造して、地球生態系を創造して、あり得ないような可能性の上に自分がいるんだよ。それなのに、このレベルの社会しか創れていない。そしてこのレベルの自覚しか持てていない。
我々はある意味、ものすごく貴重な生き物なんだよ。今の世界は、ここまで外すかというくらい外れた世界になっている。ここまでの世界を創れるとは、それはもう傑作だよ。神様にしてみたら、とびっきり変態を創ってみたいという衝動に駆られたんじゃないの。大いなる勘違いを一度創ってみたいなぁと。本当に、これは勘違いの最高傑作だよ。

ともこ:
でも同時に、大いなる勘違いだとちゃんと気付くような仕組みに、世界を創った。

いさどん:
そりゃそうだよ。そうでなければ、そのままいっちゃうでしょう?そうすると、「おいおい、私の範疇を超えていっちゃいけないよ、あくまでもこの世界は私の範疇なんだから」って神様は言うんだよ。
僕が今考えているのは、我々が所属する神様の範疇を超えた世界があるかどうか。

ともこ:
いさどん、昔神様にそのことを質問してたよね。

いさどん:
その時は「それを聞いてどうする?」という返事が返ってきた。僕はそういうことをついつい考えるんだよ。
必ず、あるんだよ。この世界は必ず一対だから、今我々がいる世界があるということは、必ずそれと対になる世界がある。そちらはどうなっているんだろうと考えたら、神様から「やめておけ。おまえのすべてはこの世界でできているのだから、そこと対になる世界を想像する要素を一切持っていないのに、考えてもわかるわけがない」と言われた。好奇心が膨らみすぎてそこまで行くと、不要な思考の最たるものになる。解釈できないものを解釈しようなどという不要なことはやめておけということだよ。それでも人間は欲が絡むと、それをわかりたいと言うのだから、恐ろしいね。

 
仏という存在は「道」 それを歩めるのが人間

いさどん:
あのね、面白い解説があるんだよ。神という存在と、仏という存在がある。「神」という存在は、この世界の実体。「あってあるもの、なきてなきもの」というように一対になっている、この世界の実体そのものを神と言うんだよ。ところが「仏」という存在は、道なんだよ。何も見えない愚かしいところから、どんどんどんどんこの世界の実体を知って、切り開いて、目覚めていく道のことを仏と言うんだよ。そして神の実体へと近付いていく。

そうすると、実体である神は、そこに在り続けるだけなんだよ。これってむなしいでしょう?神様の領域に在り続けることはむなしいんだよ。しかし、仏という状態は、愚かしいところから実体へと向かう道で、とても希望のあるものであり、それを歩めるのが人間なんだよ。人間は、愚かしいところから神までへも行ける幅の広いもので、神よりももっと豊かなもの ──── その可能性を秘めたものであり、それが「ヒ」から「ト」までを歩む「ヒト」なんだよ。

そういう解釈があるんだよ。そうすると、「人に生まれるってすっごいな ────!!!」と思わない?この宇宙のすべての存在には魂があり、その一つひとつの集合体がこの世界の実体となっている。その一つひとつの魂が、「自分はここだけしかわからない」「自分もここの部分しかわからない」「もっと全部をわかりたい!」と思った時に、人間となって、仏道を歩み始めるんだよ。だから人間に生まれてきたことはとても価値があるんだよ。そして「ヒト」の道を歩むんだ。カタカムナの単音の思念でひも解くと、「ホトケ」とは、気配でしかない実体のない見えないもの(ケ)が統合し(ト)、継続して保たれている状態(ホ)を言うんだよ。

おもしろい話でしょう?今、この場では何も生産しない。だけど心が、「ああ、そうだったのか~」と開けていく道のこと。

くわっち:
人間てすごいなぁ。

いさどん:
違う。人間がすごいんじゃない。

くわっち:
神様?

いさどん:
違う。そうじゃない。
この世界の実体には、いろいろな存在がある。では今の話を、そこにあるパソコンが語れるだろうか?そこのさつま芋の葉っぱが、外をうろうろしている熊が、空気が、語れるか?どれも語ることはできないよ。その仕組みを語れることがすごいんだ。そこに至ることがすごいことなんだよ。つまり、その「道」がすごいということだ。
僕は自分で「幸せ者だなぁ、これを語っているよ」と思う。そうするとあなたは、「幸せ者だなぁ、それを語っている場に出会って」ということでしょう?それよりも、自分がこれを語れる人になることだよ。そしてさらに語っていかなければいけない。

時代はもう、21世紀なのだから、20世紀までの「尊い」なんてどうでもいいんだよ。21世紀とは、20世紀がリセットされて3000年に向けてスタートしているのだから、これまでの価値観を全部捨てなければいけない。そうしないと、次の時代に通用する道は観えてこない。
その時に必要なのが、心の水爆だ。すべてを壊す。9月1日を境に、僕の中で「プツン!」と破裂したんだよ。

来年は大町の他にもさらに番外地ができる。福井でも、タイでも始まるよ。僕なんてそのことに対してまったく無力だよ。だってそうでしょう。現状では何もできることはない。だからいいんだよ(^皿^)
それは、僕の道じゃない。私の道ではなく、あなた(天)の道ですから、段取りをどうぞよろしく。そういう無責任でいいんだよ。植木等の「無責任男」だよ♪
どうなっていくのかわからないけれど、わからないのがいいんだよ。つまり、わからないということは想像できないことが起こるということ。そこに希望を見出せばいい。想像できることが起きて、それで安心なんて言っていたら、そんなつまらないことはないよ。想像できないことをポジティブに考えると、どっちみち想像できないことが起こるけれど、それはポジティブの延長線上に来るんだよ。

この世界はすべてがポジティブだからね。ということは、神様がポジティブなんだよ。その証拠に、ネガティブに見えることでも何でも、ポジティブに捉えられるようになっている。それをネガティブに捉えるのは人間の特徴だよ。

 

────── 「大町道中記③」へつづく!

 


大町道中記① 〜 フリーエネルギーで車は進む

いさどんの周りには、いつも楽しいことがいっぱい!
話しても話しても宇宙の叡智があふれ出てきて、尽きることがないのです。こんこんと湧き出す泉のような叡智は日常の曇りをサァーーーッと吹き払い、わからなかったこと、悩んでいたことが「そうだったのか~~!!」と理解に変わって、気が付けばあら不思議、身も心も軽くなって宇宙を旅しているみたい♪

ある日、いさどんは蜜蜂のお世話をしに、養蜂隊のちなっぴー、ともこと一緒に、2泊3日で大町ビレッジへ出かけました。さて、今日はどんな話が飛び出すかな?まずは、大町へ向かう車中の会話から ────


 
いさどん:
すごい爆弾があるんだよ。電磁パルス攻撃と言って、原爆や水爆のように地上近くで破裂するのではなく、宇宙空間で破裂させて、すべての電子機器が機能しないようにしてしまう。とても高いところで爆発するので、撃ち落とすこともできない。

ともこ:
えー!それってやばいじゃん。

ちなっぴー:
パソコンとかが使えなくなるってこと?

ともこ:
パソコンどころか電気、ガス、水道、ライフライン全部アウトだよね。通信も交通も何もかもダメになるから、現代社会は日常生活が成り立たなくなるんじゃないの?

いさどん:
元々はアメリカが研究していたものを、北朝鮮が知って研究し始めた。迎撃できないから対策のしようがないんだよ。そしてそういうものを開発している国というのは、政府や軍の指揮系統などだけは、その爆弾の影響を受けないようにしてあるから、仮に自国が攻撃されたとしても、やり返すことができるんだよ。

ともこ:
だけど指揮系統だけ残っても、その後の生活が成り立たないよね。

いさどん:
もし、北朝鮮がそんな武器を使ったら、北朝鮮を叩くことはできない。

ともこ:
テレビでは北朝鮮が問題だということばかりが言われていて、どうしてそこに至ったのかという話はまず出てこないね。

いさどん:
ずれておかしくなったところから問題を解決しようとしても、できるわけがない。例えば人間でも、今問題を抱えている人がいるとしたら、子どものころの親との関係とか、学校でいじめにあった時に自分はどういう性質をしていて相手はどういう性質だったのかとか、その出来事の始まりのところから見ていく必要があるし、もっと言えば生まれ持った性質のところからスタートしないといけない。それを、事が起きて現象を積み重ねて歪んでしまってから解決しようとしても、そこだけで解決できるわけがないんだよ。
(北朝鮮情勢の分析については「宇宙視点で北朝鮮について語る」をご覧ください♪)

民主主義には独裁はない。トップにも期限があるから、そういう意味では愚かしさが継続しないという面もあるね。だけど民主主義の問題点は、多数決を基本としていて、多数意見が正義になること。それではいけない場合がある。少数でも大事なことは大事だという時があるんだよ。それを見極められる力量がある民主主義でなくちゃね。でもそうすると今度は、自分に都合のいい意見を通すために「少数意見を認めろ」という者が出てくる。
ケア滞在中のRくんに、正直に生きていかないといい人生は生きられないよと言ったら、今度はわがままでもなんでも主張し始めた。そういうのを未熟という。子どもなんだよ。

ともこ:
とても難しいことだね。

いさどん:
なぁ。だから人にはそれだけの技量がないといけないんだよ。
もうひとつ、そこでは人間が自分に都合のいい思考を回して生きるのではなく、時代の流れとか、世の中を動かしている法則や流れを読みとかないといけない。それがいるんだ。広い視点と言っても、個人が個人を忘れて「国家のために生きます」と言うような精神状態に陥ったら、神風特攻隊になってしまう。その視点の意識レベルがどこにあるかによって、世の中でも、個人の人生でも、方向性はどのようにも変わっていく。

 
余計な思考をするな

いさどん:
Rくんは、自分が望むことをやろうとしても実現しない。(同じくケア滞在中の)Tくんは、それをさらに捻じ曲げて、実現できないことを不平として人にぶつけていく。うまくいかないことの原因を、自分の外に求めるんだよ。
だけどね、自分をチェックすることがすべてだよ。自分の問題点を面と向かって伝えられている間は「その通りだ」と納得しても、それは伝える側の組み立てに乗って聞いているから理解してるのであって、後で一人になると、また自分の組み立てで考え始めるから、わからなくなる。伝えられている間は「そうです」と言っていても、自分の思考で考え始めたら、被害者になる。自分こそが加害者で、人にも、自分自身にも迷惑をかけているのに。

そういったものの本質を理解できない人を引き受けて、真実を伝えていこうなんてことをしているんだから、僕は不幸な人生を歩んでいるもんだ。もっとも、そのことに対して何も思わないけどね。そういう負荷を受けても生きることができる人生を送っているというだけのことだから。なんの評価もいらない。だって、わからない人間が理解できるわけないから。

ともこ:
言われている間はそれに乗っかって聞いているから「そうだな、そうだな」と思っている。だけどそれを自分で考え出した時に自分の思考になっていくって、よくわかる。

いさどん:
だから自分に溺れないような精神構造を持たなければいけない。それが可能なのは、自分をもチェックできる人のことだ。

ともこ:
自分で自分を見ようとしても、実は全然振り返りになっていなくて、ただ自分ごとにはまっていくだけになる。

いさどん:
自分が汚れているという認識がないからね。目が曇っているものが何を見たって、たとえ一生懸命でも情熱があっても、曇っている状態でエネルギーを使っているわけだから、それは的が外れるよ。
Tくんは陰性男子の特性とでも言うのか、自分の評価と感情が優先した状態でものごとを思考しているから、どんな話を聞いても常に「自分だったら」と自分をかぶせてネガティブに解釈する。そうではなく、「自分だったら」はとりあえず置いておいて、まず「そういう捉え方があるんだ」と受け止める。いろんな捉え方があることを知った上で、その中の一つが自分だ、というように見ればいいのに、自分を絶対とする目線で他のものを見るから、「合わない」とか「否定された」という発想が生まれてくる。

みんな、余計なことばかり考えているんだよ。やるべきことは、自らの思考をよく振り返って、余計な思考をしない。するべき思考を取れ。考える容量というものがあるとしたら、その容量の中の大部分が必要な思考で回っている人もいれば、大部分が不要な思考の人もいる。その不要な思考をやめていくと、そこに使われていたエネルギーが、的を射た思考に使えるようになる。
ところが、不要な思考をやめると、まともな思考を考えたことがなければ、何を考えたらいいのか、何をやったらいいのかわからない、となる。(ケア滞在中の)Uくんは、例えば宮ノ下で草を刈っていて、一通り自分の周りをやったら「次はどこをやったらいいですか?」と聞いてくる。「見てみろ、周り中草だらけじゃないか、まだ草刈りが始まったばかりなのにどこをやったらいいですかもないもんだ」と言うと、今度は隣りの敷地まで入って草刈りをし出す。それでも彼は一生懸命なんだよ。

的を射た思考をしなさい。思考をシンプルにしていく。そうすると不要な行動をしなくなるから、少ないエネルギーでたくさんの成果が上がるようになる。さらに進んでいくと、その先は、思考や行動がこの宇宙の流れに沿っていくようになり、道理の通ったものとなるから、予想以上の成果が上がる。なんでこうなったの?というくらいにね。
さらに、思考を優先させず、直感が働くようになると、道理を超えて宇宙の法の下に現象が起きるようになるから、すべてに無駄のない、フリーエネルギーが表現された場所が生まれる。「あれ?ここはどこだろう?」というくらいの場が生まれる。それを僕はずっと考え、伝えてきたんだよ。

そういった世界が、この世界には実現可能なんだ。実現可能だけど、現実には毎日、ワイドショーで解説される北朝鮮情勢のような世界が続いている。

ともこ:
ワイドショーで語られていることって、不要な思考だね。

いさどん:
それはもう不要な思考だよ。でも人々の興味がそういうところにあるから、番組としてはウケるんだよ。真実を伝えることが目的ではなく、人々の興味をそそり、最終的にはお金儲けが目的だから。ジャーナリストや大学教授に元スポーツ選手までコメンテーターとして番組に登場するけれど、それはいかに多くの人の興味をそそるかが目的で、ものごとの本質を見出し、見る人の質を問うわけではないんだよ。
そういう意味で言うと、ロータスランドは人々にウケることを狙っているわけではなく、うちのコンセプトで作ったものを提供する場であり、我々の生き方の延長に表現されているから、筋は通っているね。

 
10いさどんのコミュニティ

(話しながら、いさどんは車を運転しているちなっぴーに対して、その運転が危険であることを伝える。)

いさどん:
僕はちなつに対して、繰り返し同じことを伝えている。そういう自分を変えなさい、と。例えばケアの人に対しても、ともこに対しても伝える。だけどみんなはやっぱり同じことをやる。
そうすると、僕は無理なことを伝えているのだろうか、と思う。つまり僕も、「いさどん流」を変えろと言われても変えることはできない。ということは、ちなつがちなつ流を変えられないことに対して僕は変えろと言っているのかもしれない。ともこがともこでなくなるようなことを言っている可能性があるんだよ。

(ここでまた、左カーブで左に車線変更をしようとしたちなっぴーに対していさどんは注意をする。)

僕は同時に二つも三つものことを考えている。今も話をしながら、ちなつに運転を任せているとでたらめな運転をするからサポートしている。
僕は繰り返し同じことをちなつに伝えているが、ちなつは聞かない。それはなぜかというと、本人が本当に真剣に、自分を改めるという気にならないから。「うんうん、わかった」と返事していること自体がちなつ流なんだよ。
そこで僕は考えた。ちなつがちなつでなくなることはないとしたら —————— それは重要なことだよね。いさどんがいさどんでなくなることもないわけだ。そうしたら、ちなつはちなつのように、いさどんはいさどんのように考える。僕は自分で自分のことを考えて、自身が誇れる人になろうと思う。ちなつはそんなことは考えてもいないから、まずは人から言われない人になるということだ。それはアホをやらない人ということ。
どうしたらそうなるのか。それには、ちなつという人間性を有効に使っていく。それをやりさえすればいい。僕はとても個性的でクセがあり、熱い人間でしょう?年がら年中このままでは、問題が起きるよ。みんながこういう風になっても問題は起きる。采配を振るう人間ばかりになってしまうから。それではまとまらない。

そこでだ。仮に、コミュニティの全員がいさどんだったとしよう。そうしたらどうなるか。10人のいさどんがいて、例えばいさどん1が役割としてリーダーシップをとったとする。すると、2から10までのいさどんはそれに従うんだよ。自分の中にあるリーダーシップを取ろうとする性質は収めて、今度はサポートする能力を発揮するようになる。そうやって常に自らの立ち位置をチェックしながら、役割を果たしていく。そういったことをわきまえているのが、「ヒフミヨイムナヤコト」と進むこの世界の構造である「ヒ」から「ト」までを理解した「ヒト」という存在だよ。
もしもいさどんが10人いたら、僕はきっとご飯も作るだろう。そうしたらとびっきり美味しいご飯を作るよ。同時に蜜蜂の世話をして「今日はこれだけの蜜が採れたよ」と報告するいさどんもいるだろうし、それを受けて「ご苦労様。じゃあしっかりそれを売るからね」と言ういさどんもいる。どの場でもいさどんが有効に働いて、全体がまわっていくんだよ。
だけどちなっぴーが10人いても、同じ人が10人いることになってしまい、コミュニティは成り立たない。

ともこ:
10ともこでもダメだね。

いさどん:
成り立たないよ。ところが、10いさどんなら成り立つ。僕に女性の体をくれたら、ちゃんと妊娠していい子育てをするよ。心配しなくて大丈夫ですよ、子育ては私に任せてください、ってね。依存はさせないけれど愛情不足にもしない。何でも来いだよ。

ともこ:
いさどん、蜂さんみたいだね。

いさどん:
蜜蜂は、例えば若い蜂がいなくなったら、本来若い蜂の役割であるローヤルゼリーを分泌して女王に与えることを、年を取った蜂がやるようになる。掃除も若い蜂の役割だけど、いなければ年を取った蜂が外に採蜜に行くのをやめて掃除をするようになる。なぜそんなことができるのかというと、蜜蜂たちは、個々の役割のために存在しているのではなく、その群れが継続していくために存在していることをわきまえているからなんだ。そういった全体のために自らの立ち位置をいつでも変えられる存在のことを、「成熟している者」と言うんだよ。
これだよ。だから、「ヒ」から「ト」までを理解した「ヒト」にならなければいけない。

ともこ:
今の10ともこだとコミュニティは成り立たないけど、そういう視点を持ったらできる気がする。

いさどん:
できるよ。それには、その仕組みの中に存在することを自覚し、自らを自由自在に活かすことだ。
のんのんは本当に頭を使わない。普通に話をしている分にはいいが、ちょっと考えなければいけないことを質問すると、もうフリーズしてしまって何も出てこない。「フリーズのんのん」だね。これはロータスランドの夏のメニューにいいね(笑)。

ともこ:
でもそれも、のんのんが自覚を持って全体視点を持ったら活かせるってことだよね。キャパや能力の違いはあるにしても。

いさどん:
活かせるよ。自覚をすればキャパは関係ない。自覚しないから、自分のクセ性分の範疇の分しか発揮できない。自分というものをいろんな場所で活かすことができるようになるためには、囚われがあってはいけないんだよ。女にもなりまっせ、男にもなりまっせ、リーダーシップもとりまっせ、でもついていく側にもなりまっせ、というように、「何にでもなれまっせ」となればいいんだよ。

ともこ:
持って生まれた個性があるから、向き不向きはあるよね。

いさどん:
向き不向きがあるからこそ、向いているところでは存分にその個性を発揮して、不向きのところでは意識してやっていくんだよ。つまり意識が必要なんだよ。自分はそれが苦手だからこそ、この場合はあえてこういう姿勢をとりましょう、と意識する。自分はこれが向いているからこれがいいんだ、ということでは、向いていないところでは使い物にならないということになる。
Tくんは、パン屋になるか、もしくはNPOに入って東南アジアの恵まれない人たちを支援する活動をしたいという。何を根拠にそう言っているのか。彼が将来のプランを語るのを聞いていると、どれをとっても関連性がなく現実味がない。彼は自分には向き不向きがあるから向いている方を活かすんだと言うけれど、それは向いている方を活かすのではなく、自分がやりたい願望を並べただけなんだよ。僕からすると、そのどれも向いていない。パン屋をやりたいと言うが、ではパン屋を経営するとしたらその資金となる融資を得るための信用がなければいけないし、社長としてのリーダーシップや経理のセンスや従業員をまとめる力も必要になる。それがあなたにあるのかと問うと、ありませんと言う。つまり何も考えていない。ただパンが好きだからパン屋になりたいというだけで、それが「向いている」ことだと思っている。
そこで僕が「それではダメだよ」と伝えると、「いさどんは僕を理解してくれない」と言う。理解しているからそう言ってるんだよ。まぁ、彼自身が彼のためを考えたら、いつかは理解する時が来るんだろうけどね。

 
誰とでも、最高のパートナーシップはできる

(いさどんはちなっぴーと交代し、車を運転しながら話し始めました。)

いさどん:
こうして話しながら、今僕は車を時速95kmで運転している。だけどこの場は、今誰かが運転をしているから気を付けなくちゃ、という感じがしないでしょう?ちなっぴーが運転していた時には「運転してますー!!」という空気が充満していたけれど、今はそういう感じがまったくない。ただ道路に沿って進んでいって、後ろについてくる車があれば左車線に入ってやり過ごす。流れに沿っているだけで、次に追い越し車線に入るタイミングが来ればそちらに入るけれど、安全になるまでは絶対に行かない。今は左車線もずっと前まで車がないから、車線変更する必要もない。運転に道理が通っているから、話に集中しながら、自動運転になっている。
ものすごく大事な話をする時は、ちょっと待って、運転を代わってもらうから、と普通ならなるけれど、僕はどうするかと言うと「運転よろしく」と天に投げて、あとは話に集中している。そうすると、時間があっという間に過ぎるんだよ。あれ!もう着いちゃった!って。僕の運転する意識はどこかへ飛んでいっているけれど、自動的に運転ができている。
今、右車線の前の方が詰まってきたでしょう?だからこの場合は右車線に入って、一緒に左車線の車を抜いていっても大丈夫なんだよ。そんなことも見ながら、話をしている。

ともこ:
ちなっぴーはちなっぴーで注意しながら運転してるでしょう?でも、いさどんがこれだけちなっぴーに伝えるということは、何かが足りないということだよね。

いさどん:
僕が「あなたは足りないよ」と伝えるとするでしょう。それを自らの身に付けていく気があるかどうかだけなんだよ。僕が足りないよと言うと、ちなっぴーは耳では聞くが、心ではまったく聞いていない。変える気がないんだよ。縁が深いし、養蜂には欠かせない重要な存在だから切り離さないけれど、ちなっぴーと一緒に仕事をすると僕はストレスが溜まる。だからいいパートナーではないんだよ。重要だけど、いいパートナーにはならない。ストレスの発生源でもある。そういうことが本人はわかっていない。
本当のパートナーシップというのは、ストレスが取れていくものさ。今日はこういうことがあって大変だったけれど、あなたのところへ戻ったらストレスが取れたよ、ありがとうね、という関係にならなければいけない。例えば僕とまりこの関係はそうだ。

ともこ:
いさどんとまりちゃんは三文字陽性同士で、もともと相性がいいわけじゃないよね?

いさどん:
三文字陽性同士だと、お互いに相手を自分の支配下に置こうとするからな。付き合ってもつまみ食い程度だね。
僕がまりこを修理した話、知らない?修理されて別人になったんだよ。縁が深いから、そこまでのことができた。

ともこ:
だけどまりちゃんの三文字陽性の性質が消えたわけじゃないよね?

いさどん:
だから、有効活用するんだよ。まりこが、最初はボケているから目を覚まさせた。そして、自分のためじゃない、人のために生きるんだ、それが価値だということを伝えた。ボケれば、何を目的にして生きているのか、人生の目的を失うぞ、と伝えてきた。もっと大きな志のために生きているんだぞ、と。まりこはそこに目覚めたから、もうボケることはない。インプットされたからね。

ともこ:
修理されると、三文字陽性同士だろうが何だろうが、どんな組み合わせでもやっていけるんだね。

いさどん:
どんな組み合わせでもやっていけるというより、どんな組み合わせでも最高のパートナーシップができる。それは人と人の関係だからだよ。それが高次の人だ。その行いは、すべて世のため人のため。自らのためは、無し。

 
自動運転で車は進む 会話も進む

いさどん:
なぁ。今大切な話をしているけれど、僕は同時に時速100km以上で運転してるんだよ。ちなっぴーは危なっかしくて仕方ない空気を発しながら必死になって運転していたけれど、僕はこうして運転を忘れたように話しながら、後ろから車が来れば左に寄って、同時に先を見て、左車線が詰まってきたら今度は右が開いているからスッと移動する。

ちなっぴー:
余裕でやってるね。

いさどん:
余裕というか、頭を使ってるんだよ。

ともこ:
いさどんは余分な思考に頭を使わない。

いさどん:
余計なことをしなければ、こういうことが可能になるんだよ。

ともこ:
何が余計で何が余計じゃないかは、自分で仕分けがつくね。

いさどん:
つくよ。その気になれば。でもチェックする気がない人にはいつまで経っても全然わからない。その気になるかならないかだ。
今、後ろに蜜蜂を積んでいる。今日は単箱だ。継ぎ箱で2段にも3段にも積んでいて幌がなければ隙間からびゅんびゅん隙間風が入るからいいけれど、単箱で蜂が多いと、蒸殺(じょうさつ)と言って巣内が暑く蒸れて、蜜蜂が溶けてしまう。だから蜂のことを考えたら、スピードも出してやらなきゃいけない。しかもこの車には幌もついているから、直接巣箱に風が入らないので、温度だけでも下げてやる必要がある。隙間風が入れば外の涼しい風が幌の中を回って温度が下がるが、窓を開ければうるさい。エアコンを入れるには寒いし、かと言って閉め切っていたら暑いから、とりあえずエアコンを弱めに入れよう、というように、僕は運転と同時に蜂や空調のことも考えている。

(窓の外の大豆畑を見ながら)あれは葉の色が濃すぎるね。大丈夫だろうか。機会があったら車を停めて花の付き具合を見てみたいね。花は付いても、実が付かないかもしれない。
(田んぼを見ながら)ここは上手だね。見てごらん、あれだけ実りながら稲が転んでいない。これは収量が多いぞ。反10俵はいける。(隣りの稲が倒伏した田んぼを見ながら)ここまでいっちゃうとダメなんだよ。さっきのところがギリギリのラインだ。そのギリギリのラインを「目指すぞー!!」と田んぼと会話するんだよ。養蜂と同じだよ。分蜂をさせないギリギリのラインで強い群を育てて採蜜するぞー!!ってね。すごくマニアックで、ある意味変態だけれど、変態にならなきゃいけないんだよ。その変態になった時に、喜びが湧いてくるんだよ。
田んぼを見ていると、それを作っている人の性質や技術力、熱心さが観えてくる。おもしろいね。あの大きなコンバインを見てごらん。ここの人はすごいやる気だよ。でも欲をかくと重くなって倒れるんだよ。ここは水を抜くのが遅れたんだね。根がゆるいからあちこち向いて倒れている。穂が大きくなって腰が弱くて倒れる場合は同じ方向にぺたーっと倒れるけれど、水抜きが遅くて倒れる場合は倒れる方向もまちまちだ。ここはきれいだね。うちの田んぼもきれいだけど、もうちょっと収量が欲しいね。ここは反8俵かな。もう少し危険にさらしてもいい。そのギリギリのラインをどう狙っていくか。それが極めるということだ。だから10いさどんのいさどん3に田んぼを任せてくれたら、ちゃんと育てるよ。今どれだけできるかというよりも、一つずつ経験を積みながらそこを目指していく。そしていさどん4は畑を耕す。

ちなっぴー:
いさどんがやる畑はきれいだよ。

いさどん:
例えばナスの支柱を立てる時に、ナスは支柱のてっぺんがきれいにそろって真っ直ぐなラインを描いているかどうかなんて求めていない。しかし大切なのは、誰がそれをやったか。自分がこれをやったんだという自負心を持つためには、ただナスが収穫できればいい、というものではないんだよ。
(窓の外を見ながら)ここの田んぼはいつも草だらけだったけど、今年はまともになってるね。

Yくんは、養蜂に手伝いに来るうちに蜂に興味を持ち出した。それで僕も、蜂の点検をしながら、ずーっと説明していく。それは何かと言うと、頭の中で展開していることをただ言葉にしているだけなんだよ。つまり、頭の中は常に回りつづけている。
今も車の運転をしながら、あそこの田んぼがどうだとか話し続けてるでしょう。これは何も特別に説明をしているわけじゃないんだよ。つまり、僕は黙っている時も常に頭が回っていて、休ませていない。だから一人でいても退屈しないよ。

ともこ:
さっきいさどんが、いくら自分で自分を見ようとしても、結局心をきれいにしていないから、曇った目で見るから見えないんだって言ったでしょう?

いさどん:
見れないというより、曇った判断になるから、結局それが災いになるんだよ。そうすると臆病になって、余計に考えるようになる。ああ、この田んぼはいいなあ。あれで実ったらそうとう採れるぞ。ああいう田んぼをうちの人にも作ってもらいたいね。人が惚れるような田んぼをね。小谷村の人がうちの蜂を見て、「こんな蜂見たことない」と言うんだよ。何でこんなに差があるのかと言うんだけど、それは飼う人に差があるんだよ。しかもその蜂は、一軍と二軍を採蜜に持って行った後に残った、三軍なんだよ。

こうして話しながら、小谷村の景色やその人たちと交わした会話が頭に浮かぶけれど、車は変わらず安定して走り続けている。
今は6時15分だね。あと15分から20分くらいで到着だよ。富士宮の中神倉庫から朝霧養蜂場まで30分、そこから2時間30分で合計3時間だから、いいペースで来てるよ。何も滞りはない。
暗くなってきたから、田んぼ評論家もできなくなってきたね。(窓の外の川を見ながら)僕は思うんだよ。この川は、昔は龍だったんだよ。だから武田信玄が、信州から甲斐の国にわたるまでを治める時に、治水をしたんだよ。だから支配することができた。この川はもともと暴れ川だったんだよ。その龍をおとなしくさせることが、国を治めることだったんだよ。だから武田信玄は優秀な領主だったんだろうね。
いつも思うんだよ。この川は暴れ川だったなぁ、と。だから大水が来るとこの辺もドバーッと洪水になって、米を作っても全部流される。その代わりよくできるんだよ。川が微量要素を運んでくれるから。肥料なんか入れなくてもいい。その代わり大水が来たら全部持っていかれるというリスクがある。川は、龍だから。生命力の顕れだから。命が運ばれてくるんだよ。

 
自分のキャパを超える状況に出会った時に、僕がすること

いさどん:
(窓の外に流れる風景を見ながら)すごいなぁ。このくらいの大豆畑を作りたいねぇ。あっ、これは芝生屋さんだよ。芝生を作って、30㎝角くらいに切り取って1枚いくらで売るんだよ。グリーンを作る時にはそれを敷きつめていくんだよ。この田んぼは大きいねぇ。福井へ行くともっと大きいよ。

ともこ:
(福井に里帰りした)まっちゃんがヒエだらけの田んぼの写真を送ってきたけど、あそこをヒエ取りするのは気が遠くなるね。

いさどん:
稲は倒伏しているしヒエはすごいし一体どうするという感じだね。僕だったら、そういう時にさてどうするかと考えるんだよ。今までにない状況に出会った時に、僕がすることは何か。

自分のキャパを超えるような状況に出会った時に僕がまず何を思うかというと、その状況の原因が自分にあるとしたら、まず自らの姿勢を振り返る。例えばそのヒエだらけの田んぼのような状況に出会うとしたら、あまりにも田んぼに対して幼稚な段階だよね。田んぼにはヒエをはやすものではないと認識していたら、そのような田んぼはそもそも作らない。
それでもまっちゃんのように、人の田んぼを預かってそれをやるということに出会ったら、まず、とりあえず最善を尽くしてやれることをやる。だけど場合によっては、その田んぼのヒエをすべて取ろうとすることを放棄する。それは無駄な労力だから。放棄して無駄な労力を使わない代わりに何を学ぶかといったら、こういうことを二度と起こさないための対策を考える。僕はやれることはやるけれど、脳の中の映像としては、来年のことを考えている。自分のキャパを超えるような状況であること自体、そこからモノにしようとしたって実際に無理なんだよ。
それが僕のやること。つまり、学んで次に活かす。その状態でも収穫はできるんだよ。ヒエをバラまけばいいんだから。ヒエは細かくてこぼれるから、ちゃんとお米は収穫できる。でもそれだと毎年ヒエはひどくなっていく。その結果があのヒエだらけの田んぼだよ。そのままだと来年はもっとひどくなる。そのうちに米も育たなくなる。そうしたらどうするかというと、ヒエも米も一度なしにして、例えば2、3年くらい、耕すだけで何も作らないとか、丘ものを作るとかして、それから米を作るとかね。
うちでは新しく田んぼを借りた時には、1年か2年は米を作らないで蓮華を作ったりする。大豆を作ればヒエは気にならない。麦でもヒエは気にならない。何年かそうやっていくうちにヒエの種はだんだん減っていくから、そうしたら米を作る。それだけのことだよ。

ともこ:
それって聞くと当たり前のことだけど、その当たり前のことをしていないから同じことを繰り返すんだね。

いさどん:
当たり前じゃん。何より、そんな無駄な労力使ってたら楽しくないじゃん。だから、楽しくやるためには無駄なことはやらない。それが僕の考えね。

(ここでちなっぴーが、大町ビレッジに電話をかけようとする。)

いさどん:
おい、電話しなくていいぞ。どうせ向こうに着くんだから。

ちなっぴー:
もうすぐ着くって伝えなくていい?

いさどん:
そんな必要ないだろう。びっくりさせてやった方がおもしろいじゃん。たわけだなぁ。どうせ着くことはわかってるんだから、連絡なしで家に入っていって荷物降ろして「おう、荷物降ろしといたぞ」って言った方がよっぽどおもしろいじゃん。もっとも、向こうもアンテナ張って待ちかまえとるから、そんなことにはならんだろうけどね。

 

あふれる叡智は止まらない!「大町道中記②」へつづく。

 


物心両面で宇宙をスイングバイ

2017年9月23日、秋分の日の朝。以下はいさどんとようこの会話です。


いさどん:
僕もおかげさまで66歳になった。ということは、いただいた寿命からしたら、終末までもうカウントダウンということだ。そうすると、「やっとここまで来た!」という想いと、「いろいろあったけれど充実した人生だ」という想いが湧いてくる。

僕は過去の自分の歩みに対して、何も悔いはない。そして、執着するものも何もない。今後の人生にも願いは何もない。やりきって、完熟して終わるということなのだが、このダイナミックさには少し疲れたよね。だから、旅立った先のことは何も言えないけれど、しばらく肉体を持つのは控えようかと思う。トラウマになったわけではないんだけどね。肉体を持つことは良い経験だね。それが80年であろうが、100年であろうが、魂の歴史からしたら、それはそれほど長い期間ではない。

はじめから生きることのカラクリがわかっていれば、もう少し楽しめたのかもしれない。ただ、わかっていると――、実は今朝、僕は避難訓練をしている夢を見た。女の人たちや子どもたち、それからお年寄りまで、屋根の上に上らせてね。どちらかというと、僕がリーダーシップを取って皆を上らせていたんだよ。上らせたというか・・・

ようこ:
それは訓練だから(笑)?

いさどん:
訓練というよりも、どこか目的地に行くためには、その古い家に入って、その家の窓から出て、それでなぜだか屋根から下りないといけない状況になっていた。それ以外になかったんだよ。

それで、皆、順番に下に降りていくのだけれど、なにしろ僕は屋根の上にいるのが怖くてね。いつもならば、「これは夢だ」と気付くのだが、今回はまったく気付かなかった。ああ、怖かったなあ(ようこ笑)!!それで、一番最後になんとか下まで降りてきたけれど、本当に怖かった!しかも、ハシゴはとてもしょぼいもので、下でそのハシゴを支えてもらいながら必死に僕は降りてきた。

本来は、これは夢だと気付かないといけない。しかし、今回はその余裕がなく、まったく気付けなかった。僕は本当に高いところはダメだ。

そもそも・・・なぜ、避難訓練で屋根の上に上らないといけないのか!?それにしても、本当に怖かったなあ!!

なぜ、あそこに上ったのかということを考えたら、いつもの僕であるならば振り返って、「屋根から下りるよりも、上ったところへ戻って、そこから下りればいい」という考えも湧いてきたはずなのに、それにも気付かなかった!視野が狭かったなあ!!

・・・というように、カラクリがわかっていたら、このような思考になるんだよ。

ようこ:
怖い思いをすることもなかった(笑)。

いさどん:
だから、カラクリがわかることはダメだよね。でも、ここまで心の道を歩んでくると、それがカラクリであることがわかるから、何も恐れずに、思い切り終着点に行くだけだね。

なぜなら、命がなくなるということは、すべてがなくなることではない。それはこのサイクルが終わるというだけのこと。それで、誰もがそこを超えていくわけだろう?それを拒否して存在できる者は誰もいない。

ようこ:
いないね。

いさどん:
それは、高所恐怖症の人が夢の中で屋根の上から下りることを拒み、怖がることと同じなんだよ。

ようこ:
そこにつながった(笑)。

いさどん:
だから、恐れてはいけない。・・・そうか、残りの人生を生き切るぞ。幸か不幸か、世相はとてもダイナミックだ。今までのように、もう浮かれてはいられない。そのような時代に入った。だから、現状の危機迫る日々に対してしっかりと眼を向けて、その荒波を乗り越えないと、生きていることの限界が来る。生きていることを楽しめないどころか、限界を感じてしまう。

そのために、心強いのは、本当に心から通じ合った仲間がいること。そして、それが群れて、皆の能力がしっかりと発揮され、その難局を乗り越えていく――、ここまで来たら、もはやそれしかないだろう。

お釈迦様の話の中に、家に火がついたのに子どもたちが気付かないで庭で遊んでいるというたとえ話がある。だから、お釈迦様はそれを何とか助けようと思って、家に火がついていることを気付かせようとするのだが、子どもたちはまったく気付かないで朗らかに遊んでいる。それが、今の人間たちの生きる姿勢だ。

昨日、みちよちゃんがようこに「綺麗になったね」と言っていたね。やはり、そぎ落とすと、人は綺麗になる。

ようこ:
「自己否定の申し子」であるいさどんの姿から、毎日学んでいるからね。

いさどん:
僕は自己否定しながら、自らの歩むべき道を頑なに進んでいる。

ようこ:
結局、いさどんの夢の話もそうだよね。そうやって、自らの未熟を夢の中でも振り返りながら、気付けなかったことに気付いて、そぎ落としているわけだから。今日の秋分から、そぎ落としのサイクルに入ったしね。それにいさどんは、「宇宙的には、9月に入って新たな流れが始まっている。秋分からその現象化が加速する」とも言っていたね。

いさどん:
いよいよ、拡大の時代は終焉を迎え、そぎ落としの時代を迎える。今は、1万年を超えるサイクルの区切りだから、何回も何回もその段階を踏んで、その区切りは来るのだけれど、その区切りのたびに意識を強めて、明快にしていくということだ。

ようこ:
それが、「スイングバイ」なんだろうね。節目ごとに加速して、加速して、加速して・・・

いさどん:
スイングバイは欠くことのできないとても有効な物理性ではあるけれど、それは精神性に対しても非常に重要な物理性なんだよ。

ようこ:
スイングバイとは、天体の重力を利用して宇宙探査機の軌道を変更する方法だから、わたしたちも節目ごとに軌道修正しながら不要な心をそぎ落としていける。さらに、スイングバイによって天体の公転運動を利用することで、宇宙探査機を加速させることもできるから、わたしたちも方向性を定めたら、進むべき道へどんどん加速しながら進んでいけるということだね。

いさどん:
軌道修正する方向に意識を向けていくと、その意識は加速しながらタイミングを計り、ベストなタイミングで進むべき方向へと放たれていく。小惑星探査機が地球の軌道から離れて目的地へ向かってスイングバイするためには、地球の公転速度である秒速30km に乗って、それ以上のスピードまで加速する必要がある。同じスピードでい続けたら、ただ地球のまわりをぐるぐる回っているだけになってしまうからね。

人間はそのような優れた叡智を解明し利用しているのだから、やはり魂にもそのような仕組みを取り入れていかないといけない。「物心両面」というからね。

ようこ:
そのためには、先程いさどんが語ったように、群れて、自らの姿をお互いにチェックし合うことが大切だね。

いさどん:
それでお互いを活かしあってね。

ようこ:
そうして精神性を高めていく。

いさどん:
目的がいがみあうことではなく、高まっていくことになければいけない。それも、ひとりの存在が高まるのではなく、皆の意識が高まっていったときに、世界に次のステージが現れる。これ以外の道がどこにありましょうか。

ようこ:
これ以上の突破口がどこにあるのだろうか。それは、無限の可能性の彼方にあるものだね。

いさどん:
それは無限の可能性であり、宇宙の意志だ。地球が宇宙に存在し、時代は宇宙の動きと共に刻まれているのだから、それが人が目覚めるべきところだ。我々は太陽と共に、土と共に、水と共に、空気と共に、風と共に、物心両面で宇宙を歩むものなのだ。

 

 

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天の川銀河と対話して~北朝鮮について語るPARTⅡ

先日、いさどんが長野県の大町ビレッジに泊まった日の夜のこと。日中の養蜂作業で疲れてしまったいさどんはいつもより2時間も早く眠りについた結果、「年をとると睡眠時間が短くていいから、早くに寝ると早くに目が覚めるんだよ」といういさどんの予想通り、夜中に目が覚めてしまいました。その時点で十分に睡眠をとれていたいさどんは、次のように考えを巡らせました。

「昨日は頭も痛くて、さらに疲れていて、眠くて仕方がないから、大町の皆とも大して話しもせず、早くに寝てはいけないと思いながらも、とうとう寝てしまった。そうしたら、予想通り夜中に目が覚めた。これが流れだとしたら、天の意志だ。今、僕は何かすることがあるのではないだろうか?」

そこでいさどんは布団から起きあがり、北朝鮮や最近の世界情勢について想いを巡らせていました。そのとき、いさどんはこう思ったのです。

「これはいけない!部屋の中で天井を通して対話するべきではない。今は、外に出て天を観るべきだ。生の星や月を見て対話するべきだ。」

そして外へ出たいさどんが上を見上げたら、そこには月がありました。ところが、月を見て何かを語る気にはなれなかったいさどんは、月とは反対の方角を見ました。そうしたら、そこには天の川銀河の星々が瞬いているのが見えました。

「そうか・・・銀河か。」

天の川銀河はわたしたちが所属する銀河です。最近、いさどんは銀河に向かって語りかけていましたから、そこで自らのまわりにある流れについて銀河に語りかけたのです。

「今、わたしのまわりにある流れは滞っているように観えますが、それもすべてそちらの意志だとしたならば、これは滞っているように観えるどころか、それも流れだと受け取るべきですね。」

そのときのいさどんの目的は、銀河と対話することでした。しばらくして、納得を得たいさどんは部屋に戻り、また眠りにつきました。

そして朝になり、目覚めたいさどんにはあるイメージが浮かびました。なんと、渡り鳥をタモで捕まえる映像が突如として現れたのです!それは何年も前のことなので、いさどんの記憶も定かではないのですが、NHKの番組でヨーロッパの人たちが渡り鳥を捕まえることを特集していたのでした。そこで、いさどんは次のように回想しました。

「冬の前に渡り鳥がやってくる。地元の人たちは岩場の陰に隠れて、渡り鳥が飛んでくるのを見ると、渡り鳥が岩場に降りる瞬間に大きなタモで捕まえる。『昔はたくさん捕れたんだよ。今はいっぺんに数羽捕れることもあれば、まったくダメな日もある。でも、冬になる前に渡り鳥を捕まえて漬物にするんだよ』と地元の人は語っていた。彼らは渡り鳥を羽毛ごと、漬物にする。その渡り鳥は鳩よりも少し大きいぐらいだった。それをどれだけか発酵させてから彼らは食べていた。僕の記憶によると、発酵した時点でその羽毛はヌルヌルになっているから簡単に取れる。だから毛を取って、生でそのまま彼らは食べていたような記憶がある。

その番組を見ていたとき、僕はとても気持ちが悪くなった印象がある。マサイの人たちは牛の首に矢を放ち、牛の血を飲むことがあるけれど、僕にはとてもできない。だいたい、血液というものは消化が悪いから、あんなにたくさん飲むと吐いてしまう印象がある。しかし、それよりも、あの渡り鳥の漬物のほうがさらに強烈だった。ところが、一家の長であるお父さんが渡り鳥を捕まえて冬の食料にし、『おいしいね』という団欒がそこにはある。そうすると、そこではまったく文化が違う。しかし、それは生きていく手段であり、自然との対話であり、生きるためにそれが与えられている。その環境に対してどのように生きていくべきかという智慧が与えられた結果である。そしてその延長に味覚があるから、僕にはうっとすることでも、『おいしいね』『今年のものは出来が良いね』という団欒があるのだ。そして、そういったオリジナルな文化を人々が認め合ったときに、世界に平和がある。」

そして、いさどんは朝の準備をしている大町メンバーのみほさんに次のように語り出しました。

 


たとえば、キツネは目が良いよね。目が良いから、耳と目を上にピッと上げて獲物を狙う。犬は鼻が良いから、耳も垂れていて目も下を向いていて、鼻で獲物を追いかけていく。そうすると、犬はキツネのやり方を見て、「あんな変な追いかけ方をして馬鹿だ!」と思うことだろう。しかし、キツネが犬のやり方を見ると、「あんなに下ばかり見て馬鹿だなあ!だいたい、犬は世界が狭いんだよ」と思うことになる。そこで、鷹がキツネと犬を見たら、「おまえたちは馬鹿だなあ!どっちみち、地上を這っていたら獲物が捕れるか。俺のように上から急降下して獲物は捕るべきだ!」という話になる。そこでさらに、別の生き物がそれを見ていたら、「そんな急降下して外れたら、自分がえらい目に遭うぞ!」と言い出すことだろう。

つまり、そこで僕が考えたことは ――― 結局、人は自分の考えを肯定されると、それを喜び、正しいとする。しかし、自分の考えを否定されると腹が立ち、その究極の姿が戦争だ。ところが、一人ひとり、それぞれの考え方や生き方があり、プロセスをつないできたとしたならば、誰もが尊重されるべきだ。そうすると、自分が認められる前に相手を認めるだけの度量があって、その上で自分が相手に認められれば、平和は自ずと訪れる。しかし、どれだけ自分が正しいと主張しても、互いが「あなたを認めない」と不愉快な心を持っていたら、これでは平和は訪れない。

そこで、わかったことがある。北朝鮮もキム・ジョンウンも、今の状態に至るにはプロセスがあってここまで来ている。過去にカダフィでもサダム・フセインでも大量破壊兵器を持っていなかったから、ある意味敗者となってきたわけだ。そして、日本は核兵器を持っていないから、アメリカの言いなりになっている。「だから、核兵器を持って対等にならないといけない」というのが親の代からのキム・ジョンウンの持論なのだ。そこには民族的なものもあり、恨(ハン)の文化という背景もある。その上に朝鮮戦争があり、身内で骨肉を争うひどい戦いをした。それがまだ終わっていない。だから、とことんケリをつけて終わればよかったのだ。そこに、アメリカが非常に身勝手な拳を振り上げている。

今、北朝鮮は核兵器を持つことによってアメリカと対等になろうとしているが、そもそも地球上の今の核兵器バランスというものはどのような形で始まったのかといえば、核不拡散条約により、核兵器を持つのは良心的で優れた国とされているアメリカ・ロシア・イギリス・フランス・中国。この5ヶ国は核兵器を持ってもいいが、これらの国は平和のために持っている。しかし、他の国はならずもの国家で、核兵器を保有したら何をしだすかわからない。平和の脅威だ。だから、5ヶ国以外の国には持たせないという話なのだ。しかし、そもそもこのような核兵器はなしにするべきだったのに、自分たちだけが善良な国で、あとはならずものだから持たせないという話にしてしまった。

核兵器というものは、隣りが持っていると不安だからといって、アメリカが保有したらソ連も持ち、ソ連が持ったからイギリスやフランスも持ち、それで中国が保有したら対抗してインドも持った。それでインドが持ったら、今度はパキスタンが持ったんだよ。そうすると、中東諸国に囲まれているイスラエルは事実上核兵器を持つことになった。

つまりこの状態は、自分の主張が通ったものが善良で正しいという考え方だ。そうすると、北朝鮮のように核兵器だけを持っているのではなく、今は経済と軍事力の時代だから、経済も核兵器も両方持っているのは、アメリカだ。だから現状の世界は、アメリカが自らの尺度で「これはならずものだ」「これは善良だ」「仕方がないからこれは認めよう」と判断しているという姿になっている。

そのような世界に平和が訪れるわけがない。そうすると、北朝鮮の主張もわからないわけでもないという話にもなるだろう。

要は、自分が観た尺度から納得できるのが正しいことで、その尺度から納得できないものが間違っているという考えが、間違っているのだ。北朝鮮からすると、アメリカは横暴な大悪党なわけだ。今までどれほどの人を殺していろいろなものを収奪し、今なおその上に君臨し、世界の富を奪っているのだから。ということからすると、誰もが対等であるべきだ。

その眼から観たら、正しいとか正義はない。ところが、多くの人々は自分の眼から観て受け入れられることの上に平和をつくろうとする。だから、アメリカの傘下にいる日本はアメリカにはごまをすり、北朝鮮には厳しく非難する。ところが、もし第二次世界大戦のときに日本が敗戦ではなく停戦を勝ち取っていたならば、今、日本は北朝鮮と同じ立場にいることにもなるだろう。

人間は、自分の見える目線から判断し、認められるものを正しいとする。それが認められない、もしくは理解できなければ、間違っているとする。その徒党を組んだ極めつけが国家だ。

しかし、伝統的な暮らしも、動植物の個性も、地域による文化の違いもすべて多様性を認め合って初めて、平和がある。ところがグローバル化によって、人間の豊かさの価値観が単一化してしまった。そこで、お金があって欲しい物が手に入るアメリカ型豊かさだけが豊かさになっていると、それを阻害するものは悪で、そのようなものたちが築き上げてきた多数決の世界観が正義になっている。それが現代の問題を生んでいるのだ。そのような価値観はこれまで爆発的に広がってきたが、それは地球の多様性という生命世界からしたら、非常に貧しく単一的な世界だ。そのツケが今、世界中に現象化してきているのである。

そして、その単一化された価値観を阻害するような今までの動きも、実は宇宙からのメッセージであり、その矛盾を人類に示しているとも言える。「ひずみがあるとこうなるよ」と。逆に、ひずみを消すと悟りに向かっていくのだから、悟りに至ることはある意味味気ない世界とも言える。そういったことを宇宙が教えてくれている。

その宇宙の意志が観えるものになること――。それを今の時代に生きる人々に伝えたい。

わたしたちは銀河の法則と共に今、ここにいる。そうすると、今、目の前にあることだけを見ていてはいけない。

 


 

そして、2017年の秋分を迎え、いさどんは次のように語りました。

「木の花ファミリーでは2017年を『爆発の年』と呼んでいる。爆発というのは、究極の破壊だ。そうすると、破壊というのは、陰に入る入り口とも言える。今日、秋分の日を迎えるにあたり、これまでの拡大のサイクルからそぎ落としのサイクルに入る。だから、一人ひとりが不要なことはもうなしにして、必要なことだけを行っていく時が来たということだ。」

 

 


生きることの奥にある人生の原点に出会う

2017年7月26日、マヤの暦でいう新年から長期滞在をしていたAさん。「第11回大人サミットに参加して、もう少し心磨きのヒントを得たいと思い、今度は長期滞在することを決めました。自分の性質を知り、それを表現するにはどうしたら良いのか、知りたいと思っています。また、意識を高める練習をしたいです」という想いから、当初2週間の予定で木の花での滞在を予定していたのですが、数日毎のいさどんとの面談や毎日の日記のやりとりを通し、心磨きの奥深さに目覚めていった結果、最終的にAさんは48日間滞在することとなりました。

そんなAさんがここを出発する4日前、台湾から20名近いゲストが2泊3日のツアーで木の花を訪れました(写真上)。彼らにとって滞在2日目の朝、プレゼンテーションをする担当のみちよちゃんはその場にたまたま居合わせたいさどんを見て、ゲストの皆さんにこうアナウンスしたのです。「皆さん、今日はラッキーですね!今日はここにいさどんがいます。いさどん、5分でいいからお話ししてくれませんか?」

その流れを受けて、いさどんは「僕に5分と言うと、30分は話しますよ(笑)」と言い、次のように語りかけました。

 

生きることの奥にある人生の原点に出会う
―それは毎日の生活にちりばめられているー

皆さん、今日はとてもラッキーなことがありましたね♪それは、朝から僕に出会ったからです(みんな、大拍手)!

今、僕はなぜこの部屋にいるのかというと、(一冊のノートを掲げながら)これはある人の日記です。(日記のページを開いて)黒い字は彼女が書いたところです。そして、赤いところは僕が書いたコメントです。彼女は33歳で結婚しているのですが、人生に行き詰まっていました。もう2ヶ月弱、ここに滞在しています。この日記の表紙には「No.2」と書いてあります。ですから、約2ヶ月間で2冊目の日記です。

今、木の花には4人の人生に行き詰まった人たちが、メンバーではないのですが、暮らしています。皆、一人ひとり事情は違います。一人ひとりと1週間毎にお話をするのですが、昨日もその中のひとりの男性と話す時間を持ちました。彼は30歳なのですが、昨日僕は彼に少し厳しいことを伝えました。

私たちは常に、自分が幸せで健康でありたいと思っています。僕は彼に、「自分が一番幸せになりたいと思っているのにもかかわらず、あなたの考え方はいつも自分を不健康にしています。もっと自分に優しい人にならなければいけません。そのためには、命として、人として、健康な生き方をしなければいけません」と伝えました。

彼は、一生懸命自分を幸せにしようとして生きてきたのですが、結果として今、自分の人生が行き詰まっています。それは、自分が望むことを叶えようとしてたくさん考えた結果、他人に対して愛がなく、優しさがないのです。だから、人間関係が壊れて、自分に厳しい人生となってしまったのです。

昨日、僕は彼に2時間以上話しました。2時間も話したものですから、Aさんがその面談中に自分の日記をこの部屋に持ってきて、テーブルの上に置いて黙って帰っていったのです。僕は他の人たちが持ってきた3冊の日記にはコメントを書いたのですが、彼女の日記がここに置いてあることには気が付かずにいました。それで今朝になって、ここに日記があったことに気付いたので、今、コメントを書いていたのです。

昨日の夕方、皆さんがここに到着されたことは知っていましたが、皆さんの2泊の滞在中の早い時間にお話ししたいと思っていました。そうしたら、彼女の日記が皆さんと会わせてくれたのです。

地球が一回転すると、一日が経ちますね。地球が太陽のまわりを一周すると、一年が経ちますね。このように私たちは宇宙の仕組みによって日々を送り、年を重ねていくのです。ですから、私たちは自らが生きていると思う前に、宇宙の仕組みによって生かされ、それに沿って生きていることを意識していると、人はとてもスムーズで健康に生きられるのです。ところが、このような生き方を忘れ、「自分だけ得しよう」「自分だけに良いことがありますように」と自分目線で生きていると、人は人生の中でたくさんの問題事に出会うのです。

幸せを掴むためには、この世界の仕組みや他者とのつながりを大切にすると、幸せになれます。そうすると、この世界の仕組みが人生に反映され、物事の流れが格段に良くなるのです。

皆さんにお話ししたいと思った僕の願いは、昨日この日記がここにあることに気付かなかったおかげで、今日このような形で叶いました。このように、本当の意味での願いが叶っていくことは、自分が望んで獲得するのではなく、自然に与えられ、その流れに沿って生きていくことなのです。

Aさんが初めて僕に出会ったのは、大人サミットの参加者として彼女がここを訪れていた時でした。僕は3日間、この部屋でプレゼンテーションをしていたのです。彼女は僕の目の前に座っていました。そして休憩時間に、僕は彼女に声をかけたのです。というのは、彼女は心の眼で観ると、年齢の割にはふけていたからです。それで僕は、「あなたは結婚していますか?」と尋ねました。そうしたら、「結婚しています」と彼女は答えました。さらに僕は、「子どもはいますか?」と質問すると、「子どもはいません」と答えたので、「結婚して子どもがいなければ、あなたは人生をエンジョイしているでしょう?だんなさんとの関係は上手くいっていますか?」と尋ねたのです。そこで彼女は何と答えたと思いますか?

(数名のゲストから、「上手くいっていません!」という声がここで上がりました。)

残念ながら、そうではありません(笑)。その時彼女は、「はい、とっても良い人で、上手くいっています」と答えたのです。だから、僕はこう続けました。「そうですか。とっても良い人で、上手くいっていたら、あなたはそのような顔はしていませんよ」と。そうしたら、彼女は「えっ?!」と意外な顔をしました。僕はそこで、「あなたは自分のことをよく知らないで生きていますね。自分をもっとよく知らないと、自分を幸せにできませんよ」と伝え、休憩時間は終わりました。

そして大人サミットが終了し、その数日後に彼女はまたここを訪れました。それから、今の生活のことについて僕に話しました。その時に初めて、彼女はなんとなく、雲が立ち込めている毎日を送っていることに気付いたのです。それは7月のことです。

それから2ヶ月弱が過ぎ、今、彼女は2冊目の日記を書いています。今日の日記の中で僕がひとつ、今の彼女に対してコメントしたことがあります。「静かで安定した心が感じられます。」

彼女は自分自身がすっきりしていない毎日を送っていることの原因を突き止められない生活をしていました。約2ヶ月が過ぎ、彼女は別人のようになりました。その彼女から僕が今、感じられるものは、静かで安定した心――。

現代の人々は、「幸せになりたい!」「お金がほしい!」「自分の願いをすべて叶えたい!」といったざわざわとした不安定な心で生きています。そのような心の人間がたくさん存在していたら、地球は健康でなくなります。

今、地球上には約72億人が暮らしていますね。6500年前のメソポタミア文明から始まった歴史を有史と呼ぶのですが、長い間、世界の人口は下の図のようにほとんど変わりませんでした。

世界人口の推移

(出典:国連人口基金HP)

そして、今から約250年前にヨーロッパで産業革命が始まりました。そこから人口は急増し、冥王星の周期でいう光のピークに当たる2008年に日本の人口はピークを迎え、そして今、世界に先駆け減少し始めました。同時に、世界の人口は2060年まで増加し続け、90億人を突破すると予測されています。しかし、そこから世界の人口は減少し始めると推測されているのです。6500年前からずっと同じような状態で続いていた世界の人口が、産業革命以降急激に上昇し、その後急降下するのです。

日本人口の推移

(出典:国土交通省「国土の長期展望」)

僕は今、66歳です。ずいぶん長い間生きてきたと思いますが、たった66年です。しかし、歴史を広く捉えてみると、250年前から人口曲線は急カーブで上昇し、もうしばらくすると、それが急降下することが観えてくるのです。人類の歴史で過去にそのような時代があったのかというと、それは今までになかったことなのです。

科学が進化し、技術が開発され、物理的に豊かになることについては、私たち現代人はよく知っています。しかし、もう少し先の2060年の人口増加のピークと共に、世界の価値観がひっくり返る時がやってくるのです。そのひっくり返った先の心を、人類はまだ誰も想像できません。

私たちは今、地球に生きる人類として、大転換を迫られています。今まで、人々は自らの願いを叶えようとし、幸せになりたいと思いながら生きてきました。その結果、人間の欲望は極限まで広がってきました。しかし、これからもそれを続けていくと、地球の生態系ネットワークが壊れ、私たち人類は大きくその影響を受けることになります。これからの時代、人類は、人間同士だけではなく、他の生き物とも調和し、他の存在にも愛を向けて生きることが求められているのです。

Aさんは、自分の行き詰まりがわからず、自分が幸せだと思って生きていました。しかし、それは幻だったのです。でも今、彼女はとても安定しています。彼女は年齢にふさわしい表情になり、とても健康的になりました。ここに来て約2ヶ月間、彼女は何も物は買っていません。旅行もしていません。物理的な願いは何も叶っていません。しかし、彼女は今、とても安定して、幸せな顔をしています。これからの時代は、そのような状態を人間が地球に提供することが必要なのではないかと思うのです。それが、私たちが求める本当の幸せなのです。

昨日、皆さんがおいでになった時、僕は生きることの奥にある人生の原点について話したいと思っていました。そうしたら、この日記が皆さんと会わせてくれました。また、皆さんとお話しする機会があることを願っています。ありがとうございました(みんな、大拍手)。

 


 

以下、生きることの原点を知る講座をご案内します。

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2018年1ヶ月間の真学校
受講生募集中!

1ヶ月間の真学校は、壮大な時代の流れを読み解きながら、それまで知らずにいた本当の自分自身に目覚め、生きることの突破口を開く場です。
固定概念を超えて視野を大きく広げ、世界にたったひとつのあなたの人生を自ら切り開いていく力を身に付けます。

 日 程 
2018年2月25日(日)〜3月24日(土) 28日間

会 場
木の花ファミリー
静岡県富士宮市猫沢238−1

対 象
■ 自分を変えたい人
■ 世界を変えたい人
■ 人生に行き詰まった、或いは人生の転機にある人
■ 今の世の中をどこかおかしいと感じながら、どうすればよいかわからずにいる人
■ 生きることの真の意味を知りたい人
■ この星に生きる人 すべて
☆その他、2017年受講生からは「こんな人に勧めたい」という様々な声が上がっています。受講生アンケートをご覧ください。→ 受講生アンケート

メイン講師・いさどん
メイン講師・いさどん

内 容
講座は「世界観」「農」「食」「医」「経済」「環境」「教育」「社会」「芸術」と多岐にわたりますが、全講座に共通する最も重要な学びは、物理的な現象の奥に流れる深い精神性です。受講生の心の性質や世代の特徴、そして人生における役割などを紐解くことにより、それまでに考えたこともない新たな視点に出会って世界観を大きく広げ、生き辛い社会で生き抜く力を身に付けていきます。

*詳細はこちら!

 → 1ヶ月間の真学校ブログ